蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

春は健気に

2005年03月14日 | 季節の便り・花篇

 真っ暗な空から激しく散りかかる粉雪にストロボを焚いた。雪の一片に光が当たり、満天の星の海で超新星が爆発したような幻想的な写真が撮れた。
 パソコンのホームページに自分の写真を使いたいという家内の希望で、とうとうデジタル・カメラを買う羽目になってしまった。一本のフィルムを撮り終え、わくわくしながら現像して出来上がってくる瞬間を楽しみたいアナログ派の私にとっては思いがけない宗旨変えだったのだが、これが結構楽しめることを発見した。「ほーら、みてごらん」とニヤニヤ笑いながら見ている家内を横目に、時々借り受けてはシャッターを押してみている。
 山野草の微妙な頬笑みを一瞬にマクロで捉える楽しみは、やはりアナログがいいという実感はある。頑固者のこだわりである。
 3月半ば近い、もう気持ちはすっかり春に染まった頃の厳しい寒波である。日暮れて舞い始めた雪に、みるみる庭先が白く覆われていった。その冷たい風の中で、コチャルメルソウが小さなラッパを立てた。昨年、サンリンソウの鉢の中に紛れ込んで不思議な花を咲かせる草があった。小指の爪にも及ばない小さな花だが、信じ難いような造形にすっかり魅せられ、以来私の山野草大好きリストの上位にある。
 かつて、冬の夜更けにラーメン売りのおじさんがチャルメラを吹いて歩いた。少し哀愁を漂わせるその音色は、寒さに炬燵猫しながら受験勉強に追われる私にとって、ほのぼのと心温まる冬の夜の風物詩だった。そのチャルメラに似た可愛い花である。そういえば博多名物のオキュウトや納豆やアサリの売り声が消えたのはいつ頃だったろう。
 昨年は今頃既に咲いていたミスミソウやシボリスミレの開花が遅れている。復活したヤマシャクヤクも蕾む頃なのに、まだ新芽のままである。遠くロサンゼルスや横浜に娘を持つ為に長期留守がちな我が家は、山野草にとっては厳しい環境なのだろう。それでも寒風の中でラッパを吹くコチャルメルソウの何という健気さだろう。
 雪の舞いは小一時間で終わり、冬将軍の未練がましい置き土産の雪景色の中で夜が更けた。
                 (2005年3月:写真:コチャルメルソウ)