暇つぶし日記

思いつくままに記してみよう

土曜の青空市場で

2017年12月23日 11時35分53秒 | 日常

 

毎週の如く土曜の青空市場にでかける。 まだ子供たちが小さい頃は大きな買い物袋を両手に背中のリュックサックにも一杯ものを買いこんで重い自転車を漕いだのだが、子供たちも家を出て夫婦二人だけになると日常の買い物の量も驚くほど縮んでしまい、それに加えてそれまでは土、日に加え週日の一日が食事当番だったものがこの2年ほどは土日から月、火、水、木と週4に変わったのでここに来るのは食材の買い物をする必要もなく、単にブラブラするだけで、そのついでに魚屋で揚げてもらった白身の魚を立ち食いしながら昼食にするだけのことだ。 その後、市立図書館で何かを飲みながら新聞や雑誌を読み、近くの古レコード屋で駄弁ったり本屋やギャラリーを覗いたりするぐらいだ。 

そしてこの25年以上ほぼ毎週買い物をしていた青物市場のテントにも前は通るけれどほんの少しの目ぼしいものぐらいだけしか買わなくなっている。 自分の当番の時は食材はほとんど行きつけのスーパーで済ませ、ここでは新鮮な生シイタケや大根ぐらいを偶に買うぐらいだ。 今では手ぶらがほとんどだ。 20年以上もここに毎週来ているとそこで働いている人たちの顔も覚え、その人たちとは物、金のやりとりぐらいでしか会話がないけれどまるで知り合いのような気持になっているし、この年月で彼らの顔貌にも変化があるのを知覚する。 どこの売り場にも必ず中学校をでたてぐらいの若い男女がいてそれが6,7年のうちに青年になり、そのうち離れていくのがルーティとなっているのだが、青年だったものが中年になり壮年になるのをみるとその者が店の持ち主かボスであることもわかる。 或る時そんな壮年の男が別のテントに立っていることがあって仲間同士の融通を利かして手助けしているのか、と思えばそのままそこに居ついていたりすると、ああ、この男は前いたところの持ち主ではなくて単なる責任者で何かの理由でここに変わったのだな、何かまずいことがあったのか、給料がこちらの方がいいのか、とそんな勘繰りも湧いてきそうになる。

もう20年も前にこの一角にジャガイモと玉葱、大蒜だけを売るテントがあった。 何種類ものジャガイモとネギの売り場ではよれよれになった背広を着た老人とその孫と見える小学生ぐらいの少年が他のテントとは少し様子が違って土だらけになって売っていたのだがあるとき、その店が消えてそのときにはもうそろそろ高校生ぐらいになっていた若者は別の青物市場のテントで働いており、この市場のある種の近代化、効率化が済んだような気がした。 老人は定年したか亡くなり、少年は他の仕事に就くこともなく今も青物を売る仕事に就いている。 

こんな青物市場の変遷も継続的に眺めていると色々なことが浮かびあげって来るように見える。 或る時、町のジャズカフェーのセッションに行くと見たことのある若者がドラムをたたいていた。 休憩の合間に声をかけると向うもこちらを認めて、話を聴くと韓国からハーグの音大にジャズを勉強しに来てアルバイトで土曜の青物市場に立っているのだと言った。 そのテントは自分が買うテントではなかったのでそこを通ると声をかけるぐらいだったのがそのうち市場に立たなくなった。 別の場所で会った時にそのことを訊くとちょっと売れてきたのでアルバイトをしなくてもよくなったと言った。 ジャスメンは儲からないのだが青物を売るアルバイトはそんなに安いのかとちょっと驚いたのだがどちらにしてもちょっとなら自分の好きな方に向かうのが当然なのだろう。



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