ととろサンのひとりごと

【観たり聴いたり旅したり】からこちらへ。日々の生活、旅する心、アメリカ滞在のつれづれを書き綴っていきたいと思っています。

大学芸術祭 拝見

2016-11-23 16:44:09 | 横浜滞在あれこれ

11月6日 上京。多摩美大芸術祭 拝見の旅。

飛行機から眺めた富士山。まだ冠雪は見えませんでしたが、やっぱり綺麗です

  

横浜に住む娘から、孫の通う多摩美大の芸術祭を見に来ないかと誘いがあった。テキスタイル科(染めと織物)に通う、上の孫がパフォーマンスに出るという。

テキスタイルのパフォーマンスは25年続いている、呼び物の舞台だという。(昨年は丁度C型抗ウイルス剤を服用中だったので、行くことが出来なかったので)孫のちいちゃん(もう大学生だからとは思うものの、幼い頃からの呼び名で)は糸や布を染めたり、織ったり、デザインしたりのテキスタイルが面白くて楽しくて仕方がないという。

そう言えば娘宅の年賀状は、孫の版画だったなあ、そういう形で表現するのが、好きなのだろう。授業や学校生活が楽しいというのは何よりも良いことだ。

日頃離れて暮らしているので、こういう時はじじ・ばばとも【孫馬鹿】丸出しで、上京し、娘一家と芸術祭見学に出掛けた。

 

 (多摩美大)                              (校内には樹木が多い。もう色づいていた)

  

 

校庭では学生達制作の【フリーマーケット】があちこちで。

 

 色んな催しが行われていたが、とても全部回るなんてことは出来ない。テキスタイルの展示などを見て、フリーマーケットで学生さん達とお喋りしながら、作品の絵葉書などを買う。こんな作品を作るなんて、やっぱり美大生だなと、感心し、楽しくなる。学生食堂でお昼。わあ、安い!ボリュームあるなあ、手作りパン屋サンも美味しそう。

気分がだんだん若返って来る(笑)

こんなパフォーマンスも。

さて、孫が出演するテキスタイル、パフォーマンス。小さなホールに舞台も勿論手作り。観客は200余りかな。芸術祭の期間3日間で15公演。チケット代前売り800円。完売だったようだ。昔から【演劇を観る】ことは、学生演劇であれ何であれ、大好きな私。楽しみにしていた。

<以下パンフレットから引用>

テキスタイル・パフォーマンスとは・・・多摩美大学生、生産デザイン学科テキスタイルデザイン専攻3年生を中心として企画・制作するパフォーマンス・ショーです。私達は【染め・織り・プリント】などの専門技術を学び、あらゆる繊維素材を用いた制作を日々行っています。そのような私たちだからこそ表現できるテキスタイルデザインの魅力を、多くの人に知ってもらうのが目的です。芸術祭での毎年の公演も25年目を迎えました。

・テーマ…私たちは、他者の存在によって、自分自身をはじめて認識することが出来る。

      他者に影響をあたえられ、変遷を遂げた末、自分自身をどのように定義するのだろう。

舞台は【潜・染・羨・栓・占・閃・施】”せん”を現す7つの文字による7つの場面。

 

 

 

       画像はいずれもプログラムより拝借しました。

自分が何者か解らぬ始まりから他者との関係によって自分の中の何かが生まれ育ち、変遷していく・・・・無邪気な明るさから、劣等感や挫折からおどろしい感情にとらえられることも。

自己を見失って他者の力に支配される闇へも、やがて救いの存在などから自己を取り戻し、周囲から受けた影響を残しつつ、確立した自分へと成長し。やがて、他者へ影響を与える存在となっていく。次々変わる衣装やダンス、所作などでそのテーマが浮かび上がってくる。メーキャップも勿論自分たちで。

なかなか興味深い斬新な、若い感性の溢れる舞台だった。衣装などは全て染めから織り、制作などなど。学生達の手によるもの。一つ一つの場面に使われる衣装などのデザイン・材質・制作方法などもプログラムに説明してある。

音楽もダンスも見事、思わず惹きつけられる40分の舞台だった。楽しかった。若い人達の感性って凄いなあと素直に感心してしまった私でした。ついこの頃まで小さかったような気のする孫娘は、もうすぐ成人。舞台で目いっぱい演じているのをみると、嬉しさと同時に不思議な気がしてくる。

 帰路は富士山には会えない席でした。何度のっても、飛行機の様なでっかい物体が空に浮かんで飛んで行くというのが、不思議に思えてならない。科学的頭脳が未発達なのだろうか。

眼下に小さく見えるビルや家や道路、箱庭みたいで可愛い!と乗る度に子供の様な気持ちになる、高いところは大の苦手なのに、飛行機に乗るのは好き!でも、次女の住むアメリカへの10時間の飛行機は、もう無理だろうなあ。チョット寂しい・・・。

羽田への送迎は、仕事を休んで娘が車で。横浜滞在中は下の孫ゆうちゃん(高校生)とも色々お喋り。二人の成長をしみじみと感じた。当たり前だが、年月の経つのは本当に早いものだとしみじみ思う。

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スーパームーン。

2016-11-18 14:12:04 | めいのアメリカ便り

今年のスーパームーンは、68年ぶりの大接近で、例年より大きく見える筈だったが、あいにく曇り空、雲が一面に広がって、登るところなども見えなかった。

アメリカ・カリフォルニア州のオレンジカウンティというところに住んでいる次女の”めい”からの画像が送られてきた。

 

山の端からのぼる月を写したのだそうだ。

日本で見ても、アメリカでみても、月は月に変わりはないけど、一度、やはり娘宅に滞在して旅した帰りに、すぐ傍の山から登るびっくりするような月を見たことがある。

【ヨシアツリー国立公園】で、いとも奇妙な【ヨシアツリー] という、聖書の時代からの砂漠のような乾いたところに立つ樹木が沢山生えている、原始そのものの風景の様な公園で、不気味なほどに空に広がる夕焼けやクルクル舞っている人工衛星を見たことがある。でっかい月を見たのはその時だっただろうか。

 

 

ロス空港まで10時間のフライト、以前は娘宅を訪れると2ヵ月余ショートステイを楽しんだものだ。自然に囲まれた家はゆったりと広く住みやすい。

ヨセミテをはじめ色々な国立公園など、二本とは全く違う荒削りで原始そのままの広大な風景に驚き、ラスベガスの煌々とした光の町や見事なショーを楽しみ・・・などなど、沢山の喜びや感激を、娘夫婦が与えてくれた。

だが・・・最近はもう身体のこともあって、例え娘宅にせよ、海外に足を延ばすのを躊躇う。もしアチラで病気でもしたら?とか長い飛行機の旅は辛いなとか。

留学したいと娘が言い出した時から、狭い日本を飛び出すのも又いいかもと、何のためらいもなく送りだし、娘も頑張って大学を3年で卒業。以来アメリカの住人となった。自力で頑張って生活の基盤を作り、結婚し(日本人です)、これからもアメリカで生きて行くことだろう。もう、力を抜いてゆっくり生きて欲しいと思う。今まで頑張りすぎるくらい頑張ってきたのだから。母親は娘達が幾つになっても、自分がもう十分にトシなのに、気持ちだけは昔の儘に、あれこれと案じるものだ。

2人の娘がそれぞれに選んだ道、2人とも離れて暮らすこととなり、娘達一家の健康面など、心配事がないわけではないけど、それは何処の家庭でもあり得ること。人生は楽なことばかりではないのが当たり前なのだから。

それぞれが自分で選んだ道。距離的には遠いけど、親子の絆は距離を超える。リアルタイムで喋ることも顔を見ることも出来るしそういう意味ではAI関係が進んだことに感謝している。

十五夜は見ることが出来なかったが、十六夜の月は中天に美しく輝いた。その月を眺めながら、いろんなことに想いを馳せた。

冷え冷えとした夜寒の澄んだ夜空に浮かぶ月を眺めていると、

いつも不思議な感覚に襲われる。月光はあくまで銀色というか、白色というか、暖かさを伴わない。闇を照らす月の光の矢の広がりに包まれると、この宇宙は何処まで続いているのか、無限のそのまた先に何があるのか…なんていろんな想いが浮かんでくる。

古今日本人はことのほか月を愛してきたようだ、百人一首始め月を読んだ和歌は多い。万葉の時代も平安の御代にも、人々は限りない想いをこめながら、月を眺めていたようだ。

心にも あらで浮世にながらへば 恋しかるべき夜半の月かな。 三条院

山の端に  出づるも入るも秋の月 うれしくつらき人の心か    西行法師

月見れば 千々にものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど 

                                           大江千里

月やあらぬ 春や昔の春ならぬ わが身一つはもとの身にして    在原業平

巡りあいて 見しやそれともわかぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな 紫式部

などは、良く知られた月を読んだ和歌。お正月の百人一首で、意味も良く解らぬうちから馴染んだ和歌も多い。

夜空に静かに澄める月は、人の心を切なく、寂寞として気持ちにさせるようだ。それでも、月に惹かれる気持ちは強い。アポロが足跡を残した科学的に解明された月ではなく、兎がお餅を撞いたり、ロマンと神秘をを感じさせる宇宙の存在として。

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悪天候の中のクルーズ(苦笑)

2016-11-13 10:31:45 | 日々の中で

 昨年が結婚50周年だったので【飛鳥Ⅱ(乗客数872名・乗組員数 約470名。50,142トンで春の短い(二泊三日)博多港→横浜片道のクルーズを

 第2弾として今度は秋の【ぱしふぃっくびいなす】(乗客数620名・乗組員220名。26,594トン】で(三泊四日)のクルーズを、ご隠居が申し込んでくれた。私がC型肝炎から肝臓癌になりながらも、姑の介護や主婦業、仕事など色々頑張ってきたことに対するご褒美の意味もあるらしい。C型肝炎ウイルスも完全消滅したお祝いも兼ねて。船室も最上階のスイートルームを奮発してくれた。

ちなみに【アラスカ・クルーズ】の【ダイヤモンド・プリンセス】は乗客数2670名・乗務員数1100名。116,000トン】ほんとに大きかった。でっかいビルがそのまま海を走るような・・・おまけに長崎造船所で出来て2年目だったので、本当に綺麗だった。それでいて、日本の客船より経費はかなり安かった。

ダイヤモンドプリンセス号

(モントリオール)

 クルーズの魅力にハマった最初は、アトランタにいた次女が招待してくれた【カリブ海・クルーズ】。

マイアミから乗船してバハマなどを巡った3泊4日の船の旅。船の大きさはそれほどではなかったけど、何しろ初めてのクルーズで、新鮮な驚きと楽しさを存分に味わった。日本人の乗客は全くなく、異邦人の気分満喫。外国の人達のTPOがハッキリしているのに「凄いなあ」と感心したものだった。

多分これが最後だろうと思う、今回のクルーズ、

題して【秋の秘境 隠岐島の能登・輪島おもてなしクルーズ】

 秋の一番天候の良い頃だから(例年だと)・・・ところがどっこい・・・博多港を出る時から雨天。以後旅を終えて博多港に向かった10時間位が晴れただけという結果になった。

自然が相手では、致し方のないことで、それはそれとして受け入れるしかない。それでも非日常的な時間をゆったり過ごせたのは、いいことだ(というのは、ちょっと負け惜しみ)

船に乗り込むとピアノが流れて~~。

第一日目 10月27日(木)博多港16:00 小雨煙る中、出港。クルーズの醍醐味の一つ、旅の間自分の部屋として過ごせること。パジャマは持参だが、バスロープもある。私達の部屋は10階。クルーズ船としては飛鳥Ⅱより小さいから、それほど高所という感じはしない。お掃除も一日に2回入っている。

 

 クルーズの良いところは、旅の間はこの部屋が自分たちの個室。荷物なども置いたままで、オプションで立ち寄りたいところに身軽に行けること。日常から離れて過ごすというのが心地よい。シニアにも優しい旅。

船内で、食べる・飲む・遊ぶ(囲碁将棋、カジノなど)・習得する(今回はおもてなし講座やもの作り)・観る(コンサートやショーなど)・ショッピング・ジム・プール・エステ・美容室などなど、一つの町として楽しめることにある。

図書室もあるし、映画館も。オープンバーでは10時や3時に、一口サイズのケーキやサンドウイッチが用意されているから自由に寛ぐことも(酒類は有料)

一番好きなのは、好きな海を眺めながら、ゆったりと流れる時間を過ごすこと。夏だとプールサイドで本を読むも良し、ちょっと泳ぐも良し。今回は【ダリル・スミス ハートフル・ピアノ・コンサート】ピアノの演奏(映画音楽など)映像とお喋りでのライブは楽しかった。

 

今回は悪天候になり、海が荒れた。白波が立って風も強い。二日目は私は船酔い。折角のフレンチが食べられず、料理長さんが「おじや」を作ってくれた。何とも情けない限り。UPだけしておこう。和食もなかなかだった。(写真は面倒になってパス・・笑・・・)

    

二日目 10月28日。隠岐島へ。 小さな観光船に乗り換えて、隠岐島ぐるり海から遊覧ということで。窓にも雨粒・波しぶきがかかる。海の洞窟巡りも波が荒くて遠見に眺めただけ港に戻り、バスで赤尾展望台と摩天崖の観光も烈風と雨の中だった。

  

三日目 10月29日波高く北風吹き荒れて、予定の輪島港には寄港出来ず、変更して金沢港へ。オプションの入っていない人はそのまま金沢観光へ。私達は金沢からバスで輪島へ向かうこととなった。金沢散策でもいいのだけど、急にオプション取りやめは出来ないから、ゆったり行動の筈が、朝食を慌ただしく済ませ7時にはバスへ。2時間以上かけて。バスガイドさんが慣れた方で、説明などは面白かったが、まるでバスツアー。

<輪島朝市>

 

朝市の通りは長く長く続き、干物やお魚を売るオバサン達は元気!呼子の朝市を思い出す。輪島塗り工房やお店も多い。朝ドラ「まれ」のヒロイン土屋太鳳さんが来ていたらしい。輪島の親善大使?に任命されたとかで。記念館もあったし、バスの中でそんな話が聞こえてきた。とても小柄で愛くるしかったとか。

友人などに輪島塗の箸などを買う。塗にもいろんな段階があって、お値段もピンキリ。手頃なところで妥協

千枚田

海辺は白く泡立ち、突風吹き荒れて、日本海の荒々しさを味わった。眺めているには力強さを感じる海だが、髪は逆立ち、寒さに・・・。こういう所で千枚田、これだけの畠を作ってきた人達の苦労を改めて思った。

さて、いよいよ私が楽しみにしていた【加賀屋】のお昼席。日本一のおもてなし、100年を超す歴史の宿とのことで、大いに期待して。確かに凝った内装、きらびやかな室内、でも、何だかなあ。私好みではなかった。しっとりとした和風のイメージを持っていたので。

期待のお昼も【懐石】ではなく【温泉料理】鍋だの陶板焼きだのがついていて、正直がっかり。やっぱり懐石料理は京都などの料亭でないとダメなんだな。ツアー並みの【おもてなし昼席】なんだろうなあ。ご隠居は現役時代泊まったことがあるが、好みじゃないと言っていた。その気持ち解る。といってもお昼に立ち寄っただけだから、それで判断してはいけないだろうけど・・・私にはきらびやか過ぎて、落ち着かない。

 

 

 夜は【ハローウィンパーティ何か手持ちの仮装があれば持参下さいとのことだったので、子供会の時に使うグッズの中からご隠居は宇宙人のマスクを。私は大きな魔女のとんがり帽子と蝙蝠マスク(目に)。赤いものを何か一つ身に着けてくるというのが決まりだったので、真っ赤ではないが赤・白のスカーフを。シルバーでも遊び心の時は楽しく過ごさなきゃあね。

    カリブ海の海賊さんと。ご隠居さんのマスクは、ハローインの夕方、我が家に来た子供達、幼稚園の子かしら、泣き出してしまいました。確かに不気味ですねえ

  

 ご隠居サン、好きなフローズン・マルガリータ手に、ほろ酔い気分、ゆったり過ごすのが何よりとご満悦。ブルーのカクテルは船の名前を付けたカクテル。

そうそう、大ホールでのビンゴ大会で、私【ビンゴ!】船のロゴの入ったトートバックを頂きました。宝くじ買おうかなあ(笑)

10月30日四日目荒れる波も鎮まって、初めて美しい海の日の出を見ることが出来ました。スイートルームのバルコニーから空が薄紫から淡いピンクへと移りゆくのを眺めて過ごしました。

 

ゆったりと静かに船は進み、博多港が近づいてきました。船酔いするほどの悪天候の中でのクルーズ。それもまた良き想い出となることでしょう。

 

奇遇ですねえ!!」船内で「まあ、Tさん!」と声を掛けられました。なんと!同じ町内のNさんご夫婦。初めてのクルーズだそうで、奥様は楽しんでいらっしゃったけど、ご主人様は船酔いやら何やらで・・・クルーズ嫌いになられてるらしい。まあ、そう思わずに。こんな悪天候は滅多にないのですから~~と言ったのですが。

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博多祇園山笠、世界無形文化遺産登録に。

2016-11-03 14:58:52 | 日々の中で

11月に入った。

今年もあと2ヵ月足らずで終わるのだなと思いながら、まだ初冬とは言えない青空を眺める。起きだした時にはひんやりと感じるが、まだガウンを羽織る程でもない。

嫌な事件多発の中で【博多祇園山笠、世界無形文化財に】という嬉しいニュース。

【山・鉾・屋台行事(全国で33件)】がユネスコ世界無形文化遺産に登録された。その33の中に、九州からは5つの祭りが入って、博多祇園山笠もその一つ。

結婚以来住んでいる太宰府(転勤で出たり入ったりはしたが)は、私にとっては第2の故郷。両親が代々の博多っ子であるルーツの端っこにいて、幼い頃から山笠にワクワクしてきた私、やっぱり山笠が世界無形文化財に…というのは、とても嬉しいことだった。底流に【博多のぼせもん】の血が流れているのだろう。

<博多祇園山笠>(福岡県、福岡市)

  

博多山笠以外の4つの祭り(いずれも画像はネットから拝借しております)

 <戸畑祇園の曳山>提灯山が凄いです。(福岡県、北九州市)

(  

<唐津くんちの曳山> 曳山が14番まであります。(佐賀県唐津市)

  

<日田祇園の曳山>(大分県日田市)

  

<八代妙見祭の神幸>(熊本県 八代市)

  

 小さな列島、島国 日本には各地に小さな鎮守の祭りから、大きな大きな祭りまで、一体いくつあるだろうという位だ。それぞれにそれぞれの歴史がある。城下町、神社、信仰、治める者と治められる者たちが、うまく融合して、四季豊かな日本の自然を敬いながら、祭りが生まれ、長い歴史の中で息づき、守られてきた。一つの県に幾つの祭りがあるのだろう。こういう国は、世界の中でも日本位ではないかしら?と思ってしまう。日本に生まれた一人の人間として、とても嬉しいことと感じる。芸能や祭りといった伝統が、後世まで残って行くことを、心から願う。嬉しいニュースだった。

 

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秋のある日。

2016-10-25 12:56:22 | 日々の中で

10月25日

久しぶりに秋らしい澄み切った青空が広がった。風も優しく、日向で浴びる陽光は汗ばむくらい。明るい一日だった。

 

家の前で。玄関のハナミズキはもうクルクルと落ち葉となる。真っ青な空に薄い昼の月が。庭ではツワブキも咲き始めた。ホトトギスは群生してゆらゆら。秋ですねえ。

娘から次女の高校の【表現祭】の動画が幾つか届いた。この高校は2年生で部活なども終わりとなるので、最後の自主的な秋の表現祭。次女のYちゃんは、部活吹奏楽部での出し物の台本書いたり司会したり、歌では仲良しの友とデュエットで出演。優勝したそうだ。今風の何だか難しい長い歌だけど、とてもきれいにハモッて、心に優しく響く繊細で澄んだ綺麗な歌声だった。

本当は「見に来てね」と言われたし、行きたかったのだが、うっかり、結婚50周年第3弾(笑)と称して、秋のクルーズ(短い3泊4日)を5月ごろには、早々と予定に入れて経費も払い済み。Yちゃん、ごめんね・・・。

それにしても・・・カラオケ大の苦手、音痴だと自覚している私の孫が、こんなにうまく歌えるとは!婿も学生の頃ちょっとバンド組んでいたとか聞いたことがあるので、そちらの血筋かな。

マア私の周囲にも子供達にミュージカルのボイストレーナーしている従妹の娘や、プロでドラムやっている従弟もいるから、少しは遺伝子の中にそういう才能が組み込まれているのかも。ご隠居もカラオケ嫌いだが、それでも歌えば音程がしっかりしているので、100点!が出たりする。クラシック大好きだし、耳はいいのだろう。なんて取り留めもないこと考えながら、動画を見ていた。姉は目下美大での、やはり【秋の芸術祭】準備で大忙しらしい。孫達の成長を嬉しく思いながら、さてどんな道を選ぶのだろう?ジジ・ババが口を出すことではないし。

気持ちの良い秋日和に誘われて散歩。昼下がりの散歩で、町内にもハローウィンの可愛い飾りつけを見つけた。、

  

次女のところ(カリフォルニア)に滞在していた頃のハローインを想いだす。色んな仮装や、家の飾りつけ、中には家全体をお化け屋敷に作り変えて、子供達の声が夜の街に響いていたり、親子で家族で楽しんむ宗教行事だった。

平幹二朗さん、旅立つ。82歳。

 台詞の上手い存在感のあるスケールの大きい役者さんだった。何度か舞台を観た。最後に観たのは「王女メディア」蜷川幸雄サンと組んでの「オセロ」などシェークスピア劇の数々。TVでもよく観たし、昔の大河ドラマ「樅の木は残った」は好きな作家山本周五郎原作だったし、印象に残っている。主婦として忙しい日々だったが、このドラマは一回も外さず観た記憶がある。

だんだん、私がいいなと思っている俳優さんや役者さんが、鬼籍の人となる昨今だ。人には必ず終わりが来るのだから、仕方がないのだけど~~寂寥感に心が沈む。

家の前からの今日の【宝満山】秋のお山は登山の人達で賑わっているだろう。それにしても電線が邪魔だなあ。

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