蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

木漏れ日の野性 高原ドライブ(その2)

2021年03月31日 | 季節の便り・旅篇

 無人の大浴場を独り占めした。肌がつるつるするわけでもなく、硫黄の匂いがするでもない単純温泉だが、露天風呂に移ってさらに鈍い日差しを浴びて部屋に戻ると、いつまでも肌のぬくもりが消えなかった。琉球畳にベッドが置かれ、山間の冷え込みに対応した床暖房もしつらえてる。
 とにかく、可愛らしさ溢れる宿である。女性客の満足をひたすら追求しているという女将の信条に、男として(ましてジジイとして)は、少し落ち着かない風情だが、アメニティーなど実に女性に行き届いた配慮がなされていた。
 70歳になる女将手書きの書が、優しくいたるところに散りばめてある。料理の素材、調理、味全て申し分なかった。そして、お給仕してくれたのは、来日4年目という瞳が可愛いベトナムの女性だった。
 女子従業員は全てアジア系、男性は若い(マスク越しだが多分)イケメン日本人、女性客には嬉しい宿だろう。感心したのは、コロナ前まではアジア系観光客で溢れかえっていた湯布院にありながら、この宿は一切外国人客を受け入れなかったという
 多少たどたどしいながら、ひたむきに勤めるベトナムの彼女の給仕は楽しかった。

 寝る前に部屋付き露天風呂に入る。二方向に畳める窓を開くと、木立越しに由布岳が圧し掛かる。夜明けて再び部屋の露天風呂を楽しんで、朝食をお替り迄した。

 宿を後に、水分峠を越えて「やまなみハイウエー」を、再び九重飯田高原・長者原に走り戻った。今日も黄砂に濁った空に、三俣山や硫黄山にいつもの精彩はない。
 たで原湿原から木道に入り、長者原自然研究路を辿る。坊ガツルでキャンプしたのだろうか、雨ケ池越えから女子大山岳部の一団が重装備で降りてくる。若さに圧倒されそうだった。昔、坊ガツルでキャンプして九重連山を登りまくった男も、いまは老いて自然研究路散策に甘んじるばかりである。三俣山の裾に、今盛りのコブシが数本、ひときわ冴え冴えと妍を競っていた。
 硫黄山から流れ出る水は赤茶けた湿原を作り、魚は住めない。この水質に強い草木だけ繁ることを許されている。一周1.2キロ、ゆっくり歩いて40分ほどの散策路だが、深い木立の中で小鳥の囀りを聴きながら木漏れ日を仰ぐひと時は至福の命の洗濯であり、ふと野性に還りたくなるひと時だった。
 シキミ、ツルシキミ、ミヤマシキミ……3種のシキミが、早くも花時を迎えていた。時がくれば、真っ赤な玉のような実をつける。早春の、数少ない花の一つだった。

 ストックを納めて再び車に戻り、アセビ真っ盛りの牧の戸峠を越えた。平日なのに、車やバイクの走り屋が多い。競わずに道を譲りながら、アップダウンと曲折の多い峠道を、ギアチェンジを繰り返しながら出来るだけブレーキを踏まないように走り抜ける。女性的な山が多い九州の中でも、この「やまなみハイウエー」は最も運転を楽しめるコースの一つである。
 瀬の本の交差点を走り抜け、さらに阿蘇に向かう。さすがに阿蘇周辺は野焼きが済んでいた。間もなく、山野草が芽吹き始めることだろう。
 外輪山に右折し、大観峰を脇に見て、その先を右折し南小国に下る。行きつけの蕎麦街道の「吾亦紅」で蕎麦粥定食を摂って遅めの昼餉とした。蕎麦粥にざる蕎麦に小鉢が付く。いつも旅先では旺盛に食が進むカミさんは、朝餉のお替り満腹で、「まだおなかが空かない」と、地鶏蕎麦の一品にとどめた。

 大山町の「木の花ガルテン」で少し買い物をして、日田から大分道に乗る。黄砂はまだ晴れない。帰り着いた大宰府も、白濁の底にあった。
 二日間の走行距離327キロ!「後期高齢ドライバー頑張った!」と自画自賛しながら、春が深まったら、もう一度男池に行って、ユキワリイチゲ、ヤマルリソウ、ヤマエンゴサク、ネコノメソウ、サバノオ、シロバナエンレイソウ、ヒトリシズカ、フタリシズカ、ワダソウ、ワチガイソウ……ついでに由布高原でエヒメアヤメと、バイカイカリソウ……疲れも忘れて夢を見ている自分がいた。
                     (2021年3月:写真:ヤマルリソウ)

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3 コメント

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お疲れ様です (wacky)
2021-04-01 13:24:07
御隠居様 運転ご苦労様でございました。
(御隠居様、お車はマニュアル車?オートマ車?でしょうか?凄い急坂の道なのねと思いつつ・・・)
お元気そうで何よりでございます。
いろいろな植物たちの名前と様子が一致しなかったり中には全然知らない名前の植物?(山野草というのが正しいのでしょうね。)もあったりして・・・
ととろ奥様と楽しまれて本当に良かったです。
心地よいお疲れだったことと思います。
「吾亦紅」有名なお蕎麦屋さんなんですね。
若かりし頃、「吾も亦恋う」とわざと書いたこともありました。
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春まだ遠く (蟋蟀庵ご隠居)
2021-04-01 15:30:22
wackyさん
 車はオートマですが、DギアとSギアを使い分けることで、それなりに山道アップダウンの運転を楽しめます。程よい緊張感がいいですね。
 山野草は深いですよ。5ミリ足らずの世界は、普通に歩ていても触れ合えません。しゃがみ込み、ひざまずき、腹這いになると、一気に世界が広がります。
 きっかけは、ユキノシタでした。何か白い花が咲いてるな、という程度の認識だったのに、しゃがみ込み、カメラを近付けて、可愛い小さな踊り子たちの姿に目を見張りました。目線を下げるほど、宇宙は広がっていきます。
 私は、大きな花は苦手です。小さな山野草の花が最高ですね!
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返信有難うございました (wacky)
2021-04-01 17:36:53
御隠居様、私もオートマ車
と言っても、せいぜい自分で運転するのは15分以内、距離からすると10キロ内 運転は夫任せです。

ユキノシタ可愛いですよね。
ユキノシタなら、すぐわかります。
数年前、カタクリの花を見に行ったことがあります。カタクリが山野草かどうかはわからないのですが・・・
いま、我が家の庭は野のスミレでいっぱいです。

あと、種を間違えて植えてしまったアサガオの芽が出てきました。
お二人とも健康にお気をつけてお過ごしください。
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