4月5日、神奈川県平塚市、木村植物園の苧環
👇霞んで見える半島は、伊豆・相模湾の、
網代あたりの半島でしょうか、
湯河原・素鵞神社、茨城県鹿嶋地区から
石材や木材を運ぶ人たちが、
広めた鹿島踊り、
毎年8月1日に行われるといいます。
網代あたりの半島でしょうか、
湯河原・素鵞神社、茨城県鹿嶋地区から
石材や木材を運ぶ人たちが、
広めた鹿島踊り、
毎年8月1日に行われるといいます。
千葉県には江戸で評判をとった
後藤家の彫り物師、後藤三治郎橘恒俊さん、
波の伊八と異名をとどろかせた、
武志伊八郎信由さんがいて・・。
後藤家の彫り物師、後藤三治郎橘恒俊さん、
波の伊八と異名をとどろかせた、
武志伊八郎信由さんがいて・・。
1792年、
二人は二つの屋台の彫り物で、技を競った。
伊八さんの作品は、伊豆の伊豆山神社とここ、
素鵞神社だけという・・
これからの検証で、まだあるかもしれない期待を・・。
二人は二つの屋台の彫り物で、技を競った。
伊八さんの作品は、伊豆の伊豆山神社とここ、
素鵞神社だけという・・
これからの検証で、まだあるかもしれない期待を・・。
👇境内には狛犬がたくさんいて、
つい、ひとつひとつ頭を撫でてしまいます。
👇伊八さんの彫り物は、
向拝にもあって、彼の彫り物の得意なモチーフ、
波の構図はなかった。
向拝にもあって、彼の彫り物の得意なモチーフ、
波の構図はなかった。
👆の龍の背面に、
彫工
房州長狭郡
下打墨住
武志伊八郎
信由
の刻銘があって、このような証を見ると、
肩を揉みほぐされたように、ヘナヘナとなります。
肩を揉みほぐされたように、ヘナヘナとなります。
👇関東大震災で破損した部位を展示している
伊豆山神社の資料館で見た、伊八さんの龍、
伊豆山神社の資料館で見た、伊八さんの龍、
👇この龍の図で見えない左眼は、つむってるように、
丸く彫っていて、👇パンフ資料からです。
丸く彫っていて、👇パンフ資料からです。
👇素鵞神社の龍も、左眼は潰れてるように彫ってました。
口元はやや上向きに・・。
歯や爪、角部分に欠損がありますが、
これからの保存、気を遣うところですね。
欅材とはいっても、海風の長い年月・・。
口元はやや上向きに・・。
歯や爪、角部分に欠損がありますが、
これからの保存、気を遣うところですね。
欅材とはいっても、海風の長い年月・・。
👇👇も伊八さんの手の彫り物でした。
ここでの仕事は、石工さんや、運搬の担い手で、
賑わった湯河原・吉浜地区、
祭りの神輿にも,
賑わった湯河原・吉浜地区、
祭りの神輿にも,
繊細な彫刻を施した伊八さん。
神輿は、機会が来たら訪れることにして、
神輿は、機会が来たら訪れることにして、
波を彫るのに、馬で波の中に飛び込んだという、
豪気な気性、
どうして、伊豆へ足を運んだのか49歳・・
そのことだけが胸で・・・もやもや
豪気な気性、
どうして、伊豆へ足を運んだのか49歳・・
そのことだけが胸で・・・もやもや
まっ、いぃっか ‼
木村植物園で
👇
苧環には色々な種類と色が有ることが分かりました。
驚きです。
そして波の伊八さんが海を渡って彫った彫刻。
実際に「龍」を見たのでしょうね。
難しい動物を彫るのにじっと見つめて・・・
今にも動き出しそうな龍。
我々も、じっと見つめています。
湯河原には一度だけ行きましたが、とよ様の
お陰で湯河原の良いところ、沢山知りました。
フットワークの良いとよ様のお陰です。
彫刻で表現できる素晴らしさに感動しています😊ありがとうございます。
伊八さんの作品があるというので行ったところが、
頼朝さんの恋を語った神社でした。
楽しかったです。
温泉に漬かる時間を取れたらよかった。
フットワークは、いつもとんぼ返りです。
貧乏性かもしれません・・・‼
一芸無い私には、生涯夢中になる技術を持っている方は、天上の方に見えます。
その人たちの後ろを、ちょこちょこ追いかけて、
日々を過ごしてるのですが・・・。
彫刻家は、頭の中に完成品が浮かんでいて、
それに近いものを彫るわけでしょ・・。
すごい事ですね。
波の伊八さんの彫刻を観せていただけて幸せを感じます。
私は何となくですがわかります😅
伊八さんは平氏軍に敗れた頼朝が真鶴から、土肥実平の用意した小舟で安房の国へにげました。
鋸南町の龍島海岸へ着きました。
私は前にもお話ししたかもしれませんが、娘と勝浦へ旅行した事が有ります。
その時電動自転車をお借りして小さな半島を巡り、この海岸へ頼朝が流れ着いた事を知りました。
波の伊八さんは、頼朝を安全に守ってくれた伊豆にお礼を込めて、又伊豆皆さんの安全を祈願して龍の彫り物を残したかもしれません。
そちらの海に入って、荒波も実際に観て体感してみたかったのではないでしょうか?、、、
歴史に疎い素人お婆ちゃんの戯言と思い、どうぞお許しください。
いつも素晴らしいお写真をありがとうございます。
伊八さんが伊豆に渡ったのは、
頼朝さんのことがあったろうと推察されますね。
伊豆山神社は伊豆にいた頼朝さんが兵をあげる、
きっかけになった神社で、ここで初めて他国の地に龍を彫った、頼朝さんの影が消えませんね。
どこかにその裏付けが見つかるといいな・・と思ってます。
季節の変わり目です、体調に気を付けて日々を・・。
ただ、探せないだけかもしれませんが。