風邪から腹痛と横になっている時間が多かったので、DVDを視聴したり、本を読んだり、うとうとしたりという時間の過ごし方をした。今日はようやく、伐り倒したケヤキ2本の枝の処理に取りかかった。チェーンソーで切らないとならない太さの枝を、牧本文の長さ(昔で言う9尺、今ならおよそ1㍍)に切る。さらに細い部分は鉈で1尺(30㌢余り)に切りそろえ、焚き付け用に束ねるのだが、今日は太いところを切り取って終わった。天気が良ければ、明日からトラクターのバケットを使って運び、まだケヤキ林になっているところに順次積み上げ、しばらく乾燥する。太くなりすぎたケヤキは、長さをそろえても薪割りでは簡単には割ることのできないやっかいな材料なのである。用材にするにはさらに何十年と育てねばならないが、いまどき用材にして採算が取れるものでもないのである。さて、休みの間に『父子十手捕物日記』も16巻まで読んでしまった。16巻では文之助の屋敷の前に置かれたカボチャの謎から話が始まる。神社の境内で首を吊ったが、上半身が境内からでていたため町方の探索対象となった、自殺死体をめぐって事件は展開していく。父・丈右衛門がかかわった、まずい蕎麦屋とその一件が代打ちという役割を担っていた男との関係で解き明かされる。父子十手シリーズも、父と子がそれぞれに世帯を持ち、これまでとはまったく違った展開になって興味をそそられる。
1984年、東宝映画株式会社から配給された戦争映画、『零戦燃ゆ』をDVDで鑑賞した。昨日は、かなり体調も良くなったが、万全を期する意味で外に出ないで、DVDを鑑賞するなどして過ごしたのである。『零戦燃ゆ』は柳田邦男が書いたノンフィクションの作品が原作である。小中学生のころは結構「軍事おたく」だった山クジラ♂は零戦にも大いに興味を持っていた。昨年は『永遠の〇』や、零戦の設計者である堀越二郎を題材にした『風立ちぬ』も鑑賞してみた。確かに『零戦』は、太平洋戦争開戦当初に置いて世界の戦闘機の中で優れた性能を持っていたし、その当時の搭乗員の技量は優れたものだったろう。しかし、それを過信して世界制覇をもくろむなどはとんでもないことである。映画などで見る分には、それはそれで面白いのだが、再び日本があのような惨事に巻き込まれることだけは断固拒否したい。自らの価値観を他人、他国にに押し付けるやり方はやめてもらわないとならないと思う。
1月15日木曜日。おはようがんす。ここ1週間、風邪から始まって伐採作業が原因の腹部の痛みで、まともな生活がおくれなかった。大野の診療所からいただいた薬で、痛みが治まり(感じなくなった?)、ようやく普通に生活ができるようになったら、今度は妻が風邪。もしかするとインフルエンザかもしれないというので、今朝は山クジラ♂がピンチヒッターで朝食の準備。冷蔵庫にあった紅ザケの切り身を焼き、ダイズとヒジキの煮物に切り干しダイコンを加えてリメイク、セロリの残りとエリンギを合わせてキンピラ、コマツナの辛し和え、温野菜サラダということで一応朝食はできた。味噌汁の実はワカメとマイタケ、豆腐と長ネギ。今日妻は、大野診療所に行くようだが、何と出るか。とにかくインフルエンザがすさまじい勢いで流行しているのでご用心、ご用心。