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そのままVon

おもに31文字の語呂合わせ日記

百人一首#99 後鳥羽院

2007年04月09日 |  / 百人一首

2007/04/09

「人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は(後鳥羽院)」

「いとおしく又恨めしく人思い味気ない世ともの思うわれ()」

「威勢いい後鳥羽の割に地団駄を踏んでいるらし様子が見える()」
「後鳥羽院『新古今集』の実質の撰者であって優れた歌人()」
「その院の数ある名歌さしおいて『あぢき』の歌はみすぼらしきと()」
「ここに又不信の歌が紛れ込む後鳥羽の歌の目的はなに?()」

【意味】人を愛おしく思ったり、人を恨めしく思ったりして、この世を味気ないと思うのか、色々思い悩んでしまうわたしです。


2014/11/29


「人も愛し人も恨めしあじきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は(#099 後鳥羽院)」 

「【訳】あるときは人も愛しいと思い、あるときは恨めしいと思う。あじきないこの世を思ふために物思いに悩むことが多いわが身です()」



063   「今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならでいふよしもがな(063 左京大夫道雅)」 
 | 
 ◎ 


「平静を装いたれど院怖し 世を思ふゆゑにもの思ふ身は(付句遊戯-#099)」


「後鳥羽院安徳天皇次ぐ人も色々物議もちたる人と(在位が重複しているとか、三種の神器のない天皇とか)」

「院政を三代の間も敷いていて絶対的な権力示す(二十三年)」

「和歌にても三十人に百首づつ千五百番歌合わせする(空前絶後)」

「この歌は33歳院政の真っ只中で悩まれていた(九年後に承九の乱)」

「後鳥羽院藤原定家と分裂は新古今集の方針違い()」

「定家も院の呪いを恐れてかこのかるた歌密かに院に()」

【参考】
「大医術狒々ヒヒの心臓あぢきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は(安野光雅 #099)」


 


百人一首 #98 従二位家隆

2007年04月08日 |  / 百人一首

2007/04/08

「風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける(従二位家隆)」

「楢揺らし風がそよげる小川では禊ぎしているまだ夏だから()」

「この歌の撰歌の経緯書かれたる『明月記』なる定家の日記()」
「この歌は屏風歌として選ばれし道家の女ムスメ入内するとき()」
「六日後に酷評してた先の歌理由ありてか意見をかえり(良くない→まあまあ)」


2014/11/29

「風そよぐ楢の小川の夕暮は 御禊ぞ夏のしるしなりける(#098 従二位家隆)」 

「【訳】風そよぎ楢の葉を小川に散らす夕暮れはすっかり秋の装いだが隣でとりおこなわれている御禊の行事は夏のしるしだったんですねぇ()」 



097-◎-058  「来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ (#097 権中納言定家)」

           「有馬山猪名の篠原風吹けば いでそよ人を忘れやはする   (#058 大弐三位)」 


「浪速筋あるき寄りたる神社には 御禊ぞ夏のしるしなりける(付句遊戯-#098)」 


「上賀茂の夏の祓は知られけり大きな茅輪くぐりて祓う()」

「家隆と定家の歌は隣なり後鳥羽に対す位置が違えり(家隆と定家は二つの山)」

「後鳥羽院歌の師探し良経に尋ねたところ家隆を押す()」

「承久の乱のあとにも家隆は院のお世話を色々とする(承久の乱:1221年)」

「二番目の持統の歌は夏になるはじめを歌い対極をなす()」

「ここでいう夏の終わりは六月の晦日に祓う半年の垢()」


【参照】
「半眼に水面をにらむ五位鷺の 御禊ぞ夏のしるしなりける(安野光雅 #098)」


 


百人一首#97 藤原定家

2007年04月06日 |  / 百人一首

2007/04/06

「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ
(#097藤原定家)」



「来ない人焦がれて待つ身夕なぎに藻塩焼くようにギトギト熱し()」

「焦がれ待ち待てど来ぬ人後鳥羽院鎌倉幕府は院を許さじ()」


2014/06/30

「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ(#097藤原定家)」



◎-098   「風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける(#98-従二位家隆)」




「五衞門が釜茹でになり啖呵きる 焼くや藻塩の身もこがれつつ
(付句遊戯-#97)」


「蛸フェリー船着き場なる岩屋港この辺りらし松帆の浦は()」

「アスファルト陽炎たてて見るデジャブ焼かれる藻塩に身をゆだねたる()」

 「かるたでは凪からそよ風変わりたる だんだん嵐に発展するか(この行は風の情景)」

【参考】
「疑ひは一人芝居の舞台にて 焼くや藻塩の身もこがれつつ(安野光雅)」



  


百人一首#96 藤原公経

2007年04月06日 |  / 百人一首

2007/04/06

「花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり
(入道前太政大臣・藤原公経)」

「花散らす嵐の庭の雪じゃなくただただ老いるわが身なりけり()」
「公経は鎌倉幕府の頼朝と親戚でありブイブイいわす()」


2014/07/18

「花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり(#096:入道前太政大臣藤原公経)」

「【訳】桜の花をともなって嵐が吹いている庭は雪が降ったのではないのですが、古く老いていくのは自分なんですね()」

   009    「花の色は移りにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに (#009:小野小町)」
    |     「吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風をあらしといふらむ   (#022:文屋康秀)」
033-◎-069 「嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 竜田の川の錦なりけり             (#069:能因法師)」
    |     「ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ         (#033:紀友則)」
   022   




「毛は抜けて歯はボロボロで目もしょぼる ふりゆくものはわが身なりけり(付句遊戯-#096)」

「公経の妻は一条能保の娘で乱後勢力伸ばす(一条能保は源頼朝の妹婿、承久の乱以後は幕府の権力をバックに栄華を誇った)」

「公経は西園寺なる寺建てる今の金閣その跡地なり()」

「公経は藤原定家と義兄弟姉が定家の正妻らしい(公経:1171-1244,定家:1162-1241)」

【参考】
「実盛は錦に鎧金の太刀 ふりゆくものは我が身なりけり()」

」  


百人一首#95前大僧正慈円

2007年04月04日 |  / 百人一首

2014/04/04

「おほけなくうき世の民におほふかなわがたつそまに墨染の袖
(前大僧正慈円)」


「身のほどを知らずこの世を包まんかわが比叡山の墨染めの袖()」
「この慈円天台座主を四度つとめ政治に深く関わりをもつ()」


2014/11/29

「おほけなく憂き世の民におほふかな わが立つ杣にすみ染の袖(#095 前大僧正慈円)」 

「【訳】身の程知らずと言われようともこの憂き世の民を助けるため、覆いかけましょうか。わたしが住んでいる比叡山で着ているすみ染の法衣の袖でもって(#095 前大僧正慈円)」




◎~002  「春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山(#002 持統天皇)」 



「業を飼い僧にならむと夢にみた わが立つ杣にすみ染の袖(付句遊戯-#095)」


「慈円とは関白等をつとめたる忠通の子で11男坊と(10歳の時死別)」

「叡山に11歳で入山し13歳で出家する(38歳で天台座主に)」

「歴史書の『愚管抄』を著して兄の栄華に揺れる慈円は(愚管抄の立場は)」

「人により慈円を悪くいうもあり何見りゃわかる彼の人柄()」

「この慈円西行法師に天台の真言求め和歌すすめらる(密教を知りたければ和歌を習えと、沙石集にある)」

「歌詠みとしての慈円も秀でたり勅撰和歌に二百五十五首が()」



【参照】
「無理にでも出家とあらば破戒僧 わが立つ杣にすみ染の袖(安野光雅 #095)」