転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



今夜は これ。

後日記:午後3時開演で、終演が夜9時45分だった(爆)。
普通の歌舞伎公演と違って事前に終演予定などがサイトに出ていなかったため、
上演時間の詳細は開演してから知った。
こんなに長いとは予想だにしていなかった(汗)。
せいぜい夜7時くらいには終わると思っていたのだ。甘かったorz

……それで、実は私、藤間会を途中で脱けて
サントリーホールにも行ってきました(殴)。
『春駒』まで終わったところで歌舞伎座を出て、地下鉄を乗り継ぎ、
サントリーホールの読響定期の開演に間に合い、
プログラム前半だけ聴き、これはこれで予想を遙かに超える素晴らしい演奏会で、
私はかつてなくショスタコーヴィチの音楽に感銘を受け、
いっそ後半もこのまま聴こうかと、激しく迷ったのだが、
やはり、藤間宗家の舞踊に猿之助や勘九郎・七之助、亀三郎・亀寿、
最後は吉右衛門まで出るという、藤間会の魅力が勝(まさ)った。

真剣に体ふたつ欲しいと願った一夜だった。

多分、また詳細はいずれ。

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昨日は これを昼夜通しで観た。
素晴らし過ぎた(T_T)。
昼夜、どちらもハズレ演目がひとつもなかったどころか、
あちらもこちらも見どころ満載で、
あまりにも見応え・手応えが大きかった。
地元だったら通っていたのではなかろうか。


詳細はまた後ほど。

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書く機会を逸していたのだが(カープが優勝できるかどうかが大変で・殴)、
娘の就活が8月後半に終了した。
お盆の休みに家族で釧路旅行に行ったとき、
「東京に帰ったら最終面接がある」
と娘が言っていた建設コンサルタント系の会社から、
そのまま内々定を頂くことができた。

そもそも一緒に住んでいないので、娘が何をやっていたのか
私には終始よくわかっていなかったと思うのだが、
面接解禁の6月の時点ではまだ全く決まっていなかったのだから、
娘なりに苦労の多い就活だった筈だ。
娘は自分からはほぼ何も言って来ないが、
こちらが訊けば特に嫌がることもなく返事をするヒトで、
きょうは何をしているのかとメールすると、
「午後から○○の説明会」
「△△のグループディスカッション行った」
などと、よく答えて来たものだった。
そしていずれも何日か経ってその後について尋ねると、
「△△落ちた」
「○○お祈りされた」
等々と景気の悪い話になることが大半だった。
私がそうやって知り得ただけでも、数十社は落ち続けていたと思う。
こちらから訊かなかったぶんも含めたら、全部で一体、……(爆)。
その頃は、就活がこのまま永遠に続きそうな感じがした。

(『お祈り』とは企業からの不採用通知の俗称。
末尾が「今後のご活躍をお祈り申し上げます」等になっていることから来ている。)

主人も私も娘に、どこを受けろとか何になれなどとは言わなかったし、
とっくに一人暮らしをしているのだから、
今更「自宅から通えるところ」等の条件もなかった。強いて言えば、
「真面目な正社員になって経済的に自立して欲しい」
ということだけが、私の願いだった。
娘は春からしばらく、主として食品メーカーの営業職を希望していたが、
食品は景気に左右されにくい業界なので、学生に人気があり、
一般に名前を知られているような会社は、どこも大変に倍率が高い、
ということを、私はかなり後になってから知った。
それで、紆余曲折の後、娘は7月頃から食品を完全に断念して方向転換をし、
元来の歴史趣味(^_^;と博物館業務への興味から、
遺跡発掘調査や文化財保護などの仕事に注目するようになり、
これが建設コンサルタント業界への志向に繋がった。
……と私は理解している。娘本人がどう自己評価しているか知らないが。

我々夫婦はどちらも公務員から出発しているので、
就活に関して、ほぼ何の力にもなってやれなかったが、
娘が自分で探し、一から自分で就活して内々定を得てきたことは、
本当に貴重な学びの機会であったと思い、親として喜んでいる。
最初の、食品業界を志望した就活が思うように行かなかったお蔭で、
娘は他のいくつかの業界の、様々な規模の会社を見ることが出来たし、
説明会や面接の場とはいえ、現場の社員の方々と
数多く直接にお会いできたことは、得難い体験だったと思う。

就活は本当に、タイミングとマッチングがすべてだった、
と終わってみて私は感じている。
学生の側にも企業の側にも、それぞれの成長や変化があって、
何かの拍子にそれが巧く合致したとき採用に至る、という感じがするのだ。
同じ会社を春先に知っていたとしても、娘は応募しなかったかもしれないし、
また、応募していたとしても、採用されなかったかもしれない。
すべては、きっと、この時期だったから良かったのだ。
ともあれ、かくして娘は来春から社会人になることになった。
願わくは、この入社することになった会社が、
どうか娘にとって、末永く、良い職場でありますように。

……とは言え、『良い職場』イコール『ワクワクと楽しい職場』ではない。
ちょっと努力したらすぐちやほやされて、納得できる金額が貰える、
などというウマい話が、この世にあるわけがない。
働いてお金を頂くというのは、なかなかシンドいし疲弊することだ。
ストレスに耐え、職場都合で拘束され、疲れたときも笑顔で、
ほんの時折あるかどうかの達成感に支えられ、
「(--#)」な程度の給料でも、貰えるだけ有り難いと思わなければならない。
お給料は我慢料、と美輪明宏様も仰っているではないか。
「今月もよく辛抱したね」と貰えるお金が月給なのだ。

けれども反面、限られた金額であっても経済力を得るというのは
やはり素晴らしいことだ、と私は思っている。
自分で稼ぐことにより、人は心も体も、程度の差こそあれ自由になれる。
学生に向かって「遊べるのは今のうち」などと言う人がいるが、私は同意しない。
学生は、少々時間はあるかもしれないが、世間に認められる自立をしていない。
社会と保護者に守られたカゴの中で、少し勝手なことをしているだけだ。
私自身、本当に自分の意思で遊べるようになったのは、
22歳で就職して、社会的な意味で独立してからだった。
薄給でも月給は、やはり意味が違うのだよ、転娘くん(^_^;。

ときに、今回内定した会社の本社は東京だが、娘の職種では全国転勤がある。
娘は生まれたときから転勤族だったが、今後もまた、
自分の都合で「転娘(てんむす)」であり続けることになった。
きょうまでに、松江→神戸→今治→広島→横浜、と転居を経験した娘は、
これからどんなところに住むことになるだろうか。
元気で頑張れよ、転娘みーちゃん。
勤務地に、たまに遊びに行くからな(場所によるけどもよ・笑)。

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JR広島駅に行ったら、ここもまたカープ一色だった。
まず、在来線(南口)の優勝マジックボードだったものが
優勝おめでとうボード(笑)になって完成されていた。

そして駅の中も外も壁伝いに、カープ優勝の小旗を繋いだものが飾られており(写真左)、
売店も切符売り場も改札も窓口も、すべてパーティ会場のようになっていた。
また、在来線の列車は行き先表示にカープ坊やが登場していた(写真右)。



駅ビル商店街ASSEが設置していたマジックボードの表示も、
今はすっかり優勝お祝いのイラストに改められていた。
しかしなんと言っても圧巻なのは、コンコースの壁面全部を使った巨大な寄せ書きだった。
ファンからの、カープへの思いや優勝の喜びが
端から端までぎっしりと書き入れられていた。


一方、売店では、新しく「駅長カープ坊やまんじゅう」がお目見えしていた。
もともと広島では、駅ビルから駅ナカ、プラットホームに至るまで、
どの売店でもカープ関連商品がたくさん売られていたのだが、
今や優勝お祝いとあって、いっそう品揃えが充実したようだった(笑)。


今夜はマツダスタジアムでナイターがあり、
カープは、優勝後はじめて本拠地に凱旋した。
そして巨人戦を勝利で飾ったあと、3万人のファンを前に、
優勝ペナントやトロフィーを掲げ、改めて優勝セレモニーを行った。
カープにとって、ファンにとって、本当に、幸せな、幸せな夜になった。


【広島カープ】「本拠地凱旋試合後ファンと万歳三唱」優勝セレモニー(YouTube)
広島の通勤電車に「カープ坊や」が現れたワケ(東洋経済ONLINE)

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かねてから予想されていたことだが、カープが優勝したことにより、
広島地元は喜び過ぎて、すっかりブっ飛んでしまった(笑)。
歳末大売り出しも全くかなわない、桁の違うセールが各所で展開されており、
何屋さんであろうとも店員さんが皆、カープのユニフォームを着込んでいる。
市街地はどこに行っても真っ赤で、カープ応援歌の各バージョンが流れ
道行く人は誰も彼も、Carpのロゴの入った赤い紙袋を下げている。
親会社がないので、優勝セールやイベントをやるのに業界は関係がなく、
単に、今たまたま広島に存在している会社、というだけで、
どこもかしこも、カープ優勝セールを一緒になってやっているのだ。
カープ坊やがまた、相手が誰でもすぐコラボするヤツで……(笑)。

中でも、広島弁護士会法律相談を無料にしてしまったのが、
私には最も衝撃的であった(笑)。
カープローヤーが胸を張って告げているところによると、
『広島弁護士会 紙屋町法律相談センター‏@HirobenSodan 9月12日:【カープ優勝おめでとう無料相談】本日から平成28年9月30日まで,紙屋町法律相談センター(広島そごう新館6階)での全ての相談を“完全無料”にいたします! この機会にぜひご相談ください! 予約電話→082-225-1600』
普段なら30分5000円とか何か、そのような設定だったと思うのだが、
はてさて、三越の7000円のネクタイ600本が790円になった話とどっちが凄いか。
地元ゆえに、弁護士のセンセイ方もカープファンの方々が多いのだろうが、
なんとも思い切った優勝セールではないか(^_^;。

商店街は皆、もちろん足並み揃えて大セールをやっている。
写真左から、胡通り、金座街、本通り、紙屋町シャレオ、
のそれぞれ天井付近の飾りつけ。(クリックで大きめ画像が出ます)


三越広島店もこの有様である。
カープユニを着せられた三越ライオン像、などというものを私は初めて見た。
背番号79、……ビジターユニを着た緒方か。監督やりよるんか、オマエ。
ライオンも広島で座っていると、こういうことになるのだった(笑)。


広島の老舗百貨店である福屋には、カープオフィシャルグッズショップがある。
優勝翌日は朝早くから長蛇の列で、くす玉が割られる祝賀セレモニーがあり、
集まった人たちは皆、拍手と涙と歓声でそれを迎えたそうだ。
写真は、福屋八丁堀本店。


広島そごうは、地下入り口の階段が真っ赤になった。
正面ロビーには、くす玉が見える。
玄関は、カープの赤×そごうの白いロゴ、の紅白市松模様で、
これで繭玉飾りでもあれば即、正月という目出度さだ(笑)。


エディオン広島本店もあちこち赤い大セールだが、
こっちはカープ坊やの背景がグリーンで、
金色のお星様もキラキラついているので、ちょっとクリスマス風。


バスも路面電車も、カープ優勝の旗やヘッドマークを正面につけて走行している。
左から、広島電鉄のバスと電車、次が広島バス、一番右が広電のヘッドマーク部分。
広電のはカープ坊やが車掌になっている。
……新デザインを作ったのか、このために(笑)。


金融機関のは一体にデカい。自社ビルの壁面全部だったりする。
左から、広島銀行本店、広島信用金庫八丁堀支店。
特に、ひろぎんのは横断幕というより全面幕、驚愕のサイズ感(爆)。


下の3点は、もみじ銀行本店営業部。
『優勝おめでとう』『感謝のハイタッチ 歓喜のハイタッチ』
の二種のアドバルーンが上がっている。
飾り付けそのものは普通だが、この銀行はカープとは因縁浅からぬものがあり、
通常ならば金利0.025%の1年物定期が、カープがリーグ優勝したときだけは
0.2%上乗せで金利0.225%になる、という『カープV預金』を1995年から扱っている。
尤も、今までは22年間、ただそう言っていただけ(爆)だったから、
預金者側としても、夢を買って満足していた面が大きかったが、
今年は冗談抜きで本当に優勝してしまったものだから、おおごとになった。
V預金の新規申し込み自体はは6月30日で締め切られていたのだが、
その直前から例の11連勝があったため申込者が殺到し、
申し込み総額は過去最高の1981億円に到達したそうだ(汗)。
銀行側の負担額およそ4億円(大汗)。


被爆建物として有名なアンデルセン本店の前には巨大パネルが出現した。
これは優勝までの試合経過や記録が記載されている手の込んだものだ。


日興證券広島支店も紅薔薇を飾ってカープ優勝を言祝いでいる。
本社は東京だよね?支店は支店として、郷に入っては郷に従え的な(笑)。
また、地元の人は皆知っている中区鉄砲町あかひげ薬局(本社は名古屋)では、
いつもは白衣姿の、店先のオッサンまでカープユニを着こなしている。
でもちょっと待って、背番号2って、……高橋慶彦サマじゃないの!?
と思った私は古い人間であった。
今は田中広輔やな(^_^;。
もうひとつ、大進創寫舘ではカープ優勝記念の撮影プランが登場した。
七五三の記念写真は、真っ赤なお被布にカープ坊やの千歳飴、
撮影用カープユニフォームは大人から子供まで各サイズ揃っているそうだ(笑)。



「盆と正月がいっぺんに」という言い方があるが、
広島にとってのカープ優勝は、そういう一切を合わせた、
というよりカルく超越した、『何か』だということがわかった(笑)。
このあと、初めてクライマックスシリーズがマツダスタジアムに来る。
地元民は、優勝チームとして本拠地に凱旋するカープを見ただけでもう、
あまりの感激と誇らしさのために、イってしまうのではなかろうか(爆)。
ホンマに、えらいことになったもんだ。

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