2021/09/29
「草枯るる秋高原(たかはら)のしづけきに火を噴く山のひとつ立ちたる[『橙黄』][]」
「幼児凭(よ)りつついねむ膝にして月晶々と水の如きあり[][]」
「黒き海鳴るとぞおもふ月明の浅間の樹林にこもらむ風か[][]」
「蛾の骸(むくろ)掃きて寝むとす射す月のしづけさしみて殺気に通ふ[][]」
「落葉踏む疾足のおと夜行する狐やゆきし夜風やゆきし[][]」
「わづかなる月に透かせば散り敷ける朴の諸(もろ)葉の立ちあがりたり[][]」
「ひたすらにものを伏せつつ降る雪のけはひ一夜は死(しに)に通はむ[][]」
「たまさかにわが手に入れしけだものの肉割きて焙るその赤き肉を[][]」
「天球儀恋ひてねむりしゆめならめ透明の玉かさなりめぐりぬ[][]」
「ものの音微かにきこゆ霧花(きばな)咲く暁のけはひを聞きつつねむる[][]」
「宇宙塵かすかに巻きて立つ霧かけものは尻尾(しりを)かくろひねむる[][]」
「沢の辺をかすかにゆける足音(あのと)あり青雪しづむ月の明りに[][]」
「原始をとめ火を焚くことを知りし日のかの恍惚か背を走るもの[][]」
「あらそひたまへあらそひたまへとわが呟くいのちのきはも争ひたまへ[][]」
「わが山家朴の粗(あら)葉を打ち据うるはげしき雨のなかに目覚めぬ[][]」
「水かぎろひしづかに立てば依らむものこの世にひとつなしと知るべし[][]」
「さらさらと指間に落つる限りなき土を弄(あそ)びぬこころゆくまで[][]」
「たちつくす真昼真日中いづこにか大き隕石落ちたるけはひ[][]」
「青ぶだう唇(くち)にふれつつ思ふことおほかたは世に秘すべくあるらし[][]」
「竹似草しらしら白き陽を翻(かへ)す異変といふはかくしづけきか[][]」
「秋の蜂柘榴をなぐり鋼鉄の匂ひを含むけさの空なり[][]」
「十月の地軸しづかに枝撓む露の柘榴の実を牽きてあり[][]」
「ひややかにざくろの伝ふる透徹をたなそこに惜しめこころゆくまで[][]」
「菊枯るるまぎはを支那の書籍云ふ、死臭すなはち四方(よも)に薫ず、と[][]」
「兇(まが)つ影走り去りたり透かしみる枇杷の一樹は黒く立ちたり[][]」
「うすき幕に Fin の出づるたのしけれ人の死にたる映画なれども[][]」
「早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴しき人生を得よ[][]」
「むかひゐる尼僧はひとり透きとほる硝子にあまたの鴉とび交ふ[][]」
「いづこにもをらざるわれがひとりゐる黒き梁(うつばり)の下なるわれが[][]」
「白綿のごとき夜雲を追ひゆける足元あらず山川あらず[][]」
「カルキの香けさしるくたつ秋の水に一房の葡萄わがしづめたり[][]」
「わがうたにわれの紋章のいまだあらずたそがれのごとくかなしみきたる[][]」「イヴといふをとめのありしことすらや記憶にうすれゆくこのごろか[][]」
「棺(ひつぎ)に入る時もしかあらむひとりなる浴槽に四肢を伸べてしばらく[][]」
「ちひさなるすみれの花を嗅ぎをればおほいなりいますみれはなびら[][]」
「わが背(うしろ)しきりに暗しふりむくにみどり葉を映す鏡垂れたり[][]」
「色玻璃のうつくしければひとしれず痴者(しれもの)がながするるたるなみだ[][]」
「ひとときにものみな消えむ淡きひぐれ敷物をあゆむしろきけものよ[][]」
「軍靴みだれ床(ゆか)踏む幻聴のしばらくありあかつきのをとめはしらしらとねむる[][]」
「祈り知らぬわれの頭上に夜々青き星置く空の近づき止まず[][]」