由紀草一の一読三陳

学而思(学んで、そして思う)の実践をめざすブログです。主に本を読んで考えたことを不定期に書いていきます。

最強の言葉には顔がない・上

2023年07月29日 | 倫理

Julius Caesar in Flint Hills Shakespeare Festival in 2016

メインテキスト : A.プラトニカス/E.アロンソン『プロパガンダ 広告・宣伝のからくりを見抜く』(原著の出版は1992年。社会行動研究会訳、誠心書房刊、平成10年)

 令和4年7月の言語哲学研究会において、小林知行さんのレポートで、上記をテキストに読書会を開いてから1年経った。その時の出席者だった河南邦男さんからこの題材に関して小林さんに意見を述べるメールを送り、受け取った小林さんが藤田貴也さんと由紀草一にも意見を求めるべくそれを転送したのが昨年末。由紀草一がこれを受けて、テーマとしてたいへん重要なので、できるだけ広い範囲から意見を求め、プロパガンダ再考」としてもう一度研究会を持つように、小林さんから会員に呼びかけていただいた。残念ながらこの呼びかけへの応答はなかった。皆さんそれぞれお忙しいのだから、仕方ない。しかし本年6月30日、藤田さんからこれに関する本格的な論考をいただいた。これで最後に由紀草一が愚考を述べれば、最初に小林さんが考えた意見交換の範囲はカバーされる。やらなかったら、義理が悪い、だろうな、やっぱり。
 のみならず、藤田さんの論考は、狭義のプロパガンダから推論の一形式としてのアブダクションから、現在SNSを中心に広がる陰謀論といった、言語の問題を広く深く考察したものであった。あるいは「プロパガンダ」というテーマからすれば逸脱、とも見えるかも知れない。しかし、私見では、重要な言語問題につながるものである以上、いっこうにさしつかえない。
 これに元気づけられて、私も、現在いよいよ大きな問題になっていると思える言語状況について以下に云々してみよう。それで、最初に投げかけられた問題からは離れすぎていて、混乱を招くばかりだ、と読む人に思えたら、それはそれまでの話として。
【上記の各文は以下のリンクで、ネット上で読めます。
 小林知行「【日曜会・言哲】2301プロパガンダ プロパガンダ再考に向けた改稿」
河南邦男「再読:プロパガンダ」
藤田貴也「プロパガンダ再考:アブダクションと陰謀論」

 プロパガンダの核心を「他人にあることを信じ込ませる説得術」のことだとすれば、古代ギリシャからある。ソフィストと呼ばれる弁論の専門家がいた(B.C.5世紀頃)。ソクラテスが彼らを、真理を歪める者として嫌ったことは有名だが、そのソクラテス自身が、黒を白と言いくるめる詭弁術の大家だと、同時代の劇作家アリストパネスに批判されている(「雲」)。西洋だけではない。チャイナの戦国時代(B.C.3世紀頃)には、蘇秦、張儀、といった縦横家、後には名家(諸子百家)とも呼ばれる弁論術の達人たちが活躍した話は「史記」にある。
 文明が発達すれば言葉も発達する。現実の何とどう結びつくのかよくわからない抽象語が増えていく。比喩(メタファー)と言われる観念連合を使ったいわゆる文学的な言い回しも出現する。「飛んでいる矢は止まっている」「白馬は馬ではない」なんぞと、逆説という、言葉の曲芸をしてみせる者さえ現れる。
 かくて、言葉は結局何を伝えようとするのか、よくわからなくなっていく。弁論術の専門家とは、むしろそれをいいことにして、言われていることが本当(真実)であると思わせる者たちだが、一方、洋の東西を問わず、「口舌の徒」というと、なんとなく信用がならない者とのイメージがつきまとうのもゆえなしとはしない。

 とは言い条、言葉はコミュニケーションの中心ではあり続けた。言葉は知識を集積し、それを伝達する手段として欠くことのできないものではあったから。知識の伝達は教育と呼ばれ、文明が複雑化するにつれて、そのための施設、つまり学校が出来上がり、子どもはそこへ通うのが当たり前になり、などで、言葉の地位は確固たるものになった。
 教育とプロパガンダはどこが違うのだろう? 
 学校教育に限定して言うと、一番は、他人に信じ込ませようとする「あること」が「真理」であることが疑われないところだろう。これ自体がけっこう怪しいことは、『プロパガンダ』にある。
 学校で教わることは純粋で客観的で主義主張のバイアスがかかっていないものであると信じられている。しかし、例えば小学校の算数の教材を見てみよう。そこでは労働や品物の売買、金を借りた場合の利子のことが書かれている。これは、この資本主義社会における金銭の流れをただ反映しているだけではない。「系統的にそのシステムを支持し、正当化し、当然で標準的な方法であること」を無意識のうちに生徒に刷り込むものだ(『プロパガンダ』P.252。以下ページ数はすべて同書から)。
 これは非常に微妙で困難な問題なので、この内部には踏み込まず、周辺的なことを考えておこう。知識伝授の過程で、必ず他の事柄(一定のイデオロギーや社会通念)も伝えてしまうにもせよ、やはり純粋な知識はある。それを習得しない限り、人はこの社会では生きられないし、そんな人が増えたのでは社会が成り立たなくなる。だからやはり、知識伝授の必要はある。
 一足す一は二だ。地球は約24時間で地軸を中心にして一回転する。それを疑ってどうしようというのか。午前9時は誰にとっても午前9時でなければ、共同作業は成り立たない。もっとも地球には時差があるが、それを具体的に意識しなければならぬほどのスピードで実際に人が移動できるようになる頃には、グリニッジ標準時を基準にした全地球の日時の決め方は定まっていた。それを全部覚えている人はごく稀だろう。日本の午前9時はニューヨークの何時に当たるか、即答できる人は、それよりは多いだろうが、社会の多数派ではないだろう。多くの人にとって日常的に必要な知識ではないからだ。必要が生じたら、今ならインターネットなどの手段で、すぐに知ることができる、ということを知っているだけで充分なのだ。
 ところで、上記のようなことを私はいつどこで習ったのだろう。親からか教師からか知人からか、あるいはTVからか、本からか。もう忘れた。これもまた、最も広い意味の教育の強みである。近代の学校の教師は、主に実際の生活とは直接関係のない知識を教える専門職だが、その権威も結局のところ、知識の、つまり真理のそれに依っている。それはそうだ。ある教師が一足す一は二だと言い、他の教師が一足す一は三だと言うなら、そして、どちらが正しいか決定する手段がないのだとしたら、そんな知識は真理ではなく、覚える値打ちはない。「誰が言ったか」は二次的な意味しかない、ということだ。
 以上が教育の強みである。「人を説得しようとすること」だという点ではプロパガンダと共通するが、基本的に、誰が、何を目的として言っているか問題とされないところは対極的なようだ。別の見方からすると、教育は理想のプロパガンダと言える。伝えられることが意図ではなく、真理だと納得させることができたならば、説得はもう成功している。そのためにはどうしたらいいか、人は頭を絞るのだ。

 動機についてはどうか? 説得が、善意から出たものか、それとも悪意からか。これは依然として大きな問題で、また教育とプロパガンダを分かつポイントではないか。
 実際、最初からこちらを陥れようとするプロパガンダ、いわゆる詐欺は昔から今まで絶えることはない。インターネットの普及以後は「あなたに~千万のお金をさしあげます」といったなかなか笑えるスパム・メールもよく届くようになっている。つまり、インターネットは、真理と同じくらいかより多く、嘘も伝える。これは言葉を使う人間が変わらない限り、変わりようがない。もちろんごく素朴なものから、もっと手の込んだ説得術を駆使した手口もたくさんあり、油断はならない。『プロパガンダ』の第5章には、人をうまく乗せようとするやり口のサンプルが列挙されていて、とても有益である。こちらは文章による教育と呼ばれるべき、か? つまり教育は動機も効果も良きもの、か? そうかも知れない。
 難しいのは、良い動機からした説得でも、悪い結果を招く場合が決して少なくないことだ。「良き意図が良い結果しかもたらさないと考える者は、政治のイロハも知らない」と、マックス・ウェーバーが言っているとおり(「職業としての政治」)。意図したことが必ず意図通りに実現するものなら、政治と呼ばれる営みの多くが必要なくなる。少なくとも政治家という専門職は不要になるに違いない。
 ソクラテスは近代学校制度以前の優れた教師と言っていいが、彼の言説が若者に悪い影響を与えたというのは、部分的には本当だろう。一方、ソクラテスに死刑判決を出した方は、アテネの若者に、ひいてはアテネの未来に害をもたらす者を除こうとする純粋な愛郷心にかられたのかも知れず、あるいは邪な利己心にかられていたのかも知れない。そのへんはどれくらい自覚されていたろうか。
 人間は全知全能ではないどころか、自分の心についても完全にわかっているとは言えない。言葉は嘘もつく。それは、自分自身を騙すためにも使われる場合がある。そしてどうであれ、ソクラテスの刑死というような、一定の結果は出る。
 詐欺は、意図が明確なだけ、このような面倒は少ない。その意図が明らかになることが即ち企図の失敗を意味して、紛れがないからだ。

 ここで説得される側に目を移すと、ソクラテスが語ったのは彼に惹かれて集まってきた若者たちだし、蘇秦たちは王たちに献策して歩いていた。誰に聞かせるために喋っているのかは明らかだったということだ。一方ナザレのイエスや釈迦牟尼ら、宗教者の説法は、対面ではあっても、不特定多数の聴衆に向けたものであったろう。近代以降では、政治の分野でも、民主制なら、この活動は不可欠になる。古代にも、奴隷つきではあっても、民主制はあったから、その実例を見つけることはできる。
 B.C.44年、ローマの政治家にして武将のジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)が暗殺された。当時のローマは共和制だが、シーザーの実績と人気は大きく、終身独裁官になっていた。現ロシアの終身大統領・プーチンみたいなものだと思えばいい。シーザーはさらに、主権(sovereign power国家のことは自分の意思だけで決められる)のある 帝王になろうとしたのだと疑われ、共和制主義者たちの刃に斃れたのだった。
 1599年、ウィリアム・シェイクスピアはこの事件を基に悲劇「ジュリアス・シーザー」を書いた。タイトル・ロールのシーザーはあまり登場せず、途中(全五幕中第三幕第一場)で死んでしまう。主人公は彼の暗殺者のプルータスで、シーザーの腹心マーク・アントニーとの演説合戦、即ち言葉による戦いが、劇の最大のクライマックスになっている(同第二場)。シェイクスピアは材料をほぼ完全に「プルターク英雄伝」に拠っているのだが、構成と言葉(台詞)は自身の創作であり、歴史的な事実には拘らず、大衆に自らの意図を届かせる説得術という政治の要諦の一つを、迫力をもって描き出している。
 シーザーを殺した後のプルータスの言葉は簡明だ。「おれはシーザーを愛さぬのではなく、ローマを愛したのである」(福田恆存訳。以下同じ)。
 内容は、この力強い格言風の言い回しがすべてだ。少し広げて言うと、シーザーはまことに優れた人物であって、私も彼を敬慕する点では人後に落ちない。しかし彼は、個々人の自由を重んじるローマ人にとっては最も忌むべき存在、即ち帝王になろうとした。この野心によって彼は死なねばならぬ者となったのだ。
 この結論を聴衆(ローマの自由民たち)に伝え、理解を得るために、プルータスが採った手段は、「誰にせよ、このなかに、みづから奴隷の境涯を求めるがごとき陋劣な人間がゐるだらうか? もしゐるなら、名のり出てくれ、その人にこそ、私は罪を犯したのだ」。これとほぼ同じ内容を、最後の「もしゐるなら」以下は言葉もほぼ同じで、三度繰り返すこと。よく知られた反復による強調(P.155)に、疑問形で言われることで、「自己説得」(P.141)と呼ばれる技法も使っていることが認められる。正面から疑問がぶつけられるのは、答えを強要されるのと同じである。それでもその答えはやっぱり自分で出したものだ、と思えるから、納得するしかない。そうではないか? 
 しかもこの質問は、「お前は陋劣な人間か?」と問われているのと同じなので、なかなか「そうだ」とは言えない、という「恐怖アピール」(P.185)も少し入っている。かくしてプルータスは市民から「そんな奴はゐない」という答えを得て、彼の主張は一時的に受け入れられた。
 しかし、後ですぐにわかるように、説得術という観点から見ると、彼の演説は拙劣なものだった。だいたいプルータスは、術を弄しているつもりはなかった。
 『プロパガンダ』中に示された分析・分類は有益だが、あらゆる学問・科学がそうであるように、後付けである。文法以前に言葉は存在していたし、人を説得する必要性も生じていたことはまちがいない。あまり親しくない人に何かを信じさせようとするなら、言葉に頼るしかない。プルータスはこの事情に充分に自覚的ではなかった。彼は詐欺師とは正反対の、自他共に認める公明正大の士だったからだ。意図を隠したり飾ったりするのとは真逆に、自分の真意を伝えることこそが関心事だったのだ。
 それで彼の言葉は、いわゆる上から目線の、傲慢さを纏ったものになった。たぶん、自身の親や師や先輩たち(その中にはシーザーも含まれるかも知れない)の自分に対する語りと語り方を無意識のうちに倣ったのたろう。彼は、すべての大前提である「シーザーは帝王になろうとした」のは事実であると論証しようとさえしなかった。
 根拠として言われたのは、「私の人格にたいする日頃の信頼を想ひ起してくれ」、つまり、人格者たる自分が言うのだから、それは真実だ、とばかり。自分が公明正大であることは自分が一番よく知っている。他人もそう認めているはずだ、と確信するまではいかなくても、そう信じる、言わば権利がある、とは思い込んでいたろう。
 そしてこの自信は、彼の言葉に力を与えたろう。その場にいた誰もが彼を信頼した。けれどこのような信頼はイメージに過ぎず、移ろいやすい。「チャンピオンが口にするのを食べる」(P.103)ように導く宣伝広告はCMが始まって以来絶えたことはないが、タレントや有名アスリートのイメージを商品につけられるのも、イメージそのものが元来無根拠でいいかげんで、さらにそれでもいいと認められていればこそではないか。
【それに、専制より自由のほうがよい、という価値観自体、現代の自由主義国ではそう教育され、真実とされているが、この時代でもそうだったとは限らない。現にローマは、B.C.24年にシーザーの養子が初代皇帝に即位すると、西ローマ帝国だけでも、A.D.476年まで帝制は維持された。】

 マーク・アントニーは、プルータスの論敵として、その論拠のなさを突けばよかった。ただ彼は、議論を申し出るのではなく、プルータスの後でシーザー追悼の演説をさせてくれ、と言うので、最初から意図を隠した詐術を使っていた。
 だいたい、議論なら、後から喋るほうが有利であることは、よく知られている。そこでアントニーは、論理、即ち理屈を弄したり、プルータスらシーザーの暗殺者たちを正面から非難することは避けた。代わりに、シーザーのエピソードを挙げた。
 「生前、シーザーは多くの捕虜をローマに連れ帰つたことがある、しかもその身代金はことごとく国庫に収めた」「貧しきものが飢えに泣くのを見て、シーザーもまた涙した」「過ぐるペルカリア祭の日のことだ、私は三たびシーザーに王冠を捧げた、が、それをシーザーは三たび卻(しりぞ)けた」。
 これらはすべて事実と言えるかどうか、わかる者はほとんどいなかったろう。たとえ事実と呼ばれ得るにしても、二番目の「貧しき者が」云々など誇張があるかも知れず、三番目のは野心を隠して実現し易くするためのよくある政治的なパフォーマンスだったかも知れない。しかし、確実に見せかけだ、と断言できる者もいないから、とりあえず素直に聴くしかない。
 その上でアントニーは、その事実に反するものとして、必ず「が、プルータスは言う。シーザーは野心を抱いていたと。そしてプルータスは公明正大の士である」と付け加え、これを三度繰り返す。反復は、ある主張を大衆に浸透させるために有力な手段であることは、ヒトラーやナチスの宣伝相ヨゼフ・ゲッペルスも認めるところだが、やみくもにやればいい、というものではない。私たち大衆は、確かに忘れっぽいし、初めて見聞きするものより慣れ親しんだものに好意を抱きがちだが、反面飽きっぽくて、慣れたものは軽視する傾向もある。後者は「擦り切れ」と呼ばれる現象で,これを防ぐには「ヴァリエーションをつけた反復」、つまり基本的に同じ情報でも目先を変えることが効果的である(P.160)。現にプルータスも、「ローマ市民なら、帝王は認めないはずだ」という主張を、言葉を換えて繰り返している。
 短時間で、同じ人間が、同じ言葉で繰り返すなら、聞く人はむしろ不快感が強くなり、言われていることの内容も陳腐に思えてくる可能性がある。さらに、その言葉「シーザーには野心があった」の前に、反証になる事実を置いて、疑念を生じさせる。かなりの高等テクニックで、プルータス自身をほとんど知らず、「人格者だ」という評判だけで納得していた人に、「本当にそうか」と反省させる力はある。

 大衆扇動家(アジテーター)としてのアントニーの真価が発揮されるのはこの後である。シーザーの部屋で遺言状が見つかったと告げる。本物だとしたら、暗殺を予想もしない時期に書かれたのであろう。読んでくれ、と当然要求されるのに、アントニーはなかなか応じようとしない。それではプルータスたち立派な、シーザーの暗殺者たちを誣いる(誹謗する)結果になりはせぬかと恐れる、とか言って。
 聴衆をじらすわけだ。この技巧は『プロパガンダ』中には直接挙げられていないが、希少性・入手困難性(P.220~221)を仄めかし、遺言状の中身の価値を期待感によって心理的に高める手法に近い。さらに、それが打ち明けられた時は、ある秘密が共有された気になるという意味での共同性・親密さを醸し出すグランファルーン・テクニック(P.193~201)の効果もある。
 いよいよ遺言を読み上げる前に、アントニーはもう一つダメ押しの演出を加える。シーザーの言葉はシーザーの傍でと、民衆を遺骸の周りに集め、マントの血のついた部分を指しつつ、「これが、あれほどシーザーに愛せられたプルータスの刃のあとなのだ」等と言う。こうして、耳で聞く言葉に視覚効果を加え、そして遺言は「全市民、一人一人に、七十五ドラクマずつ贈れ」。それ以外にも、シーザーがいかに傑出した人物だったかを訴える多くの言葉が繰り出されるのだが、これだけでも充分だったろう。かくて、プルータスたちは、ローマ市民たちに逐われる身となった。

 すべてをまとめて言うと、アントニーの勝因は、根本的に、この闘いをプルータス対アントニーの構図にはしなかったところだと言える。彼ら二人のどちらが立派な人物で、どちらが信頼に値するか、などは、様々な見方があるから、容易に決着はつかない。
 だからアントニーは、シーザーを前面に出して、自らはその栄光と悲惨の語り部になることに徹した。殺人の直後なら、殺した側より殺された側に同情が集まりがちなのは当然だ。殺した側がどんな正当性を並べようと、こちらはそれが疑わしいことを仄めかせばそれでいい。
 こちらはこちらで、遺言状は本物か、とか、傷口は本当は誰がつけたか、などに、疑わしいところがあったとしても、それをわざわざ問題にするのは、一般大衆レベルではまずないことだ。
 もう少し一般化して言うと、話している個人から言葉を放した方が、説得力は増す。次回これをもう少し検証してみたい。
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