3388 野球ブログ

日米を問わず名選手を紹介。

昭和40年の野村克也(2)

2013-06-19 21:15:31 | Weblog
打率もそうですが本塁打数の2位もスペンサー選手で38本塁打でした。この年2年目のスペンサー選手はペナントレース終盤バイクの事故で、戦線を離脱し、その時点で打点に関してはスペンサー選手がその打率や本塁打数の割に伸びておらす、また他の選手の数字も含めて、野村克也選手の三冠王がほぼ決定したものでした。しかし、張本勲が運が良かったと語る要素は、本人がそれを覚えていて敢えて語ったかどうかは別として他にもありました。それは通算320勝を誇る小山正明投手を始めとする、日本人投手の外人選手嫌いでありました。小山正明投手は外人にはタイトルを取らせたくないとはっきりと公言し、その言葉通りスペンサー選手とは4打席連続敬遠する等、まともに勝負しないケースもありました。野村克也選手が他チームの選手にもの凄く好かれていたとはあまり考えにくいのですが、現在より遥かに日本人選手の外人嫌いは激しかったと記憶しています。結果的には本塁打率がスペンサー選手より低い野村克也選手が打数の多さもあり、タイトルを獲得しています。確かに本人も認めていた様に打率0.320は高いとは言えませんが、本人と王貞治選手が数字をレベルアップさせて来た打点と本塁打は運が良かったで片付けられる数字とは思えないものでした。