三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』

2021年07月27日 | 厳罰化

ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』は24編の短編が収録されています。

ルシア・ベルリンは1936年生まれ。
鉱山技師だった父の仕事の関係で、幼少期は鉱山町を転々とする。
父が出征したため、5歳の時に母の実家に住む。
祖父は酒びたり、母と叔父はアルコール依存症。

小学生の時、小学校の司書の財布を盗んだと誤解され、家に帰ると、母は本当に盗んだか訊きもせず、「よくもわたしに恥をかかせたね。この盗っ人!」と言って、ムチでたたいた。
財布を用務員が盗んだとわかっても、母は謝りもしなかった。

ルシア・ベルリンは3度結婚し、3回目の夫は薬物依存症。
1971年からカリフォルニアで暮らし、高校教師、掃除婦、電話交換手、ERの看護師などをして、息子4人を育てる。
このころからアルコール依存症に苦しむ。
1990年代に入ると、アルコール依存症を克服し、サンフランシスコ郡刑務所などで創作を教える。

ルシア・ベルリンの小説は、ほぼすべてが実人生に基づいているが、改変、誇張、編集がなされているし、完全なフィクションもあり、どれが本当のできごとだったかわからないと、あとがきにあります。

どの話もルシア・ベルリンと思われる人物が主人公ですが、「さあ土曜日だ」だけは受刑者の「おれ」が語り手なので、他の作品と肌合いが違います。

おれはミセス・ベヴィンズが先生の文章のクラスに入る。

今までいろんなクラスを教えてきたけど、ほんと、こんなに理解の深いクラスは初めて」と先生は言った。べつの日には、犯罪者の頭と詩人の頭は紙一重だ、とも言った。「どちらもやっていることは、現実に手を加えて自分だけの真実をつくり出すってことだから。あなたたちには細部を見る目がある。部屋に入って、ものの二分で総ての人と物を見極める。嘘を鋭く嗅ぎわける力がある。


ベヴィンズ先生は生徒たちにこう言う。

文章を書くとき、よく「本当のことを書きなさい」なんて言うでしょ。でもね、ほんとは嘘を書くほうがむずかしいの。馬鹿みたいなお題だよね、切り株なんて。それでもこんなに切実なものが出てくる。わたしには病んでうちひしがれたアル中の姿が見える。お酒をやめられなかった頃のわたしも、きっと自分をこんな切り株にたとえたと思う。


女装趣味者のヴィーがクラスに新しく入ってきた。
食パンの袋を留めるプラスチックのものを鼻輪みたいに1つ、両方の耳に20個ぐらいずつはめていた。
ヴィーの詩を聞き、みんなはヴィーを受け入れる。

ヴィーは勢いづいてさらにいくつか読み、次のクラスではすっかり打ち解けていた。奴にとってはそれくらい大事なことだったのだ―自分の声に耳を傾けてもらうということが。おれだってそうだった。一度など、臆面もなく昔飼っていた犬が死んだ話まで書いた。笑われたって構うものかという気でいたが、誰も笑わなかった。


ディキシーが「CDにはずば抜けて才能がある。そうでしょ、先生?」と言うと、ベヴィンズ先生は笑って言う。

白状する。教師をやってる人間なら、誰でも経験あることだと思う。ただ頭がいいとか才能だけじゃない。魂の気高さなのよ。それがある人は、やると心に決めたことはきっと見事にやってみせる。

「さあ土曜日だ」はルシア・ベルリンの刑務所での実体験が元になっていると思います。

寮美千子『空が青いから白をえらんだのです』を思い出しました。
寮美千子さんは奈良少年刑務所での社会性涵養プログラムの講師として、受刑者に詩を教えていました。
https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/c8643fa1f6c99edbc8500dcb60e0c083
ルシア・ベルリン先生が教えた生徒たちの文章を読んでみたいです。

町山智浩『最も危険なアメリカ映画』にこんなことが書かれています。
1963年、アラバマ州の教会(会衆は全員アフリカ系)が爆破され、4人の少女が犠牲になった。
1977年、ダイナマイト・ボブが起訴され、終身刑になる。
1985年に81歳で獄中で死亡するまで、ボブは後悔や謝罪、反省を口にしなかった。

2012年、ボブが獄中から妻に出した手紙が公開された。
誤字があったり、句読点がなかったりして、スペリングや文法のレベルは小学生以下。
ボブが黒人以上に恵まれない子ども時代を送ったのがわかる。

デトロイトやシカゴなど北部工業地帯の労働者たちは組合によって人種を超えた団結をして、給与や教育や福祉を充実させ、中産階級となり、子どもたちに大学教育を受けさせた。しかし、南部では、貧しい白人の鬱憤は大資本や経営者ではなく、黒人への憎しみに向けられた。組合は育たず、貧しい労働者はいつまでも貧しく無学なままだった。ダイナマイト・ボブはそれを代表するような男だった。


ボブは知能指数が39の黒人青年トミー・ハインズと二人房に入れられた。
ボブはハインズの面倒をかいがいしく見て、アルファベットを教えたり、食事や水分を与えるなどした。
妻への手紙にこんなことを書いています。

おれはなんどもなんども あいつにたべさせてやったり ミルクをのませてやろうとした あいつがほしがったから おれがあきらめて やめてしまって あいつといっしょに死んでしまうのがこわかったんだ

人間は変わるものだと思いました。

 

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