非公開裁決の紹介です。
旧家屋は生活の拠点として利用していたとはいえず、特例の適用は不可
請求人が、譲渡した家屋等(本件旧家屋)に係る譲渡所得について、原処分庁などの調査を受けて本件旧家屋の譲渡は居住用財産の譲渡に該当しないとして所得税等の修正申告をしたものの、後に、本件譲渡について特例が適用できるとして更正の請求をしたが、原処分庁が更正をすべき理由がないと通知したため争われていた事案で、国税不服審判所は、本件旧家屋を真に居住の意思をもって客観的にもある程度の期間継続して生活の拠点として利用していたとは認められず、本件特例に規定する「その居住の用に供している家屋」に該当するとは認められないなどして、請求人の主張を棄却した(令和4年5月10日付、非公開裁決事例)。
【事実】
(基礎事実)
イ 請求人は、〇〇に、次の各不動産を相続により取得した。
(イ)〇〇の土地(ただし、平成30年7月11日の分筆後は、順号1、2、〇〇および〇〇の各土地。以下、分筆前の〇〇の土地を「旧〇〇の土地」)
(ロ)旧〇〇の土地に隣接する〇〇の土地(ただし、30年7月11日の分筆後は、順号3、4および〇〇の各土地。以下、分筆前の〇〇の土地を「旧〇〇の土地」)
(ハ)旧〇〇の土地上に所在する家屋(順号5。以下「本件旧家屋」)
ロ 請求人は、〇〇以前から、請求人の母と共に本件旧家屋に居住していたが、請求人の配偶者である〇〇(以下「本件配偶者」)との婚姻を機に、11年8月27日付で、本件旧家屋から他所へ転居した。
ハ 請求人は、18年11月8日に、本件旧家屋とは別に、旧〇〇の土地(30年7月11日の分筆後の〇〇の土地)および旧〇〇の土地(同日の分筆後の〇〇の土地)上に家屋(家屋番号〇〇。以下「本件新家屋」といい、本件旧家屋と併せて「本件各家屋」)を新築し、本件配偶者および子3人(以下、本件配偶者および子3人を併せて「本件家族」)と共に、18年11月13日付で、本件新家屋での居住を開始した。
なお、請求人は、18年分の所得税の確定申告において、本件新家屋を住宅の用に供する家屋として、措置法(平成19年法律第6号による改正前のもの)第41条《住宅借入金等を有する場合の所得税額の特別控除》第1項に規定する所得税額の特別控除(以下「住宅ローン控除」)を適用し、26年分まで本件新家屋について住宅ローン控除の適用を受けていた。
ニ 請求人の母は、請求人が本件旧家屋から転居した後も本件旧家屋に居住していたが、〇〇に死亡した。
ホ 上記ハの子3人のうち1人は、婚姻を機に、30年4月26日付で、本件新家屋から他所へ転居した。
請求人は、30年6月26日に、〇〇との間で、旧〇〇の土地および旧〇〇の土地の分筆を前提に、本件旧家屋を含む順号1ないし5の各不動産(ただし、順号2および4の土地についてはその持分の2分の1。以下「本件各不動産」)に係る不動産売買契約を締結した。請求人は、30年7月11日に、旧〇〇の土地および旧〇〇の土地を上記イの(イ)および(ロ)のとおりそれぞれ分筆した上で、同月31日に、当該売買契約に基づいて本件各不動産を〇〇に譲渡した(以下「本件譲渡」)。
なお、順号1ないし4の各土地は、本件旧家屋の敷地または通路等として利用されていた。
(審査請求に至る経緯)
イ 請求人は、本件譲渡について長期譲渡所得の課税の特例(本件特例)を適用して30年分の所得税および復興特別所得税(以下「所得税等」)の確定申告書を、法定申告期限までに提出した(以下、30年分の所得税等の確定申告を「本件確定申告」)。
ロ 請求人は、原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」)および統括国税調査官(以下「本件統括国税調査官」といい、本件調査担当職員と併せて「本件調査担当職員ら」)による調査を受け、令和2年4月10日に、本件譲渡について本件特例を適用せず、修正申告欄を記載、修正申告書に、ぼ印を押なつして提出した(以下、30年分の所得税等の修正申告を「本件修正申告」といい、本件修正申告に係る申告書を「本件修正申告書」)。
ヘ 請求人は、3年1月4日に、本件譲渡について本件特例が適用できるとして、更正の請求(以下「本件更正請求」)をした。
【争点】
本件旧家屋は、本件特例に規定する「その居住の用に供している家屋」に該当するか否か。
【請求人の主張について】
請求人は、本件家族との関係を円満にするため、本件新家屋に帰宅し、本件新家屋で食事や入浴をしていたものの、本件旧家屋でも食事を取ることがあった上、本件旧家屋で自己研さんやテレビジョン鑑賞、就寝等をして、生活のほとんどを本件旧家屋で過ごしていた。また、請求人は、本件旧家屋にある神棚や仏壇を毎日拝んでいた。なお、本件旧家屋には、ガスの供給はなかったが、電気と水道は通っており、電化製品も揃っていて、生活可能な状態であった。
したがって、請求人は、本件旧家屋を主として居住の用に供していたといえるから、本件旧家屋は、本件特例に規定する「その居住の用に供している家屋」に該当する。
【審判所の判断】
(法令解釈)
本件特例は、個人が居住の用に供している家屋または当該家屋の敷地の用に供されている土地等を譲渡した場合には、これに代わる新たな居住用財産を取得するのが通常であるなど、一般の資産の譲渡に比べて特殊な事情があり、その担税力が弱いことから、居住用財産の譲渡につき3000万円を限度とする特別控除を認め、所得税の負担を軽減して新たな居住用財産の取得を容易にすることを考慮して設けられたものである。
これらのことからすると、本件特例に規定する「その居住の用に供している家屋」とは、その者が真に居住の意思をもって客観的にもある程度の期間継続して生活の拠点としていた家屋をいうものと解される。そして、譲渡資産がこれに該当するかどうかは、その者および配偶者等の日常生活の状況、その家屋への入居目的、その家屋の構造および設備の状況等を総合的に考慮し、社会通念に照らして判断するのが相当である。
(認定事実)
イ 請求人および本件家族の状況等について
本件家族は、上記【事実】の(基礎事実)のハおよびホのとおり、18年に、新築した本件新家屋での居住を開始して以降、30年4月に他所へ転居した子1人を除き、継続して本件新家屋に居住している。
請求人は、本件家族と共に、18年本件新家屋での居住を開始し、同年から26年まで、本件新家屋について、住宅ローン控除の適用を受けていた。また、請求人は、遅くとも30年7月の本件譲渡の後は、本件配偶者および子2人と共に本件新家屋に居住している。
なお、請求人は、18年以降、本件新家屋に居住する本件家族と生計を一にしている。
ロ 本件各家屋の電気、水道およびガスの使用量について
A 電気の使用量
(A)本件旧家屋
本件旧家屋の26年1月から30年7月までの電気の使用量は、26年から30年までの各年における電気の使用量の月平均は、それぞれ102kWh、100kWh、98kWh、102kWhおよび103kWhであった。
(B)本件新家屋
本件新家屋の26年1月から元年12月までの電気の使用量は、26年から31年(元年)までの各年における電気の使用量の月平均は、それぞれ1,087kWh、1,143kWh、1,073kWh、1,042kWh、922kWhおよび885kWhであった。
B 水道の使用量
本件各家屋で一つの契約となっていたため、それぞれの使用量は不明である。
C ガスの使用量
(A)本件旧家屋
本件旧家屋は、プロパンガスの設備を有していたものの、26年3月20日にその供給が中止された。
(B)本件新家屋
本件新家屋は、給湯、暖房および空調設備等の熱源が全て電気(以下「オール電化」)であり、ガスは使用されていない。
D 電気の標準的な使用量
総務省統計局の家計調査結果によれば、全国の2人以上の世帯の平成26年から平成31年(令和元年)までの各年における電気の使用量の月平均は、393kWhないし428kWhである。
ハ 本件各家屋の構造および設備の状況について
A 本件旧家屋
本件旧家屋は、昭和53年9月10日に新築された、1階の床面積が132.87㎡、2階の床面積が46.37㎡の木造瓦ぶきの建物で、応接間のほか、複数の洋室と和室があり、台所、風呂およびトイレを備えていた。
B 本件新家屋
本件新家屋は、18年11月8日に新築された、1階の床面積が67.76㎡、2階の床面積が64.45㎡の木造ストレートぶきの建物で、リビングのほか、複数の洋室があり、台所、風呂およびトイレを備えていた。
(当てはめ)
本件旧家屋が本件特例に規定する「その居住の用に供している家屋」に該当し、本件譲渡について本件特例を適用するためには、上記(法令解釈)のとおり、請求人および本件家族の日常生活の状況、本件各家屋への入居目的、本件各家屋の構造および設備の状況等を総合的に考慮して、請求人が、真に居住の意思をもって、本件譲渡までのある程度の期間継続して、本件旧家屋を生活の拠点としていたと認められることが必要であることから、この点について以下検討する。
イ 請求人および本件家族の日常生活の状況
A 一般に都市生活における電気、水道およびガスの利用状況は、利用されている場所での生活状況を反映するものであるところ、上記(認定事実)のロのBのとおり、本件各家屋それぞれの水道の使用量は不明であり、同Cのとおり、本件各家屋においてガスは使用されていない。
B 唯一比較可能な電気については、上記(認定事実)のロのAの(A)のとおり、26年から本件譲渡まで、本件旧家屋においても一定量の電気の使用は認められるものの、本件旧家屋の平成26年から平成30年までの各年における電気の使用量の月平均は、それぞれ102kWh、100kWh、98kWh、102kWhおよび103kWhであって、使用量にほとんど変化は見られない。また、本件新家屋の電気の使用量についても、上記(認定事実)のロのAの(B)のとおり、26年から平成29年までの各年における月平均は、それぞれ1,087kWh、1,143kWh、1,073kWhおよび1,042kWhであって、使用量に大きな変化は見られない。
この点、請求人は、上記【事実】の(基礎事実)のハおよび上記(認定事実)のイのとおり、18年に、本件家族と共に本件新家屋での居住を開始し、26年までは、本件新家屋について住宅ローン控除の適用を受けていたところ、住宅ローン控除が、住宅の用に供する家屋であることを適用の前提とする制度であり、請求人も、当審判所に対し、住宅ローン控除の適用が終了した後に、主として本件旧家屋で居住するようになったなどと答述していることからすると、少なくとも26年までは、請求人も、本件家族と共に、本件新家屋を生活の拠点として日常生活を営んでいたと推認され、これを覆すに足る事実は認められない。
そして、上記のとおり、住宅ローン控除の適用が終了した後に、本件旧家屋の電気の使用量が増加し、本件新家屋の電気の使用量が減少したような事情は認められないこと、26年には本件旧家屋におけるガスの供給が中止されたことからすると、27年以降に、請求人が、日常生活の拠点を本件新家屋から本件旧家屋に移したとは認められない。
C また、上記(認定事実)のイのとおり、請求人は、遅くとも30年7月の本件譲渡の後は、本件配偶者および子2人と共に本件新家屋に居住しているところ、本件譲渡の前後における本件新家屋の電気の使用量の月平均を比較しても、同ロのAの(B)のとおり、29年が1,042kWh、平成30年が922kWh、平成31年(令和元年)が885kWhとなっており、本件譲渡があった平成30年の電気の使用量の月平均は、前年の電気の使用量の月平均より100kWh以上減少し、平成31年(令和元年)は更に減少していることからすると、これは、上記【事実】の(基礎事実)のホのとおり、30年4月に子1人が他所へ転居したことに起因するものと考えられ、本件譲渡によって、請求人が、日常生活の拠点を本件旧家屋から本件新家屋に移した事情はうかがえない。
D さらに、上記(認定事実)のロのAの(A)のとおり、本件旧家屋の26年1月から30年7月までの電気の使用量は、最も多い月(27年8月)でも133kWhであり、1年のうちで電気の使用量が多い時期にもかかわらず、26年から平成30年までの全国の2人以上の世帯の電気の使用量の月平均の3割程度と少ない。一方で、上記(認定事実)のロのAの(B)のとおり、本件新家屋の26年1月から元年12月までの電気の使用量は、最も少ない月(30年6月)でも521kWhであり、1年のうちで電気の使用量が少ない時期にもかかわらず、26年から令和元年までの全国の2人以上の世帯の電気の使用量の月平均より2割以上多い。そのうえ、本件旧家屋の26年から30年までの電気の使用量の月平均は、本件新家屋の当該期間の月平均の僅か1割程度にとどまるものであり、このような本件各家屋の電気の使用量の水準は、本件新家屋がオール電化であることなどを考慮しても、請求人が、26年以降、本件旧家屋ではなく本件新家屋で、本件家族と共に日常生活を営んでいたことをうかがわせるものであるといえる。
E また、請求人が、当審判所に対し、本件譲渡までの日常生活の状況について、基本的に本件新家屋で身支度をして出勤し、本件新家屋で入浴や本件家族との食事をしていたなどと答述していることからしても、請求人と本件家族との間に、共同生活の実態があったことがうかがわれるから、請求人のみ、本件旧家屋を日常生活の拠点としていたとは考えにくい。
ロ 本件各家屋への入居目的
本件旧家屋は、請求人のいわゆる実家であるところ、請求人は、上記【事実】の(基礎事実)のロのとおり、本件配偶者との婚姻を機に本件旧家屋から転居し、その後、同ハのとおり、本件家族と生活をするために本件新家屋を新築して入居している。そして、上記イのEのとおり、請求人は、当審判所に対し、基本的に本件新家屋で身支度をして出勤し、本件新家屋で入浴や本件家族との食事をしていたなどと、本件譲渡までの生活状況について答述している上、上記(認定事実)のイのとおり、遅くとも本件譲渡の後は、本件配偶者および子2人と共に本件新家屋で生活している。これらのことからすると、請求人が、母の死亡後に本件旧家屋を使用することはあっても、上記(認定事実)のイのとおり、請求人と生計を一にする本件家族が生活する本件新家屋があるにもかかわらず、あえて同じ敷地に所在していた本件旧家屋を生活の拠点としてこれに入居する動機、あるいは入居しなければならない事情があったとは認められない。
ハ 本件各家屋の構造および設備の状況
本件旧家屋は、上記(認定事実)のハのAのとおり、台所および風呂を備えていたものの、同ロのCの(A)のとおり、26年3月にガスの供給が中止されており、台所の設備の一部や風呂の設備が利用できない状態であったと認められるから、本件旧家屋の構造および設備は、26年3月以降は日常生活を送るのに十分であったとは認められない。
他方、本件新家屋は、上記(認定事実)のロのCの(B)および同ハの(B)のとおり、オール電化であり、台所および風呂を備え、請求人および本件家族が居住するのに問題のない広さと間取りを有していたことからすると、日常生活を送るのに十分な構造および設備があったと認められる。
ニ 小括
以上のとおり、請求人および本件家族の日常生活の状況、本件各家屋への入居目的、本件各家屋の構造および設備の状況等を総合的に考慮し、社会通念に従って判断すると、26年から本件譲渡までの間、請求人が、本件旧家屋を、真に居住の意思をもって客観的にもある程度の期間継続して生活の拠点として利用していたとは認められない。
したがって、本件旧家屋は、本件特例に規定する「その居住の用に供している家屋」に該当するとは認められないから、本件譲渡について本件特例を適用することはできない。
(税のしるべ)