浜野巌治


博多湾の浜辺に住む頑固ジジイです。

子ツバメが飛んだ

2010年06月26日 | 日記・エッセイ・コラム

小雨が降り出したきのう朝、事務所の前まで来ると、3羽のツバメが大通りを飛び回っていた。

親の2羽と巣から飛び出したらしい子ツバメ1羽が走る車にぶつかるのではないかと思うほど危なっかしい飛び方をしていた。

写真を撮りたかったが、ツバメの親子が交通事故に遭ってはいけないと思い止めた。ツバメは立ち止まって自分たちを見つめる人間を怖がる。

お昼、食事に出るとき、そっと覗くと3羽がおとなしく巣に座っていた。

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きのう巣から飛び立ったのは長男か、長女か一番に生まれた体も大きい1羽だったろう。

月曜日の朝には子ツバメたちは巣立ちして姿を見ることはできないかもしれない。

朝から雨が降る。米、野菜、魚、花、などのの買い出し。

可也山(糸島富士)が姿を現す。

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「平和の詩」

2010年06月24日 | 日記・エッセイ・コラム

日の出の時間、最低気温22℃、ひんやり爽やかな空気。うす雲が太陽を隠す。

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アジゴがボツボツ釣れている。

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昨日は沖縄慰霊の日。心に残った記事。

沖縄戦没者追悼式で高校生の「平和の詩」が朗読された。毎日新聞、西日本新聞に全文が紹介されている。

「変えてゆく」
  普天間高校3年 名嘉司央里
   ×   ×   
今日もまたはじまる
いつもの日常
当たり前に食事をして
当たり前に好きなことを学んで
当たり前に安心して眠りにつく
そんな普通の一日

今日もまたはじまる
いつもの日常
当たり前に基地があって
当たり前にヘリが飛んでいて
当たり前に爆弾実験が行われている
そんな普通の一日

一見「平和」に思えるこの小さな島
そこにいつの間にか当たり前ではない
当たり前であってはならないものが
入り込んでしまっていた

普通なら受け入れられない現実を
当たり前に受け入れてしまっていた

これで本当にいいのだろうか

平凡な幸せを感じながら
ただただ「平和」を望む今
簡単にこの違和感を
無視していいのだろうか

黒いたくさんの礎
刻まれるたくさんの名前
そこで思い知る
戦争が残した傷跡の大きさ深さ
何も幸せなど生まれなかった
何も手に入れたものなど無かった
すべて失ったものばかりだった

忘れてはならない
この島であった悲しい記憶
目を背けてはならない
悲しい負の遺産
それを負から正に変えてゆく
それがこの遺産を背負い生きてゆく
私達にできること

変えてゆくのは難しい
しかし一人一人が心から
負である「戦争」を忌み嫌い
正である「平和」を深く愛する
そんな世界になれば
きっと正の連鎖がはじまるはずだ

六月二十三日 慰霊の日
あの黒いたくさんの礎には
たくさんの人々が訪れる
そして その一つ一つの名前に触れ
涙を浮かべながら語りかける

「今年も会いに来たよ」と
手を合わせ目を瞑り祈りを捧げる
その訪れた人々に
「平和」を願わないものはいない

「一度あった事は二度ある」
そんな言葉を聞いたことがある
しかし こんな悲惨な出来事は
もう繰り返してはならない
だから…
「一度あった事は二度とない」に
変えてゆこう 平和で塗りつぶしていこう

その想いはきっと届いているはずだから

*本来ならブログといえども、新聞の著作権についても、作者の著作権のことも、きちんと了解をいただかなければならないのだが、きょう、自分の眼に入った事象として、心に残ったひとつのニュースとして紹介をさせていただきたい。


砂浜のメンテナンス

2010年06月23日 | 日記・エッセイ・コラム

人工で作ったものはどうしても手入れ、メンテナンスが必要らしい。目の前の人工海浜は今年も“養浜現状回復”という砂浜の修繕が行われている。

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風と波が、砂浜に打ち寄せ、人工海浜の波打ち際はいつか優しい弧を描く。

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出っ張ったところを削り、湾曲した個所に砂を入れる。そんな作業。

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午前8:30、巨大なユンボとブルドーザーが浜辺に轟音を響かせる。

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例年の工事で珍しくなくなったが、やはり自然の力と向き合うのは大変だ。

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おかげさまで、渚の音を聞き、台風や季節風ともうまくお付き合いができる。


俺が植えたハマユウが咲いた

2010年06月23日 | 日記・エッセイ・コラム

私が種を植えたハマユウが昨日、大きなツボミをふくらませていた。

拾ってきたハマユウの種子を砂に埋めたのが、5年前、あの福岡沖地震があった。そして、私は6月末、足の骨を折った。

あのときのハマユウが咲いた!

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このハマユウが何処にあるかというと、人工海浜の立て看板の根方。コンクリート杭のわきに植えた。

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5粒ほど植えたが、きょうまで生き延びたのはこの1本。兄弟のハマユウは下の写真、手前の小さい株。これも私が植えた。大きい株はすでに私がはじめてここへ来た時、4,5本の群落を作っていた。

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去年、大きい株は花を開いた。おそらく、この大きい株は誰か人間が植えたものではないかと私には思われる。一木一草も生えていなかった砂の人工海浜に突然、一株ではなく4.5株が一斉に芽を吹くとは思えない。

この株を植えた方は、「よくここまで大きくなった!」と、親のように安堵の気持ちで見守っていらっしゃるような気がする。私が植えた種はこの株の周囲に20粒くらい植えた。しかし、成長した株は4,5株のみ。炎暑と寒風に負けないその姿は、健気というほかはない。

親株は砂浜ではなく公園化された一角で巨大な株に成長し、毎年花を咲かせ、種子をつける。

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