由紀草一の一読三陳

学而思(学んで、そして思う)の実践をめざすブログです。主に本を読んで考えたことを不定期に書いていきます。

教育的に正しいお伽噺集 第一回

2015年01月30日 | 創作
 【これは現在同人誌『ひつじ通信』に連載中の新作fablesですが、書き続けているうちにだんだん愛着が深くなり、一人でも多くの人に読んでもらいたくなりましたんで、こちらにも載せます。】



1 「王様は裸だ」
と、子どもが叫んだとき、王様の行進を見物していた人々の間に軽いどよめきが起きました。しかし、その表情を見ると、驚きもありましたが、戸惑いというか、間の悪い思いをしている、といった感じの人のほうが多かったようです。「ああ」とか「うう」というような間投詞以外、言葉は何も出ないまま、人々は周りの人と顔を見合わせて、すばやく会話を交わしました。「目は口ほどにものを言い」と言いますから、顔と態度全体なら、実に多くのことが伝達可能なのです。
(やれやれ、とうとう言っちまったか。まあ本当のことだからな、いつかは言われてしまうもんさ)
(しかし、そんなこと、誰もが知っていたんだぜ。その上で、言うより、言わないことの方が大事だと、みんな感じていたのに、言ってしまったら、これまでのことが台無しじゃないか)
(何が台無しになるんだ? そもそも、どうして、わかっているのに言わないことにしたんだ?)
(そりゃ、王様を怒らせるのが怖いってことだろう)
(裸の王様なんて怖いもんか)
(そんなに怖くはなくてもさ、わざわざ機嫌を損ねるこたあないだろ? それも、みんなが知っているようなつまらんことでさ)
(しかし、あの透明の服? だったかな、つまりは本当はないもののために、ずいぶん金を使ったって話だぞ。もったいないじゃねえか)
(お前の金じゃねえだろ)
(王様の金なら、俺たち国民のために使うことだってできたんじゃねえのか)
(なんだい、それこそみんな知ってるじゃねえか。王様に余った金があったところで、絶対に俺たちのためになるようにゃ、使ってくれない。これはもう、昔からの決まりごとみたいなもんだ。戦争とか、俺たちのためにならないことのために使われるんじゃなけりゃ、いいぐらいのもんさ)
(それじゃ、本当はないもののために、ある金を使っても、結局悪いことはないってか)
(まあ、若い娘のじゃない、あんな太っちょのおっさんの裸を見せられるのは、ありがたくねえがな、すぐに通り過ぎちまうんだから、それくらいの我慢はするさ)
(しかし、どうする? もう言われちまったんだぜ)
(みんなで聞かなかったことにするのさ。そうすりゃ、なかったことになる)
(そうするか)
(うん、そうすべえ。せっかく今まで黙ってきたんだもんな)
 大人達の顔に出た意見は一致し、決定はすぐに実行に移されました。両親に耳を引っ張られ、手で口を塞がれ、おまけに周りの大人全員に怖い顔で睨まれては、さすがの泣く子も黙るしかありません。これによって、ざわめきもすぐに止みました。
 ところで、王様です。王様も子どもの声は聞いてしまいました。(やっぱりそうか)とがっかりもし、恥ずかしくもあったのですが、この人は、頭は悪いけれど、よい王様でした。特に、よい王様だと国民のみんなに思われたいと思っているところが、まことによい王様でした。みんなが望んでいるのは、みんなが知っていることを自分だけは知らないでいること、不幸にしてそれができなくなっても、知らないふりはすることだと、はっきり知りました。
 かくして、裸の王様の行進は、威風堂々、とはいきませんけど、とりあえずもっともらしく、何事もなかったように続けられたのでした。

2 よくあることですが
池にいる蛙めがけて、少年たちが石を投げておりました。少年たちのピッチングは下手くそで、威力もなければコントロールも悪かったのですが、それでも危険には違いありません。蛙は、少年たちとコミュニケーショをとることにしました。あいにく蛙の口では人間の言葉は話せませんので、直接心に、テレパシーで語りかけることにしたのです。これはあまりお勧めできるやり方ではありません。心は、口よりもっと、余計なことを言ってしまいがちなものですから。
(もしもし、ぼっちゃんたち、石を投げるのはやめてもらえませんか。あなたたちは遊びのつもりでやってるんでしょうが、私には命がけなんですよ)
(そりゃそうだろうさ。お前が命がけで逃げまわらなけりゃ、面白い遊びにはならない。おい、もっと真剣に逃げろよ。そうじゃないと、俺たち、お前を嫌いになっちまうぜ)
(弱ったなあ。弱い者いじめが、面白いんですか)
(わからない奴だな。面白いからやってるってんだろ)
(じゃあ、ぼっちゃんたちが私の立場で、私がぼっちゃんたちの立場だったらどうです? それでも面白いですか?)
(本当にわからない奴だなあ。そういう立場じゃないから面白いんだ、って言ってるんだよ)
(少しは想像力を働かせてみてくださいよ。誰か、あなたたちより強い人が、あなたたちをいじめたら、やめてほしいと頼むんじゃないですか? 私は今それと同じ事をやってるんですよ。だったら、私の頼みは無理がないものだってわかるじゃないですか)
(ああ、それはわかるよ。でも、お前の話から、もうひとつ別のわかる、いや、わからないことが出てきたぞ。お前は、俺たちより強いやつがいて、俺たちをいじめるかもしれない、ということを前提にしている。世の中には悪いことがあって、俺たちも被害者になる可能性はある、だから俺たちは悪いことをするのはやめるべきだ、と言っていることになる。説得力があると思うか?)
 思いがけない反論に、蛙は驚いて、ちょっと考えました。そのとたんに、少年の一人がでたらめに投げた石が間近に当たって、土ぼこりが立ちました。蛙は驚いて水の中へ。たぶん怪我はなかったでしょうが、土で水も濁ったので、見えなくなってしまいました。
 こうして彼らの議論は、よくあることですが、双方に煮え切らないものを残したまま、終わったのでした。

3 森の中で
道に迷うことは、誰にでもできるというわけではないのです。とりわけ、その挙げ句に正しい場所へ行き着くことは。
「やっと着いたか。長かったなあ」
「ちょっとあなた、何を言ってるの? ここがどこで、私が誰だか、わかってるのかしら?」
「そう言われるとうまく答えられないけど、でも、僕がずっとここへ来たかったのは確かなんだ。お菓子でできた家でしょう? ここなら僕は、仕事なんか何もしないで、お菓子だけ食べてればいいんでしょう?」
「まちがってるとは言わないけど、その前に、変だとは思わないの? 森の中にこんな家があるなんて、普通に考えてあり得ないことよ」
「聞いたことはあるよ。森の中に魔法使いのおばあさんが住んでいて、お菓子の家に住んでるんだって」
「そう? それから?」
「ええとね、そのおばあさんは、子どもが大好きなんだけど、子どものほうでなかなか来てくれないから、寂しがってるんだって」
「それから?」
「知らない。僕は子どもなんだから、歓迎してもらえるんでしょ?」
「都合のいいところしか聞いてないのね。まあ、ありがちなことだけど。私がその魔法使いのおばあさんだったとして、なんのために子どもを待っているのか、なんて考えたことはないの?」
「考えるのって、苦手だし、考えたって、ろくなことはなかったからな。ねえ、僕は森の中を歩いてきて、とても疲れてるんだ。ここで眠ってもいい?」
「しかたないわね。お休みなさい。目が覚めたらもっといろんなことがわかるわ。いやでもね」
「ねえ、起きてよ、兄さん」
「ンンン? なんだい? もう食えないよ」
「寝ぼけないでよ。さあ、行くわよ」
「行くって、どこへ?」
「うちに決まってるじゃないの。一晩留守にしたから、たくさん仕事がたまってるわよ。薪を割ったり、水も汲まなくちゃならないのよ」
「めんどくさいなあ。ここにいればいいじゃないか。食べ物はたくさんあるんだし」
「バカね。食べられるのはお兄ちゃんのほうだったのよ。あれが悪い魔法使いだってことぐらい、わからなかったの?」
「そうかい? で、あの人は今どこにいるんだい?」
「知らない。どっかへ行っちゃったわ」
「お前が殺しちゃったんじゃないのか?」
「どうでもいいでしょ。どうせいつかは帰らなくちゃいけないんだから」
「帰り道なんて、わかんないじゃないか」
「ここへ来る途中、あたしがちゃんと、目印に小石を落としてきてあげたのよ」
「小石? そんなにたくさん持てないだろ? だから途中からお前はパン屑を落として、それが小鳥たちに食べられちゃったんで、おかげで僕たちは道に迷うことができたんじゃないか」
「よく覚えてるのね。それだけここへ来るまでのことがわかってるなら、大丈夫よ。必ず道を探し出せるわ」
「もしかして、適当なこと言ってないかい?」
「そうだとしても、お兄ちゃんよりはマシでしょ。だから、たとえまた迷ったとしても、ここよりはマシなのよ。『僕が来たかったのはここじゃない。よそへ行かなくちゃ』と思えるだけね」
「そうやって、一生、『行きたかった場所』を探すだけかい? なんてつまらないんだ」
「しかたないでしょ。『僕には他にもっとふさわしい場所があるはずだ』なんてお兄ちゃんが思って、思うだけじゃなくて森を歩き出したときにこれは決まったのよ。あのとき、あなたはもう、罠にはまっていたのよ」
 最後にこう言ったのは妹でしょうか、それとも魔法使いでしょうか?
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