蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

Viva Mexico!

2020年08月22日 | つれづれに

 カリフォルニア州南端の国境の町・San Diego を過ぎると、メキシコの街Tijuana。日本語では「ティファナ」と記載されるが、現地では「ティワーナ」と発音しないと通じない。騒然とした街で、ロバにペンキで縞を描いて「縞馬」と称し、記念写真を撮らせようとしたり、いきなり「貧乏プライス、見るだけタダね!」という日本語が飛んできたり、旅人と割り切れば、それなりに楽しい思い出が出来る街だった。出るのは簡単だが、再びアメリカに戻るには厳しいパスポート・チェックがある。
 
  Lax(ロサンゼルス空港)から南におよそ2時間半、長さ1200キロを超えるBaja California半島の最南端San José del Caboに、次女が30年間11月第2週の1週間をタイムシェアするリゾートホテル、プラヤ・グランデがある。
 カボ・サンルーカスとサン・ノゼ・デル・カボという二つの町があり、その地域一帯がロス・カボスという世界的に有名なビーチ・リゾートとなっている。
 4度ほど訪れ、ダイビングでシー・ライオン(カリフォルニア・アシカ)と戯れたり、サンド・バギーでサボテンの原野や砂浜を走り回ったり、アウト・ドア三昧を楽しんだ。

 ホテルのプライベート・ビーチに座り、朝はコルテス海から昇る朝日を眺め、夕べには太平洋に沈む夕日を見送った。この半島の最南端ランズ・エンド(地の果て)のアーチ状の奇岩を回って、遥かアラスカ沖から南下して来たクジラが、ブリーチングを繰り返しながら、コルテス海に入り込む姿が見られる。
 コルテス海の最深部には肥沃なコロラド川が流れ込み、豊富なプラントクトンを沸かせて、ジンベエザメやクジラなどの大型海洋動物を招き寄せるのだ。
 港からダイビングボートで5分も走れば、ネプチューン・フィンガー(海神の指)という奇岩や、アシカのコロニーの岩山の底に、綺麗な白砂が拡がるダイビン・グスポットがある。此処で、ギンガメアジの大群・トルネードに囲まれる貴重な体験もした。

 ホテルには5つのプールと3つのジャグジーがある。プールサイドのチェアに横たわると、顔なじみのメキシカンのボーイが「オラ!」と声を掛けながら寄ってくる。「オラ!」と返すと、すかさず「バナナ・マルガリータ?」……すっかり、好みのドリンクを覚えられてしまっていた。
 
 プールの奥には、腰まで水に浸かったまま座るバーがあって、そこでメキシコのビールを頼む。味の濃いメキシコ料理には、爽やかな味のメキシコのビールが合う。櫛切りにしたグリーン・レモンを絞り込み、そのまま瓶に落とし込む。あおるように飲むメキシコのビールは、常夏の日差しの下では欠かせないものとなった。
 TECATE(テカテ)、DOS EQUIS XX(ドスエキス)、CORONA EXTRA(コロナ エクストラ)……10度ほどのアメリカ訪問、その中での4度のメキシコ訪問で、いつの間にか、この3種のビールに魅せられていた。

 コロナ籠りに倦んだ一日、半年ぶりに近くのショッピング・モールに出掛けた。混雑もなく、いつもの輸入品専門店に寄ったら、懐かしいCORONA EXTRA(コロナ エクストラ)が並んでいた。時節柄、売りにくいし買いにくい銘柄である。しかし、懐かしさが先に立ち、買うことにした。カミさんが並んでいる間に食品売り場に走り、ただ一つ残っていたライムを買う。本場のグリーン・レモンに代替するには、これしかない。
 2本買ったが、ライムは櫛切りにすれば6本分である。翌日、またモールに走って4本を買い足すというオチが付いた。

 「Viva Mexico!」とつぶやきながら、コロナに倦んでコロナを飲む。今日、最後に残っていたツマグロヒョウモンの蛹が羽化し、雷鳴轟く空に飛び立っていった。
 気温は相変わらず35度を超えているが、少しずつ夏が衰えようとしていた。
                     (2020年8月:写真:、CORONA EXTRA)

季節の亡び

2020年08月18日 | 季節の便り・虫篇

 初鳴きは7月2日だった。それから僅か40日ほど後の8月12日、ツクヅクボウシが秋を呼ぶ初鳴きを聴かせた。耳鳴りがするほど庭に君臨していた「ワ~シ、ワシ、ワシ、ワシ!」という姦しい声も既に盛りを過ぎ、日毎に法師蝉の「オ~シ、ツク、ツク!」に王座を譲り渡していく。

 過激な暑さが続く。史上最高の41度超えという浜松の記録に霞んでしまっているが、ここ太宰府でも昨日は36.5度、私の平熱と同じである。
 そうか、私の体温は、こんなに暑っ苦しく、鬱陶しいのか!
 「いえいえ、同じ温度でも、大気と体温では全く異質です!人肌の、ほっこりとする優しい温もりと一緒にしないで下さい!!」と、誰か言ってくれないかな。

 昨日の朝、エイザンスミレの食べ残した茎に下がっていたツマグロヒョウモンの蛹が、丁度殻を破って羽化するところに出くわした。3頭目の羽化である。
 2頭目は、既に羽化が終わった後だったが、今回は見ている目の前で背中が割れ、くしゃくしゃに丸めたような翅が現れた。急いでカメラを取りに行っている僅かな間に、惜しい!!既に翅が伸びきって、弱々しい触覚も垂れ下がっていた。思った以上に速い変化だった。

 昆虫少年を自認して70年、長い長い虫たちとの付き合いだったが、蝶の羽化の瞬間に立ち会ったのは今年が初めてだった。蝉の羽化は夜9時過ぎから長い時間を掛けるが、蝶は朝7時頃から一瞬で羽化する……新しい体験だった。
 ツマグロヒョウモンの蛹は、まだ2つプランターの蓋と、横たえていた庭仕事用コロ付き椅子の縁にぶら下がっている。指で触ると、くねくねと身をくねらせて威嚇する。あの10個の黄金色の突起が、朝の陽ざしを受けてキラキラ光る。やはり、この黄金色も威嚇の装備なのだろうか?

 やることもなく、行くところもないコロナ籠りのお盆を前に、公安委員会から運転免許証更新に伴う「認知機能検査・後期高齢者講習通知」が届いた。来年1月18日が、多分私の最後の免許証更新になる。
 3年前は盆明けを待って予約を入れたら、既に10月末しか空いていなかった。それに懲りて、今年は即日予約の電話を入れたら、「最も早い日は、9月9日の9時10分、福岡試験場です」と答えが返ってきた。ありがとう!なんのi異存があろう。 
 屈辱的検査ではあるが、己の脳の健康度を知る得難いチャンスでもある。前回の97点を超えるのは無理にしても、49点未満で「認知症専門医の診断」になることはないだろう。
 不安?楽しみ?……ギラギラの夏空を見上げながら、自分の内心を転がして遊んでいた。

 庭の片隅に、クマゼミの雄と雌の亡骸が転がっていた。一つの季節の亡びである。
 長い長い地中の生活を経て地上に這い上がり、羽化して1週間ほどの命である。ひたむきに鳴き立て、伴侶に巡り合って交尾し、次世代への命を繋げば使命は終わる。繁殖行動を終えて静かに横たわる亡骸は、哀しくもあり、また美しくもある。繋がれた命が再び地上に現れる姿を私が見ることは、多分もうないだろう。

 「頑張って生きたね!」と心の中で声を掛けながら、二つを側近くに並べて寄り添わせてやった。
                   (2020年8月:写真:寄り添うクマゼミの亡骸)
             

誕生劇、終章

2020年08月10日 | 季節の便り・虫篇

 台風5号が九州の西の海上を北上する午後、時折烈風と雨が剪定が終わった庭木を大きく揺する。この数時間のずれが、おそらく命の誕生に小さな奇跡を齎したのかもしれない。

 いつものように5時半に起床、ストレッチのあとのウォーキングをやめて、日差しが穏やかなうちに庭の手入れをしようと縁から降りた。その瞬間、紫陽花の繁みの中から一頭の蝶が舞い出た。薄い黄褐色の地に、やや濃い黄褐色の斑点を散らしたツマグロヒョウモンの雄だった。前翅の先端部表面が黒(黒紫)色地で白い帯が横断し、ほぼ全面に黒色の斑点を散らした雌に比べ、少々地味な雄である。せめてもと、後翅の外縁を黒く縁取っている。
 
 エイザンスミレのプランターで育った幼虫が、いつの間にか姿を消していく。垂直に下がって蛹になる場所を探して行方をくらますのだが、ここ数日狩り蜂が飛び回っているのが気になっていた。狩り蜂の穴が既に4か所、幾つかには狩られたキアゲハやツマグロヒョウモンウモンの幼虫が麻痺させられて眠っているかもしれない。これも厳しい大自然の摂理である。

 1時間半掛けて、生い茂り始めた雑草をねじれ鎌で根こそぎにこそげ取っていった。背中に照り始めた日差しにはまだ苛烈さはなく、汗にまみれながら家の周りを全て刈り尽くした。Tシャツの胸が汗で黒ずんでいく。眼鏡に汗が滴り落ちる。一気に掃き集めてごみ袋に詰め終わったら、既に8時だった。
 土を均しながらふと見やった先、プランターの淵に下がっていた蛹から、ツマグロヒョウモンがもう1頭羽化したばかりの姿が目に入った。まだ体液が十分届いていないのか、触覚も力なく垂れ下がったままだった。薄く開いた翅の間から黒い地色と白帯が見える。今度は雌だった。

 朝食を終えて再び庭に下り立つと、それを待ってくれていたようにピンと触覚を伸ばして羽搏き、近くのキブシの枝に飛び移った。卵を産み付けるところから見守った誕生劇の、まさに終章である。
 羽化の瞬間を見るのは難しい。一日中蛹の前に座っているわけにもいかないし、多分早朝の羽化だったのだろう。羽化直後の弱弱しい瞬間から見届けられただけでも、稀に見る僥倖なのである。
 数時間羽化が遅れていれば、この激しい雨風の中では危うかった。小さな奇跡という所以である。

 この春から夏にかけて、この蟋蟀庵でどれほどの命が誕生したことだろう。空蝉も、その後増えて65匹を数えた。今日、ツマグロヒョウモンの雄雌2頭、まだ縁の下にキアゲハの蛹が1頭、エイザンスミレの葉裏にはツマグロヒョウモンの蛹が2頭、さらに幼虫が2頭育っている。蛹の足場に、枯れ枝を数本プランターに立てた。
 目に見えないところでも、いろいろな小さな命が生まれていることだろう。軒下のアブラコウモリも、やがて子育てを始めるかもしれない。
  
 奔り過ぎた雨のあと、烈風だけが残った。月下美人の鉢も倒れるほどの風の中を、1頭のアオスジアゲハが飛ばされていった。
 「悪いな、蟋蟀庵にはお前さんの餌(クスノキ)は無いよ。天満宮迄飛ばされて行きなさい」

 気温33.5度の昼下がりである。
                         (2020年8月:写真;:ツマグロヒョウモン誕生!)

「食っちゃ寝、食っちゃ寝」の夏

2020年08月05日 | 季節の便り・虫篇

 7月30日、平年より11日遅れて梅雨が明けた。長い長い雨の日々だった。そして、いきなりの猛暑が殴り込んできた。

 その日から丸2日かけて、新しい植木屋さんが庭に入った。一軒隣りに越してきた、まだ若い植木職人である。これまで、父の代から半世紀以上面倒見てくれていたカミさんと同い年の植木屋さんが、梅雨前に松の剪定に来て、いきなり「今日で仕事辞めます。あとは誰か探してください」と言って、それ以来音信不通になった。
 植木屋さんが体調を壊して、この5年ほどお気に入りの松以外は放置したままだったから、鬱陶しいぐらい生い茂っていた。その庭が、見違えるほどスッキリと風通しがよくなった。思い切って刈り込んでもらったから、まるで違うお屋敷に来たみたいである。

 そして昨日、大宰府は36.2度を記録、「全国一」という有り難くない全国ニュースの話題になった。コロナなしでも、高齢者にとっては生きているのがやっとという過酷な暑さである。コロナと同時に熱中症の心配までしなければならない。親しい友人とも、濃厚接触どころか会うことも叶わず、カミさんと二人で、ひたすら「食っちゃ寝、食っちゃ寝」の毎日である。
 明日は広島原爆の日、そしてアメリカに住む次女の誕生日、さらに私の人工股関節置換手術2年目の定期検診日である。そして、その翌日には暦の上の秋が立つ。秋の気配など、どこにもない。クマゼミやアブラゼミは、テレビのボリュームを上げなければならないほど姦しく鳴き立てている。梅雨明け1週間で、もう夏バテ気味……これが歳を取るということなのだろう。

 蝶の成長記録を、カメラに残すのが何よりの楽しみである。取り敢えず写真だけのブログを続けた。10株のパセリを全て食い尽くして、5頭のキアゲハが育ち、蛹になり始めた。緑に黒い帯を何層も並べ、その上にオレンジを散らしたあの美しい終齢幼虫からは、想像もつかないほどに地味な茶色の蛹になった。背中に糸を掛けて、垂直な面に斜めに身体を止める。
 例年と異なって普通のスミレは少なく、殆どが大判のエイザンスミレばかりを集めたプランターで心配していたが、いつの間にか4頭のツマグロヒョウモンの幼虫が育ち、既に2頭が蛹になった。褐色の肌に不思議な黄金色の突起が並ぶ。この突起は、あの蝶のどの紋様に作用するのだろう?
 こちらの蛹は背中に糸を回さず、縁側の下やプランターの縁の下に尻尾だけでぶら下がる。同じ蝶でも、種類によって蛹の姿勢まで異なる。だから、自然と向き合うのはワクワクするほど楽しい。

 「もー、なしてかいね。頭のどげんかなってしまいよう。はようあの世に行かないかん!」
 西日本新聞7月紅皿賞をとった内野友紀子さんの一文である。88歳の祖母は……ここ数年で物忘れが急に進み、できないことが日に日に増えてきた。調子にも波があり、悪いときはできない自分にいら立つ。
 そんな時、私と母は「そうか、今日は『そういう日』かと思うことにしている。誰にだって波はあって当たり前。物忘れもわざとじゃない。どんなに頑張っても、できないものはできない。しょうがないじゃないか、人間だもの。それに、一番不安なのは祖母なのだ。
 だからやり過ごしてしまおう「えー?『忘れる』って大事なことよ。いやなことは早く忘れはほうがいいし、何回同じことをしても初体験になるなら、毎日新鮮に過ごせてお得やん。大切なことは代わりに覚えとくけん、安心して忘れていいよ!」

 何と優しい言葉だろう!やがて(既に?)我が身、いやなことばかりじゃなく、いい想い出さえ忘れがちな昨今、このお祖母ちゃんの気持ちは他人事じゃない。そのあとの言葉が更にいい。
 ……「ばあちゃん、「近々あの世に行くつもりやったと?ダメダメ、世の中がいろいろ大変なときやけん、今はやめときぃ」気付けば祖母も大笑い。よしよし、作戦大成功!……

 3世代が身近に暮らす、幸せなご家族なのだろう。

 さて、今晩は何食って寝ようか?……それだけの悩みしかない我が家も、それなりに幸せな家族なのかもしれない。
 油照りの午後である。
                        (2020年8月:写真:ツマグロヒョウモンの蛹)