HITOMIのおくに(ちょこっと日記)

瞳にうつる たくさんのもの・・・日々を(出来れば面白く)書きたい、ちょこっと日記です。

フィルター

2007年11月08日 |  思いのまま

先日、お隣から鐘をたたく音とお経が聞こえてきた。
亡くなったおばあさんのご命日だと、思う。
お隣からこの音が聞こえてくると、必ず思い出すことがある。

それは、元気な頃の祖母がしょっちゅう話したこと。
ワタシにとって、その話は感謝と嫌悪、両方感じる話だ。

お隣のおばあさんはお若く、うちの子供たちを見かけると
自宅からお菓子を持ってきて、渡してくださった。
会うと、子供たちを可愛がってくださった。
そのおばあさんをお見かけしなくなったと思っていたら
お嫁さん(ワタシの母世代より少し下)から「入院している」と聞いた。
そして、その入院から程なくして、亡くなってしまわれた。
子供が小さく、お通夜は夫に出てもらったが、悲しくて仕方なかった。

その後、祖母に会うたび、言われた。

「お隣のおばあさんにね、よく言われたのよ。
 (長女が)小さい頃、夕方になると泣き続けているし、
 あんたの大きな声も聞こえるから
 自分に面倒を見させてくれないかと、何度も頼みに来たの。
 虐待でもされているのかとも思ったけど、
 他人にうちの子を触らせるのがいやだったから、知らん顔したわ」と。

そうなのだ。
あの頃長女は夕暮れ泣きの時期で、それも夫が定時に帰宅する直前だった。
その頃の夫は、自分が帰宅したときに、温かい夕飯ができていないとすごく機嫌が悪く
後々引きずっていたので、ワタシも居心地が悪かった。
だから、なるべくそれだけは避けるようにした。
そのため、長女を泣かせておくことになってしまった。

それについては、長女が高校生になった今でも悔やんでいて
時折、長女の泣き顔が心の中からあふれ出すことがある。
なぜ、あの時、夫を説き伏せてでも長女を構わなかったのか、と。

そして、お隣のおばあさんに感謝した。
それだけ、ワタシや子供のことを気にかけて下さっていたということだから。
きっと、純粋に手を差し伸べてくれていたのだと思う。
でも、祖母の性格を知っていたせいだろうか、ワタシにではなく
祖母に話を持っていった。

その話を、祖母はどう受け取ったのだろう。
自分の家のことは、自分たちで解決すべきだ、と思ったのか。
しかし、祖母は絶対手伝ってはくれなかった。
冗談ではあっても「時給」を口に出されると、頼むことはし辛くなった。
祖母なりのプライドがあったのか・・・
2度、子育てを失敗したと言っていたから、手出しはすべきでないと思ったのか・・・
どうであったにしろ、そのときのワタシには嫌悪感しか、なかった。

人の思いや言葉というものは、発した本人がどんなに純粋であったとしても
告げられた人間のフィルターを通してしまうと、まったく違ったことにも変化してしまう。
そこには、いったい何が存在しなくてはいけないのか。
そして、その変化は本物なのか。
その音を聞くと、人間は曖昧であやふやな生き物なんだと、実感する。
コメント
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