蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

ホモ・サピエンス駆除?

2009年09月23日 | 季節の便り・虫篇

 「駆除に効果的な薬剤も分かっていない……」9月21日、西日本新聞朝刊の記事である。その気になって気を付けて見ていると、遠来の客の情報は決して少なくはない。温暖化による生物北上は気になる現象ではあるが、いきなり「駆除」という言葉に出会うと、いささか抵抗がある。やはり、人間を頂点に置いた目線である。
 クロマダラソテツシジミ。写真(インターネット「昆虫館」から借用)で見るとおり、可憐なシジミチョウである。「天然記念物、熱帯から小さな強敵・大ソテツ“チョウ害”」という見出しが躍っていた。熊本県玉名市の国指定天然記念物「大野下の大ソテツ」に、熱帯地方に生息するクロマダラソテツシジミが繁殖し、幼虫が新芽を食い荒らしている。今月初めから数匹のチョウが舞い、幼虫が新芽を食べているというから、季節風や台風に乗って飛ばされてきた単体の迷蝶ではない。既に2年前に鹿児島県指宿市などで発見されて以来、宮崎、大阪、兵庫、四国と生息圏を拡大しているという。
 試しにインターネットを開いたら、あるある!例えば、9月10日の日経コラム「春秋」の記事をお借りしよう。
 『クロマダラソテツシジミ、とは舌をかみそうな名前だが、東南アジア原産の熱帯性のチョウのことだ。羽を広げても3センチほど、幼虫はソテツの若芽を食い荒らす習性があるという。世界中に分布するシジミチョウのなかでも変わり種だ。 南国の風土にこそふさわしいこの小さな生き物が日本列島で相次いで見つかっている。九州や四国はもちろん、大阪や兵庫でも公園や庭先にまでやって来たという報告が少なくない。今年の夏にはとうとう東京都心でも繁殖が確認されたとNHKは伝えていた。地球温暖化との関係を疑わせる不気味な北上である。
 首相になる民主党の鳩山由紀夫代表が、温暖化ガスの排出を2020年までに1990年比で25%減らすと表明した。その意気やよし、と拍手を送りたいが生やさしい話ではない。よほどしっかりした道筋を示して産業界を説得し、暮らしにも配慮しないと絵に描いた餅(もち)。中国やインドを本気にさせる努力もいる。由紀夫氏は子どものころ、弟の邦夫氏とともにチョウの採集に励んだという。やがて宅地化が進んで野山のチョウは姿を消し、それが環境問題に目を向けるきっかけになったそうだ。さて今度はクロマダラソテツシジミの異変でもうかがえる人類の危機にどう挑むか。鳩山家の友愛精神だけで勝てる戦いではない。 』

 宇宙のどこかで、「地球のホモ・サピエンスは繁殖しすぎて、宇宙にまで拡がりそうだ。駆除に効果的な薬剤はないだろうか?」と、エイリアンが首をひねっているかもしれない。「なになに、人類を駆除するに妙薬は要らない。放っておけば自滅するさ」
 新型インフルエンザは、その警鐘のひとつかもしれない。呵呵と笑ってもいられないのだが、心のどこかで、「負けるなよ。君達は本能のままに生存圏を拡大しているだけだから、罪はない。」と応援している自分がいる。珍客到来を喜んでいる自分がいる。

 先日の九州国立博物館の「市民と共にミュージアムIPM」の研修会で、久留米大学の上宮教授の「昆虫学概論」を聴いた。人類一人当たり、昆虫の個体数は4億という。(先年どこかで聴いた話では3億だったが、いずれにしろ太刀打ち出来る数ではない。)
 形あるものは、いずれ滅びる。
        (2009年9月:写真:クロマダラソテツシジミ:「昆虫館」より借用)

遠来の客

2009年09月16日 | 季節の便り・虫篇

 つい先頃まで呻吟していた残暑が嘘のように、あっけなく秋が来た。

 9月初旬のある朝、いつものように道路を掃いて庭先の水道で手を洗う時、ふと掌に注ぐ水に温もりを感じた……毎年確かめる秋の訪れの気配である。それからの秋の足取りは速かった。日ごと空が高くなり、空気が透明になって、陋屋のコオロギの声が次第に近付いてくる。
 16日、繁り過ぎて道にはみ出したハナミズキの枝を思い切って落とした。この花の並木が美しかったジョージア州アトランタ。そこで8年を生活した娘の思い出に植えた木だった。しかし、やがて朝晩落ち葉を掃く季節に長期不在の時を迎える。ご町内の厚意に甘えるのも気がひけるほどの落ち葉の量に、家内の気がかりに応えて、思い切って刈り込むことにした。
 ひと汗流した夕べ、キブシの葉の上に1匹のカメムシを見付けた。半世紀を超える長い虫達との付き合いだが、初めて見る鮮やかな赤いカメムシである。何故か気になる思いがあって、インターネットを開いた。ザワッ胸が鳴った。アカギカメムシ!……「東洋区に広く分布する種で、日本では南西諸島に分布が知られている」とある。「今年、9月7日、奄美大島以南に生息するといわれているアカギカメムシが、宮崎県門川町で大量に発生しているのが確認された」という記事もあった。更に、「2年前には日南市でも発見されており、専門家は、温暖化の影響か、生息域が北上していると見ている」という記載もある。人が暑さに悶えている中で、生き物達は躊躇いなく生息圏を着々と拡大している……ふと背筋を冷たいものが走る夕べである。

 今年は珍客が多かった。今朝方、つい先頃九州国立博物館の外で初めて見付けたハマキガが我が家の塀の外にいた。8月にはウラギンシジミが庭先を掠めた。博物館通いの道すがら、数年ぶりにルリタテハを見た。50年ぶりにトカゲの交尾にも出くわした。不順な日々だったが、心浮き立つ邂逅に恵まれた夏でもあった。

 もうひとつの、ありがたくない招かれざる客・新型インフルエンザは、夏の終わりを待たずに急拡大を始めた。心配していてもキリがない。ニュースに一喜一憂することをやめ、結局10月から12月に掛けて49日間、アメリカとメキシコの旅を断行することにした。何処にいても罹るものは罹る……居直ったら、新型インフルエンザが怖くなくなった。勿論万全の用心をし、ホーム・ドクターからタミフルを処方してもらって持っていく。
 娘の新しい家を訪ねて生活を楽しむのが第一の目的だが、アメリカ・ユタ州のZion Canyonの両側切り立った小径が続く断崖絶壁の山 Angels Landing(1765m)の登山を娘が用意してくれた。家内は、麓のロッジで晩秋を楽しみながら待っていてくれる。11月には、メキシコのロス・カボス Lands End での1週間のダイビング三昧。お馴染みのダイブ・ショップDeep Blue に問い合わせた娘から「インフルエンザ、全く心配ないってよ!」とメールが届く。あの数十万匹の、流れるようなギンガメアジの群れが瞼に蘇る。
 思い切って行ってこよう。年齢的には、もういつまでもこんな経験を重ねることは出来ないだろう。古稀を挟む夫婦が、様々な思いを籠めながら辿る、生涯で最も貴重な旅である。
 日本脱出に向けて、航空券の手配も終わった。国際運転免許証も取得した……こうして、秋が深まっていく。もう、窓から吹き込む夜風に、夏の後ろ姿は見えない。
             (2009年9月:写真:アカギカメムシ)