アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

あん時の夕日

2012年02月28日 | Tsushimi Takashi
今回の「ALWAYS三丁目の夕日'64」には
泣いた笑た。
初回からの三作目だが
毎回の様に映画を構成するすべての要素に気配りと正直さを感じる。
丁寧に物事を運んでいる事への信頼は
その人や作品を好きになる上での僕にとっての一番の大きなきっかけになる。
最後にBump of chickenの「グッドラック」で撃沈や。
そんな歌が書きたいんや、そうやそれや!という想いやで。

小学生の頃、ある日の夕方頃だったろう
親父がニコニコして玄関をあけて家に帰ってきた。
「来たで、来たで!」
父ちゃん、何が来たん?
「車買うてきたで!」
父ちゃん、車買うてきたん!?
「おう、ほうよ。早う、乗れーや!
おかあちゃん何処や?
おーい、来たで!早うせーや!」

都志見家にはじめて車が来た。
親父が中古で買ってきたトヨタパブリカ。

僕ら弟と一家四人は暗くなりかけた町を
そこどけ!とばかりにライトをつけながら
母の弟の住む四つくらい先の町に向かって走り出した。

きっと、誰かに見せたかったに違いない。
そしておそらく我ら家族が成し遂げた
マイカーを所有するという行為に隠れた、もっと大きな
家族という力強さとか安心感とかそういったひとつの結束力を得たような感動を
子供は子供なりに、両親もそれぞれにに感じていたに違いない。

そんな時代だったからこそ、少々貧乏でも幸せを感じる要素は
お金以外のところにもたくさん転がっていたような気がする。

今回のALWAYSー三丁目の夕日64はそんな僕の個人的な想いと
時代背景が思う存分重なって一種のフラッシュバック状態だった。

無責任な言い方だが、日本はドン!と一度、船底まで堕ちないとダメだろう。
体全体を使って底から這い上がろうとする力以外に今の日本を支えられるのかな。
中途半端にぶら下がっているから腕の力しか使えない。
元に戻れなくなったら、原稿用紙をちぎって丸めて
また最初から筆を落とす作業も必要だと思う。
曲も、いいとこだけ残してなんとかしようと思うから
脳味噌が煮詰まり、出汁も不味くなる。

そう言えば僕が東京の親父と慕うお方の話を思い出した。
当時、立川から新宿までまだ砂利道だった若き日の甲州街道を
はじめて買った黒塗りの車に仰け反って煙草をフカシながら運転していたそうな。
立川から新宿まで走っている間にすれ違った車はたったの三台だったらしい。
あの時代はさぞトッポイ格好だと思っていたが今写真を見るとわらっちゃったよと
仰っていたのを思い出す。
僕の母親と同学年 なので今年で76歳になられるが
見た目は元気でも中身はだいぶガタがきてるよと仰る。

時代というものは発展もするが、その陰にゴミも溜まる。
モノだけではなく、考え方や価値観や心の持ちようまで
時代の流行りものとして納得する必要がどこにあるんだろう。
今の時代だから仕方がないと問題を意識することもなく流れてゆく日々の生活は
人間の喜怒哀楽まで時代がこうだからと本質を簡単に歪められてしまいそうだ。
だから、人も時代もバグったら一度リセットすべきだと思う。
多くを失うリスクもあるが、違う何かを得るスペースだってできる。


20年前くらいに買ったわりと価値の高かったゴルフ会員権だが
先日会社更生法の適用に踏み切ったと知らせがあった。
つまりお金を持っている人に助けていただく予定なので
とりあえず今後どうなるかわからんけど、まあとりあえずそこんとこヨロシク!
事の詳細を詳しく聴きたい奴は、いついつ何処何処で一回だけ説明会やるからどーぞというこった。
色々と企業努力の能書きもあったが、結局は時代のせいですということに
終始した文言だった。
勝手な言い草だが、不思議になんだかそこまでもう腹も立たない。
こちらも頭のどこかでそんな時代だから仕方がないという前提をもって
思考対処しているのかもしれない。
この野郎と叫んでもどうしようもない。

いずれや必ず僕が音楽をやめる日も来るだろうが、
僕は決して時代のせいなどにしない。
あると思っていた才能がないとわかり、意欲がなくなりましたというだろう。
その原因はと尋ねられれば、
喋ると色々長くなるので、まあとりあえず
時代のせいですと 言うとこ かね。
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もうすぐ春ですね。

2012年02月24日 | Tsushimi Takashi
今日はもうダウンコートを着なくてもいいかななんて
外の空気の温度を確かめる日がだんだん増えてきた。

少し薄着にするだけで少し背筋が伸びるようで
マフラーを外した襟の隙間から入り込む風も
もう身体の芯までを冷やす程のものではなく
いよいよ春はもうそこまで来ているかのようです。

ここ数日は、来週スタジオでお会いするかも知れない作家殿の
まだ未読であった小説やエッセイ等数冊の読破に費やした。
お会いする為の予備知識というよりも単に興味があるからなのですが。

すでに送られて来た歌詞を読めば、色んな想いというものが
歌詞という短い言葉に収まるまでに費やした時間や、その深さが
文面から伝わってくるようでした。
デモに仮唄を入れるとき、あるフレーズに感極まり
何度か喉を詰まらせる度に、なんだか気持ちの奥底を
静かにあぶり出された感覚でした。

性分として、昔から自分の周りの事を人に伝えるのが上手ではないだけど
ある時知人が、とにかく人に話す事も大事なことだよと言ってくれたのが
ずっと心に残っており...

昨夜も目黒のブルースアレイでライブ観賞のため
とてもお世話になった方と10年ぶりくらいに待ち合わせ
色んな話に花を咲かせていた折
今度この方と一緒に作品を作ったんですという話しをしたところ
「え~そうなの。彼とは昔からの友達だよ」という全く予期せぬ発言に驚き そして
仰け反る程に世の中の狭さに戦いた(おののいた)。
お会いしたらよろしくお伝えするという
印籠も特別に頂いたおかげで、
襖一枚近いところからご挨拶できそうでよかった。

自分の発する想いや言葉が思わぬ展開をもたらす事も含め
程々に喋るということは本当に大事なのだなあと再認識した。

昨年、テレビでわりとヘビーローテーションしてたCMがあって
そこに流れていた曲がちょっとだけ気になって
作品や作者を調べた事があった。
Kyleeの唄う 『CRAZY FOR YOU』って曲。
作詞作曲が磯貝サイモンだった。

おそらくだがカイリーの歌声と、きっと
♪夜空は君への滑走路♪というフレーズが個人的にツボだったに違いない。
滑走とか滑走路とか その言葉が妙に好きなのだ。

さておき、
そんな事をたまたま、またまた友人と話していたわけだ。
つまり気になる曲があって調べたら磯貝サイモンだった事や
KARAなども書いてるが自分は少女時代派だが云々カンヌンと。
そしたら、友人が「サイモンはよく知ってるよ、紹介するよ」とっ。。

年が明けてすぐに連絡をいただき、月が変わってすぐに会った。
父上が私と同じ年という事だけで
何だかすぐに勝手に息子のような気持ちになっちまう。
才能溢れるミュージシャンだ。

そしてとてもいい青年。
最近のアルバムを頂いた。

磯貝サイモン...<ハートマーク>
しかし作詞作曲唄演奏、これ全部自分でやっとん?


飲み過ぎて溶け落ちそうな私と君の音楽の未来に乾杯!
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2012年02月16日 | Tsushimi Takashi
ちょっと根を詰めると、すぐに身体が弱音を吐く。
3年くらい前からすると、とても健康体になったという自覚がありすぎるのか
少々の無理は大丈夫とイキがって見たところで
所詮運動不足の身体はすぐさま反応する。
この時期はゴルフもやらないしせいぜいウォーキング程度だ。無理もない。
三年前から数えるともう、3つも加齢したのだし。

みなさんおはようございます。

目はショボショボ 鼻はズルズル 喉はイガイガ 腰には貼る温パックス
風邪かと思うが、女房は花粉症かもという。
熱が出るまでは薬も飲まないが、
病院でアレルギーテストくらいしたらどうかと言う。

喉のイガイガは夜中に何度も声を張って唄いすぎたせいではなかろうか
(飲み屋のカラオケではないぜよ)。

花粉に対しては何だか強い抵抗力があると思っていたのだが
免疫力低下は年代的なもんかね?



さて、昔からとても好きな作家の伊集院静氏と
仕事で御一緒出来る事になった。
もちろん歌を作るんだ。
今までも世界のオールドコースを探訪したゴルフの連載なども
面白く読ませて頂いていたが、
氏の人間的深みと世界の様々な街やモノや人に触れて来た度量の大きさというものは
もし僕が同じ様な生き方をしてもとうてい得る事の出来ない
氏だけに与えられた特別なものだ。
強さとか優しさとかそんなわかりやすいものだけではない種類の
色んな経験と感情のヒダヒダが温度を持って
文章から静かに抜け出てくる。
これで女にモテないわけがない。
そして男が慕わないわけがない。

というわけでレコーディングが待ち遠しくてたまらんのです。

少し話しは逸れるが
特に、仙台に住まれている氏の綴られた
昨年の3月11日の大地震の事に関する文章は強烈だった。
地震当日、仙台の自宅で執筆中だった氏の地震発生の前後の記述は
大変生々しく、僕らが東京で見聞きしてきた報道の内容や映像とはまた違った
それらからはすくい取れないレベルの具体的な恐ろしさがあった。

大地が揺れる様と恐さ 当時の地元でのラジオの報道の様子 様々な現地の当日の表情が
具体的に描かれており、同じ日の東京でさえあの揺れを感じた時
もしかしたら夢かなと一瞬思った程の大きな地震だった事を思えば
現地の揺れはそれとは全く別物の地球規模の揺れだったに違いない。

仙台といえば、80年代からたくさんの曲を提供させていただいている
兄貴のような存在の中村雅俊さんの故郷も宮城県牡鹿郡女川町だ。
ひょんな事から僕は来月にその町にある女川第一中学校に
訪問させていただく予定になっている。
偶然にもそこは雅俊さんの出身校でもあった。
昨年から動いていたプロジェクトで
そこの生徒さん達にも参加してもらい
先日マスターが上がって来た。
とても素敵な歌が出来上がった。

伊集院氏の綴られた文章の中に
今一番ほしいものは何ですかという震災直後のアンケートで、
一位は水と食料 二位は正確な情報 で、三位は
[歌」だったとあった。

震災後の一時期、僕は自分のしている仕事を
とても無力に感じてしまっていた時期があった。
だけど、まだまだ音楽は捨てたものではないかも知れないと思い始めてる。
自分のエネルギーで自分でまた音楽をつくり出し始める事に関しては
何しろ時間がかかったのだ。

とにかく、その歌についてもまた発売日などと合わせ
女川訪問の記事も含めて別日に詳しく書きます。
(なんせ、文章書くのとても遅いので。)
そろそろショボショボした目が瞼からはみ出そうなくらい重くなって
まずは涙が落ちてきた。花粉症か風邪か...この際そんな事はどっちでもいいが...

...いや~かなりツラい...。

病院いくか。。












 






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パリから

2012年02月04日 | Tsushimi Takashi
寒い日が続きますね。
最近は、割りもののお酒より、濃いめをキュッと頂くほうが
いい感じなようです。

皆さん、おはようございます。

つい先日、作曲の後輩がParisに飛び立ちました。
飛び立ったといっても、約一週間ほどの旅ですが。
しばしの別れと思っていた矢先に、携帯が鳴りました。


とりあえずわかりやすいパリの写真をまず送ってくれました。

僕自身の30年前の渡米時には
もちろんインターネットや携帯電話といった
通信手段のない時代でしたので
そんな環境から比べると、
現代はどこに居ても実際はそれ程距離感を感じなくて済みますね。

時代は今後もスピード感を増して
人と人や場所との距離感をどんどん近いものにしてゆくのでしょうが、
一方ではやる事も沢山増え いらぬ雑音も多く
だからこそ自分のペースをちゃんと意識しながら
自分らしくある事に努めたいですね。

それにしても隣の国や地球の裏側と瞬時にやり取りが出来るって本当に凄い事です。
今はもう日本の外を視野に入れて音楽を発信している友人も多く
特にアジア圏の国々などを対象に色んな事の取り組みも行ってます。
僕も自身の作品に自らボーダーを引く事なく
大きな世界で作品を発信してゆける様な環境作りを
徐々にはじめてゆきたいと思っているところです。


さて、話しは前後しますが
僕とその後輩の彼との最初の出会いは
聞くところによると
どうも中世のヨーロッパらしいのです。

<ノートルダムでミサやっとります。涙が出て来ました。(彼のメールより)>

僕は琴に似た弦楽器の演奏者 彼はその楽器の職人だったそうです。

もちろん彼はそんな事には関係なく、
違う景色と音楽に出会いにブラッと旅して来ますと残してゆきましたが
次の日のメールに、彼と僕の縁のビッグヒントが見つかりましたとありました。
彼は一体何を見つけたのだろう。
帰国したらゆっくり話してくれるそうです。

本当にそういう事があるのか...
しかしあってもなくても 少しおとぎ話の様でもあり
酒のツマミ話にはなりそうです。

最近は、えっ!?という様な色んな関係の古い知人達と
何十年ぶりに再会するっていう機会も多々あり
その一人一人の方とも もし遠い昔からのご縁があるとすれば
どんな間柄だったのか、そしてまた何の為に今生で出逢うのか
そしてそれを知らぬがいいのか知ったがいいのか..

酒のツマミ話はまた改めてご紹介。

何はともあれ現在ヨーロッパは大寒波。
まずは無事の帰国を祈りますぞ。

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