雨曇子日記

ご近所散歩日記です。だけのつもりでしたが、だんだんカテゴリーが増えました。

寿量院 第 13 回「あみだ寄席」

2018-09-23 19:40:21 | 神社仏閣

平成 30 年 9 月 23 日は秋分の日。

日の出 5 : 29     日の入 17 : 37 

太陽は真東から昇り、真西に沈みます。

 

 

柏市塚崎 815 にある真言宗豊山派の寺”寿量院”では、毎年春分と秋分の彼岸中日に「あみだ寄席」を開催しています。

 

 

第 13 回の今回は、春風亭ぴっかりさん中心に、桃月庵ひしもちさん、桃月庵こはくさんの出演です。

 

          (公演に先立ちご住職のあいさつです)

 

3 人の落語家さんの話は仏教と全然無関係でしたが、私は、仏様に少しは係る話でもよかったのではないかと思いました。

 

 

ご住職とぴっかり師匠のツーショットです。

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百日紅の寺

2018-07-30 17:14:20 | 神社仏閣

サルスベリは 7 月から 9 月末まで、散っては咲き、散っては咲いて百日間も紅い花をつけている。

 百日紅と書いてサルスベリと読ませる。

皮がはがれ落ちて滑らかになった樹肌は、猿も滑って登れないだろうということで、サルスベリとなったようだ。

 

           (柏市大島田泉蔵寺の墓地にあるサルスベリ)

 

いつも門前を通っているのに氣づかなかった。もしかしたら宝永 5 年(1708 )の青面金剛像に匹敵するのかもしれない。

 

 

 

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結願の日

2018-05-05 20:59:48 | 神社仏閣

 

柏市藤心宗壽寺から始まり、5 日間かけて八十八の札所を巡ってまた宗壽寺に戻る大師送りは、結願の日を迎えた。

最後の 1 km ほどは、行列が整えられ稚児も加わりゆっくりと進む。花火も数発打ち上げられた。

 

               (やかんを持った人はときどき法螺貝に水を注いでいた)

 

巡礼に参加した寺の住職たちの列がつづく。

 

                       (傘の下は結願寺宗壽寺の住職)

              (遍路に背負われた櫃には大師像が収まっている)

 

稚児は少数だったが行列を彩っていた。

 

 

ゆっくりと進んできた行列が結願の寺に到着した。

 

 

最後の般若心経が唱えられ閉会式に移っていった。

このような大師送りの行事が 200 年以上受け継がれ行われていることに感動した。

 

 

元号が変わる 2019 年度の結願寺は、柏市名戸ヶ谷の法林寺ということだ。

 

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円林寺(大師送り三日め)

2018-05-03 20:18:50 | 神社仏閣

5 月 1 日に始まった平成 30 年准四国八十八ヶ所東葛印旛大師巡拝(送り大師)は三日目を迎えた。

今日は、柏市布瀬“木崎薬師堂”を出発し、白井市の名内、今井、小名内の札所を巡拝、“梶原大師堂”で中食、柏市の金山“円林寺”に入る。

円林寺からは、もう一度白井市に入り冨塚、また柏市に戻って藤ヶ谷、藤ヶ谷新田、を廻り高柳の“善龍寺”で泊まり、という日程だ。

 

私は、到着の時間を見はからって自転車で円林寺を目指した。

 

                    (金山部落の入口に庚申塔が四基並んでいた)

         (「もう田植えが終わっているぞ」と思いながら進むと円林寺の屋根が見えてきた)

           (お接待の準備はできていたがまだ到着していない。本堂をのぞかせてもらった)

 

しばらくしてバスの遍路さんが到着した。

 

               (片山の M さんは私と同じ昭和 10 年の生まれだった)

             (真ん中の方の持つ杖、女性の帽子には般若心経が書かれている)

 

まもなく巡礼の一隊が到着し、境内に人があふれた。

 

                        (そして、札所での読経が始まる)

               (この寺は天台宗なので伝教大師(最澄)像が見守っている)

 

小休止があった。

 

                 (ずっと歩いて巡礼を続けておられるご住職たち)

              (こちらのご家族は藤沢にお住まいとか、お嬢さんは 10 歳) 

 

大師像の櫃を背負う方、法螺貝の方、気合を入れて出発。

 

                   (ご住職に守られるように大師像の巡礼はつづきます)

 

全行程は 80 km を歩き通すのは容易ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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晴れた5月の青空に

2018-05-01 22:46:14 | 神社仏閣

 

メーデーの行列は、“南無大師遍照金剛”の幟の下に寺々を廻ります。

“送り大師”と呼ばれるこの行事は、柏近在の八十八ヶ所の札所を大師像と共に 5 日間かけて廻ります。

200 年以上受け継がれてきたこの巡礼、平成 30 年度は柏市藤心宗壽寺を出て宗壽寺に戻ります。(結願寺)

 

第 1 日 まず到着したのは、柏市塚崎の寿量院です。

 

 

肩にかけたカバンの中身を見せてもらいました。

 

               ( 一日に 20 km ぐらい歩くので足回りはしっかりしています)

           (多くのご住職が実際に歩かれるのもこの大師送りの特徴です)

     (足の弱い方のために各講<部落ごとにこの大師送りの講が組織されている>が用意したバス)

 

塚崎の寿量院を出ると、増尾、名戸ヶ谷、豊四季の各寺をまわって、柏市内の長全寺についたのは 12 時を 30 分も過ぎていた。ここでやっと昼食だ。

 

      ( 江戸時代の後期、この長全寺の住職たちがこの新四国八十八か所めぐりを作ったらしい)

                   ( 42 万都市柏の駅前の通り)

          ( 半分以上の講員はバスで移動したが歩き通して入る人達は相当疲れているはず)

                 (先達たちはバスでいどうするわけにはいかない)

          (出発から 14 km を歩き通してきた行列をバスで早く到着した講員が迎える)

               (みんなそろったところで読経<般若心経>となる)

 

午後の部は、戸張、大井、五條谷、大島田まで約 12. 4 km を歩いて、やっと一日が終わる。

今日は格別暑かったから大変だったでしょう。

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昨日に続く今日なれど・・・

2017-12-31 21:46:28 | 神社仏閣

              (柏市塚崎の神明社、伊勢神宮の方向を向いている)

 

今日は、一年 365 日の最後の日。大晦日。

一年間私たちの身に知らず知らずの間にたまった穢れを祓います。

 

 

千年以上もの昔から、人々が尊崇してきた産土の神様。

現代の私たちはおたがいにあまりにも多くの情報に囲まれて、ついつい神様の存在を忘れがちだ。

でも、どうにもならないと感じたとき、最後に頼るのは神様だ。

 

 

来る年も、何より平和で、豊かな年でありますように!そして、私たちが元気で楽しく過ごせますように!!

神様よろしくお願いします!

 

 

お参りを終えて神社を出ると私たちの住む村が昔からのたたずまいで静かに広がっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2017   暮れの中山法華経寺にて

2017-12-28 21:16:04 | 神社仏閣

12 月 27 日(水)中山法華経寺に来ました。

赤門と呼ばれる仁王門は大掃除の後で、とてもすっきりしていました。

 

 

境内もなんとなくすがすがしく、新しい年を迎える気分に満ちています。

 

                         (鬼子母神を祀る本堂)

                        (境内の五重塔を望む)

 

日蓮自筆の、国宝「立正安国論」などが保存してある聖教殿へ行ってみました。

 

    (築地本願寺の設計などで有名な伊東忠太氏の設計により昭和 6 年に建てられた)

                      (隣接する荒行堂の大屋根の鬼瓦)

 

大荒行堂では、今しも百日間の世界三大荒行にも数えられるすさまじい“行”が行われていました。

 

              (おそらく面会にでも来られた修行僧の身内の方でしょう)

              (全国から来られた修行僧の名前が貼りだされていました)

                   (絵馬堂にあった額の一つ)

 

鎌倉松葉ヶ谷の草庵で執筆した「立正安国論」を執権北条時頼に提出し、その中で邪教と極めつけられた浄土教信者によって襲われ、草庵は焼き払われました。いわゆる日蓮四大法難の一つです。このとき、白猿が現れ日蓮の衣の袖を引いて危難を救ったといわれます。また、当時千葉氏に文官として仕え、日蓮の庇護者であった、富木常忍が、下総国中山の自宅に避難させ、同時に教えを受けたとされます。それが、この法華経寺に発展し、常忍は出家して日常となり日蓮宗の教えを広めることになります。

 

 

平成 25 年、赤門の右手に建った日蓮像の台座には「立正安国を説くお祖師様」と刻んであります。

法華経寺は訪れるたびに何か発見があり楽しめます。

 

 

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福寿院・観音堂の紅葉

2017-11-30 13:23:44 | 神社仏閣

11 月 29 日、柏市高柳字中島にある真言宗の寺、福寿院に来ました。

私は自転車で来ましたが、徒歩なら、東武アーバンパークライン高柳駅東口から北へ 20 分です。

 

 

境内の大部分がお寺の経営する“沼南幼稚園”となっていますが、部分的には立派な紅葉が見られます。

 

 

江戸末期建立の茅葺の観音堂には、秘仏の十一面観音が祀られています。

 

                   (海老虹梁と呼ばれる化粧梁)

                     (向拝にある龍の彫り物)

                     (観音堂の裏手で見つけた烏瓜)

 

観音堂の境内から大津川越しに県道“船取線”が通る台地を眺めました。

 

 

 

 

 

 

 

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鎌倉の日蓮宗の寺

2017-10-10 21:12:31 | 神社仏閣

 

JR 鎌倉駅東口を出て徒歩 3 分にある本覚寺は「東身延」と呼ばれるのは、この寺の二代目住寺の日朝がのちに身延山久遠寺の住寺になった時、日蓮の遺骨を本覚寺に分骨したことがきっかけという。

 

 

梵鐘はもと上総木更津の八幡宮別当寺にあったもので、日出が法論に勝ち、従者の石渡新造左衛門が一人でこの鐘をかついできたという。

比企ヶ谷にある妙本寺は、この寺から南へ 5 分だ。東京池上本門寺とともに日蓮宗の大本山だった。

 

 

妙本寺を出て道しるべに従い路地のような道を抜けて常栄寺に出た。

 

               (この絵から「牡丹餅寺」の謂れが分かる)

 

大町のバス通りを名越方面に進むと安国論寺がある。日蓮が「立正安国論」を著した場所とされる。

 

                   (東京増上寺から移されたという石灯籠が並ぶ)

 

熊王殿わきの石段を上り、日蓮上人が日々富士山に向かって法華経を唱えたという富士見台に向かった。富士山は見えなかったが街並みと材木座海岸の海が見えた。

 

 

これは、私には少々きつかったらしく、家に帰ったら血圧が一気に 180 と上がって目まいがした。桑原桑原。

 

 

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柏 鷲野谷の 医王寺

2017-07-18 20:44:17 | 神社仏閣

手賀沼緑道から、鷲野谷の城山墓地脇の坂道を上って、医王寺の裏手に出ました。

 

 

境内に入ると、寺は、お盆の時期らしいたたずまいでした。

 

 

境内には、浄土宗の名僧、徳本上人( 1758 ~ 1818 )の念仏塔があります。

 

 

徳本上人は、紀州の人で難行苦行の仙人生活を経て庶民の熱狂的な信仰を集め、全国的に、最も多くの名号碑を残していると言われています。私は、東京の二つの寺で、この碑を見つけました。柏市沼南地区だけで、3つあります。

名僧といえば、この地鷲野谷生まれの弁栄(べんねい)上人です。

明治から大正にかけて全国を精力的に布教活動し、「大正の法然」と称えられました。

 

              (弁栄上人の顕彰碑 医王寺薬師堂境内に建つ)

 

弁栄(べんねい)上人略歴

安政  6 ( 1859 )  鷲野谷に生まれる。父山崎嘉平 母なを

明治 12 ( 1879 )  小金東漸寺住職大谷大康上人によって得度

明治 15 ( 1882 )  鷲野谷医王寺薬師堂に断食参籠

明治 27 ( 1894 )  インド仏跡参拝

明治  30 ( 1897 )  訓読・阿弥陀経図絵を出版

大正 元 ( 1912 )  光明主義を唱える

大正  5   ( 1916 )  京都知恩院にて教学を講義

大正 6   ( 1917 )  朝鮮・満州を巡錫

大正 7   ( 1918 )  時宗無量光寺住職となる

大正  8   ( 1919 )  光明学園開園

大正 9   ( 1920 )  柏崎極楽寺において遷化  62 歳

 

(「沼南風土記」昭和 56 年発行より)

 

 

 

 

 

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