蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

収穫祭—2021♪

2021年04月21日 | つれづれに

 さわやかな薫風が、身体を撫でる様に吹きすぎる。初夏を思わせる日差しが、頭頂に痛いほど沁みた。畑地を囲む小さな尾根に、モコモコとカリフラワーのように湧き上がる楠若葉が眩しかった。どこからともなく、栗の花の特有の匂いが漂ってくる。え?もう、そんな季節?

 「スナックエンドウが実りました。イチゴも真っ赤に熟れてますよ。収穫にいらっしゃいませんか?」
 待ち焦がれていたお誘いだった。1年振りの豆刈り……いや、これも少し早いかな?今年は、何もかも10日ほど早く季節が走っている。早朝ウォーキングの風の冷たさが嘘のように、晴れ上がった空に気温がぐんぐん上がり、一気に初夏が走り込んできた。
 グラム1400円のお気に入りのモカ・バニーマタルの豆を挽いて珈琲を淹れ、午後2時、車で5分の観世音寺に駐車、すぐ裏手に拡がるY農園に駆けつけた。ご主人はゴルフにお出掛けで、奥様が一人で迎えてくれた。
 300坪の畑は夏野菜の植え付けも終わり、豆畑の蔓にスナックエンドウ、グリーンピース、ソラマメが実り、玉葱は取り入れを待って葉を倒していた。梅の木の木陰には、小さなテーブルと折り畳み椅子が3脚待っていた。
 「まず、珈琲ブレイクにしましょう!」

 サギゴケが美しく散り敷く草むらに、ベニシジミやジャノメチョウがチロチロと舞い遊び、時折アオスジアゲハが鋭い飛翔を見せる。楠を幼虫の餌にする蝶だから、太宰府では珍しくない蝶である。マスクをかなぐり捨て、自然の風に身を任せて、至福の珈琲タイムを過ごした。独特の酸味と香りで、すっかりお気に入りになって十数年のイエメン産のこの豆は、紛争の煽りを受けて時々入荷が止まる。価格も随分高くなった。

 このまま時を止めてしまいたい!コロナなど、遠い昔話に埋もれさせてしまいたい!

 晩白柚が真っ白な蕾を群れになって吊るし、初めて見るレモンの紫色の蕾が新鮮だった。納屋の傍の草むらには、茗荷が何本も伸び始め、枇杷と無花果にも小さな実が育ち始めていた。季節季節の野菜や果実を、毎年楽しませていただく幸せな畑が、初夏の日差しに眩しく息づいていた。

 ふっくらと膨れたスナックエンドウを、鋏でチョンチョンと摘み取っていく。カミさんと、「二人分だから、欲張らないように!」と言いながら、ついつい摘み取る数が増えていく。すぐ隣に、ソラマメが伸び始めていた。空に向かって莢が立っている。
 「だから、空豆というんですよ」と教えられ、目から鱗が落ちた。若いうちは空に向かって延び、大きくなると重みで地に頭を垂れる。数年前、カミさんの治療で滞在した鹿児島県指宿は、1月に空豆祭りをやっていた。莢のまま火に焙った「焼き空豆」の美味しかったこと!莢の裏のトロトロの部分を歯でしごいて食べると、なんとも言えない甘味が口いっぱいに拡がった。豆よりも、このトロトロが忘れられない。

 「玉葱を抜きましょう!」
 休む間もなく収穫の楽しさを提供されて、半ば玉を剥きだした玉葱畑にしゃがみ込んだ。ヒョイと軽く引っ張るだけで、大きな球が姿を現す。途中の丹精に思いを馳せながら、収穫だけをいただく後ろめたさも忘れて、ひと畝数十本の玉葱を抜いていった。午後の日差しに乾かして、夕方ご主人の帰宅を待って取り込むという。十数個をお土産にいただいた。新玉葱を十文字に開いてレンジでチンして、ポン酢などをかけて食べると絶妙である。ご主人に教えていただいた簡単レシピだった。

 「次は、アスパラガス」です!」
 畑に にスックと立ったアスパラガスを、2本切らせていただいた。

 「最後に、イチゴ摘みましょう!」
 真っ赤に熟れたイチゴが、いくつも畝に並んでいた。

 2時間、コロナ籠りの憂さを晴らして、お土産の重さを楽しみながら畑を後にした。グリーンピースが実ったら、次の収穫祭が待っている。我ながら厚かましいと思いながら、やっぱり時を忘れる収穫の楽しさだった。

 後手後手の無能な政府を嘲笑うように、変異したコロナウイルスが日本を覆い包もうとしている。命を脅かせるウイルスに、届くはずのワクチン・クーポンは、まだその気配すら見えない。先行した医療関係者へのワクチンも、まだ半ばにも届いていない。行きつけの病院の院長も、まだ接種出来ないでいる。品格も風格もない総理の顔を見ることが、最早苦痛にさえなってきた昨今である。

 また風に吹かれて、束の間でもいいから何もかも忘れよう。
                 (2021年4月:写真:空に向かって立つ若い空豆)