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雨曇子日記

エイティライフの数々です

石蕗(つわ)の花

2013-11-30 15:00:32 | 花散歩
             


28年前、私たちが建売住宅を買って住み始めた頃、勿論石蕗はありません。
いつの頃か、妻が友達に分けてもらったかして、以来毎年咲いています。
気がついてみると、垣根にも咲いています。


     


             


長い茎は、蕗と同じように食べられるようですが、食べたことはありません。
もとは、暖地の海辺に自生する多年草で、常緑の葉につやがあるので、ツヤのあるフキ、からツヤフキ、ツワブキとなったといいます。


     


20年近く昔の週刊朝日からの一ページです。

     波音の全(まった)く暮れし石蕗の花                  井口 冨子

     凛々(りんりん)と石蕗一弁(いちべん)もそこなわず          大橋 はじめ

     庭の空深淵(しんえん)をなし石蕗咲ける                轡田 進

     性格が地味花石蕗(はなつわぶき)が好きといふ             鈴木 青園

     信仰に生きるさびしさ石蕗の花                     田宮 房子

     石蕗の花見えて来たりし島渡船(しまわたし)              長尾 雄

     石蕗の花或(あるい)は二弁(にべん)欠(か)くるあり         新村 実花

     家柄(いえがら)のいやしからざる石蕗の花               塗師 康広

     石蕗の咲く日向(ひなた)のよけれ父よ来(こ)よ             森重 昭

「昭さんの句。亡きお父さんを偲んで作られたものだろう。生きておられるのを詠んだとすると、“父よ来よ”という下五がぶっきらぼう過ぎる。石蕗の花の咲いている日向に、亡き父を思うということ、まことに、自然な感じで、しみじみとした思いがする」
「若葉」主宰の清崎敏郎(きよさきとしお)氏の解説である。

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4 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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つわの花 (  謙三)
2013-11-30 20:54:12
つわは検索しても漢字の変換が出来ません
花の名前に疎いですが散歩してると見る花で
すね。 { 信仰に生きるさびしさつわの花 } 
  どういう気持ちのとき詠まれたのでしょうか?
返信する
信仰に・・・ (雨曇子)
2013-11-30 22:20:44
の句について、
清崎氏は、「石蕗には、ストイックな感じがあるとともに、強靭(きょうじん)なところがある。それを、テーマにしたものだろう」と解説しておられます。
「つわぶき」、私は、いし→石 ふき→蕗 の順に変換しました。

成田山参道に像の建つ三橋鷹女の句に

つはぶきはだんまりの花きらいな花

というのがあります。
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謙三さんの (雨曇子)
2013-12-01 07:45:13
問いかけに正対していませんね。
私なりに“信仰に生きるさびしさ”を考えてみました。
作者は、石蕗をさびしい花と感じて、自分の生活と重ねあわせたのではないでしょうか。でも、さびしいけれど、これでいいのだ、これが自分の生き方なのだ、と思っているのではないでしょうか。
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信仰と石蕗の花 (  謙三)
2013-12-01 18:55:03
 道端に咲く石蕗の花を見て思われた事
 清崎氏、雨曇子さんお二人の批評納得
 しました。ありがとうございましした。
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