雨曇子日記

ご近所散歩日記です。だけのつもりでしたが、だんだんカテゴリーが増えました。

ちょっとぶらり・二本松

2018-04-22 19:53:35 | 大歩危トラベル

 

4 月 16 日(月)福島県二本松市に来ました。

郡山までは東北新幹線。在来線福島行に乗り換えて 5 つめが二本松駅です。

 

                     (二本松駅前の千恵子の像)

 

初めての街ですが、「二本松まち歩きマップ」をたよりに、まず、二本松神社に来ました。

 

           (鳥居をくぐると、東京港区の愛宕神社より多く、百段もある石段です)

                  (石段を上がったこの門の先に本殿があります)

                     (献納者の名に「丹羽」とあったように思います)

 

後日 PC で得た情報ですが、

10 月からの NHK 朝ドラ「まんぷく」の主人公モデルの安藤百福さん夫人の安藤仁子さんは、

この神社の神主さんを先祖にもつ方だそうです。

2010 年に 94 歳で亡くなられましたが、生前この神社に来られ「子供の頃と少しも変わっていない」と言われたそうです。

 

神社を出て、城址の近くの食堂に入りました。

 

                    (茶屋に入りました)

                   (ソースかつ丼です)

            (いつも食べ過ぎてしまう私です。でもおいしかった)

 

食堂の名にもなっている「戒石銘」は国指定の史跡です。

 

 

         爾 俸 爾 禄    民 膏 民 脂    下 民 易 虐    上 天 難 欺

                                          寛延己巳之年春三月

 

「お前がお上から戴く俸禄(給料)は、民の汗と脂の結晶である。下々の民は虐げ易いけれども、神をあざむくことはできない。」いという意味で、

五代藩主丹羽高寛公が、藩士の戒めとするために、命じて刻ませたものだそうです。

昭和 10 年 12 月 24 日、教育資料として、また行政の規範として価値の高いものであるため、国史跡「旧二本松藩戒石銘碑」として指定されました。

 

城には、城門と石垣が残っています。

 

            (戊辰戦争では会津藩と同じように激しい戦いがあったようです)

 

周りは初夏の気配です。

キツツキが樹木を叩く音が響きました。

 

 

北西に望む安達太良山( 1709 m )には、まだ雪が残っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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湯ぶねに一ぱい

2018-04-20 17:45:11 | 大歩危トラベル

 

                           湯ぶねに一ぱい

湯ぶねに一ぱい

湯は

しずかに満ちこぼれてゐる

 

 

爪さきからそろそろと私がはいれば

ざあっとひとしきり溢れさわいで

またもとの湯ぶねに一ぱい 一

 

 

かすかに湧き出る地中の湯は

肩をこえて

なめらかに岩角から流れ落ちる

 

 

湧いてはながれ

湧いてはながれ

しずまり返った山間の午後

私は止め度もなく湧いて流れる

温泉に身をとろかして

心のこゑをきく

 

 

止め度なく湧いてくるのは地中の泉か

こころのひびきか

しづかにして力強いもの

平明にして奥深いもの

人知れず常にこんこんと湧き出るもの

ああ湧き出るもの

声なくして湧き出でるもの

 

 

止め度なく湧き出でるもの

すべての人人をひたして

すべての人人を再び新鮮ならしめるもの

しずかに、しずかに

満ちこぼれ

流れ落ちるもの

まことの力にあふれるもの

               高村光太郎

 

 

岳温泉 あだたらの宿 扇や の内湯脱衣室にあった高村光太郎の詩です。

 

 

 

 

 

 

 

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港の見える丘公園~中華街

2018-03-13 19:50:55 | 大歩危トラベル

“ラー博”の後、横浜駅に戻り“みなとみらい線”の終点「元町・中華街駅」を降りてエレベーターでアメリカ公園口に出ました。

 

 

このあたりは、“山手”と言い慶応 3 年(1867)外国人の居留地となりました。今も当時の面影を残す洋館が点在し、外人墓地、フランス軍が駐留したフランス山などがあります。

 

             (外人墓地・日本の近代化を担った外国人が眠る)

                            (大仏次郎記念館)

                     (大仏次郎は猫好きだったらしい)

                (フランス軍が駐留したフランス山の遺跡)

 

この一画に“港の見える丘公園”があります。

 

 

“♪ あなたと二人で来た丘 港が見える丘 色あせた桜唯一つ 淋しく咲いていた・・・♪ ”

東辰三作詞作曲、歌平野愛子のこの曲は、昭和 22 年リリースされ、日本ビクターの戦後最初のヒット曲となりました。

この歌から公園の名がついたそうです。海は当時よりうんと遠ざかりベイブリッジの雄姿のみが際立っています。

 

山を下りて中華街に来ました。

 

                 (横浜ま祖廟・創立は平成になってからとか)

 

2018 年 住んでみたい街ランキング一位(kk リクルート住まいのカンパニー)の横浜、そのごく一部を歩いたに過ぎませんが魅力的な街であることに間違いありません。

 

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来宮神社と糸川の桜

2018-02-20 22:01:39 | 大歩危トラベル

 

駅名が「来宮」だから近くに神社があるはずだ、ぐらいの知識で訪ねた来宮神社。

来てみると、大楠が持つパワーが人気になっていて随分賑わっていた。

 

 

この楠は、樹齢 2000 年で全国第 2 位の巨樹。

不老長生、無病息災のご利益があるとか。

参詣の人は、老人だけではなく、若い人も、特に女性が多かった。

 

神社の裏山に水源をもつ糸川が相模湾に向かって中央町を流れるあたり、桜並木があった。

 

 

ここの桜まつりは、 1 月 20 日 ~ 2 月 11 日で、私が訪れたのは、2 月 15 日だから散り頃だった。

ネットで調べたところによると、58 本あって、明治のころイタリア人が持ち込んだものとか。

 

ところで、熱海新聞社前のこの馬は、どんないわれがあるのですか? 

 

 

今回の熱海行は、日帰りだったので、夕刻駅前に着くと、駅前の足湯に新しい湯が運ばれてきたところだった。

 

 

熱海旅行は、今まで温泉宿だけで、あまり町を歩かなかったのはもったいなかった、と思った。

 

 

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熱海梅林

2018-02-16 20:22:17 | 大歩危トラベル

2 月 15 日(木)熱海梅園に出かけました。

熱海梅園は、JR 伊東線来宮駅より徒歩 10 分です。

 

 

「日本一早咲きの梅」を誇るだけあって梅は満開でした。

 

 

25 ha の山林に植えられた梅は、名前にこだわらず風景として楽しむことにしました。吉野の桜、熱海の梅、です。

 

 

平日でもかなりの人だから、土日や祭日はさぞかし大変な人出でしょう。そしていろいろな催しも行われるようです。

今日は猿回さん一組でした。

 

 

2000年の日韓首脳会議を記念した、韓国庭園があります。

 

 

スケッチをしておられた五木田さんは東京の方で、今夜は温泉にお泊りとか。

 

 

 

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新春散策 第 2 弾 円覚寺

2018-01-19 16:48:43 | 大歩危トラベル

東慶寺のあと、円覚寺の門前に来ると、ちょうど横須賀線の踏切が下りて下り列車が通って行きました。

 

 

門前に出ました。東慶寺二世住職釈法演師百年遠忌の大きな立て看板が出ています。師は円覚寺の管長も務め禅を ZEN として世界に広めた功労者の一人で、禅宗のみならず日本仏教の中興の祖とでもいうべき高僧です。

 

 

総門と言われる第一の門をくぐります。

 

総門を入ってすぐ、入山料 300 円を支払う入口があります。今しも雲水さんが深々とお辞儀をしてして入って行かれました。

 

 

山門の先、仏殿までの広場で、園児が凧をあげていました。(今は、参詣者が最も少ない時期のようです)

 

 

門より一直線にのびる参道を進み、坐禅道場の、選仏堂、居士林などの風情ある建物の前に出ました。居士林の「居士」とは、在家の禅の修行者という意味で、こちらは、学生とか一般人が「座禅体験」をする道場のようでした。もとは、東京にあった柳生流の剣道の道場ということです。

円覚寺の HP に「居士林だより」という欄があります。禅を学びたいという在家の人へのメッセージが書かれているのでしょう。

 

 

方丈と書院に囲まれた庭園と、参道を挟んだ「妙香池」をながめていると、韓国の女性に声をかけられました。

池は、「韓国語のガイドブック上のどこにあたるか」というような問いかけでした。

 

 

そこは、方丈と書院に囲まれた池泉庭園だったので教えることができました。

 

 

少し進んで、谷を切り開いた時の露出した岩をそのまま残した「虎頭岩」を中心としたとした池「妙香池」(みょうこうち)と、国宝になっている舎利殿を見ました。

 

 

このあたりで英国のマンチェスターから来たというシャルロットジョンソンさんに会いました。

こちらから話しかけて、彼女が韓国と日本の一人旅ということを知りましたが、語学力がないのでそれ以上は会話は進みませんでした。

 

     

 

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新春散策 第 2 弾  東慶寺

2018-01-18 21:56:49 | 大歩危トラベル

2018 年大歩危トラベル散策第 2 弾として、1 月 18 日北鎌倉東慶寺、円覚寺を歩きました。

 

                        ( JR 横須賀線北鎌倉駅下りの長いホームに着きました )

                        (昭和 2 年築の駅舎を出ます)

            (東慶寺は駅から徒歩 5 分。お集まり下さってありがとうございます)

 

1285 年 北條時宗夫人の覚山尼開山の東慶寺。明治からは尼寺ではなくなりますが、女人救済の治外法権をもち“駆け込み寺”として歩んできた寺の歴史は今も残り、やさしい風情が感じられます。

 

                                  (書院の庭)

                        ( マンサクの花 )

                               ( 歌碑 )

                          (本堂の釈迦如来坐像)

        (金仏。右手後方の建物は松岡宝蔵で、江戸時代の縁切り状等寺宝が展示されている)

                             (境内の石仏)

 

境内奥の墓地には、鈴木大拙、西田幾多郎、安倍能成、などの哲学者を始め多くの有名人の墓がありますが、歴代の尼僧、特に五世の用堂尼、二十世の天秀尼の墓に惹かれました。

 

               

 

後醍醐天皇の皇子護良親王は、足利尊氏に鎌倉に幽閉され弟の足利直義の家来に殺されますが、姉である用堂尼がこの寺に入って親王を供養されたことが想われます。この墓は宮内庁の管理下にあるそうです。

また、二十世の天秀尼は、豊臣秀頼の側室の子で、兄国松と大阪城から脱出しますが、国松(8 歳 )は殺され妹奈阿姫( 7 歳 )は千姫の養女となってこの寺にはいります。37 歳で亡くなりますが、その間世話をしたのは豊臣秀吉の側室“甲斐姫”といわれます。その宝篋印塔も、歴代尼僧のなかでひときわ大きな天秀尼の墓碑に 並んで建っています。

 

                    (歴代の尼僧の墓石が並ぶ一画にて歴史を偲ぶ)

 

今年平成 30 年 11 月、円覚寺の大事業として、近代的な禅の確立に努めた釈宗演老師の 100 年遠忌が行われるが、老師は円覚寺・建長寺の管長を辞された後東慶寺住職となられた。

 

                        (釈宗演老師の墓)

 

白梅、紅梅で名高い東慶寺の梅もまだ時期が早いようです。

 

 

 

 

 

 

 

      (

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新春散策

2018-01-12 13:53:21 | 大歩危トラベル

わが大歩危トラベル新春企画“東京近郊散策”にお集まり下さいましてありがとうございます。

 

 

ご存じ、千葉県中山法華経寺です。

 

 

今日、最もご案内したいのは、日蓮上人“立正安国論”です。

 

 

平成 25 年に建った日蓮像が左手に持つ巻物一巻、これが、立正安国論。

巾 29 cm 長さ 16 m に及び楷書できっちり書かれているそうです。

提出された北條時頼は邪見に扱い、あろうことか、迫害すら加えましたが、今やこの巻物は国宝です。

この法華経寺にはその写しがあって(これが国宝)境内の高見に建つ“聖教殿”に保管されているのです。

 

 

この建物昭和 6 年築ですが、どこか築地本願寺のそれと似ています。

それもその筈、建築家の伊東忠太によるものだからです。ご存知のように伊東忠太は、平安神宮、築地本願寺などを設計し文化勲章も受賞した方です。東京駅を設計した辰野金吾の弟子です。

 

法華経寺散策の後、JR 下総中山駅前の“海商寿司”という店に行きました。

 

                  ( こちらは、おそろいの赤でまとめたおしゃれな K 夫妻 )

 

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ディーゼル気動車 キハ 40

2017-08-12 17:47:27 | 大歩危トラベル

 

「キハ 40 」は、昭和 52 年( 1977 )~昭和 57 年( 1982 )にかけて、日本の非電化路線に投入された、電車に近い車体構造の大型気動車です。( wikipedia より)

7 月 28 日(金)私が会津若松から乗った 14 : 33 発新津行の列車です。

 

 

電化された郡山~喜多方を走る電車に比べるとやや古さは否めませんが、しっかりした造りで冷房もよく効いていて居心地のよい列車でした。

 

              (物腰のやわらかなアナウンスも立派な車掌さん)

                       (津川駅で対向車を待ちました)

 

7 月 29 日(土)無人の咲花駅ホームで 9 : 58 発の列車を待っていると、定刻に入線してきました。

 

                    (今日の車掌さんも立派な方です)

 

五泉駅で、SL 列車「ばんえつ物語」を待ちます。

 

 

SL は貫録がありますが、磐越西線 会津若松~新津 の主役はやはり キハ 40 です。

私は数回乗っただけですが、すっかりファンになってしまいました。

 

 

 

 

 

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等々力渓谷

2017-08-04 22:14:54 | 大歩危トラベル

 

世田谷区の等々力渓谷の存在は知っていましたが、訪れたのは初めてです。

 

 

8 月 3 日、10 m 下の溪谷は 2 2 . 0 ℃ のようです。

溪谷の道は、約 1 km 続きます。

 

 

コースの終点は不動尊を祀る寺です。

 

 

しばし、東京であることを忘れました。

 

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