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「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「スーパームーン」

2015年09月28日 | 季節の移ろい・出来事

 
 史跡名水、桜井戸観月お茶会会場を照らすスーパームーン              我が家の二階から眺める、スーパームーン

昨夜は旧暦の8月15日。十五夜で「仲秋の名月」であった。
そして今夜28日の月は、満月の中でも特に大きく明るい「スーパームーン」と言われている。
このように、美しい夜空を競演する名月とスーパームーン両方が楽しめるとは、有難い年なのかもしれない。
ただ、秋特有のひつじ雲に覆われて、せっかくのスーパームーンも、恥ずかしそうに時折顔を出す程度であった。ちょっとザンネン。
 
【地球を回る月の軌道は僅かにだ円になっていて、月と地球は、およそ27日周期で近づいたり遠ざかったりしています。一方、地球から見える月の形は、およそ29.5日周期で満ち欠けをしています。
国立天文台によりますと、28日は月が地球に最も近づく日と満月になる日とが重なることから、月の見かけの大きさがことし最も大きくなるということです。最も小さく見えるときの満月と比べると、28日夜の満月は、直径がおよそ14%大きく、30%近く明るく輝いて見えるということです。
満月が特に大きく、明るくみられるのは、およそ14か月に1回で、次回は来年の11月14日になるということです。】 NETより。
 
見事に明るくまん丸い大きな月、スーパームーン。その下で繰り広げられる「観月お茶会」。
それも、日本名水100選に選ばれている、史跡名水桜井戸の水でお茶を点てるとあれば、近隣の多くの人が集まるのも無理はない。
およそ400年前の、岩国吉川家初代藩主「吉川広家」が、武将茶人上田宗箇らを招いてお茶会を開いたという由緒ある井戸である。
すぐ近くなので、顔を出して一服のお茶と、なじみの顔との交流を楽しんできた。
 
これからの季節は、紅葉を愛でる「もみじ茶会」などがあちこちで開かれる。何とはなしに日本人に立ち返る気分にさせられるひとときでもある。
今夜の茶会を主催するのは「史跡名水桜井戸保存会」という地元のボランティアグループである。
その会長という人と立ち話に及んだ。「今年から、中学生以下の子どもたちには、お茶券をあらかじめ無料で配って、子ども参加を多くした。人数が増える分、お茶碗はプラスチック製でいいのではないか、との意見も出された」そうな。
そこで議論をした結果、「子どもだからこそ本物のお茶碗で味あわせることにした。」ということだった。 その心意気やよしである。
 
詫び寂びを旨とする日本古来のお茶の世界は、「立居振舞、調度品など小さな空間に贅を尽くして心身を鎮める場」ということであると解釈する小生の意見と合致。ちょっといい気分で、一段と美味しいお茶となった。
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「勝っても、モヤモヤ」

2015年09月27日 | スポーツ・観戦

              
                              球場を赤く染めて、必死の声援は唸るがごとく。 

24年ぶりの優勝を目標にスタートした今年のプロ野球広島東洋カープ。
あれよあれよという間に借金生活にはまり込み、抜け出せないまま夏場を過ごし、秋風が吹く頃には「優勝」の二文字は消えた。
ならばせめてAクラス確保でクライマックスシリーズを戦うか。その夢さえはかなく消えそうな、地元での対阪神3連戦の2戦目。
ひょんなことから招待を受けることになり、センター後方、バックスクリーン横のバーベキュー席に、御一行様28人で陣取った。

以前の広島市民球場では、もっぱら外野席で大騒ぎしながらの観戦が多かった。が、マツダスタジアムではネット裏指定席が多かった。
そのためか、センター後方、テレビカメラがひしめくバックスクリーンの左中間寄り。いささか距離があって選手の顔も表情も定かではない。
但し、座席のすぐ左上にモニター画面が設置されていて、グラウンドから目を離し、そちらに向けば、アップの表情が間近に見られるサービスはある。ただこのモニターは、ワンテンポ遅れて映し出されるため、グラウンドのプレーと少しズレがある。それがまた愛嬌でもある。

次々出される焼肉・焼きそば・お好み焼き。ビールは飲み放題。頬張りながら大名気分の観戦。気分の悪かろうわけがない。
そんな中始まった1回の表、いきなりエースマエケンが阪神に1点を献上。「こりゃまた負けか!」。イヤな予感が頭をかすめる。
なんせ貧打・凡退の山。チャンスは作れど得点ならず。打線のつながりだの、点を取るための戦略など、まるで忘れたかのような淡白な攻撃。
1回2回3回、ゼロ行進を続けた前日と全く同じ負けパターン。面白くもおかしくもない。ついついビールに手が伸びる。

ようやく5回。勝利投手権利を目前にした相手投手の焦りとでもいうのか、投手のマエケンに2塁打を許した。
というか、マエケンの負けたくない気持ちが乗り移ったような打球は、左中間スタンド目の前まで転がってきた。アッパレな闘魂。
貧打凡退の代表格、3番新井が辛うじて三遊間を抜いて同点に。続く空砲ばかりの大砲4番エルドレッドが、レフトフェンス直撃のタイムリーヒット。

何故ここまで、カープのバンキシャ如き試合描写をするか。ここまで言いたいほど、1点が取れない試合が3試合も続いたのだ。
「バッターは何をしとるんじゃ、来年の査定は全員減俸だ!」と吠えたい気持ちを抑えて、歓喜の試合描写になってしまうのである。

 

              
                      カープ、ラッキーセブン。ジェット風船が球場を真っ赤に染めて。

カープのラッキーセブンを迎えれば、「それいけカープ」の大合唱とともにジェット風船が球場を真っ赤に染める。
老いも若きも入り混じって、思い入れ選手のユニフォームを身にまとい、声を枯らすカープ女子。
こんな熱烈なファンの気持ちに応えるのは何か? 選手にはもう少し真剣に考えてもらいたい、と言いたくなる。
マエケンと中崎の踏ん張りで投手戦を制したから、帰りの足取りは軽かったが、投手戦というよりまるっきりの貧打戦でもあった。

                    
                               歓喜のバンザイ! 勝利の瞬間!

負けが込むとすぐにそっぽを向きたくなるアタシのようなファンは、本当のファンとは言わないのかもしれない。
負けても負けても、つまずいてもころんでも、最後まで応援するのが真のファンと言えるのだろう。
もしもこの中に孫の悠雅君が入っていれば、勝ち負け関係なく、神にささげる祈りの如き、熱い熱い声援を送り続けるに違いない。

目下そんな心配もないだけに、負け続けるカープに愛想尽かしをしながらも、横目で勝敗の行方を追ってしまう淋しいファンでもある。
昨日の勝負、勝つには勝ったがスッキリ感が乏しい。むしろモヤモヤが大いに残る勝ち試合だった。それでも勝ちは勝ち!!
また今日も、スッキリ勝ちに期待をかけるとしよう。今日はテレビ観戦だ。

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「ちょっとドライブ」

2015年09月25日 | 旅行・レジャー

                                

久しぶりの「ちょっとドライブ」。
そんな軽い気持ちで出かけたが、帰り道に所用でちょっと遠回りしたら、往復108kmを走っていた。
穏やかな瀬戸の海に面した田舎道を、格別焦るでもなく、のんびりゆっくりのドライブ。意外に精神安定効果をもたらすような。

先ずはハンドルを握って、国道188号を下り方面に向かって走り始める。
目的地をあそこにするか、ここにするか、その日の気持ちの赴くまま、先ずは走る。エアコンではなく、窓を開け放って潮の香りに包まれて。

そうだ、上関(かみのせき)に新しい道の駅が出来ている。あれを目指そう。ようやく目的地決定。
柳井市から沖合に突き出た室津半島の先端にある歴史豊かな上関町。40km余りで着いた。
ご多聞に漏れず、あまり広くない道の駅は、レジャー客でごった返していた。特にサイクリングの御一行様が、色とりどりのコスチュームで闊歩している様子は、、時代の流れをまざまざと見せられる思いがした。

目と鼻の先にある長島は、本来は離島なのだが、今では上関大橋で陸続きになっている。それでもやはり連絡船は運航していた。
この長島にはかつて、朝鮮通信使が京を目指す途中の宿泊地として立ち寄った歴史を、今も誇りとする建物などが残されている。
決して大きくない島であるが、そこに近場では名の売れたレストランがあり、ランチ客で満席であった。
そのレストランからの眺望がいい。大昔のNHK「ひょっこりひょうたん島」のモデルのような島が目の前に広がる。
そんな風景を楽しんで、元の道の駅に戻って「水軍カレー」に舌鼓。

ついでに言うと、かつて瀬戸内海には往来する船の荷物を検査する番所、いわゆる海の関所が置かれていた。
山口県では、一番京都寄りのこの関が上関と呼ばれた。次いで防府にある三田尻港周辺を中関。
そして関門海峡を挟んで九州と隣接する下関が、最も有名で大きな都市として発展していったのである。

このような歴史のウンチクをほんの少し思い浮かべながら、人並みに、秋の大型連休の1日をちょっとだけ楽しんだ。という他愛ないお話。

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「冒険の連休」

2015年09月23日 | 家族・孫話

        

大人にとってのシルバーウイークは、子どもたちにとっても、2学期が始まって、少しだるさを感じ始めるころにやってきた、あり難い大型連休であることに違いはなさそうである。
親子そろっての行楽で、海外はじめ国内も多くの観光地でにぎわいをみせたことだろう。

そんな中、中三と中一の孫兄弟は、父方の実家を目指しておよそ70kmの道のりを、自転車で往復する冒険に打って出た。
出かける前にこんな話を知っていたら、ジジ・ババは大反対するに違いなかったろう。
出掛けた後に知ったのだから反対も何もない。只々無事な到着を祈るばかりであった。
もっとも、婿殿はもちろん、娘もこの冒険に賛成したのだから、ジジ・ババがとやかく言うには当たらないが、肝を冷やすほどの心配ではあった。

無事に帰って来た二人から、あれこれ苦労話を聞いた顛末を、ジジなりの咀嚼でここに残しておきたい。
午前11時、早めのお昼を済ませて出発した。行程は、クルマで1時間30分かかるいつもの帰省道路の国道、2号と187号を走った、という。
この道路は、山口県内で最も長い川とされる「錦川」に沿って、右に左に大きく蛇行しており、半円形のカーブも多い。
昔から、山陽側と山陰側を結ぶ山越えの難所とされた道である。

錦川といえば、あの錦帯橋の架かる清流でもあり、中国山地にある標高1085mの弟見山(おととみやま)を水源とする、流路園長110kmに及ぶ。そのような川の流れに逆らって、水源近くを目指すのだから、終始登り勾配である。まさに体力と気力の見せ所。
「ダンプカーが走ってくると怖かった」とは、やや慎重派のカー君の弁。

途中で本線から脇道に入ること2km。そこには、ババの実家がある。小さいころには泳いだりハヤを釣ったりした思い出の場所でもある。
アポも何もなしで突然訪れた二人に驚いた様子の義兄夫婦。それでも、わざわざ遠回りをして寄ってくれたことに大喜び。歓待した上にお小遣いまでもらって約30分の休憩。また本線に戻ってひたすらペダルを踏んだ。途中何度か、自販機コーナーで、ジュース飲んだりカップうどんを食べたりした。

そんなこんなでかれこれ6時間半かかってようやく、錦町のじいちゃん、ばあちゃんの家に無事着いた、ということだった。
兄ちゃんは「疲れた、ほんと大変じゃったけど、やっぱり面白かった」と、真っ黒い雪焼け顔から白い歯をのぞかせる。
カー君は「オレ疲れたよ。兄ちゃんが時々無茶な乗り方をするので注意したり、もう二度とお断り」だそうな。

婿殿曰く。「兄弟二人だから冒険を許した。一人ならOKしなかった」と。
途中二人で口げんかをしながらも、お互いを気遣い、前になったり後ろになったり、冒険ツーリングを楽しんだのであろう。
報せを受けて待つ錦町のばあちゃんは「胸が苦しくなるほど心配で、無事到着を待ちました」と、無事な到着と孫の成長ぶりを報告された。
そして、「もう二度とこんなことはさせないで」と息子に厳しく言い渡したとも付け加えられた。

もちろん私たちのパワーでは、全く想像もつかない長距離ツール。しかも車の往来も激しい国道を、よくもまあ・・・。
でもこういった体験は、体力面などの条件が許すなら、早いうちにしておいた方が良いようにも思う。
ま、いずれにしても何事もなく、目標を完遂したから笑って話せるのだが。

周囲は大いに心配したが、二人にとっては貴重な青春の1ページになったに違いない。よくやった!と褒めてやろう。

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「敬老会、はしご」

2015年09月22日 | 季節の移ろい・出来事

                         

5月のゴールデンウイークに対抗して? 10年~12年に1度めぐってくるという秋の大型連休を、名付けてシルバーウイークと呼ぶ。
ゴールデンに次ぐのは、確かに日本人感覚ではシルバーということになる。
が、このシルバーという言葉の響きが、なんかしら高齢者・年寄・老年につながるイメージが強くて、抵抗を覚える人も少なくないようだ。
いっそ、ゴールデンの上を行くプラチナウイーク、あるいはダイヤモンドウイークもいいのではないだろうか。

それはまあ置いといて、ことしは5連休という大型に恵まれた9月19日~23日まで。各地で色んな催しがあり、主に行楽地や商店主にとって有難い連休のようでもある。
地元でも自治会などの主催で、敬老会などの行事が華やかに行われた。各会場ごとにお弁当やお酒が振る舞われる。仕出し屋さんや、酒屋さんも、臨時の商売繁盛に一息ついたのではなかろうか。

観光地や商店主に限らず、政治家さんにとっても大切な連休だったようでもある。
安保法案が成立して一段落した地元選出の代議士さんも、来年に選挙を控えた市長さんも、積極的に会場をめぐり、笑顔の挨拶が見られた。
かくいうワタクシも、地元社協の広報誌の編集者として写真撮影や情報収集などで、各会場をはしごすることになる。
一か所では、来賓席に座らされ、「カンパイの発声」をお願いされたりする。あちこちの会場で、代議士さんや市長さんと再会する。

こうして広い地域での敬老会をはしごして追っかけてはいるものの、残念ながら我が住む自治会ではそんな敬老行事など全く行われない。何にもしないのが特徴というほどの自治会である。火中の栗を拾うには少し歳を取った感があるし、他のことで手一杯でもある。
もう2年もしたら、このワタクシにも敬老会への招待状が届くはずなのだが、なんにもしない自治会に住んでいるのだからそれもない。

         
そんなことより、隣の県に住む姫孫が、形ばかりではあるが「敬老のお祝い」を持ってきてくれた。といっても、まだ2歳3カ月の孫に何ができるわけでもない。が、孫と一緒にこねて焼いて、嫁が作った手作りクッキーが届けられた。
そして姫孫は、なんでもかんでもちゃんと受け答えできるような「おしゃべり相手になれる成長ぶり」を見せてくれた。
ジジババにとって何よりの嬉しいプレゼントである。

一方では、今や認知症500万人と言われる時代。やがて行く道?という不安無きにしも非ずだが、先のことを不安がっても仕方がない。
先ずは今を楽しく、友と語らい、呑み、歌い、そして少しだけ世間にお返しする役割を背負ってみる。
やっぱり、『人生今が旬』 これがいい。これで行こう。

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「秋半ば」

2015年09月18日 | 季節の移ろい・出来事

                    

秋ならではの色がある。その代表的なものは、田んぼにパッチワークを広げたような、秋の陽に輝く黄金色であろう。
7月下旬からお盆頃までのあの猛暑酷暑で、煮えつくような田んぼにしっかり根を張った稲穂。
そろそろ刈り取りの時季である。すでに玄米として流通されている品種も少なくないようではあるが。

このように秋は刈り入れ、収穫の時とされ、台風襲来を忌みきらうのがよーく解る。
収穫の時は、同じ田圃でもお米ばかりではなく、レンコンも農家にとって大きな収入源となる大切な作物である。
特に岩国のレンコンは、歴史に名をはせる大切な地元食材の一つであり、ブランド品として全国区にのし上がってもいる。

確かにこの時季は、収穫に目が行きがちであるが、実は年末から正月にかけて欠かせない、冬野菜の種まきの季節でもある。
片方で収穫、もう片方で収穫の冬をめざすスタートの季節でもある。
人並みに、聖護院大根、カブ、二種類のほうれん草、シュンギク、大葉シュンギク、サラダ菜、ミズナなどあれこれタネを蒔いた。
初挑戦の白菜、キャベツは、タネから育てる自信が持てなくて、10株380円の苗を買って植えた。
このように、ちゃんと芽を出した苗を買って植えるのは、成長が確実で実用的ではある。

そうはいっても何もかも苗を買って植えるわけにもいかない。白菜、キャベツ以外は全部タネをまいた。
このタネから芽を出させるのが腕の見せどころでもある。多くの場合失敗して、やり直すことがある。
昨年と同じように、タネを水にふやかせて植えた。あ~それなのにそれなのに。大根が全く芽をださない。
雨を待って、次に日照りを待って、足しげく畑に足音を聞かせても、芽を出さない奴はやはり出さない。

こういった現象は、なにも畑の作物に限ったことではないようだ。
何度同じことを繰り返しても、なかな成果を見せない私に似た人は結構いるものだ。それで安心しているというわけではないのだが。
タネを蒔いたからには、自力で芽を出し、太陽と雨の恵みを受けて少しは成長して欲しいと思う。と、自分に言い聞かせてみる。
が、やはりその人の持ち味というのはなかなか替えられるものでもないようだ。
佳いか悪いか別にして、それを続けていればいつしかそれがその人の特徴に変わっていくところもあるから不思議なものだ。

また今年も大根は新たなタネを買って植え替えよう。収穫が他の野菜と比べると2週間遅れになるが、自業自得というものか。

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「最後と最初の運動会」

2015年09月13日 | 家族・孫話

 
   思い出多い中学校運動会。最後を飾る選手リレーに笑顔の入場(左端)  力強くバトンをつなぐ兄ちゃん。(中央)

台風18号接近や秋雨前線に祟られて、開催予定が二転三転した、孫君の中学校運動会。
どんな予定もキャンセルして、開会式から閉会式まで完全に見届けようと決めていた今年。先週金曜日にようやく開催された。
台風一過の暑い陽射しの中、朝早くから三男坊の悠雅君と連れ立って、カメラを引っ提げて出かけた。
なんでそこまで、たかが中学校運動会くらいで、とお思いでしょうが、今年は少しだけ思い入れがあった。

孫三兄弟の兄ちゃんは、今年が最後の中学校運動会。これは何が何でも記念の写真集を作らねば。
そこに、次男坊のカー君が今年から中学生になって初めての運動会、となればこちらも写真集が必要となる。
そんなわけで、最後と最初の運動会。姿を見失わないようカメラで追いかけるジジの手にも力が入る。

兄ちゃんは、冬のスキー競技で鍛えられた強靭な足腰と、100分の1秒を争う瞬発力を誇っている。
雪焼けした真っ黒い顔はジジながら精悍そうに見える。そんな真っ黒い顔から真白い歯を見せてニコッとする愛嬌もある。
小学校から選手で、中学校最後の運動会も、プログラムのラストを飾る選手リレーに登場。
バトンを受け、次につなぐ必死の形相、歯を食いしばる激走はやはり拍手に値する。15歳の秋、また一つ大きな思い出になったに違いない。

次男坊カー君はといえば、食が細く、体育会系でない身体は、学年の中で最も発育不全の部に入る。一言で言うなら貧弱な体型。
それでも150m徒競走は、余裕の一着ではあった。
男子全員の団体競技「棒上旗奪い」は、いつもながら圧巻。兄ちゃんが白組3年生で突撃グループの先陣を切る。
カー君が赤組1年生で、棒が倒されないよう、一番下にうずくまって棒を抱くようにして守る役目。

合図と同時に脱兎のごとく襲い来る兄ちゃんたちのパワー。必死で守ろうとするカー君たち赤組。
あっけなく白組の勝利。誇らしげにバンザイする兄ちゃんたち。
うずくまったまま、頭を押さえ、痛さをこらえるカー君。
倒れた棒で頭を強く打ってコブが出来ていた。可哀想に・・・。これも青春の真っ只中、運動会の思い出となるのだろう。

   
             しゃがみこんで頭を押さえるカー君                 応援ひとすじ、悠雅君

これで兄ちゃんの青春の一コマが幕を閉じた。来年は何処のなんという高校の運動会を迎えるのやら。
そして細身のカー君はどれだけ逞しく成長して2年生のパフォーマンスを見せるのやら。
三男坊悠雅君は、初めての小学校運動会を迎えることになる。応援団長もまだまだ当分元気が要求される。

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「命をつなぐ攻防」

2015年09月11日 | ニュース・世相


 
   クリック要

大型台風18号が、東海地方に上陸。日本列島を横断して日本海へ去った。
これで一息つけるのかと思ったら、とんでもない大惨事となってしまった。
熱帯低気圧に変わったあと、新たに「線状降水帯」と呼ばれる、局地的豪雨をもたらす異常気象が発生したのだという。

東海・関東・東北など広い範囲での集中豪雨。河川は数か所で堤防決壊という、あの忌まわしい東北大震災大津波の再来を思わせる光景がテレビに映し出される。身の毛がよだつ。
茨城県常総市の鬼怒川堤防決壊現場。濁流に翻弄される自宅のベランダや窓から、命がけのタオルやシーツを振って救助を求める人。
部屋を抜け出し、屋根に上がって救助のヘリコプターにアピールする人。
そんな家屋の足元には、どこからか流されてきたのであろう一人の男性が、辛うじて電柱につかまって流れから身を守る姿がある。

思わず「早くなんとかしてあげて!」と画面を見入りながら叫んでしまう。
自衛隊の救助ヘリがやってきた。一人、また一人、吊り上げては救助無事収容されていく。
電柱につかまり、生と死のはざまで必死に孤独と闘い続けた男性のもとにも、自衛隊救助ヘリから命をつなぐ救命ロープが下ろされた。
思わず「良かった~」と安堵の声が。

助けを求める人も必死なら、ヘリコプターからロープ一本で、雨も風もある中を救助にぶら下がる自衛隊員も命がけである。
まさに命をつなぐ攻防。救助を待つ人の全てを助け出すにはかなりの時間を要するのであろうが、兎に角無事を祈るのみである。
テレビを見始めて、最初に自衛隊ヘリに救助された家屋は、それから2時間余りのちには、300mあまり濁流に押し流され屋根だけを残して完全に水没する光景もこの目に焼き付いている。

地震・津波・竜巻・台風・大雨・土石流などなど、逆らうことのできない天災。
ただただ「いざという時自分を守る方策は?」考えてみる。
いざ天災に直面したとき、考えている方策を実行できるか?どこまで冷静な判断が下されるのか。ここが問題である。
冷静な判断を下す間などないまま、瞬時に襲う天災も少なくない。どうすりゃいいのだろう。

難しい課題がいつも残される。

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「遊び場の補修」

2015年09月09日 | つれづれ噺

                 

「ヒマなときに遊びに来ないかー」と、同級生から電話が来た。
「タケノコクラス会の小屋をちょっとだけ補修したいんよ、手を貸してくれると有難い」とのこと。
「ガッテン、承知!」とばかりに馳せ参じた。

「骨組みの隙間が広いので、雪がたまって破れそうになる。その対策」。これが1番。
「もう一人の仲間が、新たに屋根シートをくれたので、今までのとやり替えたい」。これが3番目。
「何本か柱を追加して、もっと頑丈な小屋にしたい」。これが2番目。当初の目的の大きさ順。

材料も小道具も全て揃えて待ってくれている。手を出し、汗をかけば片が付く。
朝早く3人が集まった。「先ずはミーティングを」と称する、コーヒータイムに。そして台風18号の行方談義。かれこれ30分。
「さーやろうで」。先ずは補強から。長い鉄製パイプを打ちこんで、同じく鉄製パイプを梁として渡し、固定金具でがっちり固定。
左右2本の梁を入れて、びくともしない補強完了。

垂木代わりの竹を差し込んで隙間を狭く、雪も雨水も溜まらないように・・・。足場板に乗って針金止め。首がだる。
いよいよ屋根シートの張り替え。彼のノウハウに合わせ、あっという間に張り替え終了・・・。
と、口で言うほど簡単ではない。9時過ぎに始めた作業が、昼飯を挟んで午後5時20分終了。
3人三様、それぞれの持ち味で役割を果たした。我ながらよくやった。

出来上がった時の彼の満足そうな笑顔がたまらなくいい。
「これでこの遊び場も15年はもてる。いいか、みんなあと15年は元気に長生きしてタケノコ堀にこいよ・・・」と。
3年は何とかなるとしても15年?気が遠くなる話だが、まあいい。
それほど彼の頭の中には「みんなを楽しく遊ばせたい」という思いが詰まっていることを、改めて知らされる。

終わった直後は、手も足もクタクタ。でも3人ともまだ元気なものだ。やらしゃぁなんだってできそうだ。
あそこにも、ここにも、を挙げてイノシシの罠が仕掛けてある薮を間近に睨みながら、いい一日、いい汗かいた秋の一日。                     

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「七十路の手習い」

2015年09月05日 | つれづれ噺

              
                                   
懇意な人から誘われるままに「一度顔をだしてみようかねー」などと、ちょっとやる気を出した「男の料理教室」。
これまでも色んな人から色んなお誘いを受けて、無下に断ったことが何回あったろうか・・・。
というくらいに、お声が掛かったら、どちらかというと賛同に回る側の、お人好しというのか、単なる優柔不断というのか。
もう一つ言うなら、「このオレに出来ることかできないことか、やってみようじゃないか」「やってやろうじゃないか・・・」などと思うタイプなのかな。

そこについて回るのが「もう歳だから」「この歳になって・・・」などという、半歩引いた負のイメージである。
どうもこの「この歳になって・・・」は、何故か好きになれない言葉の一つである。
なんでじゃろう。「歳」つまり年齢にかこつけて、新たな挑戦や、ややこしいことを避けるための方便に使っているような気がするからだろうか。
なんかしら、逃げを打つ時の決まり文句のような気がしているからだろうか。まあどちらでもいいが・・・。
「この歳なって・・・」と、自分でも苦笑いしながら、胸にエプロン、頭にバンダナ、右手に包丁握って踏み出した新たな一歩。「男の料理教室」

「台所でお手伝いしたことないじゃろう」「ちょっと、猫の手猫の手!!」と、食生活改善推進協議会のおばちゃまから、厳しい指導の声が飛ぶ。
なんかしら足元を見透かされているような。おっと足元ではなく、包丁を持つ手許を見つめて叱られる。
それもそのはず、水にふやかせてふにゃふにゃになったシイタケを、バラ寿司に混ぜるよう「みじん切り」にしてくださいとおっしゃる。
これは意外に難敵。手も滑るし包丁もすべる。しもうた、早くニンジン切りに回っておけばよかったと思っても後の祭り。

そんなこんなで、取り敢えずその日のメニュー5品目を短時間で調理する。
出来上がりをみんな輪になって試食会。大真面目に味付けを評価する人。煮え過ぎだの、もうちょっと煮たほうが・・・だの。
これがまた何とも滑稽な雰囲気があって楽しい。大盛りの昼ご飯を笑いながら食べる。健康的ではある。

生徒さんはみんな知った顔ばかり。指導のおばちゃまも、かつてのPTA仲間であったり、幼馴染であったり。
あれこれナンクセつけられながら、次回も行くぞ~と張り切る自分がいる。
それこそ手遅れかもしれないが、生涯に一度くらいは台所に立って、包丁握って惣菜の一品も作ってみるのも悪くはないかも。
感謝される?そりゃないじゃろうね。却って心配させるかもしれんので、やっぱり今の状態がベストかも。

まぁいい。「この歳になって」一つのチャレンジをする気になったことだけでも、チラッと自分をほめておこう。

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