蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

雪爆弾、炸裂!

2016年01月31日 | つれづれに

 ズズンという重い落下音に、窓ガラスがビリビリと震える。2階の屋根から湿った雪の塊が庇を越えて落下する。たちまち軒下には40センチを超える雪の山が出来た。まともに受けたら細首を捻挫しかねないほどの勢いだから、危なくて庭先に出ることも出来ない。

 氷点下5・6度、我が家の庭の積雪25センチ、数十年振り大寒波だった。垣根のラカンマキの枝がバキバキへし折られ、収穫間近の八朔が20個ほど雪塊に叩き落された。
 1メートルを超す積雪が日常茶飯の北国から見れば何てことない雪の量だが、雪や酷寒に不慣れな南国九州にとっては笑い事ではない事態である。
 父の形見の老松が折れないように、降り積もる雪を何度も松葉箒で落としては、雪にまみれてガスストーブの前にしゃがみ込む終日だった。

 その夜から各地で水道管が破裂、太宰府市でも翌々日になって時間断水の防災無線が流れ、広報車が走った。何せ締め切った室内では聞こえず、まして風雨の災害時には全く意味をなさないという、役立たずの太宰府の防災無線である。太宰府市のホームページで確かめ、ご親切にご近所や友人にも電話して知らせたのに、何故か我が家辺りは一切断水なく、膝を庇いながらバケツで運んだ2階のトイレ用の水も、一度も流すことなく解除となった。

 折から上の孫娘が、福岡市博物館で開催中の「黒田家名宝展」に飾られた官兵衛の愛刀・国宝「圧切長谷部(へしきりはせべ)」を観る為に横浜からやって来た。
 ある茶坊主が信長の逆鱗に触れ部屋の隅の棚に隠れたが、信長は棚の下に刀を差し入れ、僅かな力で茶坊主の胴に押し付けただけで二つ切りにしてしまったという、いわくつきの刀である。中国征伐に献策した勘兵衛の功に対して、信長から与えられたという。

 観終って、誕生祝(76歳と喜寿の祝い)に花束を持って一夜の宿にと訪ねて来てくれた孫娘と夕飯を外食で済ませ、9時からの断水に備えて急ぎ帰り、入浴させた。しかし(幸い?)水は止まることなく出続け、息せき切って帰ってきたことも笑い話に終わった。人騒がせな広報である。
 はるばる広島の知人から十数年振りの断水見舞いの電話があり、家内が「大丈夫です。水は出てますよ」と言いだしかねて絶句していたのが可笑しい。
 しかし、隣りの筑紫野市では数日断水が続いたことだし、全市断水となった大牟田市は全国ニュースとなったほどだから、いい方に転じたことを良しとせねばなるまい。

 5日目、ようやく戻った日差しと3月並みの暖かさにもかかわらず、わが家の庭には黒ずんだ雪の塊が溶けずに残っている。かつて、「福岡の豪雪地帯」と冷やかし気味に言われたことがあるが、まあその名に恥じなかったことを誇りとしよう。(嗚呼、何という負け惜しみ!)

 日差しの中を、今年もメジロがやって来た。一日一つと決めて二つ割にしたミカンを燈篭の上に置く。数匹が代わる代わる飛んで来ては 、終日飽きることなく啄んでいる。
 「そんなに食べたら、目が黄色くなるぞ!」
 笑いながら見入っていると、珍しくスズメまでが時折メジロを追い払ってつつきに来る。窓越しに接写機能付き望遠レンズを向ける……我が家では、春が近いことを期待させる毎年恒例となった風景である。

 やがて「早春賦」の歌声がテレビやラジオで流れ始めることだろう。
                (2016年1月晦日:写真:メジロのお昼ご飯)

77歳の別れ

2016年01月19日 | つれづれに

 徒らに馬齢を重ね、とうとう喜寿を迎えた。本来は数え年で祝うものだが、今の日本は満年齢が定着し、若い人たちにとっては「数え年」は最早死語でしかないのだろう。
 還暦を現役で慌ただしく過ぎ、古稀を地域活動の中に迎え、今日喜寿に届いた。
 還暦や古稀のルーツは中国にあるが、この喜寿だけは日本にルーツを持つという。「喜」の字を草書体で書くと「㐂」、七と十七を重ねて「七十七」と呼んで長寿の祝とする。

     人生七十古來稀  人生七〇年 古来稀なり 
 
 杜甫が曲江の畔で詠んだ詩の一節に由来する古稀、その70歳の長寿を祝ったのがつい先頃のように思われるのに、加速する歳月は人を待たず、気が付けば既に喜寿。英語にも Time and tide wait for no man. という言葉があるように、時の流れに掉さすことがままならないのは万国同じである。
 古稀の還暦の祝いの色は赤、対して喜寿の祝の色が紫だという事を、アメリカの次女から届いた「喜寿の紫は、松潤のデジ・ストラップもらってね\(^o^)/ お守り代わりになるといいな〜!」という祝のメールで知った。
 因みに「デジ・ストラップ」とは、嵐のドーム・コンサート「DIGITARIAN」の会場に舞った銀テープを拾ってきた娘が、ストラップに加工して作った、松本潤カラーの一品限りの貴重な作品である。
 フェースブックや携帯メールにも、孫達や何人もの知人友人から過分のありがたいお祝いのメッセージが届いた。
 「忘れないでいてくれたんだ!」と実感で出来ることが、この歳になると何よりもの励ましになる。

 ところが……ところが、である。この日の朝、私は遅ればせの冬将軍の吐息に吹かれながら歯科医師のもとに呼ばれ、奥歯を1本抜歯する羽目になった。4本目の抜歯であり、残すところ24本である。
 十年以上前に大枚40万をはたいて、下顎の骨にチタンのビスを植え込み、インプラントという技法で人工歯を装着しているから、使える歯は都合25本、「8020(80歳の時に、自分の歯を20本残そう)」という運動には、なんとか応えられそうだが、ほかにも余命いくばくもない歯が少なくとも2本ある。
 抜歯の際に3本の歯根のうち1本が途中で折れ、ドリルやペンチで悪戦苦闘1時間、麻酔が効いているから痛みはないが、ギシギシ、ゴリゴリという音が顎骨から直接頭に響く。こうして、77年間酷使され、疲れ果てた歯に別れを告げた。
 鎮痛剤と抗生剤を服みながら流動食で一日を過ごすという、何とも切ない「77歳の別れ」だった。

 しかし、此処で懲りないのが後期高齢者の強かさ。77歳から歯(ハ=八)を抜いたから、実年齢69歳!若返って、しぶとく生きよう!と……些かこじつけがましい負け惜しみの戯言である。
 13日前にひとつ齢を重ねた家内と併せて、「上品なフレンチにしようか、豪勢な土佐料理にしようか」などと企てていた祝いの席も、当分お預けである。

 夜半、雨が雪に変わった。

 翌朝、積もるほどではなく、烈風に吹き飛ばされジュクジュクになった雪解け道を、滑らないように身を屈めながら消毒の為に歯科医のもとに赴いた。
 門柱の上で吠えるシーサーと、にこやかに笑むニコチャンマークの八朔が雪を被って寒そうに蹲っていた。
 本格的に冬将軍が居座る気配の中に、77歳が急ぎ足で時を刻み始めた。

 家内の究極の新薬84日間の服用も、あと8日で終わる。
                (2016年1月:写真:雪の朝寸景)

 <追記>
 書き終えたところで、家内からクレームがついた。「13日前に一つ齢を重ねた…云々」だと、「年上と誤解されるから、一つ年下と書いて!」と。
 女性にとっては、一歳でも歳は軽はずみに出来ないものらしい。こういうのを、「五十歩百歩」という。(呵呵)

天河原(てぃんがーら)

2016年01月15日 | つれづれに


 喪われたものの大きさに、戸惑うことがある。文明は限りない人間の向上心…裏返せば「欲」が、めざましい速さで物質面を豊かにしてきた。しかし、その一方で、どれほど多くの「自然」を喪ったことだろう。

 名嘉睦稔」という木版画家に巡り合ったのは、もう遥か昔。沖縄北部・伊是名島に生まれた彼の個展にたまたま紛れ込んだ。作品集の紹介にある。

 「大自然に育まれた豊かな感性から生み出される、ダイナミックかつ繊細な作品は、生きとし生けるものの魂の声を、時に優しく、時に力強く、私たちに伝えてくれる。……その類稀な才能はとどまることを知らず、彫刻、琉歌、作詩、作曲など、様々な分野で日々旺盛に発揮されている……」

 その作風に圧倒されて、後の沖縄訪問の際に彼の画廊まで訪ねて行ったことがある。鳥や虫たちと語り合えるという、不思議な感性の人である。
 その個展の会場でコラボして流れていたのが、TINGARAの音楽だった。那覇市出身の米盛つぐみ(ボーカル)、グレン大嶋(三線)、ヒデオ・イマジン(キーボード)が醸し出す島唄ボーカルのサウンドに魅せられて、「さきよだ」「太陽の花」「みるやかなや」「うなさか」「風の旋律」と、次々にアルバムを買い漁った。眠りに就くときのヒーリング音楽として、枕元に積み上げるまでに惚れ込んだ。
 天河原(てぃんがーら)とは沖縄の言葉で「天の川」の意味である。

 戦後間もない子供の頃、都会の空は一面の星空に覆われていた。中天を滔滔と天の川が流れ、満月の夜には「影踏み」という遊びに歓声をあげて走り回った。
 今では、この郊外の大宰府でさえ夏の夜空を這い進む巨大な「蠍座」を見ることが叶わず、冬の夜空で辛うじて「オリオン座」や、「おおいぬ座」のシリウス、「こいぬ座」のプロキオン、「オリオン座」のベテルギウスが形作る「冬の大三角」を確かめるのがやっとである。

 20年以上前に訪れて惚れ込み、4度も赤道を越えたインドネシア・バリ島で仰いだ南十字星と、それを包み込む果てしない星空、アメリカ・カリフォルニア州ヨシュアツリー・パークで漆黒の闇の底から仰いだ天球の星々、沖縄・座間味島で昼間のダイビングの火照りを冷ましながら息を呑んだ水平線まで覆う球形の星空。それぞれに深みと厚みを持って、なだれ落ちるような満天の星空だった。あまりの星の数に、憧れの南十字星でさえ、椰子の葉先に置かないと見失うほどだった。
 
 名嘉睦稔が、自らの版画に添えて作詩・作曲した「夜間飛行」という歌がある。

    覚(う)びらぬうちに 星花ぬ咲ちゅさ
    覚びらぬうちに 百花(むむばな)ぬ咲ちゅさ
    天河原(てぃんじゃら) 島横(しまゆく)に 天河原 島横に

    渡る群鳥(むりどぅい)ぬ 河原(かぁーら)なてぃ南(ふぇー)に
    あまからぬ使(ちゅ)い 去年(んちゅなてぃ)ぬ使い
    なまん持(む)ちが居たら なまん持(む)ちが居たら

    風(かじ)や風なとてぃ 雨(あみ)や雨やれば
    雲(くむ)や雲なとてぃ 星(ふし)や星ぶしとぅ
    なまんあたる事(ぐとぅ)に なまんあたる事に

(訳詞)
    思わぬうちに 星の花が咲いた
    思わぬうちに 百花が咲いた
    天の川は島の南天に横たわる
    天の川は島の南天に横たわる

    渡り鳥の群れは 川のように連なって 南へ
    彼方からの便り 去年からの便り
    今も持っているだろうか
    今も持っているだろうか

    風は風として 雨は雨ならば
    雲は雲として 星は星々と
    今もあるがままに
    今もあるがままに         (名嘉睦稔)

 寒風吹きすさぶ深夜、寝る前に必ず庭に立って星空を見上げる。この乏しくなった冬空でさえ、やがては西から襲い掛かる大気汚染に呑みこまれてしまうのだろうか。

 喪われた大自然の佇まいは、もう決して戻ることはない。
            (2016年1月:写真:名嘉睦稔「夜間飛行」)


賀状往来

2016年01月03日 | つれづれに

   Happy New Year!
   Wishing you good health,happiness,and peace always.
   Thank you for everything last year

 横浜の長女一家から、こんな年賀状が届いた。多摩美に通う上の孫の見事な切り絵に、含蓄ある英文が添えられといる。
 「星の王子様」が二匹の猿の頭に手を添え、下には去っていく羊を送る女の子の絵の吹き出しに、こんな言葉がある。
   See you again 12 years later.
 娘や孫たちの暖かいメッセージだった。葉書の裏に小さく「表の羊の謎かけ、分かりますか?」と娘の字で添え書きされていた。

   「12年後に、又会おうね!」
 次に未年を迎えるときは、我が家は88歳と87歳、もう見えないほど遥か遠くに霞む里程標である。昨夜交わした年賀の電話の中で、孫たちから「その次の100歳まで頑張ってよ!」と励まされた。叶うにはあまりにも遠い老いの旅だが、娘や孫たちの励ましに支えられて、精一杯一里塚を立てながら生きて行こうと思う。

 アメリカの次女からも、昨日の午後(向こうでは元日の夜)PCの呼び出し音が鳴って年賀のSkypeが届いた。仕事を終え、クリスマスにフロリダからカリフォルニアのコンドミニアムに帰ってきた婿と、手作りのお正月料理を楽しんだようでホッとする。
 仔ニャンコズの海沙(ミーシャ)と咲蘭(セーラ)は、「此処に住んで初めて!」というカリフォルニアの寒さに加え、年末ぎりぎりに暖房が壊れ、暖炉の前のホットカーペットにべったり貼りついて動かない。育ち盛りの悪戯盛りだから、昼間は飽きることなく駆け回り転げまわり、時折窓の外にやってくる栗鼠とガラス越しのバトルを繰り広げているらしい。
 小一時間話して、これでようやく電話越し、Skype越しで、わが家一家の新年の顔合わせが終わった。

 濃霧の中、朧月のような初日の出を迎え、二人だけで太宰府天満宮の初詣渋滞で「陸の孤島」となったお正月を、静かに穏やかに過ごしている。
 今年の年賀状には、初夏に咲いた二輪のサギソウの写真に「飛翔という言葉を添えた。実は、50年前の結婚式の案内状に添えた文字が「翔」の一字である。金婚式を越えても、「まだまだ翔び続けます!」という思いを込めた。
 この一年は「春風駘蕩、あるがままの今と向き合う日々」としたい。

 飲んで喰って転寝して、また飲んで喰って転寝して……一日中ほろ酔いと満腹感が消えない三が日も今日で終わる。また体重計で溜息を吐くことになりそうな、そんな暖かいお正月である。
 気温は3月下旬並み、草花も慌てふためく異常な冬であり、年の瀬29日の太宰府天満宮裏山散策の途中で、白梅の開花も見た。我が家の庭のユキヤナギも狂い咲いて玄関脇では赤いツツジが一輪、蕾を膨らませている。

 なにはともあれ、今年もいい年でありますように!
             (2015年1月:写真:孫からの年賀状)