雨曇子日記

ご近所散歩日記です。だけのつもりでしたが、だんだんカテゴリーが増えました。

九九の外に

2018-10-06 15:41:30 | エッセー

掛け算九九は 81 で終わります。( 9 × 9 = 81 )

日本人男性の平均寿命は 81. 09 歳だそうで、九九の表最上限の数値です。

この微妙な一致に、私は自分の年齢 83 が九九の表からはみ出すこと 2 であると、改めて認識しました。

 

近くのダンス教室の生徒募集に「認知症予防に 60 ~ 80 歳」とありましたが、これも納得です。

このように、一般的には九九の外にある我々は、疎外されているのです。例えてみれば地球という惑星から放り出された存在です。

そうであるならば、我々は開き直って宇宙遊泳に活路を見出さねばなりません。

さあご同輩、これからの人生楽しく遊泳いたそうではありませんか!

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"敬老の日”ありがとう

2018-09-18 11:56:04 | エッセー
お題「敬老の日のプレゼントは?」に参加中!

当ブログを 10 年以上続け生きがいとしていますが、「お題」については気づくのが遅く、今回 2 度目の投稿です。

 

さて、”敬”はともかく”老”を意識したのは最近で(まだまだと思っていた)、気が付いてみれば 80 代、九九の表を飛び出すこと 2 です。

ある夜、風呂の中で 83 から逆に数えてみました。その道中の長いこと、間違えずに数え下るのに一苦労です。

”まだは、もうなり”です。

  この世をばどりゃおいとまにせんこうの煙とともにはいさようなら     十返舎一九

”はいさようなら”が、わが身に迫っているとはまだ思えず、”(^^♪ みみずだって おけらだって、あめんぼだって、みんなみんな生きているんだ友達なんだ・・・”

と歌にあるように、ボクも生きています。

 

この世知辛い世の中に「敬老の日」が「国民の祝日」として存在すること自体ありがたいことだと思っています。

 

             敬老のカレーうれしき昼餉かな     雨曇子

 

 

 

 

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残った梨

2018-09-07 20:10:36 | エッセー

これは私の「認知予防運動」ですから、実際に行ったことではありません。

 

まず、 100 個の梨を手元に置き、一つを取り出して床に置きます。

 

     1     (ぽつんと置かれた梨です)

 

ここに 3 個を加えて四角に並べます。

 

     1 ∔ 3 = 4 = 2 × 2

 

さらに 5 個を加えます。

 

     1 + 3 + 5 = 9 = 3 × 3

 

このように 7  9  11  13  15  を加えていき 17 の場合は次のようになります。

 

     1 ∔ 3 ∔ 5 ∔ 7 ∔ 9 ∔ 11 ∔ 13 ∔ 15 ∔ 17 = 81 = 9 × 9

 

私の年齢「83 」は、九九の表から飛び出すこと 2 です。

残りの梨は 17 です。

百歳まで生きられると思えませんから、私に残された人生はあと梨何個分なんでしょう?

 

 

 

 

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「ぐっ( 9 )すりー ( 3 )」の日

2018-09-03 11:32:55 | エッセー

9 月 3 日は、「 9 」と「3」の語呂合わせで、(ぐっすり眠る)「睡眠の日」です。

 

私は、不眠症ではありませんが、一般に年を取ると不眠になりやすいようです。年配の方にラジオ深夜便の人気が高いのはその証拠かもしれません。

ところで、私は、我が家の風呂当番の関係上いつも仕舞風呂ですが、そこで、心おきなく行っている引き算運動があります。

これは、「認知症予防」として始めたのですが、むしろ「良い睡眠」に効果的でした。

 

その引き算運動とは、私の年齢「 83 」から一桁の整数を次々に引いていくというだけのものです。

7 を引いていくと、6 残り、6 を引いていくと 5、4 は 3 、3 は 2 、2 は 1 となります。これらの数は「83」より一つ多い「84」の約数だからそうなるのですが、このことに気づいたとき、何か大発見をしたように思いました。こんな引き算でも間違えがちな私にとって、答え合わせがしやすくて使い勝手がいいのです。

かなり集中してこの暗算に取り組み、長湯をしてしまいます。

そして、熱を冷まして床に入るとよく眠れるのです。

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暖くんの誕生

2018-08-25 15:46:11 | エッセー

暖くんこんにちは!

君のお母さんから生後一週間の写真をメールで送ってもらい、数日置いて君が”暖”という名であることを知りました。

おかあさんは次のように書いています。

「息子の名前は暖(だん)といいます。暖かい心を持ち、周りを暖かくする存在になって欲しいという願いと、誰からも呼びやすい名前にしたかったのです」

 

いい名だなあ!と私は思いました。

私はその時とんでもない失策をしでかし、まわりの人たちに迷惑を与え落ち込んでいました。

君の名前を知って、温かい気持ちになり元気づけられました。

君は早くも人を暖かくさせましたよ!!

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風呂掃除

2018-08-12 08:46:08 | エッセー
お題「残暑をどうしのぐ?」に参加中!

一番近い避暑地が家の中にありました。

そこでここに朝から乗り込むことにしました。

目的は風呂掃除です。今までの名湯を思い出しながら丁寧に清掃し、暑さを忘れます。

 

     最短の避暑地我が家の風呂掃除     雨曇子

 

 

 

 

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じゃん・だら・りん

2018-02-24 20:14:22 | エッセー

 

雨曇子「三河高浜方言集“じゃんだらりん”見せて頂きありがとうございました」

謙三「方言を集めた岩月三則サは、蒐集途上でノウナラシタモンデ、

    遺志を引き継いだ奥さんの三代子さんが自家出版シタダゲナゾン」

雨曇子「ホッカン。立派な装丁でヨウヤラシタナン。題名もかっこいいジャン」

謙三「高浜弁は語尾に“ジャン”“ダラァ”“リン”がヨウ付くだガン」

雨曇子「この辞典を見て、ダチャカン(駄目だ・埒が開かない)タルイ(疲れた・物足りない)タアケ(馬鹿者)

         ドッチカテヤァ(どちらかといえば)トットイテクレン(貰っておいて下さい)ナリ(形・恰好)

     など、ワシも三河生まれダデ懐かしい言葉か多く目に付いたゾン」

謙三「ホッカネ。ワシも東京に出て長いモンダデ、ふだん三河弁は使わないけれど、

    三河弁は体に染み込んでいるみたいダガネ」

雨曇子「お互いに、ホダナン」

 

             (とんこつラーメン店の壁に貼ってあった熊本方言の暖簾)

 

三河高浜の方言

     びり          ドベ

     お前たち       オンシガトウ

     たくさん        ヨウケ

     苦しい         エライ

     少し          チイタア

     困る          ドオモナラン

     早く          チャット

     欲しいだけ     ドイダケデモ

 

雨曇子「ところで、平昌(ピョンチャン)オリンピック、見トラセタカン」

謙三「毎日、ヨー見トッタガネ」

雨曇子「カーリング娘が連発していた“ソダネー”

     三河弁なら“ホゥダネー”ダラー?」

謙三「ホゥダヨ」

 

 

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満月から満月へ

2018-01-31 19:44:11 | エッセー

                         ( 平成 30 年 1 月 1 日の満月 )

 

 

平成 30 年 1 月 1 日は満月だった。旧暦(太陰暦)の 11 月 15 日にあたり、今日 1 月 31 日は 12 月 15 日だ。

従って、平成 30 年 1 月は、満月に始まって満月で終わる。

 

この一か月、とに角速かった。年をとればとるほど月日の経つのが早い(ように感じる)。

そして、寒い一か月だった。

 

私の住む下総台地北部、柏では、一日の最低気温がマイナスを記録する日が 23 日あって、22 日の積雪は約 10 cm でした。

昨年のようすを日記帳で調べてみると、最低気温のマイナスは 22 日あり、雪こそなかったけれど結構寒かったのです。

でも、今年ばかりがやけに寒いように思われます。

 

                   ( 30 日、わが家の前、午前 7 時ごろ )

 

さて、31 日の満月は皆既月食になるというので、張り切って待機していました。

 

              ( pm 8 : 48 ごろから欠け始めました )

 

NHK のニュースウオッチ 9 では、くわしく報じていました。

 

 

私のデジカメ撮影はあきらめて、テレビ鑑賞に切り替えました。

 

 

 

 

 

 

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佐伯泰英氏の時代小説と東慶寺

2018-01-27 22:04:24 | エッセー

 

私の blog “新春散策 東慶寺”に謙三さんがコメントをくれた。

「最近読んだ佐伯泰英さんの小説の中で東慶寺はよく出てきました」

私は佐伯氏を知らなかったので、さっそく図書館へ行き、小説の作家別の棚を探しましたが、ここにはありません。

受付のカウンターに行って訪ねると、佐伯泰英の文庫本だけを集めた棚を教えてくれました。これは、いかにこの作家の本が読まれているかの証拠だと思いました。ここから適当に 5 冊、あとハードカバーのエッセイ集「惜櫟荘だより」の計 6 冊を借りてきました。

「惜櫟荘」(せきれきそう)は、岩波書店の創始者岩波茂雄が熱海伊豆山に 1941 年に建てた別荘で、成田山新勝寺を設計した建築家吉田五十八による名建築らしい。

老朽化していたが縁あって佐伯泰英氏が譲り受け後世に残すために完全復元し、現代に蘇らせた。

エッセイ集「惜櫟荘だより」は、この再建過程を詳細に記録しているが、同時に佐伯氏の作家としての経歴が語られる。氏が一か月一冊のペースで書き上げる時代小説と併せて読んだ。

老年となって活字離れが進んでいる私だが、これは、面白く読めた。

 

ところで、私が読んだ 5 冊には、東慶寺は出てこなかったが、場面として登場することは想像でき、健三さんはそれを楽しまれたのだろう。

東慶寺には、岩波茂雄の墓があり、これも一つの因縁ではないかというのが、私の読後感である。

 

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「鉄ちゃん」ではありませんが・・・

2018-01-11 15:52:36 | エッセー

1 月 6 日(土)春日部駅の下り線ホームの先にある待合室で久喜行きを待っていると日光行特急が入線してきました。

 

        (フロントガラスに映っているのは 7 番線アーバンパークラインのホームです)

 

「えっ、これが特急?」と内心驚いて写真だけは撮りました。

あとで、(本物の「鉄ちゃん」の)ブログで調べてみると、この列車は 350 系と呼ばれる列車で、土・日・祝日に 4 両で運転される廉価版特急であることが分かりました。

大阪の方が発行する「鉄道車両空間ブログ」には、更に詳しく、トイレの仕様から、運転台仕切り部に窓がないことまで、微に入り細を穿って記載されていました。(夜間運転の際は 4 号車が女性専用となる)

 

                ( まもなく特急「けごん」は発車していきました )

 

そして、東急電鉄の車両で半蔵門線経由の久喜行が来ました。

 

 

こちらも調べてみると、 2007 年投入の 7000 系という電車らしいです。シートが変わっています。

東武線であっても、いろいろな会社の電車が入り込んでくるのは「鉄ちゃん」でなくても、楽しいことです。

 

 

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