由紀草一の一読三陳

学而思(学んで、そして思う)の実践をめざすブログです。主に本を読んで考えたことを不定期に書いていきます。

最強の言葉には顔がない・下

2023年08月20日 | 倫理

荻田浩一構成・演出「Tabloid Revue『rumor~オルレアンの噂~』」令和3年1月赤坂RED/THEATER

メインテキスト:エドガール・モラン/杉山光信訳『オルレアンのうわさ 女性誘拐のうわさとその神話作用 第2版』(原著の出版年は1970年、みすず書房1973年)
芥川龍之介「震災雑記」(『中央公論』大正12年10月号初出。『筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻』昭和46年に「大正十二年九月一日の大震に際して」の表題で、大震災関係の他の文章といっしょにまとめられた)

 最後に、私が最も恐いと考えているものについて述べる。プロパガンダからは少し離れるが、恐怖アピールグランファルーンに関連する。
 人を行動に駆り立てる最大の感情は恐怖だろう。生命を、生活を、地位や財産を奪われる危険は誰しも怖い。そして危険はどこに潜むかわからないのだから、用心するのは自然だし当然だ。そのために、保険を初めとして、危険に対応する商品も各種売られている。危険への恐怖、軽く言って不安、が強ければ強いほど、そういう商品の需要は高まるわけだから、宣伝家たちは危機感を煽りがちである。特に悪いことではない。度の過ぎた誇張や、ノーマン・メイラーの言う事実もどき(factoid、P.83)という嘘を使うのでなければ。
 しかし、事実もどきは、野心的な政治家や宣伝家が作るだけではない。民間から自然発生的に出てきたとしか思えないものもあり、これは普通「」、少し硬い言葉で「風評」と呼ばれ、時たま非常にやっかいなものになる。意図が全然ないか、大勢に拡散されているので、麻原彰晃やヒトラーのような個人が、ちょっとしたことでボロを出して、嘘がばれる、少なくとも威力が減る、ということもない。
 『プロパガンダ』に載っている事実もどきの例は、発生元はわからないとしても、誰かが政治的か経済的な目的に利用しようとしたものがほとんどで、それは本の主題からして当然である。ここでは、噂の拡大と伝播について、瞥見しておきたい。

 1969年、英仏百年戦争時にジャンヌ・ダルクが解放したという逸話以外には日本人には馴染みのないフランスの一地方オルレアンで、ある噂が広まった。ブティックの試着室に入った若い女性のうち何人かが消え、売春組織に売られた、というものだ。警察の公式記録ではこの時期に行方不明になった人は一人もいなかったにもかかわらず、この話は口伝えでどんどん広まっていった。エドガール・モランと彼が率いる研究グループがこれを調査して考察を加え、今日社会学の古典の一つとされている一書『オルレアンのうわさ』にまとめている。
 話(E.モランは「神話」と呼んでいる)の由来、というか、神話学で言うアーキタイプ(元型)はあった。売春組織に拉致される娘の話はフランスの各地にあり、オルレアンの噂が立ち始めた頃、雑誌に、ブティックで麻酔で眠らされた上に、地下室に監禁された若妻に関する、根拠不明の記事が出た。ただそれは、オルレアンとは遠く離れたグルノーブルでの出来事ということになっていたが。
【その後1980年代の日本で、これらに基づいたと思われる「だるま女」という神話も生まれた。海外のブティックで誘拐された日本人女性が、四肢を切断されたいたましい姿で見世物にされたという、より猟奇性の強いもので、一度雑誌に取り上げられたこともある。外務省はこの「事実」を完全に否定している。】

 新しい要素としては、このブティックがどこか、かなり最初の段階から特定されていたことがある。それは、ユダヤ人の夫婦が経営する新しいお洒落な店だった。
 それなら、この店のライバル店や、経営者夫妻に恨みを持つ者の仕業か、とすぐに思いつくが、警察も、モランたちの調査でも、見つけることはできなかった。エロティックな現代神話、現在の日本では都市伝説と呼ばれているものに、ナチス崩壊後もずっとヨーロッパでくすぶり続けていた(そして今もある)反ユダヤ感情が結びついたことが確認されるだけだった。
 もし、首謀者は実際にはいたのに、見つからなかったのだとしたら、その人物こそマーク・アントニーやヨゼフ・ゲッペルスを凌ぐプロパガンダの、そしてアジテーションの天才と呼ばれるべきかも知れない。
 それというのも、誰が作ったかはともかく、何のために作られたかは明らかなのが広告だが、その意図があまりに露骨な場合は、それ自体が鬱陶しくて反発を招く場合があるからだ。誰にもせよ、他人に操られていると思えば、不快になるだろう。だから現在の広告制作者は、意図を、うまく見つかるように隠すテクニックに磨きをかけているように見える。
 しかしそもそも、明確な意図などなく、大衆の感情、あるいは集合無意識とかいうものが、ある方向へと惹きつけられたらどうだろう。反発を向けようにも、その対象はない。しかも、そうなるとまた、浮遊するイメージに、後からさまざまなイメージがくっついて雪だるま式に大きくなりがちであり、稀には、ある社会全体を揺さぶるまでになる。
 オルレアンの雪だるまの中には、犯罪の規模に関するものもあった。「怪しい」ブティックは一軒から、同じくユダヤ人の経営する六軒に増え、「被害者」の女性の数は六十人以上にふくれあがった。誘拐の手口も、女性たちは川から船で大都市にある秘密の売春組織に運ばれ、そこからさらに中近東や南米に売られる、というような具体性を増したものになった。
 川から運ばれることについて話をした最初の人物は、例外的にわかっている。当のブティックの経営者が冗談として知人にしゃべったものが基だった。その後の経過からすると、軽率とも言えそうだが、彼としては、噂は全く根も葉もないもので、自分も気にしていないことを示したかったのだろう。「てなことがあったら怖いですな。ハハハ」という風に。彼はユダヤ人だが、地域社会に溶け込んでいて、誰かに恨まれる覚えは全くなかったのだから。
 翻って考えると、この話を口から耳へ、それからまた口にして広めた地元の人々は、どの程度に「本気」だったのか。むしろ冗談に近い軽いノリで、女学生たちの雑談から、その友人知人、家族、そして地域社会全体を覆うものへと成長していった可能性が高い。最初の頃に聞いた人の中には、そんな他愛もない話、わざわざむきになって否定するのも大人げないしな、と思ったこともあったかも知れない。実際、放置するうちに、自然に消えてしまう噂が大部分なのだ。
 けれどこの場合は、あまりにも大勢の知るところとなり、するとそのこと自体が、信憑性のように見えてきて、女学校の教師(その中にはユダヤ人もいた)や娘を持つ家族が、保護する責任のある女の子たちに、件のブティックへ行くことを禁ずるに及んで、事態は冗談ではすまなくなってきた。

 早い段階で公的な機関が対処すればなんのこともなかったのではないか。例えば、警察がブティックを調査して、怪しい節は何もないと発表すれば。しかし、大統領選挙が近づいていて、警察としては、わざわざそんなことをする余裕もないし、必要性も感じなかったようだ。
 そのうちに、失踪した女性たちの捜査をしない(そりゃ、いない人の捜査はできない)警察も、事件を一切報道しないマスコミも、行政当局も、すべてユダヤ人から買収されているんだ、という話も出てくる。それまで皆が信じたら、どんな調査をしてその結果を発表しても、「それはインチキだ」と言われてしまうだろう。
 幸いなことに、騒乱が起きる手前で事態は収束した。名指しされた店の付近をぶらついたりたむろする者が増えて、本当に恐怖を感じた店主たちが訴えた結果、市当局もやっと本腰を入れ、ユダヤ系の人権団体はキャンペーンをくりひろげた。
 最も効果的だったのは、いくつかの新聞・雑誌が、この話は元来反ユダヤ主義の陰謀から出てきたものだ、と書き立てたことだったようだ。こちらにも、しっかりした根拠などない。多分、事実もなかったろう。モランたちはこれもまた神話であるとして、「対抗神話」と呼んでいる。けれど、多くの人が、この噂を口にしたら、「反ユダヤ主義者」のレッテル(それは公的には、悪いこととされていた)を貼られるのではないかと恐れた結果、控えるようになった。もともと、「そんなの嘘だ。こっちが本当だ」とむきになって主張するほどの動機や信念のある人などいなかったのだから。
 それにしても、根拠のない噂を打ち消したのが同じように根拠のない話だったというのは、皮肉なような、また当然のような、妙な気がする。
 いずれにしろ、人々の関心の焦点は自然に大統領選挙へとシフトしていった。その後改めて、事件、ではなく噂について訊かれると、ほとんどの人が「もちろん私はそんなことは信じていませんでしたけどね」などと付け加えた。
 そんなものか? そんなものだ。それでも人々の不安と怒りは、自然発火近くまで至っていたのかも知れない。日本で起きた痛ましい事件からして、そういう推測も出てくる。

 大正12(1923)年の関東大震災時に、多数の朝鮮人や朝鮮人に間違えられた人が住民に殺された。これは我が国近代最大の黒歴史と言うべきものである。
 未曾有の災害によって多数の死傷者を出し、人々の恐怖は極限まで高まった。流言蜚語が飛び交い、混乱に乗じた火事場泥棒的な犯罪も多かった。治安維持のためには、警察では足りないと感じられたので、行政の呼びかけに応じるかまたは自発的に、民間の自警団が組織された。この自警団が、見回りにとどまらず、犯人捜しや制裁まですすんでやろうとした挙句、しばしば、蛮行の主体となったのだった。
 芥川龍之介も自警団に参加した一人だが、震災時の見聞及び感想「震災雑記」には、以下の印象的な一章がある。

 僕は善良なる市民である。しかし僕の所見によれば、菊池寛はこの資格に乏しい。
 戒厳令のしかれた後、僕は巻煙草を啣へたまま、菊池と雑談を交換してゐた。尤(もっと)も雑談とは云ふものの、地震以外の話の出た訣(わけ)ではない。その内に僕は大火の原因は○○○○○○○○さうだと云つた。すると菊池は眉を挙げながら、「譃(うそ)だよ、君」と一喝した。僕は勿論さう云はれて見れば、「ぢや譃だらう」と云ふ外はなかつた。しかし次手(ついで)にもう一度、何でも○○○○はボルシエヴイツキの手先ださうだと云つた。菊池は今度は眉を挙げると、「譃さ、君、そんなことは」と叱りつけた。僕は又「へええ、それも譃か」と忽ち自説(?)を撤回した。
 再び僕の所見によれば、善良なる市民と云ふものはボルシエヴイツキと○○○○との陰謀の存在を信ずるものである。もし万一信じられぬ場合は、少くとも信じてゐるらしい顔つきを装はねばならぬものである。けれども野蛮なる菊池寛は信じもしなければ信じる真似もしない。これは完全に善良なる市民の資格を放棄したと見るべきである。善良なる市民たると同時に勇敢なる自警団の一員たる僕は菊池の為に惜しまざるを得ない。
 尤も善良なる市民になることは、――兎に角苦心を要するものである。


 「○○○」の伏せ字部分の一部には「朝鮮人」の文字が入っていたのは明らかである。明治43(1910)年の日韓併合から、かの国の人も日本人となり、東京でもよく見かけるようになっていたのだが、彼らからは、ヨーロッパにおけるユダヤ人と同じ、「異物感」が拭えなかった。それが、大震災という本当の危機の際に、「井戸に毒を投げ入れた」「民家に火をつけた」「この機会に乗じて革命を起そうとしている」という噂が流れると、不安が一気に極限まで高まり、蛮行にまで至ったのだ。
 芥川は上の文章を書いたときには、殺戮の事実についてはあまり詳しくは知らなかったのではないかと思われる。知った上で「もし万一信じられぬ場合は、少くとも信じてゐるらしい顔つきを装はねばならぬ」などというアイロニカルな一文を書いたのだとすれば、かなりタフな神経で、この作家の繊細なイメージに合わない。いや、それもまた根拠のない印象論だな、とすぐに反省されたので、さておくとして、彼はここで「同調圧力」についてまことにうがった見方を示している。

 構造の部分を考えると、こうだろう。
 ある噂が流れる。最初誰が言ったのか、わからない。複数の場所で、大筋では同じ話を聞く。「聴いた話」として、自分でも言ってみると、「それ、俺も聞いた」という者に出会う。そのうちに、それは「みんなが言っている」ことになる。「みんな」の実数は五、六人のこともあるが、それでも、前述した信憑性があり、さらに「公共性」まであるような気になる。伝達ゲームの過程で、比較的想像力豊かな者が、新たな話・イメージを付け加えることもある。こんなふうにして、雪だるまが膨れていく。
 そうなっても、公的機関や大手メディアが何も言わないとしたら、それはどこまでも内輪話の性格を保ち続ける。実は、これにも噂にとっては都合が良い条件になり得る。事実はどうか、なんて面倒な検証とは縁がなく、仲間内の雑談として気楽に喋れる感じになるから。
 そう、こういうのは仲間同士の話なのだ、というか、元々の仲間ではなくても、話を共有する、それも、「まあ、そうなの」「へええ~、そんなことが」という感じで聞いてくれるなら、即席で、その場限りでも、仲間になる。
 そして、仲間同士の「」ができるなら、同時に「」もできる。共同性は必ず、排他性を含む。この場合の「外」とは、もちろん、身近にいながら、この話を全く信じないか、「それは本当か?」などと真顔で訊いて、なかなか納得しない者のことである。そういう不穏分子から共同性を守るべく、この仲間の結束は固くなり、一方で、仲間ではない者を排除する傾向も強くなる。これらは、共同性という同じ盾の表と裏なのである。
 関東大震災の時は、単なる「仲間はずれ」ではすまなかった。何しろ、危機は眼前にある。これに対処するという大義名分もある。実際は、普段は仕方なく抑制している暴力衝動を発露できる絶好の機会だという暗い情動も、かなりの部分を占めているだろうが、それはもちろん禁句。行動はしないまでも、話を信じる、最低でも信じている顔をするのが、共同性に忠実な「善良なる」者であり、そうしようとしないのは共同体の共同性に背く背信者、即ち「悪しき」者である。このような心理が、広い範囲に受け入れられ、ついに恐るべき蛮行まで引き起こしてしまった。
 もちろん、当時の東京でも、全員がこんな状態に陥ったわけではない。菊池寛も、それから芥川も、朝鮮人陰謀説など全く信じていなかった。それが昔も今も「良識」というものだ。しかし普段なら当たり前の良識、否むしろ退屈な常識が、危険とみなされることも、最悪実際に攻撃が加えられることさえある。通常の市民社会の中に、もう一つの社会ができて、の境界が変わってしまったからだ。自分は全く動いていないのに、世の中のほうが「兎に角苦心を要する」場所になってしまうことがあるのだ。

 どうすればいいのだろう? 共同体を離れて生きられる人などいない。我々は皆、共同体のエートス(一定社会の倫理・慣習・行動様式)の中にいて、それを自分の中に取り入れて「」となる。こういう普遍的な事情に対して、自分の立場をいちいち反省して、それに基づいて行動したりするのは、かなりのストレスになる割には、実効はあまり期待できない。たいてい、周りから、「変わり者」と呼ばれて終わり。上述のような危機的状況になったら、なんとか逃げ道を見つける必要はあり、そのために「変わり者」ポジションは有利なようにも思えるが、実はそれも怪しい。かえって、普段から怪しい奴なのだからと、真っ先に攻撃衝動が向けられる恐れもある。
 では、根拠のない話は信じない? しない? 難しいですね。私など、根拠のあやふやな話はするなと言われたら、今の半分も喋れなくなってしまうでしょう。それはきっと、我慢できない(笑)。
 では? これならなんとかできるし、大事かな、と漠然と思うことは以下です。どこかに悪辣な陰謀家や宣伝課がいて、私たちをダマそうとしている、と用心するのは良い。しかし、悪なる存在は世界のどこかにいて、我々はダマされることはあっても、全く潔白な、「善良なる市民」なんだという思いがあったら、できるだけ軽くしたほうがいい。主観的には確かにそうでも、無自覚のうちに、害のある思いに囚われ、さらにそれを広めているかも知れない。言葉を覚える以前の赤ん坊でない限り、誰もが完全に無罪ではあり得ない。
 そう心得ておけば、最悪の事態を回避するには、いくらか役に立つのではないかと思うのですが、どうでしょうか?
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最強の言葉には顔がない・中

2023年08月14日 | 倫理


メインテキスト:高田博行『ヒトラー演説 熱狂の真実』(中公新書平成26年)

 最初に、プロパガンダとは「他人にあることを信じ込ませる説得術」だと言ったが、現在この定義は修正ないし補足したほうがよいように感じられる。「説得」には、「理を尽くして相手を納得させる」ことだという含意があるが、大衆を相手にした場合、「理」は、あるにはあっても、あまり目立たせぬようにしたほうがよい。人間は理屈より感情に動かされやすい。集団になればますますそうだ。戯曲「ジュリアス・シーザー」はその具体例を示している。そしてプロパガンダが社会で重視されるようになったのは、19世紀以降、大衆が社会の表面に本格的に現れるようになってからだ。
 ここでは人の感情に訴える、いわゆる胸の琴線に触れる言葉(視覚的イメージを含む)こそが主流になる。それは愉快なものとは限らない。不安や焦燥を掻き立てるものもある。なんであれ、心を動かし、購買や投票のような、一定の行動にまでつなげることを目指す。ここでの宣伝家は、説得者と言うより扇動家というほうが相応しい。
 なぜそんなことが必要とされるのか? そのモノなり人なりに、本当に価値があるなら、特に何もしなくても自然に認められるはずではないか? と、言ってみると、ただちに「なかなかそうはいかないな」という苦い思いに囚われる。だいたい、ここで言う価値とは、かなりの部分、人が心に抱く価値観のことで、つまり主観的で、相対的だ。ある行為が正義感の発露か、許しがたい裏切りか、少し観点を変えれば正反対にもみえてしまうことも稀ではない。

 もう少し細かく言おう。モノ本来の価値はある。空気や水がなくては困るにことは誰でも知っている。ただ、いつでも手に入る限り、その価値は特に意識されないだけだ。一足す一は二と同じような、退屈な真理というに過ぎない。しかし環境活動家が言うように、空気が汚染されるとか乏しくなったりすれば、大問題だ。その恐怖や危機感があるなら、空気も商品になり得る。二酸化炭素の排出量を権利として売買するアイディアはそれに近い。
 一方水は、現に乏しい地域はある。「砂漠で水を売る」ようなもの、という言い方がビジネスの世界にはあるらしいが、それは昔から日本にある「濡れ手で粟」に近い。絶対的な需要があるのだから、必ず売れる、ということ。しかし実際にはそう簡単にはいかない。そんなにおいしい商売なら、やりたがる人間はたくさんいる。その間に競争が生じる。政治的な制約がないとしたら、「神の見えざる手」が働く、自由市場が形成されるわけだ。そこで水は商品として、価格・品質・輸送速度・売る側の信用、などが他より多く売る条件になってくる。ならば、それらの情報を伝える活動にもまた、必要性が生じる。古典的な宣伝活動の始まりである。

 大衆社会では、モノが大量に、多様に作られる。そして、空気や水のような、それがないと誰もが生きていけないというほどの必需品でなければそれだけ、実利からは少し離れたイメージが重視されるようになる。加えて、TVが各家庭にあるのが当たり前になってからは、視覚的な、見かけのイメージは直ちに、大量に伝達される。
 バブルの頃は、「自動車はデザインで売れる時代」などと言われた。どんなにかっこいい車でも、乗ったらすぐに壊れる製品がそんなに売れるとは思えないから、それは言い過ぎであるにもせよ。と、いうか、10年乗ってもまず一度も故障しない製品を作る高い技術力が普通になった上で、新たな付加価値として、「見かけ」の重要さが全面的に出てきたのである。
 需要と供給のどちら側が先にそうしたかはわからない。需要に応じて供給はなされるが、新たな需要を作って新たな供給への道を開かなければ、経済発展はない。そして、新たな製品や性能を開発するより、イメージを更新するほうが容易ではある。そこに需要が見つかるなら、作って売る側も重視せざるを得ない、といった、いわゆる卵―鶏関係が認められるばかりだ。そこで宣伝広告は、商品の優れたところを伝えるだけではなく、イメージをアピールし、時には作り出すものとして、かつてより大きな地位を占めるようになった。

 もう一つ留意しなければならないのは、品質や性能については虚偽の広告はあるが、イメージにはそもそもそれはない。
 昭和44年、丸善石油(現コスモ石油)の「Oh! モーレツ!」というTVCMが放映された。車の通過音の直後にミニスカートの裾が捲れ上がり、そこにオフ・スクリーンの「Oh! モーレツ!」という声を重ねる。性的な刺激の露骨な押し出しで、今そのまま使うのは難しいだろう。【平成13年にリメイク版が作られたが、下着に見える部分はギリギリ隠された。】当時もたぶん問題視されたろうが、それより「猛烈なダッシュ」というキャッチ・コピーが誇大広告の例としてどこかが公にやり玉にあげたのを、NHKのニュースで見た覚えがある(するとますますこのCMが世に知られる結果になるのだが)。何が猛烈で何がそうでないか、客観的な基準などあるわけではないのに、誇大と言ってもどうなんだろう、と当時中学生だった私は思ったものだ。
 嘘と言えば、車がどんなに速く走っても、上昇気流が発生するわけではないから、外にいる女性のスカートが捲れ上げるなんてまずないが、そんなの面白いツッコミにもならない。だいたいこのCMは、当の製品であるガソリンが、セクシーだと言うわけではないのはもちろん(笑)、車に優れたダッシュ力を与えると言うわけでもない。そのような「主張」は。時に押しつけがましくて鬱陶しく感じられるから、「本当にそうか?」「言うほどのことはないじゃん」というような疑念や反発を招く可能性がある。
 それは避けて、セクシーで軽快なイメージの「奥」にあるものとして、製品を提示して見せた。それが売り上げにどれくらい貢献したかは知らないが、高度成長時代初期の社会風潮を端的に表現したものとして、本作は日本CM史上屈指の有名作品になっている。

 人間にイメージを纏わせる場合でも、同じような手法は用いられる。モデルやタレントなら、イメージ自体を売りものにするから、それで充分。例えば上のCMで主演を務めてセクシーさが強調された小川ローザは、これ一本で有名になった。
 他の分野で、特に多くの人を動かそうとするなら、さすがにそれだけでは足りない。何ができるのか・できそうか、は必ず問題にされる。そのため、彼らの人格や能力の大きさを語る言葉が使われる。「彼は公明正大な人間だ」とか「彼女なら難しい仕事を成し遂げる力がある」など、抽象的に言われてもそんなに説得力はない。
 過去の実績が具体的に語られるに如くはない。マーク・アントニーの語ったシーザーの逸話から、現在だと「東大法学部を主席で卒業した」とか、「他の社員の三倍の売り上げを達成した」などなど各種あり、並外れたものは「伝説」などと呼ばれる。信憑性からすると、実態が強調されたものから誇張されたもの、さらに完全なデタラメまであるが、一番の問題は説得力だ。そこに加えて、彼/彼女の身体像や話し方などの現在のイメージが重なって、最もうまくいった場合には、カリスマ性と呼ばれるものを生む。
 これを中核とした集団は、「預言者や──政治の領域における──選挙武侯、人民投票的支配者、偉大なデマゴーグや政党指導者の行う支配」の下にあるものだとウェーバーは言っている(前掲書)。
 この中では預言者(神の言葉を伝える者)に拠る宗教団体が最もそうなりがちである。政治的・経済的な集団は、権力や利益などを追求するという明確な目的があるので、構成員相互の連帯感はそんなになくても、存在価値は認められる。宗教は現実の代償を求めるものではない。もっとも、現世利益を約束する教団もあるが、そのやり方は「祈り」に拠るので、個々人でやるしかなく、集団の必要はない。そこで一番重要なのは信仰を同じくする者同士の支え合いであって、それなら信徒同士の、中でも中心にいる人・教祖への信頼は正に肝心要になる。
 そうは言っても、現在時折メディアに登場する教祖にはそんなにカリスマ性は感じられない、と思う人はいるだろう。内部の人の目にはどう映っているのか、よくわからないが。その点では、大昔に起源を持つ大宗教はとても有利で、開祖が超人的な能力を発揮したことになっており、基本的なイメージ形成はもうできている。後の人は、それを「受け継いでいる」と言えばいい。「処女から生まれ、死人を甦らせるなどの数々の奇蹟を行い、処刑されたが三日後に復活した」などは代表例。「そんなのは科学的に不可能だ」なる批判は、今更、と自然に思えるくらい、この伝説は信徒以外の人にもよく知られていて、それだけでも一定の力を持つ。
 ここでは開祖は伝説を纏っているというより、伝説そのものであるわけで、ならば生身の肉体はもうこの世にないほうがいい。人間は、生きて活動している限り、好むと好まざるとに関わらず、人間的な弱点を曝け出しがちなものだ。麻原彰晃のウリだった伝説の、空中浮遊は、彼が東京拘置所に入れられたら、「なんで空を飛んで脱出しないんだ」という、多少は面白いツッコミのネタになってしまう。
 それより、ソクラテスやシーザーやイエスのように、非業の死を遂げたほうが、自身の聖化にはよほど役に立ったろうが、信者や教団に対するそこまでの親切心はなかったようだ。

 20世紀最大の悪夢の一つであるナチス・ドイツを考えるためにも、上の視点は抑えておくべきだろう。
 アドルフ・ヒトラーは「偉大なデマゴーグや政党指導者」としてのカリスマの典型だ。そのイメージは「戦う者」だった。ドイツ国民にとって、第一次世界大戦での敗北は、それ自体が屈辱だし、その後のいわゆるベルサイユ体制下で、戦勝国であるヨーロッパ各国による経済的軍事的な締め付けから、現に苦しめられていた。そこへ、ニューヨークに端を発する大恐慌の波が押し寄せたのだ。安定した生活を取り戻すためには、思い切った行動が必要だと自然にみなされるようになった。
 敵は内部にもいる、国際金融資本の手先として、ドイツの民族的団結を妨げるユダヤ人がそれだ、と言われた。これらすべてと断固として、妥協なく戦うこと、ドイツの栄光を取り戻し、より輝かせること、それができるのはヒトラーしかいない。そう自分で言い、またヨゼフ・ゲッペルスたちの卓抜な宣伝によってこのイメージを浸透させるところに、ナチスの最大の政治戦略が置かれた。
 つまり、反対側のマイナス・イメージを強調して、こちらにプラス・イメージをつけるやり方、というと、高等テクニックのように思えるかも知れないが、国政レベルなら政治家は、程度の差はあれ、たいていやる。ジョー・バイデンの支持には、反ドナルド・トランプ感情がかなりの部分含まれているだろうし、現代日本の野党には反自民以外の存在意義を見つけることは難しい。
 中でヒトラーがずば抜けていたのは、まず彼自身の個性による。彼はオーストリアの出身で、ドイツとオーストリアは統一されるべきという大ドイツ主義者であり、1938年にはそれを実現した。ただし第一次世界大戦に従軍する以前には、一所不在で定職もないニートだった。つまり、彼は何者でもなかった。
 何者かになろうとしたとき、一気に跳躍して、ドイツの運命と一体化することに自己の根底を見出したのだろう。普通なら誇大妄想で終わるしかないものを実現するためには、宝籤の特賞に当たる以上の運(あるいは、不運?)と、政治家としての才能も努力もあったことは認めねばならない。
 しかし何より大きいのは、ルサンチマンをバネにして出てきた熱狂だろう。それは熱心な愛情、この場合は愛国心、にも見えてしまう。もっとも、すべて主観の話なのだから、ヒトラーは120%の愛国者であったと言ってもまちがいとは言い切れない。いずれにしろ、例えば彼の演説の力は、その内容よりもはるかに、溢れ出る熱気から出ていることは明らかである。
 宣伝相ゲッペルスはヒトラーを心から敬愛していた。1945年5月1日、前日に自決した総統を追って、家族と無理心中を遂げた。こういうことをしたナチス高官は他にはいない。
 その彼がやったことは、ヒトラーの理想を全国民に広げ、もってドイツ全体を、さらには全世界をヒトラーのものにしようとすることだった。そこで彼は当時可能なあらゆる媒体(メディア)を宣伝に利用した。ヒトラーの政治活動開始とほぼ同じ時期に拡声器が発明され、大群衆にまで演説の言葉を届かせることができるようになっていた。次にラジオは、かなり高額だったのを、ゲッペルスは自分が資金を出してまで安価な製品を作り、家庭でも彼らの言葉が聞けるようにした。さらに新式なメディアとして映画があり、旧来の新聞やポスターももちろん活用された。

 そこでのプロパガンダの基本理念の点では、二人はほぼ完全に一致していた。大衆は原始的で、移り気で、忘れっぽい。だから長々と理屈を述べて説得しようなんて無駄以上に、有害でしかない。そんなのには直に飽きて、聞かなくなってしまい、ひいては語る者への愛着も信頼もなくなってしまうだろう。そこで大衆を動かすために心得ておくべき原則については、彼ら自身の言葉もいろいろ残っているが、私なりに簡単にまとめると、次の三点になる。①目立つこと、②単純明快であること、③繰り返すこと。
 例えば「永遠のユダヤ人」という紅いイタリック体の太文字に、黒服でキッパ(ユダヤ帽)を被った顎髭の、ステレオタイプのユダヤ人を描いたポスターを見よう。元は1937年にミュンヘンで開催された政治ショーのためのもので、1940年には同名の映画も作られ、その宣伝にも同じ絵が使われた。両方とも制作者はゲッペルスである。
 この戯画中のユダヤ人は右手の掌に金貨を載せ、左手には鞭を持ち、左の上腕か脇の下には、ソ連の地図を象った上に鎌とハンマー(共産主義のシンボル。上に星をつけるとソ連の国旗のデザインになる)が描かれた瓦礫が突き刺さっているように見える。当時のドイツ人にはその寓意はすぐにわかったろう。「永遠のユダヤ人」とは別名「さまよえるユダヤ人」というヨーロッパの伝説中有名なキャラクターで、刑場に牽かれていくイエスを嘲った罰で、再臨の日まで死ぬこともできず地上をさ迷い続けなければならない。この呪われた者のイメージに、金と支配と共産主義のシンボルを重ねる。目立つし、メッセージも明確で紛れはないが、言葉の持つ押しつけがましさはない。
 同じような絵柄の画像は今でもざらにあり、つまり宣伝手法としてはまだ有効ということだ。これらと、演説の肉声、新聞の文章、映画の映像などで、ナチスこそ悪を打倒する正義のヒーロー、のメッセージはドイツとその支配地の隅々まで浸透したろうか。大成功だった、だからナチスの暴走は止まらなかったのだ、という見方が一般である。

 必ずしもそうは言えないと論じたのが『ヒトラー演説』である。それによると、1932年に国会で第一党になった時が彼らのプロパガンダ活動の絶頂期だった。ヒトラーは選挙運動のために軽飛行機に乗ってドイツ全土で遊説した。ラウド・スピーカーによる大音量で響かせる言葉と、高揚した口調、大仰な身振りを総合したパフォーマンスは、大勢の人を魅了することができた。これによってナチスは政権を手中にした、と言っても過言ではない。
 が……。早くも翌34年には、ヒトラーを揶揄する声が民衆の間からけっこうあがっていたことを伝える秘密警察の報告が残っている。
 一つには、明らかなやりすぎがあった。ゲッペルスのおかげで普及したラジオから、毎日のようにヒトラーたちの言葉を聞かされたのでは、いくら表現を換えて「ヴァリエーションをつけた反復」を心がけたとしても、内容は結局同じなので、そのうちには「擦り切れ」てくるのは避けられない。それが言葉による説得の、免れがたい宿痾である。もっとも、ナチス側からすれば、自分たちのメッセージを充分に浸透させるためには、その疵には目を瞑るべきだと考えていたのかも知れない。
 もう一つ、媒体がどれほど多種多様であっても、メッセージは結局は一つの方向から、究極的にはヒトラーその人から来ているのは明らかで、彼から人間的な弱点が綻び出た場合には、それだけ信用は失われる。
 政権奪取後は、ます首相として、34年以後は大統領も兼ねた総統として、ドイツの現状を説明する義務も生じたが、そういうときの演説は、今も日本の政治家がよくやる、原稿をただ読み上げるだけの熱のないものとなった。攻撃に強い者が守りに回ると弱いと言われることの典型で、これも幻滅を与える一因となったろう。
 対抗手段としては、ヒトラーを中核とした強固な団結心を形成することが一番だろう。
おそらく最も悪魔的で効果的だったナチの宣伝戦略は、恐怖アピールとグランファルーン法を結びつけたものだろう」と、『プロパガンダ』にはある(P.296)。恐怖アピールはこれまで述べた、ユダヤ人や共産主義者への恐怖心を煽る手法。グランファルーン法とは疑似共同性を作ること。同書でとりあげられているのはヒトラー・ユーゲントの制服や集団訓練の例だが、これはあくまで特別な集団である。
 広い範囲を対象にした場合には、演説なら、折々あがる聴衆の大歓声が、さらに集団行動時のシュプレヒコールや行進で醸し出される、高揚感と一体感が最も有効な手段となる。集団内の信頼感に基づく連帯と違って、言わば身体的な感覚だから、直ちにイコールふだんの共同性になるわけではないが、傍で見ていたり映像で見たりしただけでも、「一丸となる」こと自体の愉悦は伝わるだろう。時には「サクラ」を使ったりして、うまく組織できさえすれば、権力の強固な基盤になりそうから、今でも、野心的な政治家や宣伝家は熱心に研究していることだろう。
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