蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

再会の海

2011年11月30日 | 季節の便り・旅篇


 水深10メートルの水底で、林立するジャイアント・ケルプの間から、真っ赤なGaribaldiが迎えてくれた。4年ぶりの懐かしいSanta Catalina Islandの海。10月終わり、寒流が流れ込む秋たけなわのカリフォルニアの海は水温16度、朝から濃密な海霧に包まれたこの日、外気温は20度までしか上がらなかった。

 娘婿のマサ君がインストラクターとして、娘夫婦の最も気の置けない友人のマックスとサッちゃんのダイビング・ライセンス挑戦の実技コースで、Santa Catalina Islandに向かうと言う。誘われて断る筈がない。家内と娘共々同行することにした。
 深い霧の中、カタマランの高速艇でおよそ1時間40分。Avalonの港に着いた。4年前の北部の無人の入り江と異なり、此処は観光ダイブと、訓練ダイブのメッカである。エアタンクまで持ち込んだかさばる機材をタクシー代わりのカートに預けて、20分ほどAvalon湾の海沿いを北に歩くと、Avalon Underwater Parkに着く。

 マックス達の初の訓練ダイブの間、私は荷物番。家内は娘に伴われて、潜水艇でひと足先に海底遊覧を楽しんだ。エアで打ち出される餌に群がる魚影の群は半端なものではなく、加えて水面からの光に揺らぐジャイアント・ケルプの林に家内は大満足だった。

 4年前のライセンス挑戦ダイブは、30人乗りの大型ダイビング・ボートに泊り込み、18人の高校生と寝食を共にしながら3日間訓練の日々を過ごした。そこでは機材一式を身に着けて甲板を数歩歩き、2メートルほどの舷側から脚を開いて真っ直ぐに飛び込むジャイアントストライド・エントリーだった。メキシコや沖縄の海では小型のダイビング・ボートだから、舷側に座って後ろ向きにとんぼ返りする最も楽なバックロール・エントリーが出来た。
 しかし、Avalon Underwater Parkはビーチ・ダイビングであり、歩いて海にはいるウエイディング・エントリーとなる。…脱衣所もない道端で7ミリのウエットスーツや装具一式を着け、更に浮力を抑えるためにBC(浮力調整ベスト)に8キロのウエイトを装着し、重いエアタンクを背負って10メートルほど歩き、岩場につけられた20段ほどの階段を下りて海にはいる。20キロを越す重量に腰が砕けそうになるこのエントリーは、高齢非力な身には結構厳しいものがある。この日もインストラクターに率いられた訓練者のグループが次々に訪れ、エントリーは長い順番待ちの状態だった。最後の階段でフィンを装着して海に身を投げ出すと、一気に重量が消える。この瞬間の快感は何とも言えない。

 マサ君と娘に見守られながらマスクを被り、レギュレータを口に咥えエアをBCから抜き、耳抜きを繰り返しながら身体を沈めていくと、そこはもう懐かしいカリフォルニアの海。ジャングルのように生い茂るジャイアント・ケルプを縫うように水深を稼いでいくと、お馴染みの色とりどりの魚達が迎えてくれた。1日に50センチも伸び、最長50メートルにも育つジャイアント・ケルプが、豊かな海を育てている。真っ先に迎えてくれたのが、真っ赤なGaribaldiだった。赤に青縞の可愛いBlue Gobyや黒目のBlack eyed Goby(ハゼ)、水面近くに霞のように半透明に群れるAnchovy、スズメダイのようなBlacksmith、巨大なKelp Bass、Senorita(セニョリータ)という楽しい名前の魚もいる。岩の下からLobsterの髭が覗く。幾種類ものSea star(ヒトデ)がいる。マサ君が指差す岩の隙間に、小さなOctopus(蛸)が蹲っていた。Sea cucumber(ナマコ)、Gorgonian sea fan(ウミウチワ)、オレンジ色の可愛いKelp cling fish…水温の冷たさを忘れ、時を忘れ、序でに歳も忘れて、瞬く間にダイビングが終わった。

 ハーバー近くでカクテルを飲みながらメキシカン料理を慌しく掻き込み、夕方の高速艇に乗った。6週間のアメリカ滞在で唯一の小さな旅だった。帰り着いたロングビーチ港で、4年前にお世話になったダイビング・ボートを訪ね、覚えていてくれたダイビング・ショップのオーナーのジョンとデビー夫妻から暖かいハグを受けた。
 そして後日、ライセンスを取得したマックスから、CIAのロゴが入った野球帽が届いた。今回の旅の記念の一品である。

          (2011年11月:写真:エントリー待ちのダイバー達)