蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

初冬を走る

2020年11月12日 | 季節の便り・旅篇

 運転を任せ、助手席でのんびりと景色に見惚れる幸せを久しく忘れていた。濃霧を抜けてひたすら南下する車窓から、うっすらと色づき始めた紅葉のはしりを眺めながら、旅が始まった。

 GoToキャンペーンの一環、Gotoトラベルで、殆どの温泉ホテルが11月いっぱい満室だった。安くなる分は税金の戻りだから(娘に言わせれば、そのツケは孫たちが担うという)後ろめたさが少しある。長女も次女も、一人で帰って来た時は温泉というのが我が家の定番だった。しかし、長女とはまだ一度し行ったたことがない。こちらにゆとりが出来て旅を楽しむ頃には長女は既に上京していたし、やがて結婚して家族ぐるみの旅となった。
 空き室を求めて、散々ネットや電話で探し回って諦めかかっていたが、帰省前の娘が、ネットで高い宿を見付けてくれた。この際だから、上限なしという条件である。露天風呂付離れ7室だけの超高級な温泉、GoToキャンペーンで35%引いて25,000円(通常だと、一泊36,000円!!)、更に地域クーポンが一人6,000もらえるという。これはもう、行くしかない。

 立冬翌日、黄砂注意報が出る中を、筑紫野ICから九州道に乗った。運転は全て娘任せである。目指すは霧島温泉郷。薄日が差したり、強風注意報が出たり、初日の天候はあまりいいものではなかった。
 八代から東に回り込んで人吉に向かう。曲折蛇行する急流・球磨川沿いを貫く高速道は、トンネルとカーブ、アップダウンの繰り返しとなる。最長6.3キロを筆頭に、24本ものトンネルが続く。かつては熊本県人吉市と宮崎県えびの市の県境には、「加久藤越え」という難所があった。舗装もないカーブが続く峠道で、時折崖下に転落した車が転がっていた。やがてループ橋で難所は回避され、今では高速道路のトンネルが貫いている。

 小林ICで下り、100万本のコスモスで有名な生駒高原を訪ねてみた。天の逆鉾を頂に刺した霊峰・高千穂峰が見下ろす高原は既に花時を終え、荒涼とした中を寒風だけが吹き募っていた。
 近くのワイナリーでピザのランチを摂り、余った時間で霧島神宮を目指した。高千穂峰の裾を大きく回り込んで、色づき始めた木々のトンネルを潜った先に巨大な杉を従えた社殿があった。月曜の午後なのに、思いがけないほどの人混みである。小さな池の畔に、コロナ退散のアマビエの像が立っているのが可笑しい。

 宿の感染防止対策は完璧だった。駐車場まで係が迎えに出て、フロントを通さずに直接部屋に案内される。そこでチェックインの手続きが済めば、あとはチェックアウト迄誰も来ない。ベッドと布団は既に敷いてある。
 7室は全て内風呂と露天風呂が付き、食事も部屋と同じ名前が付いた個室がそれぞれ用意されているから、ほかの客との接触もない。宿泊費の割引より、この「安心感」がGotoトラベルの売りだろう。
 少し鉄の匂いがする茶色がかった温泉は、24時間かけ流しである。内風呂も露天風呂も、大理石の贅が尽くされていた。それぞれに3度ずつ、6度も温泉独り占めを楽しむ癒しの旅だった。

 帰路、ハプニングが待っていた。

 車で10分の丸尾滝を訪れ、熊本県裏阿蘇の高森で田楽のお昼を摂って、阿蘇神社に詣で、阿蘇大観峰から小国経由で日田に下る予定で高速に乗った。地域クーポンは、鹿児島、宮崎、熊本、沖縄4県限定であり、使い切らないと無駄になってしまう。
 八代を過ぎた辺りのSAで、余裕を見て給油に寄ったところ、係員から左後輪のタイヤにエア漏れがあると指摘された。調べてもらったら、何と新品のビスが1本、もろにタイヤに突き刺さっている。このまま気付かずに山道を走り回っていたら、いやその前に高速でバーストしたら大惨事になるところだった。
 応急処置をしてもらい、言われた通り80キロ以下で慎重に走らせ、北熊本SAで遅めのランチを摂ってお土産などでクーポンを使い果たし、予定を切り上げてまっすぐ帰って来た。
 その足でホンダの工場に持ち込んで検査してもらったところ、完璧な処置がされているから、このまま普通に乗っていいという。
 ホッと胸を撫でおろした途端、3人とも俄かに疲れが出た。532キロの娘任せのドライブだった。

 翌日、「鬼滅の刃」の聖地のひとつである竈門神社近くの地鶏専門店で、死ぬほど地鶏の全てを食い尽くして、慌ただしく娘は帰っていった。
 コロナは第3次感染拡大の様相を呈してきている。今度いつ「生存確認」に来てくれるか……そう思うと、いつになく心寂しい娘との別れだった。
                     (2020年11月:写真:霧島・丸尾滝)

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