「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「食べた餅の数ほど」

2011年01月28日 | つれづれ噺

        

お正月の神棚や仏壇にお供えする餅つきをしてからちょうど1ヶ月。
お雑煮用の平たい丸餅はもちろん、お供えした重ね餅もお汁粉やきなこ餅として全てお腹に納まった。

こうして正月餅がなくなる頃にやってくる吾輩の記念日。
古稀目前の年。上から読んでも下から読んでも、似たような数字が逆さまにくっつき合っている。さて幾つでしょう・・・などとクイズを出しても始まらないが、また一つ年を重ねてそんな数字の年齢になった。

正直な告白をすると、気持ちそのものは、実年齢よりはるかに若いと思っている。
思うのはこちらの勝手である。しかしそこには自ずと限界はある。ただやみくもに若く見えりゃいいってもんでもない。やはり、そこそこの年齢を、年々積み重ねてきた年輪を伺わせる何かが欲しい。

兄貴は弟より強かった。それは、正月の餅を食べた回数が多い分、粘り強さも力も備わっているからだ・・・と聞かされて育った。確かに一理ある。

ということは、この拙いブログにしても、趣味として取り組んでいるエッセイにしても、始めた頃と今とでは正月餅を食った回数は大いに違う。
ああそれなのに、進歩が見られないと感じるのは何だろう。
分かった!よく噛み砕いて飲み込まないから、歩留まりが少なく大半が抜け出てしまうのだ。もう一度目を懲らし、耳をかっぽじって世間と向き合ってみよう。そして餅を食べるときはよ~く噛んで味わって胃に納めよう。年齢相応の腕前に近づけるかも知れない。

コメント (12)
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