ととろサンのひとりごと

【観たり聴いたり旅したり】からこちらへ。日々の生活、旅する心、アメリカ滞在のつれづれを書き綴っていきたいと思っています。

小さな集まり(九博ボランティアOB五人会)

2016-09-13 06:14:06 | 日々の中で

9月11日(日)

9月も半ば近く、朝夕の空気をひんやりと肌に感じ、秋の訪れを実感できるようになった。水引草などに加えて、白い曼珠沙華も庭の彼方此方で咲き始めた。

一年に一度か二度の【五人会】は、九州国立博物館環境ボランティアの方達が、ボランティア卒業後も、袖分かちがたく、ランチ会などで交流して旧交を温めている小さな自主的な集まりだ。

 彼女たちとご隠居で作った博物館環境に関する小冊子。読みやすく中身の濃い物に仕上がっている。

ランチ会の後、我が家で【お茶タイム】を・・・が慣習となって、私も参加させて頂いて楽しい時間を過ごしているが、今回は「ぜひご一緒に」とお誘いを受けて、博物館ボランティア未経験の私もご一緒に昼食の席へ。場所は・・・よくMYブログに登場するミニ・フレンチのお店【きくち亭】 以下の画像はNさんからお借りしました(実は事後承諾するつもり。Nさん無断拝借ごめんなさいと有難う)

  

 

まぐろのカルパッチョ、・南瓜のポタージュ・牛肉のワイン煮(お肉が柔らか)・デザートに珈琲。女性向きのミニ・フレンチ。御主人は福岡市内有名ホテルの料理長定年後奥さんと二人で二人でなさっている。リピーターの多い小さなレストランだ。

美味しい食事と楽しい会話、そのあとは我が 家へ。50代から30代までの4人の女性は(会には男性はご隠居緑一点である)皆さん、それぞれに雑誌の編集などのデザイナーはじめ仕事を持ち、あるいは博物館関係のNPOと主婦、趣味の域を通り越し素晴らしいパッチワークの作品を作られるTさん、ミュージカルはじめ演劇に詳しいSさんなどなど・・・。

今夏思いがけず入院などしてしまった(転ばぬ先の杖ではあるが)私には、何よりの慰めと元気をいただいた時間だった。皆さんのそれぞれの思いやりや心遣いも嬉しい。

一年に一度とは言わずもっと集まりましょう!と。次回からは「六人会」何か会の名称考えましょう!ということになった。

  Tさんお手製の小さな小さな小銭入れが皆さんに。(私は早朝散歩の時にお賽銭が幾つがいるから、それに使わせてもらおうかな。

食事の後なので、軽い季節のお干菓子にお抹茶を入れた冷茶を添えてみた。手作り野菜を届けて下さるYサンから、先日頂いたゴーヤの佃煮もちょっと皆さんに。箸休めにいいですねと評判上々だった。

楽しい時間はあっという間に過ぎて、次回は光明寺の紅葉をみて・・・なんて話が盛り上がる。皆さんの笑顔に元気づけられたご隠居と私、明日からも気持ちは年齢詐称で若く(つもりで)過ごして行きたいものである。

広がる青空に刷毛で描いたような秋の雲が浮かび、小さな庭に漂う気配もひんやりと、初秋の訪れが肌に心地よい。今日も良い一日になりますように、いや、そうしなくちゃあね。

 今朝の空。

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癌治療と陽子線照射

2016-09-09 21:19:35 | 日々の中で

俳優の渡瀬恒彦さんが、鹿児島の指宿に飛んだ・・・と週刊誌の見出しにあった。「あ、私が行った治療センターだ」

   

(陽子線照射する【回転ガントリー】地下にある。    【指宿陽子線癌治療センター】

    

(治療陽子線照射の説明)               (ホテルの温泉)

私はC型肝炎から肝硬変を得て肝臓に癌が2個出来た。インターフェロンなどを試みても治らず、C型肝炎→肝硬変→肝臓癌。という有難くないコースでの終着駅・肝臓癌!

主治医の肝臓専門の医師から【保険は効かないけれど、何とかして受けられた方がいい。今まで僕が勧めた人達は全部完治したよ】と強く勧められたのが【鹿児島・指宿】にある癌治療の陽子線治療センターだった。命には代えられない、癌移植などに比べれば何とかなると夫や娘達が背中を押してくれた。

指宿の山の上にある【陽子線治療センター】は、その横にあるホテル。指宿だから、当然温泉つき)ここに夫と滞在しながら、治療センターで毎日30分程度(実際の照射は5,6分)2週間ほど受けた。

結果は・・・2個の癌は死滅(焼失というべきか)。抗がん剤などは全く使わないで済んだ。照射を受ける時は【MRI検査】の様な感じである。

この治療の特徴は、照射した陽子線は患部のところでピタリと止まるところだろう。今までの放射線治療では、患部以外にもダメージを与えたため、癌は無くなっても、他のところに照射の影響が出て、それが命を失うことになったりしていた。

ただ、【動く部位】つまり、胃癌や大腸癌、血液の癌などは治療の対象にならない。治療前にセンターで検査を受ける必要がある。肝臓癌・乳癌(切除しないで)肺癌などは治療出来る。

渡瀬恒彦さんは、何の癌かはしらないが、陽子線治療の対象になるような癌で、私のように全治されることを、心から祈りたい。

更にこの治療は、癌保険に300万は加入していれば、保険内で賄えるが、そうでない場合は自己負担である。私は自分の体験を通して、一日も早くこの治療方法が、健康保険の対象になれば、もっと多くの人達が受けることが出来るのにと残念でならない。

なお、C型ウイルスは、昨年秋から健康保険適用になった【ハーボニー錠剤(抗ウイルス剤)】服用で完治することが出来る。私の周りでも何人もの知友人が、この薬服用でC型ウイルスとサヨナラ出来ている。B型肝炎と違って、国からは何の保証もなく、自己負担で長年医療してきた人達には、やっとやっと治療法の実現である。私も自己負担でも到底手も足も出なかったこの薬が、保険適用になったことで、長年耐えて来たC型肝炎と縁を切ることが出来た。

血液検査の結果、【GOTなど肝臓数値は平均以下の正常値へ。C型ウイルスは検出されず】という結果が出ている。

ただ、沖縄でのとんでもない診療に始まる癒着の問題は、これからも引きずる現状で、今夏ちょっとイリウス気味になり、早目に入院治療した。これだけが私の気を付けて過ごさねばならない【アキレス腱】である。最悪の状態になる前の敏速な処置が大事と改めて思ったことであった。

厚生省は大変高価なこの錠剤を、保険適用しても、将来C型肝炎患者が訴訟などを起こすようなことになるとよりは昔の予防注射回し打ちとか、輸血が原因でC型になった人も多い)結果として保険適用にしても、患者がいなくなることの方が良策と考えたらしいという記事を読んだことがある。

詳しくはブログの【C型肝炎治療記】【ハーボニー服用記】を参照下さい。1人でも多くのC型肝炎患者さんや癌患者さんの参考になれば良いと思ってUPしております。

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台風12号、有難い【肩すかし】

2016-09-05 14:28:18 | 日々の中で

9月5日

 昨夜から【台風12号九州上陸か】と報道が刻一刻と。近年は大きな自然災害が多いので、地震や台風予告報道は、以前に比べると非常に詳しくなっている。

 

昨夕、家の前からの夕焼け。分厚い雲が広がっていた)(ロープで車庫の屋根固定)

ご隠居は昨日、早速我が家の台風対策。車庫の屋根をロープで固定し、鉢物は屋内に、窓の簾は全部外して。夜は日頃閉めないままの雨戸もしっかりと閉めて寝た。何年前だったろうか、台風で四王寺山の樹木がなぎ倒され、無残な山肌が何本かくっきりと残った。我が家の車庫の波板も壊れて飛んで行き、屋根瓦も何枚かずれたり落ちたりしたことがあった。それ以来、しっかりと固定したりして台風に備えることにしている。

が、夜半も静か、今朝も小雨程度で、台風らしい気配はなかった。有難い「肩すかし」である。

「外すのも面倒だから、どうせまた台風は来るから、ロープはこのままにしておこう」とご隠居。

 台風10号による酷すぎる被害の爪痕は無残、一気に襲いかかった豪雨による河川の氾濫は、防ぎようもなかっただろうが、風馴れしていない岩手や北海道は、避難勧告や誘導が、遅きに失した感もある。命を落とされた方達、なんと切ないことか!

    被害に遭われた方達に、心からお見舞い申し上げます。

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ネット夏休みが終わると、初秋の気配が・・・。

2016-09-02 09:38:30 | 日々の中で

 今夏は格別に酷暑でした。37度など体温を超す熱波の日々、皆さまには暑さにも負けず、お元気でお過ごしになりましたでしょうか。

長い【ネット夏休み】・・・すっかり休み癖がついてしまいましたが、早朝には爽やかな空気が漂って暑さが続く中にも、秋の季節が密やかに近づいていたのだなと感じるようになりました。

庭でもミズギボウシや水引草がたちはじめ、私の好きな秋の桔梗も咲き始めました。  

今夏我が家の庭で生まれた蝉の数は116匹(ご隠居が丁寧に日々抜け殻を数えておりました)

その蝉達も力いっぱい生きて、啼いて、子孫を残す伴侶を求めて、短い命を終えて、庭は静かになりました。 さて、涼風立つ秋の季節、どんな明日が待っているのかな。

 

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役者の心貫いて・・・仲代達矢サンの話を聞く。

2016-07-24 04:48:15 | 日々の中で

今年度の市民大学のゲストメンバーを見て、ご隠居さんが受講したいと。昆虫老年憧れの昆虫写真家栗林慧さんが講師に名を連ねていたから。私は1月の片岡仁左衛門さんの話も楽しみだったが、生憎の大雪。やむなく断念した。

7月の講師は俳優の仲代達也氏。アクロス・ホール(会場)に行く前に久しぶりに中洲でランチ。那珂川沿いのホテル13Fのレストラン(ご隠居サン同窓会幹事会会合に使っている)からの眺望はなかなかのものだ。

昼の部の会場は、シニアの人達で満員(笑)

話の進行役は、市民劇場を立ち上げて(当時は労演)企画や運営に長年携わって来られた川述サン。その功績で賞を受けられたりもしている。仲代さんとは個人的にも深い交流がある人。

私は福岡労演が始まった頃(確か東中洲の小さなビルの階段を上ったところに事務所があったような記憶があるが)から、職場での【演劇サークル】の世話をしていたので、事務所にも出入りして、川述さんのお若い頃を存じているので、とても懐かしかった。

仲代さん83歳。川述さん90歳!!年を重ねても凄い人達がいるものである。

仲代さんが何故新劇俳優を目指したか。幼年期からの人生と舞台と映画を年代を追って振り返りながら、演劇好き・映画好きなら嬉しくなるようなエピソードも披露してくれた。

少年期に父親を亡くし、苦労をしている時に俳優座養成所へ。競馬場で働いていた時に、先輩から「お前は顔がいいので役者になったらいい」と言われて。夜学で学びながらの役者修行だったようだ。

1957年の小林正樹監督【黒い河】映画出演二作目。私が初めて仲代さんを観たのはこの映画。物凄く印象に残っている。のちに成人向き映画になったくらいだから、高校生の私が観て衝撃的だったのは当然(なんで見たのか?多分小林正樹監督作品だったからだろう)だけど、現在の映画に比べるとシーンそのものはなんてことない・・・ものである。以来出演映画は殆ど見ている。舞台も福岡に来演したものは。ただし結婚前のことだが。

仲代さんの役は【人切りジョー】という当時の愚連隊と言われるような。ガラス玉のように黒く底の知れない【目】が凄かった。(のちの黒沢監督の【用心棒】の悪役の原形はここにあったように思う)こんな目をした俳優さんは、他にはいないと思う。

現在の仲代さんは、照れくさそうな笑顔が魅力的、あの独特の目も優しげになられていた。

歌舞伎で云うなら【四谷怪談】で女房のお岩を殺す、田宮伊右衛門という二枚目の【色悪】のちに仲代さんは、小沢栄太郎さんの演出の舞台【四谷怪談】で伊右衛門を演じている。歌舞伎で云うなら【任に合う】(役柄に合う)ピッタリだったことだろう。その頃はもう私は結婚したので、映画や演劇とは遠ざかることとなって、観ていない。

新劇で歌舞伎通りの台詞での舞台化。中村歌右衛門丈はじめそうそうたる歌舞伎役者さん達が見に来たので、緊張したとのエピソード。

この【黒い河】には山田五十鈴さんが強欲な家主のオバサンになって出ていたが、その演技や顔のやつし方(歯は出っ歯にして、品のない顔に作り変えて)に若い私は圧倒されたのを覚えている。なんと凄い女優さんだろうと。

  

ネットから拝借しました。(右端は【炎の人、ヴァン・ゴッホ)

高校生の頃新聞部に籍を置いていたので、【広告取り】も仕事の一つ。福岡市内の映画館・映画支社まわりをしているうちに、試写を見せて貰ったり、当時は福岡にも映画や演劇評論家の人達がいて、そのオジサマたちに【映画・演劇好きな女子高校生】はオモシロイ存在だったのだろう。可愛がっていただいて、映画評書いたり、ラジオに出たり。この10代半ばから結婚するまでに見た映画・演劇は、私の財産?なのかもしれない。高校生の時のバイト代(夏休みの博多大丸でとか、家庭教師とか)は演劇見たりするのに消えたのかも知れない。母が【若い頃に良いものを見ておくのが良い】と言う考えの人だったので、「モスクワ芸術座」とか「朝日五流能」とか「文楽」とか、高校時代に観たものは鮮烈に記憶に焼き付いている。

仲代さんと奥さんの宮崎恭子さん(後に舞台女優をやめて、脚本・演出家隆巴に転身)との結婚、そして【無名塾】立ち上げ。役所広司サンもこの塾の出身だ。

講演の中で心に残ったのは「あくまで自分は役者でいたい」だから、日活などから専属のオファーがあったり、良い映画の話(どちらも金銭的には舞台に出るのの10倍以上)結婚した時も【家を建ててやるから】の話もあったが、恭子さんに相談すると『貴方の好きなようにしたらいい』・・・・どんな良い話があっても一年の半分は舞台に専念する姿勢を貫いたこと。モヤ(仲代さんのあだ名)を理解していた奥さんだったからだろう。

「自分はあくまで役者でいたい」が信念だという。そして『良い役者を育てたい」それが役所広二などを生み出した【無名塾】の誕生、今も続いている所以だろう。そう言うところが凄いなと思いながら話を聞いた。

自分のやるべき目標をしっかり持った人の、存在感と人生観!!賞賛!!

更に戦争体験や五味川純平著作の【人間の条件】の話の時に【戦争はあってはならない、やってはならない】との気持ちを現されたこと。

【人間の条件】は第6部迄あって、当時中州に合った松竹座で一挙上映の時は、お弁当持って御隠居サンと観に行った記憶がある(まだ結婚前のこと)映画と観劇と山歩きと喫茶店が私達の時代の青春だった。しかし今もう一度観るか?と言われると・・・きついなあ、精神的にも時間的にもと思ってしまう。

 用心棒(ネットからお借りしました)

仲代さんは舞台では、いわゆる洋物(シェークスピアー劇など)を演じるにベストな俳優さんだと思う。映画・ドラマも黒沢監督や小林正樹監督にいつも登用されて、演じるものが大きな賞を貰っている。ドラマでも【大地の子」なども。存在感の強い大きな役者さん、ある意味三船敏郎にも重なるような。上手いと言うなら宇野重吉さんや滝沢修さんなどの方が演技力を感じるが、仲代さんは役そのものを一つの凄い存在として感じさせる力がある。

話を聴き終った後も、昔の若い頃の事や映画や演劇のことが思い出されて、心が高揚し、気持ちが落ち着かなかった程であった。

益々お元気で、役者道を貫いて下さい。

  それにしても…福岡市中心部に中型劇場欲しいなあ。

 

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