長崎へ行けば、江山楼(コウザンロウ)のチャンポンと東坡煮(角煮)を食べたくなる。いや、チャンポンと東坡煮を食べたいから長崎へ行くのか?
昨夜、長崎ランタンフェスティバル見学をして、その江山楼のチャンポンと東坡煮を久しぶりに食した。遠い日の思い出が蘇える。
もう30数年前、若い日のK.T君の思い出―“ながさき、新地中華街、チャンポン”を3題噺に15分の番組にするという。
そのころは料理番組と言えば「きょうの料理」くらいだった。いまは料理、グルメ紹介の番組の洪水だが、当時はまだ料理番組は数少なかった。
彼はチャンポン作りに自ら挑戦するという。これまでにない中華料理になるかも…オモシロイじゃあないか。みんな彼の取材の戦果を待った。
まず、話の軸になるチャンポン作りのフィルムが上がってきた。料理を作らせてもらったのが新地中華街の江山楼、そして、指導をお願いしたのが若い社長で料理人の王国雄さん。
大きなまな板、大きな中華包丁、大きなキャベツ。チャンポンの主役のひとつ、そのキャベツを刻むことからはじまった。「細く、もっとホソくキザミなさい!」
刻んでも刻んでも王さんの許可が下りない。彼の額に玉の汗が浮かぶ。キャベツの山ができてようやくOK!
さあ!いよいよ中華鍋に向き合う。炎が上がる。材料と刻んだキャベツを彼が炒める。王先生の指示が飛ぶ。
大きなドンブリにチャンポンがつがれる。もうもうたる湯気、その向こうにK.T君の顔。度の厚いメガネが曇ってようやく人なつこい瞳がわずかに見える。
食材、調味料、炎、包丁人は己の感覚を頼りに、料理を仕上げる。その呼吸がチャンポン作りを例にほの見える。
長崎の新地にやってくる人たちはどんな人か?彼が中華街でインタビューする。
「どちらからいらっしゃいました?」
「ヨコハマからです」
「きょうは新地にいらした目的は?」
「角煮を食べにきました?」
エー???もしや横浜中華街から長崎中華街へ味の研究ですか?
出来上がった15分の番組は好評だった。若いディレクターの奮闘ぶり、チャンポンの味を最高にするための王さんの苦心がそこに見えた。
チャンポンを是非食べてみたいという遠くからの手紙、中華料理の味わいが少しわかったという手紙があった。チャンポンという小さな世界だが、中華料理の奥深さを私も教えてらった。長崎と中国の長いおつきあいの歴史、そのきのうきょうなどなど
王さんの角煮をはじめて食べたのがいつだったか忘れたが、こんなうまいものがあるのか!と絶句したことがある。豚の三枚肉が口に入れると融けていく。その芳醇な味!
東坡煮=トンポウロウ(中国北宋の詩人、書家の蘇東坡が自分で考えた料理といわれる)。いまから1000年昔の人が知恵をしぼり、調理を試み、豚肉をいかにウマク食うかを編み出した。私たちはいま、簡単にそのうまさを味わうことができるが、先人はさまざまの苦労を重ね味を完成させたことだろう。
昨夜は偶然、料理を指導していただいた王国雄さんにもお会いした。温和な顔は30数年前と変わらない。そして味もまた変っていなかった。
チャンポンと東坡煮を食べると、K.T君の顔が浮かぶ。彼は先輩たちより先に彼岸の向こうへ行った。私は貪欲だから、もう少しチャンポンと東坡煮を食べる。