「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「ながつき往く」

2021年09月30日 | 季節の移ろい・出来事

           
           飼い猫にこんなしつけを!(ネット拝借)

「暑さ寒さも彼岸まで」。まさしくことわざ通り、朝夕は涼しいを通り越して、薄い布団が欲しくなる気候となった。それもそのはず、長月、9月のつごもりを迎えたのだから。そして今年も残すところ3ヶ月となり、改めて月日の流れの速さを思わされる。

この季節。晴耕雨読というほどかっこいいものではないが、猫の額ほどの畑に、カブ・ダイコン・ホウレンソウなど冬野菜の種蒔き、少し間をおいてタマネギの植え付けなど、猫の手も借りたいほどの忙しさではないが、農作業に軽い汗を流している。

苦土石灰で中性に戻した畑に肥やしを入れ、耕運機でフカフカに耕す。そこにタネを蒔く。そんなフカフカの畑は、どこからともなくやって来る飼い猫にとって、もってこいのトイレとなる。猫には、自分の排泄物を隠すために周囲の泥をかき集める習性がある。この泥集めが曲者である。せっかく蒔いたタネを容赦なくひっかき回されて、蒔き替えなければならなくなる。ついつい「にっくき猫メッ!」といことになる。見つければ石つぶてで追い、2リットルペットボトルに水を入れて畑の周りに置いたりする。静かな猫とのバトルである。

ペットとして可愛がるのは大いに結構。但し、無責任な放し飼いは、大いに近所迷惑である。
ところ構わずどこにでも大きな排泄物を残す。しかもその匂いたるや我慢できないものがある。
可愛いペットならそれなりに飼い主の責任で、しつけをしてほしい。飼い主の家のトイレを使う習性を植え付けたら、ユーチューバーの恰好の評判になりますよ、飼い主さん。

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「総裁選挙」

2021年09月29日 | ビッグニュース

     
       総裁選立候補4氏         決戦投票直後、喜びの岸田新総裁

少し大げさかもしれないが、我が国の資本主義までが揺らぎそうな総理大臣選挙。いわゆる自由民主党総裁選挙が決着した。
あれこれ重箱の隅をつま楊枝で突っつけば、何かと議論もあるところだと思うが、兎に角、現総理の辞任という英断で新たな首班が指名された。
考えてみれば、現総理も就任とともにコロナ感染対策に追われ、官房長官時代の名残か自らの意思の表現の甘さというか発信力の不足など、培った政治力は不完全燃焼だったのかもしれない。

そんな反省すべきは大いに反省して、国民を悲哀の底に沈めたコロナ禍の根絶に総力を結集・傾注し、そこからの復活を実感させる政治手腕を、新総裁に期待したいものである。それでも、コロナの第六波・七波の襲来を舐めたらあかん。コロナの蔓延防止は政治の力だけでは及ばぬ部分がある。そこには人間一人一人の自覚に頼るところ大なのである。
我々も、政治首班が変わったからコロナも減退するなどの期待は、少し甘いことになるかもしれない。
いずれにしても、主権国家日本の存在価値の高揚と、幸せ感を感じさせる国作りに期待したいものだ。

さて政局が大きく動いた秋半ば。
秋を彩る言葉が数々あることに改めて気付かされる。今日は「秋波を送る」という言葉に少し触れてみたい。秋の波と書いて秋波とは「美人の涼しい目元のこと」で、女性が男性の気を引くための仕草の一つ、媚びた目つき。流し目。色目。 ということに発展したようである。
 元々は、秋の澄み切った水の波を意味する言葉として中国からの輸入語である。 それが、女性の涼しげな目元のたとえとなり、それに男性が迷いや勘違いを生じたりするうちに、いつしか媚びを売るとか、色っぽい流し目をつかうことを言うようになった、とのこと。

もっとも、この頃では単に女性から男性への色目ばかりではなく、異性に対する媚びや男同士の媚び、つまり気の合う仲間の助け合いといった意味にも用いられるようになったとか。してみると、今回の総裁選においても、候補者に秋波を送った人は少なからずいるということになるようだ。

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「隣家の訃報」

2021年09月28日 | つれづれ噺

               

1年中で最も寒いと言われる2月半ば。お隣のご主人が医療センターに入院された。数年前のバイク事故による腰痛の後遺症が思わしくないという理由だった。そこそこの治療を終え、リハビリで体調を整えたら元気に退院されるものだと信じていた。

桜の季節になってもまだ入院は続いた。「いつ頃退院できそうですか」奥様の訊ねると「ほかにも色んな病気が見つかって、当分帰れそうにない」との答え。コロナ禍では病気お見舞いに行ったとしても会わせてもくれない。そりゃそうだ、病院もコロナ菌外部侵入に神経ピリピリ。家族の面会さえ制限させているのに、お隣だろうが親しい長年の友人だろうが他人の面会など一切受け付けはしない。

結局、2月の入院前以来一切顔も見ないまま、病室であの世の人となった。奥様や二人の息子家族など完璧なまでの家族葬にこだわり、通夜も告別式も他人の入り込む余地などないまま。お骨になってご帰還の仏壇に、ようやくお線香を手向けさせて頂いた次第。
家を離れている息子たちには、コロナ禍の中の葬儀に他人の参列はお断り、という世間一般の常識は徹底されていたが、ここに住み始めて26年間、互いに築き上げてきた「隣の誼(よしみ)」などという人情は吹き飛ばされた。
コロナ対策上当然なこととは承知していても、少し寂しさの残るお別れとなった。

現役の勤めと並行して新聞配達をする元気なお父さんであったお隣さん。
学年こそこちらが一級上だが、1942年生れの同い年。何を話しても、似たような時代を生きてきた二人。何かと話は合った。向こうがタチアオイならこちらはアサガオで、花比べもした。
定年退職後も続けていた新聞配達の途中、バイクで転倒し腰部を強打。ここらあたりから歩む方向が少し変わってきた。それにしても、最も身近な存在であって同い年の急逝。いろんなことを思わせる秋半ばではある。ただひたすらご冥福をお祈りするのみ。   合掌

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「秋晴れの下で」

2021年09月26日 | スポーツ・観戦

早くから計画されていた地元自治会連合会と社会体育振興会によるグラウンドゴルフ大会が、地元小学校のグラウンドで行われた。
11才から90才まで文字通り老若男女の「腕に覚えあり」の人も覚えなき人も、80人が集まって、クラブを振り、ボールを打ち、ホールポスト目指して熱戦を繰り広げた。            
      80人の老若男女が、優勝を目指して先ずは開会式に続く準備体操を

   
   オッ、ナイスショット かな?         ヨイショッ!まだまだいけるよ!       オレたちも負けずにいこうや!

            
           戦い済んで、点数集計結果を待ちながら「今日はどうじゃったかね?」「ウーン・・・」

かつて球技大会といえば、男性がソフトボール。女性がソフトバレーボールと相場は決まっていた。それも10数チームが集まり、ムキになって優勝旗を争う時代もあった。そんな話が遠い過去となったいま、しかも高齢化の進行と若年層の忙しさなどで、ソフトボールもソフトバレーボールも2・3チームしか集まらず、地区対抗試合にならなくなった。そこで自治会連合会と社会体育振興会が目を付けたのが、高齢者を中心に一大ブームになっているグラウンドゴルフである。
本式のゴルフのアレンジ版で、クラブもボールもまるで本式とは異なり、短距離・土の上の競技しかも安価で、必要道具購入もお手頃。そんな近づきやすさもあって、グラウンドゴルフに多くの住民が血道を上げている。

そんなわけで今回第1回目の大会が行われた。当初、コロナ感染防止で実施か中止か議論の分かれるところであったが、青天のもと、さほどの密もないことから、多くのクラブで練習は続いている。そんな実情を踏まえて、実施に踏み切った。結果的には大英断であり、多くの老若男女が参加して楽しい一日を過ごした。

「秋の日に焦げたら嫁のもらい手がなくなる」と言われるほど、秋の日は紫外線が強く真っ黒に日焼けしやすい。しかし、今さら嫁に行く話などあまり縁のない人たちの集団。それでも日除けを兼ねてしっかりしたお洒落コスチュームであり、マスクもあって皆さん美人揃いである。実に楽しかった。

自粛でお家籠もりもいいけど、やはり外に出て日に当たり、外の空気で深呼吸するほど「元気の源」となるものはないような気がしている。

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「わが町の1枚」

2021年09月25日 | 地域活動

          
            やがて新たな姿に変わる、わが町の魚市場

昭和40年代後半。誰もが汗を流して働きかつ消費して、景気を底上げし活気に溢れていた。瀬戸内海の漁業も盛んで漁獲量も先ず先ずであった。
そんな時代を背景に建設された地域の魚市場。出入りの便もいい漁港に面しており、仲買人さんも多く、漁師さんたち張り切っていて賑わいを見せていた。
当時としては建物も斬新で、二階には多目的広場もあり、PTAや子供会活動など地域の交流会場として重宝した記憶もある。

時代は流れ地域漁業も衰退傾向にある。さらには漁業専業の難しさなどもあって、魚の水揚げも減り市場としての賑わいは往時とは比べるべくもなくなった。
それでも、我が住む地域には、この漁港も含めて6カ所に及ぶ「船だまり」がひしめいている。漁業権をを持った漁師さんも健在である。なので老朽化したとは言え、この魚市場を無にすることは出来ない。色んな事情がある。

そこで、いわゆる漁港としての機能・利便性を高めるための様々な岸壁整備をした上で、今の市場に変わる新たな市場建設が具体化し、近々改修工事が始まる。新市場は二階に緊急避難場所の機能も備えるという。長い年月、我々ととも生きた市場が生まれ変わる。

地域広報紙の編集担当として、現状を広報する意味においても四方八方からの写真を残す必要に迫られてカメラに納めた。そんな現状の1枚である。
時代の流れの生き証人として、わずかなことではあるが地域の現状を未来に残す、という作業。考えてみれば、ホンの少しではあるが夢のある話にも聞こえる。

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「センジュギク」

2021年09月24日 | 季節の移ろい・出来事

  

マリーゴールドと思って植えた苗が、1m以上にも育って黄色く鮮やかな花を付けた。花の性質や名前に疎い私の頭の中ではあっても、マリーゴールドはこれほど背が伸びなくて、地上50cmあたりで丸まった鮮やかオレンジ色の花を咲かせるというイメージであった。
「ちょっと違うんだよねー」とおもいつつ、スマホで撮影し、グーグルに尋ねてみた。そしたら「センジュギク」という名前を教えてくれた。

今度はパソコンに戻り「センジュギク」を調べてみた。早い話が、マリーゴールドとセンジュギクは同一種の花で、洋名をマリーゴールド。和名をセンジュギクそしてマンジュギクと呼ぶことを教えられた。
しかも、アフリカン・マリーゴールド、フレンチ・マリーゴールド、レモン・マリーゴールドと種類も分けられ、それぞれに「逆境を乗り越えて生きる」「いつも側において」「愛情」などの花言葉が添えられている。
そして今ひとつ。日本におけるマリーゴールド、センジュギクの全般的な花言葉は「勇者」「可憐な愛情」とある。となれば、誕生日のお祝いプレゼントの花束に十分使えるということだ。それにしても花期が長く、次から次へつぼみを付けて鮮やかな花を見せてくれる。庭先には恰好の花である。

実はこの花の苗の送り主は、地元小学校の3・4年生が手塩に掛けて育てた学習用の苗なのである。
私たち地域の住民で作る地域活動グループが、年に2・3回おこなっている学校環境整備事業つまり、斜面やの草刈りや、運動場周辺の樹木剪定などの奉仕作業に対する感謝の気持ちの贈り物なのである。
作業を終えて汗を拭う我々の前に、教職員が運んで来て「児童が育てたものです、ご自由にお持ち帰りください」という校長の言葉に甘えて持ち帰った、という曰く付きの苗である。

枯らしてなるものかと庭先に植えて、水をやり日陰をつくってやって、風が強い予報に対しては添え木も立てて守り育てた、学校と児童と地域住民の交流のしるしともいうべき花である。
名前もちゃんと分かったし、花言葉も気に入ったし、もうしばらく花を楽しませてもらおう。

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「季節の変わり目」

2021年09月23日 | 季節の移ろい・出来事

          

お彼岸の中日(ちゅうにち)、秋分の日。
暑さ寒さも彼岸までと言われる通り、今日を中日とする1週間で、大なり小なり確実な季節の変わり目を迎える。
時候の挨拶も「暑さに気を付けましょう」から「季節の変わり目、お大事に」とか「風邪引かないように気を付けましょうね」と変わってくる。四季を持つ私たち日本人の感性の切り替えどころでもある。

例年の通り、お墓参りをして手を合わせ、家では「おはぎ」をお供えしたお仏壇にお線香をくゆらせお題目を唱える。そしてふと思う。
お墓では、お盆前に墓石を磨き茂る夏草を抜いて墓掃除をする。こうしてお彼岸にお参り出来るのは後何年なのだろう。そしてその先はどうなるのだろうか、などと。
お仏壇にリンを鳴らせば、この先このお仏壇はどうなるんだろう。真宗の菩提寺とのお付き合いは如何相なるのか。などと自分がこの世から消えた後のことまで考えが及んでしまう。
どうしようもないことはどうしようもないことなのに、ふとそんなことに思いが至る。これもお彼岸という季節の変わり目に合わせた心持ちの揺らめきなのであろうか。

二人いた子供も、一人は完全に嫁ぎ先の人間となり、何を望むのも筋違いである。今一人の跡取りであるはずの倅君も、勤務先である町にマンションを購入して、完全にそちらに腰を据えた生活である。その長さも、生まれ育った我が家で暮らした期間を遙かに凌いでいる。そんな彼に「定年した後に故郷に帰って、お墓や仏壇を守るかねー」などとの相談はしてはならない、と肝に銘じてはいる。だけど時々多生の迷いが生じるときもある。まだ生きているのだから。

自分が三途の川を渡って彼岸にたどり着いた後のことまで考えてたら、寿命が縮まりそう。ここでも思い出したように「ケーセラセラ~」ってね。

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「月見る月は・・・」

2021年09月21日 | 季節の移ろい・出来事

  
午後7時30分、東の小さな森の上に姿を見せて  その5分後、明るさを増して森を抜ける        

やはり1年に1度、最も輝きを見せる中秋の名月。しかも今年は、満月の夜と十五夜が重なる、それも8年ぶりの現象だという。
曇り予報の空に、今夜だけは宵の口だけでもいいから晴れてくれ、そして名月を見せとくれと願った。2台のカメラに望遠レンズをセットして、月の出を待った。天気予報を少しずらせて、希望通りの月の出を魅せてくれたね~。

ところで今夜の月を中秋の名月と呼ぶ謂れは、太陽暦が採用される前の旧暦では7月・8月・9月を秋と呼んでいた。秋の3か月間の真ん中である8月を中秋(仲秋)と言い、その8月の十五夜を「中秋の名月」として、様々なお祝いをした。そして新暦になった今も、旧暦8月の十五夜を中秋の名月として定着している。ということ。
さらに今ひとつ、十五夜と呼ばれる日が必ず満月と思っている方もいるかもしれませんが、実は必ずしもそうではなくて、 むしろ満月とは同日にならない年が多数を占めている、というのが本当のようですよ。十五夜お月さんは飽くまでもその月の15日の夜の月いい、いわゆる望月=満月は16日になることが多いようです。

  

まあそんな理屈をこね回すより、「きれいなお月様だね」と、冴え渡る一つの月を、あの人もこの人も多くの人が見上げて、一瞬の浮世を忘れる秋の一夜を楽しめたらいいなと思う。
本来なら、中秋の名月の今宵は、あちこちで観月茶会など地域伝統のイベントが行われるはずなのに、これもまた、コロナコロナで楽しみを取り上げられてしった。

でも中天に冴えるお月今年も今年もやはり中秋の名月になんら変わることはない。きれいな月だね~~。

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「Respect for the Aged」

2021年09月20日 | 季節の移ろい・出来事

            
                      昔懐かしい、ハゼに架けられた稲穂

我が家からクルマで3kmも走ったところには、米どころが広がり、取り入れ前のハゼに架けられた干し稲や、黄金色波打つ田んぼが広がる。
晩年の母がお世話になった介護施設がこの道のはるか向こうにあるため、2年間は週に2・3回は通った懐かしい農免道路である。
今は広島カープの二軍練習場に通うとき以外あまり通らなくなった。でもこの季節になると必ず一度や二度はカメラを提げて小1時間、ゆっくり歩いてみたくなるなんでもない自然そのままの風景である。

  
             ハゼ架けの労をねぎらうように。紅く咲いて応援しているような彼岸花

近代農業ではあまり見かけなくなった、稲刈り後の稲を太陽光で干すハゼ架けがここには残されている。実はこの作業は大変な労力が要る。長~い太~い竹竿を何本も運び込む。その竹竿を支える脚木材を何本も何本も、全て手で運ばなければならない。設備投資はかかるものの、作業そのものはクルマに乗った気分のコンバイン運転とは雲泥の差。莫大な労力を要する。こんな作業は若い人はやらない。
ということは、今日敬老の日をお祝いされるべきお年寄りが、こんな重労働を担っているのに違いない。

似たような年寄りがカメラを提げて「素晴らしい秋の風景だね」などと呑気に構えている自分が、贅沢な人に思えてくる。
自然に「ご苦労様です」とつぶやく、ちょっと切なさもある秋たけなわの田園風景ではある。            
                 黄金色と競演するように紅。今しか見られないコントラスト

黄金色を縁取るように咲く目の覚めるような彼岸花の紅。これほど心豊かにさせてくれる光景はまさしく今このときしかない。
この美しが、重労働に耐えたお年寄りの慰労、つまりRespect for the Aged、『敬老』の風景である。ちょっとこじつけが過ぎたかも。
奇しくも敬老の日の今日、いい景色に出会ったものだ。我が身も含めてまた明日からも元気に過ごそう。

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「LoveLetterもらちゃった!」

2021年09月19日 | 家族・孫話

               
                   「だいすき!」と書かれたラブレター!!

「だいすき・・・」などと直接的な表現をつかったLoveLetterを久しぶりにもらった。
若かった遠い遠い昔を思い出しても、これほど単純明快に告白された記憶はないのではないのかな、そうでもないのかな。曖昧がちょうどいいようで。
差出人は誰あろう、言わずと知れた相思相愛のあの娘、そしてあの娘、二人からもらったのだ。嬉しや~!

絵を描くのはお姉ちゃんへの対抗心もあって、少し前からそれなりに描けるようになったのは知っていた。それにプラスして今回は、たどたどしいながらも文字が書かれているではないか。それが、おじいちゃんおばあちゃんだいすき、の文字である。4才3ヵ月、よくがんっばっているのかな。

そして今一通は、手紙をしたためた用紙をハート型に折り畳んである。読むまでに少し手間がかかるようにしてある。文面はさすが2年生8才の女子児童である。コロナで自由に里帰りできない口惜しさがにじませてある。そして「お芋ほりしたい、11月まで待ってね」と。
「俺は待ってるぜ」などと、大昔のキザなセリフは云わないが、兎に角コロナに感染しないよう気を付けて、自由に戻って来られる日を待とうね。とビデオ電話で伝えておいた。

8才と4才。こんな嬉しいラブレターを寄越すこの子らが、どんな娘に成長するのだろう。もう少し元気で見守りたいと思う。
その一方で、現在の75才以上の人口は、総人口の14.7%に当たる1849万人という。まさに高齢化社会の一人ではある。ま、せいぜい元気に過ごして、医療費出費を最小限に抑える努力は続けて行こう。孫たちのためでもあるが、何より自分のためである。

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