蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

ミツバチは何処に?

2009年03月18日 | つれづれに

 可憐な花を開く桃の木に、ミツバチの訪れが1ヶ月近く遅れている……今朝の新聞記事。宮崎県西部、山に囲まれたある地域の話である。
 ミツバチが1/3に激減、出荷を停止した……10日ほど前の、埼玉でのニュースである。

 背筋が寒くなるような、恐ろしい本を読んだ。アメリカのRowan Jacobsen が書いた“Fruitless Fall” 翻訳名「ハチはなぜ大量死したのか」文芸春秋出版、¥2000。
 その扉の言葉である。「2007年春までに、1/4のハチが消えた。巣箱という巣箱を開けても働きバチはいない。残されたのは女王蜂とそして大量のハチミツ。その謎の集団死は、やがて果実の受粉を移動養蜂にたよる農業に大打撃をあたえていく。携帯電波の電磁波? 謎のウィルス? 農薬? 科学者たちの必死の原因究明のはてにみえてきたのは?」
 この5年、世界規模で大量のミツバチが原因不明の失踪を続けている。セイヨウミツバチによる養蜂はハチミツを採るためと思い込んでいたが、実はその主たる目的が果実や農作物、牧草の受粉にあることを知らなかった。例えば、世界中の需要の82%を賄うカリフォルニアのアーモンド果樹園には、開花シーズンの2月になると全国から実に100万箱もの巣箱が集められる。カリフォルニア中央部のセントラルヴァレー、長さ500キロ面積3000平方キロに及ぶ帯状の地域が、雪かと見紛う真っ白なアーモンドの花に覆い尽くされる。その受粉を助ける唯一の生き物がミツバチである。そのミツバチが、死骸も残さずに一斉に消えていく。CCD(蜂群崩壊症候群)といわれる異常現象である。
 中国四川省では、失われたミツバチに代わり、数千人の労働者が花粉の入ったペットボトルを腰に提げ、竹の枝に鶏の羽根とタバコのフィルターをつけた受粉棒を持って梨の木に登り、ひとつひとつ人力で受粉させている。危険な細い枝先に登らされるのは子供達である。ヒマラヤ山脈では、昆虫が消えてリンゴが実を着けなくなり、リンゴ園農家が次々に破産してリンゴの木が切り倒されている。メキシコでは、ハリナシミツバチが森林伐採で絶滅し、バニラ蘭農場の農民は爪楊枝で花粉をかき出して柱頭に移している……滑稽なまでに追い詰められた農民の姿である。
 ダニ説、携帯電話の電磁波説、遺伝子組み換え作物説、地球温暖化説、ウィルス説……果ては宇宙人説まで飛び交う中に、確たる原因が掴めないままに、懸命の模索が続けられているという。種子を浸せば細胞の中に組み込まれ、成長後も植物全体にいきわたって、昆虫の神経にだけ作用する「夢の農薬」の恐怖。生産量を上げるために次々に開発され投入された幾種類もの農薬が、死んだミツバチから蓄積されて発見されるという事実。人間が生み出した人為的ミツバチのアルツハイマー?ミツバチのエイズ?……謎は謎を呼ぶ。
 果実の殆どがミツバチの受粉で作り出されている。農作物も、野の花も、牧草となるアルファルファやクローバーも、ミツバチなしでは受粉が出来ない。農作物、果物、酪農品全てが、忍び寄る暗雲に包まれつつあることを、私達の殆どは気付いていない。毎日売れ残りの数百万食が捨てられていく日本。世界中で餓え苦しみ痩せさらばえて死んでいく姿に、自分自身を重ねる日がもうそこまで来ているのかもしれないというのに……。

 黄砂舞うどんよりとした春日に、ユキヤナギが雪崩れるように咲いた。雪の中でみっしり花穂を育てたキブシは、呆れるほどに今真っ盛りである。エイザンスミレ、ミスミソウ、シボリスミレ、チャルメルソウ、ムラサキケマン、サギゴケ……次々と花を開き始めた我が家の庭も、やがて絢爛の花の饗宴。
 今年は何故かスミレの株が少ない。並べたプランターに株を数えながら、ツマグロヒョウモンの食餌の不足がしきりに気にかかる。キアゲハの為に、パセリの苗も5株ほど買い足さなければならないだろう。
 先日訪れた原鶴温泉の菜の花畑でも、軽快に唸るミツバチの羽音は聞かれなかった。……気がかりの多い春である。
          (2009年3月:写真:「ハチはなぜ大量死したのか」)