転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



娘は昨日の式のあと、LINEで学位記の写真を送ってきた。
本当に学士(法学)になっていた。おめでとう、みーちゃん(^^)。

それから娘は、レンタルの和服一式をお店に?返しに行ったそうだ。
式後のスケジュールが忙し過ぎた場合には、
レンタル衣装は後日宅配便で返却しても良いことになっている、
と確か以前、娘は言っていたが、段取りよく進んですぐ返せたようで、良かった。
そして、今朝の報告によると、昨夜は友人たちと徹夜で飲んだとのことだった。
ホテルかどこかで大学の謝恩会があった筈だが、大規模な全体会より、
仲良しだけで集まって飲み倒し喋り倒すほうが大切だったようだ。
それもそうだな(^^)。
卒業後は、皆、それぞれの場所へと巣立って行くのだから、
とりあえずは名残の一夜というわけだ。

私のほうは、シフのリサイタルで満足したあと、
いつもの銀座の定宿で二泊目を過ごし、
今朝は9時の新幹線で広島に帰ってきた。
金曜は会社のある日だったが、
「娘の卒業式で横浜に行って来ますので…」
と事前に申し出て、午後3時からの出勤予定して貰っていたので、
きょうは東京を始発で出る必要まではなく、助かった。
尤も、広島に昨日中に帰れなかった直接の理由は、
「娘の卒業式」ではなく「シフのリサイタル」だったのだが、
……まあ、勤務先に嘘は言ってない。
言わなかった事実があるだけだ(逃)。

会社に行くと、同僚たちが異口同音に娘の卒業を祝ってくれた。
私が東京駅で買って来たお土産のミルフィーユについても、
すぐに開けて皆で食べてくれて、
「次に東京に行ったらボクもコレを買おう」
「Great!!今までで最高のお土産だよ!」
とノリの良いカナダ人・アメリカ人両氏が喜んでくれた。
イギリス人同僚は、
「ガウン着て、みんなで帽子を投げたりした(^^)?」
と質問して来たが、うぅむ、それは無かったのではないかと思う。
…すみません、実は式を全然見てない、なんてこの場で言えんしな(殴)。
アカデミックガウンと角帽のレンタルはやっていたようだったが、
女子は振り袖と袴のほうが定番だし、男子もスーツか学生服だったような。
帽子を投げて終わるのは、防衛大の卒業式映像では見たことがあるけど…。

「夜は、家族でお祝いした?」
とそのイギリス人某氏は重ねて尋ねてきたが、ううっ、それもやってない。
「私は朝、祝いを言うためと彼女の写真を撮るために彼女に会いましたが、
夜は彼女は、彼女のクラスメイトたちとパーティーをしました」
と私は答えた。
「ボクらは家族で祝うのだけど、日本は違うんだね」
と彼が言うので、
「クラスメイトたちとはこれが集まるための最後の機会になりそうですが、
娘は自分のファミリーにはいつでも会えます。という印象があります」
とワケのわからぬ説明をしたら、彼は納得してくれた。

LINEによると娘は、きょうは寝直したとのことだった(^_^;。
あと10日ほどで娘の春休みも終わり、次はいよいよ入社式だ。

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夜は東京オペラシティでシフのリサイタル。
休憩なしのリサイタルとのことで覚悟したが、
聴いていたらソナタ四曲なんかあっという間で、
そうか演奏会に休憩なんか要らないじゃないかと開眼した気分だった。
(→それは弾き手がそのような弾き手であればこそですね(汗))

シフの音は最高級で神業に近かった。
天上にきらきらと昇る音、紗幕のむこうにあるかのようなこだま、
絹糸のようなきらめき、針金のような響き、温かい毛糸のような感触、
数えきれないほど様々な質感と存在感の音が
ひとつずつ意味と必然性を持って次々と目の前に提示され圧巻だった。

ちょっと片岡仁左衛門の芝居を連想した。
…突飛に聞こえるだろうけど(汗)、今夜の正直な感想として記録しておく。


追記:アンコールの一曲目でゴルトベルクのアリアが始まったときには、
ワタクシ、自分に予知能力があったのではないかと思いました(笑)。
しかしその演奏は、「このまま第何変奏まで行くのか?」というものではなかった。
最初はともかくとして、演奏が展開するにつれて、私は
「これはアリアだけで終わるのだな」とだんだん確信できるようになった。
シフの演奏は、見事なまでに、そういうことを伝えてくれるものだった。
だから私はこのとき、聞き手として極めて『能動的に』聴くことができた。
言葉によらず、弾き手のメッセージを理解することのできた、
希有な、素晴らしい体験だったと思う。

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卒業式→築地市場→築地本願寺と来て、次は国立劇場へ。
吉右衛門と菊之助による仇討ちの物語。

吉右衛門・又五郎・歌六・東蔵、皆味わいがあったし、
菊之助の美しさも際立ち、目を見張った箇所も随所にあった。
しかし私は観る側として基本的な教養がないので、
「仇討ち」系は設定の違和感に耐え難い思いになることが結構あり、
今回もその例に漏れず(汗)であった。
舅の仇をとるためとはいえ「助太刀」で参加した者(吉右衛門)が、
どうして我が子を自分の手で犠牲にしてまでその役割を全うせねばならないのか、
更になぜ周囲がそのような行為に深い感銘を受けるのか、
どうにも設定について行けなくて、困った。
ワタクシは20世紀の、戦後の民主主義教育を受けたオバサンなのだった(汗)。
物語の世界に入り損なった私が悪いのだとは思っているが、
しかし、この顔ぶれなら、設定の不条理さを超えて強引に見せて欲しかったなと、
やや、舞台に対して無いものねだりをしてみたい気持ちもあり……。

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安芸門徒としましてはやはり、
娘の卒業の報告と御礼のため本願寺詣でを。
そして、どうかこれからも幸多かれと。

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こっちも場合によってはいずれ見納めになるか?と
横浜からの帰りに築地市場に寄ってみた。
主人は東京出張の際には必ず築地で朝御飯を食べるので
愛着もひとしおであるとのことだったが
まあ私にとっては東銀座の先にフィッシュ・マーケットがあった的な…

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