蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

花尽くしの旅(その2:E山荘を訪ねて)

2013年04月24日 | 季節の便り・花篇

 枝の間をせわしなく飛び回っていたヤマガラが、差し伸べたご主人の腕に一瞬とまって、見慣れない私の姿に驚いたのか、再び枝に逃げた。昔、縁日でおみくじを引いてくる見世物の主役がヤマガラだった記憶がある。しかし、野性の鳥を指から餌を啄むまでに馴らすには、よほどの優しさと根気が必要だろう。ベランダの手摺りに二つの皿が置かれている。一つの薄めたジュースをヒヨドリがいつまでも吸っていた。音や動きに敏感と聞いて、窓越しにそっと近づき、カメラのファインダーに捕えた。

 時たま、男池や飯田高原・長者原の自然探究路散策の折りに寄せていただく。600坪の敷地に建つ山荘の優しさは、きっとご夫妻の人柄から滲み出るものなのだろう。眼下の水田の向こうに久住山に寄り添う山々が連なり、2階の窓越しに見はるかす風景は、四季折々の美しい絵を見せてくれる。
 男池周辺の山野草の寂しさに少し思いを残しながら、帰路立ち寄った束の間のコーヒー・ブレイク。ご主人手作りの美味しいケーキを舌に溶かしながら、深煎りの珈琲の寛ぎに深く浸っていた。
 山庭に待っていた思いがけない花々。ヤマシャクヤクが程よいふくらみで、恥ずかしげに黄色い花芯を覗かせる。この花は、綻び始めた今がいい。ハルリンドウが、ヤマルリソウが、エヒメアヤメが、ニホンサクラソウが、そして、初めて見る黄花のカタクリまでも咲かせて、此処は春真っ盛りだった。今日の日差しに、霧氷が咲いたという戻り寒波の鋭さはなく、我が家の食卓を飾るに足りるワラビまでが、得意気に風に揺れていた。
 淡いピンクの花弁をふたつ並べるニリンソウの初々しさ、青い小花を広げるワスレナグサの可憐、小さなランタンを連ねるアマドコロ、紫の花を立てるカキドオシ、艶やかに輝く葉に囲まれたヒトリシズカ、傍らに群生するスズランも鈴を並べようとしている。ミツバツツジもいっぱいにピンクの蕾を立てて、既に数輪が花開いていた。リハビリ痛の肩も忘れ、左手に支えた1kgの一眼レフのファインダーに花を追い続けた。至福の時間はあっという間に過ぎた。
 お土産は「天ぷらにどうぞ」といただいたタラの芽、コシアブラの新芽、ハナイカダの葉、庭からご主人が掘り採って下さったウド。お隣の山荘の奥様から鉢植えの葉ワサビまでいただく果報に、尽きぬ名残を抱えて山を下った。

 傾く日差しの下を、気温13度の長者原から標高1,333mの牧の戸峠を越え、ヘアピン・カーブの「やまなみハイウエイ」を瀬の本に下った。豊後竹田に向かって10分あまり、今夜の宿「久住高原コテージ」に着いたのは、昨日電話で約束した15時を既に2時間も超えていた。
 遅くなったチェック・インに夕飯は19時40分の遅番に回されたが、そのおかげで広い露天風呂を独り占めにする癒しの時間が待っていた。吐口から広がる波紋に湯気が纏わりつき、高原の遥か向こうには阿蘇五岳の涅槃像が横たわる。冬将軍も、多分これで刃を納めることだろう。湯船の傍らでいっぱいの花を咲かせていたエゴノキが、何故か切り倒されて切り株だけが残されていた。女湯と隔てる土手は、黄色のキンポウゲが盛りである。
 1,500円グレードアップした和懐石の夕飯を、一杯の地ビールとワインのほろ酔いで終えると、いつもの寝る前の露天風呂を楽しむゆとりもなく眠りに沈んだ。

 
 5時の黎明に目覚めて朝風呂にはいり、バイキングの朝食をゆっくり摂る頃から空模様が怪しくなってきた。予定していた竹田でのイチゴ狩りを割愛し、ガンジー・ファームで買い物して赤川温泉に立ち寄った。
 多少の湯疲れを感じながら硫黄の匂いに包まれ、瀬の本、黒川温泉経由、お気に入りのファームロードWAITAを駆け下った。帰り着いた15時、300キロを走り抜いた車の窓に雨が来た。
 山野草尽くしの旅が終わった。
            (2013年4月:写真:E山荘2階の窓から望む九重連山

花尽くしの旅(その1:男池にて)

2013年04月24日 | 季節の便り・花篇

<赤川温泉> 全国「滝見の露天風呂」十二選、日本一の硫黄鉱泉
泉質:含二酸化炭素、硫黄、カルシウム、硫酸塩冷鉱泉(硫化水素型) 
効能:神経痛、筋肉痛、関節痛

 湯上りの肌に残る強烈な硫黄の匂いが車内にこもる。当分この匂いは消えないし、多分今夜は何度か夜中に、我が身の硫黄の匂いで目が覚めることだろう。久住山南登山路の取り付きにある赤川温泉。前回来たときは、湯上りに車内で嵌め直した家内の銀のリングが、指に残った成分だけで真っ黒に変色してしまった。それほどの高濃度ゆえに、アトピーに顕著な効能があるという。浴槽から小さな滝が落ちるのを見ながら、いつになく長く、ぬるめの湯に浸っていた。
 久住高原コテージの湯質は、先日の鉄輪温泉と同じ炭酸水素塩泉、塩化物泉。効能:神経痛、筋肉痛、関節痛など。今回は10泊目のサービスとして、通常8,800円の宿泊費が無料である。1,500円上乗せして、黒毛和牛の溶岩焼きでリッチな夕飯となった。

 四季彩ロードから駆け上がって、やがて長者原に届く直前の野焼きの斜面は、期待通り一面のキスミレの絨毯だった。いつもなら、キスミレを愛でながら間に立つワラビを刈るのだが、寒暖急変する今年の気候に戸惑ったのか、まだ1本もワラビの姿が見えない。10日ほど季節が先走っている筈なのに、今年の山の自然は本当に読めない。それでも、高速道路から山道を2時間かけて走ってきた今日の山野草探訪に掛ける期待は、予想以上に熱かった。
  
 黒岳登山道入り口の男池(おいけ)。いつものように泉の畔のベンチでコンビニお握りの昼を済ませ、カメラ抱えて前屈みに蹲りながら山野草を探した。ここ数日、多分今年最後の戻り寒波が氷点下の厳しさとなって、咲き始めた花々を襲ったのだろうか、例年になく花が傷んでいた。ヤマルリソウのブルーのぼかしが汚れている。ヤマエンゴサクも汚い。ネコノメソウは黄色も白も僅かに開くばかりで、花時が遅いユキザサは綻ぶ気配もない。木漏れ日の下にシロバナエンレイソウが1輪、ハルリンドウが2輪、キケマンは数輪、きれいな紫のスミレがちらほら、チャルメルソウとムラサキケマンだけがやたらに元気だった。
 弾む心が少し冷めていく。「さすがにユキワリイチゲには遅いだろう」と思いながらも、かすかな期待を持って「かくし水」の方に山道を辿ってみた。木立の新芽が眩しいほどに輝き、溜息が出るほどに美しい。吹く風も、もうこの木立の中には届かず、シジュウカラの囀りが時折降ってくるだけの静寂である。ヤブレガサはしっかり傘を広げ、キツネノカミソリとバイケイソウが葉を繁らせていた。マムシ草の屹立が猛々しい。
 ハルトラノオやヒトリシズカの穂も短く、開き切っていないサバノオも心なし花が小さく感じられる。そして、ワチガイゾウが僅か一輪。勿論、ユキワリイチゲは葉だけになっていた。ツクバネソウもやっと見つけて1本。ウシハコベ、コンロンソウ…普段はあまり関心を寄せない花までが貴重に思えてくる。この道で、こんなにマイナーな気分になることは珍しい。期待が大きかった反動だろうか。

 やがて「かくし水」に行きつく少し手前の右斜面に、思いがけない花が待っていた。何年振りだろう?微妙な花時を違えると、山の花は決して待ってくれない。急斜面にいくつもの純白の毬のような花が今盛りだった。ヤマシャクヤク…数少ない花を盗掘から守るために、枯れ木で隠したこともあった。その斜面で群生して幾つもの花を咲かせるヤマシャクヤクは圧巻で、豪華でさえあった。
 漸く満ち足りた思いで、芽吹きの木立の中を下った。午後の日差しが少し傾く時刻だった。
             (2013年4月:写真:ヤマシャクヤク)

ふたつの誕生

2013年04月21日 | つれづれに

 旧秋11月3日、文化の日に博物館への階段の傍らで見付けたオオカマキリの卵が、5か月を経て4月19日に孵化した。数えきれないほどのカマキリが一斉に孵った筈なのに、気付いた時にはもう殆どが何処かへ歩き去り、卵塊には3匹が留まるだけだった。1センチ余りのちびっこカマキリが、いっぱしに小さな斧を振り上げて、粟粒のような目で睨み返してくる。小生意気な威嚇が、ほんのささやかな野生の逞しさを感じさせ、「無事で生き延びて大人になれよ」と励ましの声を掛けたくさせる。傍らの鉢で、薄紫のオダマキと白いタツナミソウが花開き始めた朝だった。
 ツクシシャクナゲは花時を終えた。コデマリが真っ盛りとなり、木陰でホウチャクソウとキバナホウチャクソウがランタンを下げた。季節は相変わらず初夏と初春を行ったり来たりしている。冬物もガスストーブもカーペットも、まだ片付けられない太宰府の営みである。
 今年は、白梅がみっしりと実を着けた。三年振りで梅酒を漬けよう。

 その日の夕刻、肩のリハビリで駐車場に車を停めたとき、どこからかチュクチュクと賑やかな囀りが聞こえてきた。さほど気にもせずに病院に向かい、小一時間のリハビリを終えて帰るとき、車のすぐそばで又一段と賑やかな囀りが耳に届いた。気になって声を辿った。駐車場を囲むブロック塀の穴の一つを覗いたところ、黄色い嘴をいっぱいに開いた4羽の雛がいた。
 「何だろう?」生憎、小鳥にはあまり詳しくない。黒っぽい羽の模様に首を傾げる。ツバメがこんなところに巣作りする筈はないし、思い当たることは、いつもこの辺りの側溝に遊んでいるセグロセキレイである。写真を撮ろうと携帯を取り出したところで「あ、携帯が壊れてたんだ!」と思い出した。
 2月23日の退院の日に買い替えてまだ2ヶ月経ってないのに、突然画面が消えて使用不能になった。その足でショップに持っていったら、メーカー修理に出さないといけないという。2ヶ月でダメになるなんて、欠陥品?初期不良で、家電品なら製品交換になるところなのに、6日以内の故障でないと製品交換は出来ないという。少し逆らってみたが、これが、この業界の(あるいはこの業界トップのシェアを誇るこの会社の)ルールだと受け付けられず、仕方なく代品を受け取って1週間の修理に出した。当然無償ではあるが、写真など貴重なデータが初期化されて消えてしまうのが惜しい。「代品壊したら、補償金をいただきます」と守りには厳しいルールを言い渡され、壊れたのが私のせいみたいな扱いに多少ムットする。消え去ったデータに対する補償は勿論ない。「せめて、もう少し申し訳なさそうに応対してくれたらなァ」とぼやきたくなった。

 ふたつの誕生に出会った嬉しさが、何となく相殺されたみたいで、戻り寒波の風が腹立たしかった。明日は午後から雨になるという。ブロックの竪穴だから、もろに雨が降り込む。4羽の雛鳥が親に守られて無事に巣立つことを祈りながら、風の中を帰った。

 誕生…今年も待つものがいくつもある。プランターにパセリを5株植えた。キアゲハの食卓である。もう一つのプランターにはスミレがびっしりと繁り、いっぱいの花を咲かせている。これはツマグロヒョウモンの食卓。夏には八朔の辺りで、今年もたくさんのセミが羽化することだろう。
 
 小さな命を紡ぎながら、ためらいがちな季節が移ろっていく。
                 (2013年4月:写真:ブロック塀の雛鳥)

こだわりのシューズ

2013年04月21日 | 季節の便り・花篇

 踏みしめるトレッキング・シューズの足を、降り積もった腐葉土が柔らかく押し返してくる。コンクリートで舗装された道路では決して味わえないこの優しさがあるから、山道が好き…中学校以来の山歩き(敢えて山登りとは言わない)が、この木立と土の匂いを身体に染み込ませていった。

 たくさんの山道を歩いた馴染のトレッキング・シューズである。ゴアテックスの防水加工が施され、よほどの難路でない限り、殆どの山歩きはこの1足で事足りる。
 鎖を手繰って登ったユタ州・ザイオン国立公園の断崖絶壁の山・エンジェルス・ランディング、ブライス・キャニオンの奇岩怪石を巡る羊腸のトレッキング、アリゾナ州アンテロープ・キャニオンの神秘の地底巡り、ヨセミテ国立公園のキャンプとナバホ滝登攀…。
 山道ばかりではない。山野草の花時に巡る久住連山の高原歩き、近郊の天神山巡り、そして北海道、東北、群馬県嬬恋、九州各地の温泉など、国内の旅には、いつもこのシューズが一緒だった。
 ハリウッド大通りやテメキュラ・ワイナリー、サンディエゴのオールド・タウン、灼熱のラスベガス、デス・バレーの荒涼の大地、セコイア国立公園の巨木の森、ヨシュアツリー・パークの岩塊、ロングビーチのショアライン・ビレッジ、オレンジカウンティー・ラグナビーチの街並、メキシコ・ロス・カボスの湾岸散策路やサボテンの砂漠、イタリア・ローマ、ベニス、ナポリ、フィレンツェ、ポンペイの街、アラスカ・クルーズのオプショナル・ツアーで訪ねた沿岸のいくつかの田舎町…海外の旅にも、履きなれたこのシューズがお供してきた。
 2足を履き潰し、3足目の踵もかなりすり減ってきた。すでに発売を終え、入手が難しくなってきたレア物のシューズである。しかも、最近は男性用に24センチのシューズは殆ど探しがたい。3足目の今は、25センチを紐で調整して履いている。今のうちにと、ネットで3足限りの24.5センチの在庫を見付けて注文した。この1足を履き潰すまで元気でいたいと思う。

 九州国立博物館裏山の人に殆ど知られていない散策路を、今日も我が物顔に歩いていた。すっかり囀りの腕(喉?)を上げたウグイスが、誇らしげな鳴き声を聞かせてくれる。檜の木立と孟宗竹の林、その間に雑木林が広がり、木立の向こうの太宰府天満宮のざわめきも此処までは届かない。長い年月で降り積もり、積み重なった腐葉土の優しい押し戻しが何とも足に心地よくて、1時間8000歩の散策には必ず此処を組み入れる。月に一度人に巡り合えばいい方で、殆ど無人の風の小道である。
 その足元に、ハルリンドウが咲いていた。数えきれないほど歩いてきたのに、初めて見た姿だった。ここにもあそこにも、小さな群生を見せながら、木漏れ日の下で可憐に春を演出していた。すぐそばに、小さなスミレも鮮やかな紫で魅せる。
 緩やかなアップダウンの行き止まりの頂きに、小さな広場がある。いつかその姿を見かけたことから、勝手に「野ウサギの広場」と」名付け、散策の休息に寝転んだりもする。木立の梢越しに青空を見上げながら風を聴く、私の秘密基地のひとつである。一面の笹原だったが、冬場のうちに刈り取られ今は見通しもいい。その足元が、足の踏み場に困るほどのハルリンドウの群落だった。
 花を踏まないように気を付けながら、しばらく横になって静寂に浸っていた。背中に笹の切株がチクチクと痛い。閉じた瞼を、風に揺れる木漏れ日がくすぐるように戯れる。

 ハルリンドウに囲まれ、風に浸り、一瞬のまどろみに包まれて時が止まったような気がした。
       (2013年4月:写真:木漏れ日の下のハルリンドウ)

湯に沈む

2013年04月12日 | 季節の便り・旅篇
「またかよ、もう戻らなくていいのに…!」
怨嗟の声を上げながら、戻り寒波の烈風をついて西に走った。大分道の路側に立つ幟が直角に靡き、ハンドルが取られるほどの強風である。玖珠のPAで大分名物のだんご汁と鶏天定食で遅めのお昼を摂り、由布岳の北面の麓を巻いて、標高734メートルのこの道最高度の峠を越えると、やがて別府湾が見えてくる。濃霧が湧くと、霧除けのネットが路側の湾側に立ち上がる独特の高速道である。自宅から2時間、別府ICを降りると、すぐに鉄輪温泉だった。(これを、「かんなわおんせん」と読める人は、かなりの温泉通である。)

 3時のチェック・インまで少し時間があったから、坊主地獄、海地獄、鬼坊主地獄を巡った。真っ青な海地獄と、泥の坊主が「ボコッ!」「プクリ!」と様々な表情を見せてくれる坊主地獄は見飽きることがない。春休み明けの別府地獄めぐりに日本人の姿は少なく、姦しい隣国の言葉が湯けむりを掻き乱す。開き始めたツツジを見ながら、円形の足湯にしばらく足を浸して、ほこほことふくらはぎを這い上がるぬくもりに目を細めていた。「捨てられた爺サマみたいだね」という夫婦の戯言に、傍らで足湯を楽しむ若いカップルが、くすくす笑いながら暖かいまなざしを注いでくれる。家内がチョコレートをお裾分けして、いつものように旅先の束の間のお友達にしてしまった。

 通常から2,000円引き!【室数限定・夕食部屋食】平日はお得にプラン♪…こんな格安ばかりを漁る年金生活者の湯治旅、今回は1万円ぽっきりのプランに飛びついた。
 初めての鉄輪温泉である。春休みが済んだばかりの観光端境期で客も少なく、二日間の展望風呂と露天風呂はいつも貸切だった。都合4度で10の湯船を浸りまわり、些か湯疲れ気味になるほど「塩化物・硫酸塩泉」を堪能した。効能書き「筋肉痛」と「関節痛」が真っ先に書いてある。「これこそ我が温泉!」と、ご満悦の姥捨て爺サマであった。
 展望露天風呂には直径2メートルほどの桶風呂が3つ置かれ、かけ流しの湯が溢れている。それぞれが微妙に湯温が異なるのが面白く、一つずつ身を沈めて溢れさせていった。烈風が海側に植えこまれた笹竹や八つ手、枯れススキを千切れんばかりに揺すり叩き、顎まで湯に沈めた顔を弄って過ぎる。吐口から落ちる湯の波紋を楽しみながら、リハビリ痛がたちまち消えていくのを実感していた。

 翌朝、発つ前に小一時間鉄輪の街筋を歩いてみた。小さな路地を連ねた奥に並ぶ、昔ながらの鄙びた湯治場を想像していた。記憶があまりにも古すぎた。整えられた石畳の坂道の両側に、こじゃれた店や足湯、足蒸し湯、100円で入れる町の温泉、中には無料の湯さえある。その所々に「貸間あり」という看板がある。
 手作りの小物を売る店のご主人にいろいろ教えてもらった。昔風の長逗留するなら、温泉蒸し窯付きの炊事場とトイレが共同で、自炊出来る部屋が3000円くらいからあり、2食付だと7~8000円からあるという。お勧めの宿を地図にマーキングし、わざわざ女将さんに電話して確かめてくれる親切さだった。「長逗留するなら、交渉の余地ありますよ。外食したくなったら前日に夕飯断ればいいし…」そんな1週間を、鄙びた宿のおかみさんの手料理で湯治するのもいいな、と心惹かれる湯の街である。
 
 昼近くから俄かに荒れ模様となり、名物の豚まんを買って車で帰途に就いた。別府湾SAの休憩所でお茶をもらって、豚まんでお昼にした。
 帰り着いたリハビリで「今日は、やけに肩が凝ってますね」と指摘される。湯疲れと、ハンドル操作の少ない高速道の運転が、かえって肩凝りを招いたとしたら、何のための湯治だろうと苦笑いする。やっぱり、1週間くらいの本物の湯治を実現しよう。
 気温は3月に戻っていた。本当に疲れる、今年の気候変動である。
         (2013年4月:写真:宿の展望露天風呂)

大いなる誘惑

2013年04月07日 | 季節の便り・旅篇

 台風並みの春の嵐が週末の日本列島を駆け抜けた。春は乱調、突然初夏に先駆けたり、一気に10度も気温を下げて浅い春に引き戻したりする。「え、ハナミズキ?シャクナゲがもう?」…花時にさえ戸惑わせられる今日この頃である。

 「5月5日から7泊8日でメキシコのCancunに潜りに行くけど、来ない?」アメリカの娘からメールが届いた。ユカタン半島、メキシコ東海岸の一大リゾート地である。Cancun南部のPlaya del Carmenの豪華リゾートホテルRiviera Mayaに泊まり、海峡を挟んでフェリーで45分の沖合にあるダイバー憧れの島Cozmelでスクーバ・ダイビング三昧、サファイア・ブルーのカリブ海の崖に建つ要塞遺跡Tulumのそばでスノーケリングを楽しみ、マヤの古代遺跡Chichen Itzaを訪ねるという。
 いつも潜っている西海岸のバハ・カリフォルニア半島最南端のロス・カボスではなく、東海岸・カリブ海でのダイブである。
 もう一つ、惹きつけてやまない目玉がある。Cenoteダイビングをやるという。石灰岩地層のユカタン半島の川は地上にはなく、全て地下を流れている。その地下の川の表土が崩れ落ちて巨大な井戸が出来る。これをセノーテといい、貴重な水源となって古代マヤの都市が作られた。たとえばチチェン・イツァのセノーテは、東西60m南北50メートル深さ20メートルという巨大なものである。ジャングルの中にいくつものセノーテがあり、その数実に3000以上。そして、そのセノーテを繋ぐ網の目のような水中洞窟があり、やがてはカリブ海の海底に流れ込む長大な地底河川となる。メキシコの神秘的なセノーテ・ダイビングは、ダイバーたちを惹き寄せてやまない。
 「日帰りダイビング。朝6時のボートで2本潜って帰ってくる。セノーテは鍾乳洞もある洞窟ダイビング。一部真水。上級テクニックが必要。」と娘のメールにあった。私のNAUIのスクーバ・ダイバー・ライセンスはオープン・ウォーター(上に遮るものがないところ。つまり、沈船や洞窟のダイビングはダメ)が原則なのだが、アドバンス・スクーバ・ダイバーやマスター・スクーバ・ダイバーなど上級のライセンスを持つバディー(相棒)が一緒ならば潜水OKである。そして、娘はその資格を持っている。
 ダイビングと遺跡ツアーの合間のオフの時間は、プールサイドのデッキチェアに身を委ね、マルガリータを啜りながら常夏の日差しを浴びる。この無為の時間こそが、最高に贅沢なバカンスの精髄なのだ。これは久々に心躍らせる大いなる誘惑だった。

 Chichen Itza 諦めていたマヤ遺跡だった。カンクンから200キロ余りのバスツアーとなる。娘はジョージア州ステーツボロにある南ジョージア大の学生の頃、ガイドもつけずに貧乏旅行して思いを残している。その時の土産・円盤状のマヤの太陽暦が、今も我が家の寝室の壁を飾っている。長女もカンクン、チチェン・イツァは新婚旅行で訪れた記憶がある。(私の海外旅行のきっかけは、次女の最初の留学先・フィリピンを訪ねる先駆けとして長女を伴い、台湾で次女と落ち合ったのが始まりだし、その後のタイもインドネシアのバリ島も、長女の旅の後を辿るところから広がっていった。)
 マヤ・トルテカ時代の伝説の神ククルカンは羽毛を持つ蛇。チチェン・イツァの遺跡中央に聳える高さ24メートルのエル・カスティージョ(ククルカン・ピラミッド)の階段下には、その頭だけが石像として刻まれている。そして、年に二度、昼と夜が同じになる春分の日と秋分の日に、階段の側面に影が蛇体となって現われる。天文学と建築に優れた古代マヤ文明ならではの驚異である。
 ティオティワカンのケツァルコルトル・ピラミッド、太陽のピラミッド、月のピラミッド、モンテ・アルバン、占い師のピラミッド、戦士の宮殿等々、妙に気持ちをくすぐる古代マヤ文明の遺跡の数々は、もう多分訪れる機会もないだろう…そう諦めきっていたところに、今回の娘の誘いである。

 気持ちは激しく動いた。しかし、左肩腱板手術後のリハビリ中の身である。20キロのスーツケースを引いて成田からロスまで10時間、ロスからメキシコシティーまで3時間40分、メキシコシティーからカンクンまで更に2時間20分のフライト…そして、エアタンクにBC(浮力調整ベスト)、腰に巻く8キロのウエイトなどの重装備でエントリーし、回らない左肩でパワーインフレータのノズルを手繰り寄せてBCのエアを抜いて潜水し、予定の深度でエアを少し戻して中性浮力を調整、あとは呼吸の深浅で深度を微調整しながら50分の潜水を終えて、徐々にエアをBCに戻しながら浮上、水深5メートルで再び中性浮力を確保し、体内の窒素ガスを放出するために3分間の安全停止で待機、そしてゆっくり浮上してBCをいっぱいに膨らませて水面での浮力を確保する…この一連の操作には、左肩の円滑な回転が不可欠である。今の私の肩では、流石にこれは厳しい。ほかにいろいろ気がかりな要素もあって、残念ながら今回は断念することにした。

 「今度一緒に行く時の為に、下見してくるね!」と言ってくれる娘の言葉が、ふと古代マヤ遺跡への夢をよみがえらせてくれる気がした。
 夢が夢で終わってもいい。「セノーテ・ダイビングに行けるように、この左肩を治そう!」そんな励ましの声が心に届く春の宵だった。
     (2013年4:写真:神秘のセノーテ・ダイビング~ネットより借用)