お江戸見たけりゃ佐原にござれ
佐原本町江戸まさり
と唄われるほど繁盛した佐原の町。
小野川を描いておられる千葉市の新堀さん。そうそうたる画歴をお持ちの方。
井坂金物店のご主人に教えられて、道路原標と石畳の路地を発見。
商品の手作り如雨露は7000円。持ってみるとすごく軽い。
明治22年の暦と五つダマ算盤にも敬意を表した。
さて、全国を測量し精密な日本地図を完成させたこの人なしには佐原は語れない。
伊能忠敬記念館の前で喫茶店を経営しているのは、伊能家17代当主伊能辰郎さん。
忠敬に関する膨大な資料を、佐原の資料館、佐倉の歴史博物館などに寄贈されたそうだ。
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快晴の空の元、雨曇子さんはこの時間も
きっとお散歩に出かけてるんでしょうね~
ブログのアップの勢いが凄くてとても追いつけません^^;
まさしくブログは、雨曇子さんのライフワークになっていらっしゃいますね。
佐原・・・と、今、文字入力したら、「さわら」では漢字が出てきませんね。
「さはら」で、佐原という漢字が出ました。
千葉県に住んでいた私は、昔から「さわら!さわら!」と
読んで(呼んで)いました。
旭市と地続きになりました。
明治時代は千葉県NO、4までには必ず入る大都市でした。
何とか元気を取り戻してほしいです。
来年、友達と再訪します。