とりがら時事放談『コラム新喜劇』

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ドキュメント戦争広告代理店

2007年11月15日 06時11分22秒 | 書評
第二次世界大戦中に作られた日中戦争の映像は、ほとんどがハリウッド製で、アメリカ国民の戦意を駆り立てるものとして作られたことは現在では常識だ。
「日本兵によるオゾマシイ戦争犯罪」
も、
「日本兵による中国一般市民の殺戮」
も、全てハリウッドで製作された映像だった。

例えば、「オペラハット」や「スミス都へ行く」などの名作映画で著名な名監督フランク・キャプラは、これら反日プロパガンダ作品をメガホンをとった映画製作者としても知られている。

このように映像の訴える主張というものには、底知れぬ力が存在しており、ウソもホントにしてしまう影響力を持っているのだ。
まさに「情報戦」。
日本はその情報戦に巻き込まれ、見事に完敗したというわけだ。

高木徹著「戦争広告代理店」は、現代における情報戦の姿を描き出した傑作ノンフィクションだった。

舞台となったのはボスニア紛争。
旧ユーゴのミロシェビッチ大統領が戦犯扱いされ監獄に収監されたことは記憶に新しいが、元大統領の戦争犯罪について、最後まで国際世論には真っ黒とは言いきれなかった後ろめたさが残った。
その後ろめたさは何が原因だったのか。
本書を読むとそのあたりがよく見えてくるのだ。

事実上の勝者となったボスニア側も、敗者となったセルビア側も、よくよく見れば対した変わりはなかった。
では両者の何が違ったか。
それは国際世論を引きつける力量を持つPR会社を雇えるか雇えないのか。
そこに大きな違いが存在したのだ。

それにしても戦争というものは恐ろしい。
金になるものであれば、そこには正義は存在せず、まるで工業製品を拡販するようにイメージを作り上げて行ってしまう。
たとえウソであったとしても、周囲に「それは正しい」「かわいそうだ」と思わせれば良いのだから。

本書を読むと、機転の利かない政治家や官僚に引きずり回されている日本の将来が心配になってくる。

~「ドキュメント戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争」高木徹著 講談社文庫~

メイドさん東西対決

2007年11月14日 06時49分02秒 | 社会
アキバ(東京)のメイドさんと日本橋(大阪)のメイドさんのどっちがかわいいのか。

当とりがら時事放談にしては軟弱な話題ではあるが、最近ちょくちょく秋葉原と日本橋の両方を訪れているので(というよりも通過しているので)さすがの私でもメイドさんが目に付き、ゆる~いテーマとして取り上げたのだ。
で、結論を言ってしまうと、私が大阪人だからという理由が優先しているわけではないが、日本橋のメイドさんの方が数では劣るがかわいらしさでは勝っているとの結論に達した。

このメイドさん東西対決に対する回答の理由は以下の通りである。

1.東京言葉より、関西弁の方が温かみがある。
     昔、志賀高原にスキーに行ったとき「関西の女の子ってかわいいよね」と関東方面からやってきていた大学生風の男も証言していた(私も大学生だった)ように、関西弁は関東弁に比べて女性的で、耳に柔らかく聞こえるため(場合によっては必要以上にキツク聞こえることもあるので注意)。
     なお、ちゃきちゃきの江戸っ子メイドさんというのがいたら、ある意味、ボケツッコミ浪速っ子メイドさんの強敵になること間違いなし、と思われる。

2.メイドファッションがもともとギドギドの関西ファッションにマッチしている
     メイドファッションというのは70~80年代女性アイドルがリカちゃん人形のようなチャラチャラした衣装で歌って踊っていたことの延長線上にあるのと同時に、非常に目立つ奇異な格好であることも間違いない。
     こういうファッションはもともと原色系や強コントラストを好む関西独特のファッションにマッチしており、メイドファッションに関しても、その独特の個性が活かされているからではないか、という推測がある。

このように街角、駅前でチラシ何ぞを配っているメイドさんを比較した場合の対決についての私の結論は西高東低といったところなのだ。
尤も、メイドカフェやメイドマッサージなんぞに行ったこともなく、店の中にいるメイドさんについては研究不足なのでよくわからない。

そのうちに台北(台湾国)のメイドさん、バンコク(タイ王国)のメイドさんと国際的な比較をしてみたいな、と思っているところだ。

なお、このネタ、40代オッサンが真面目に書くネタではないようにも思うのだが、ま、ええか。


認証マークのトリック

2007年11月13日 07時49分48秒 | 政治
2005年にJIS制度が変更されて2008年9月から施行される。
JISマークのデザインが変わっていることに一般の人は気がついているだろうか?

第二次大戦終結後、日本は敗戦国になったうえ「黄色人種」で「仏教徒」の国であったため「白色人種」「キリスト教」の戦勝国、アメリカ、イギリス、オランダ、ソ連などから全対外資産を没収された。
(中国はこの時点でも国家としての体を成していなかったので当ブログではあえて削除)
つまり無一文になった。

当時の日本人の偉かったことは負けても国を愛していたことで、
「戦争には負けたが、これからは商売じゃ!」
という具合の国家作りにの方針を転換した。
(こういう転換作業に従事したのが私たちのそふぼで、中にはまだまだ現役の人も居るから「そんなアホな」と感じている戦後の歴史教科書に洗脳されている若年の人たちはお爺さんやお婆さんに聞いてみようネ)

商売ということは何かを売らなければならないわけで、天然資源に乏しい日本は石炭や石油や農産品を海外輸出するわけにはいかなかった。
幸い、天然資源には恵まれていなかったが人材資源には恵まれていて、無意識のうちに官民一体で失ったものを取り戻すためにまい進し出した。
(このあたりを描いたのがNHK番組「プロジェクトX」だったんだと私は思っています)
もともと戦前からの蓄積のあった工業技術をさらに高め世界に通用する製品を作るため、みんなが知恵を出し合って作った制度がJISでありJASであった。

「高いレベルでの均一した品質」
「部品の共通化」
「用語や仕様の共通化」

などを目指したのだ。
これが世界最高品質の日本製品や農業産品(農産品は国際価格競争力がありませんが)を生み出すきっかけになった認証マーク制度だ。
まさに官民一体の努力の結晶。
ISO制度がヨーロッパで誕生した背景にはJIS制度の成功に欧州がビビったためということを知る人は少ない。

東京新聞の報道によるとJISやJASなど、国が認定する制度を管理する組織に天下りする官僚がビックリするほど多いという。
それも殆ど全ての団体に天下りし「認定ビジネス」を食い物にしているというのだ。

新JIS制度の変更の多くはISOに「併せる」または「対抗する」為の対処だというのだが、その多くは「本当に必要か?」というような論理性に欠ける内容が少なくない。
むしろ企業に負担をかけ、金を巻き上げ、自分たちが私服を肥やすための制度と思えなくもない。

国を建設した認証マーク。
今では役人だけを食わせるための認証マークに変わってしまったというわけだ。
どうりで、国内向けビジネスを展開する食品業界に不正が多いのも頷ける。
ある意味、阿呆らしすぎて制度の遵守などやってられるか!という意味なのかもわからない。

神戸空港を見習おう!

2007年11月12日 04時36分32秒 | 旅(海外・国内)
私のブログほどいい加減なものはない。
つい先日「神戸空港は恐怖だ!」と叫んでいたのに、今日は「神戸空港に見習え!」。
「ご都合主義だ!」
なんて怒らないように。
なんと言ってもここはたかが私のブログなのだ。

ということで、開き直ったところで、神戸空港のたったひとつの利点は先日も書いた通り、神戸空港利用者(神戸空港から出発して、かつここへ帰ってくる人)には駐車場料金の優遇措置があることだ。
これは小さなことのようだが重要で、空港を気軽に利用するための必須条件にもなってくる。
なんといっても日帰りの神戸空港利用は駐車場が無料なのだ。

ご存知のように、関西国際空港は成田空港よりは遥にマシと言っても、都心からはかなり離れている。
梅田から電車やバスで最速50分。
難波からでも30分かかる。
私は堺市内に住んでいるが電車で行くとドアツードアで一時間かかる。

これが自動車で行くとわずか30分で到着してしまうのだ(阪神高速道路の制限速度を無視し、かつ覆面パトカーに捕まらない場合はもっと早く到着することができる)。
したがって東京をはじめとする地方への日帰り出張には関空から飛行機で往復したいのだが、できない。
なぜなら駐車場がバカほど高いからだ。

たまに仕事で関空に自動車で行くことがあるが、関空の駐車場はいつも空いている。
GWやお盆休み、年末年始でも空いていることを考えると、
「なにかがオカシイ」
と普通の人なら考えるところだが、関空会社の人たちは「普通の人ではない」のかオカシイと思わないらしい。

その理由が連絡橋の渡橋代1500円(普通車)と駐車代3000円(当日)だ。

これが渡橋代だけになるとどうなるか。

日帰り出張や荷物が比較的多くなる近隣諸国への3~4日の出張には「自動車で関空」になるはずで、GWや正月休みで駐車場がガラガラなんてことはなくなるだろう。
利用者が増えれば飛行機の便数も増えるはず。

見習え神戸空港を。
但し、見習うのは駐車場の利用だけにしてください。


NHK版「坂の上の雲」

2007年11月11日 13時14分53秒 | テレビ番組
司馬遼太郎の名著を原作にしたNHKドラマ「坂の上の雲」がやっとこさクランクインになった。

もともと2004年の日露戦争勝利100周年を記念する企画だったということだが、
「テーマが遠大で」
「なかなか描くのが難しい」
「途中で脚本家がダウンした」
などの理由で延び延びになっていたのだ。

尤も、真の理由は他にあり、
「日本が勝利した戦争何ぞをテレビがドラマで描くのはオカシイ」
などという、頭の「オカシイ」人たちが無言の圧力をかけていたからだとの噂も聞く。

今回クランクインできたことは、もしかすると「日本が良い国」と口が裂けても言いたくない団塊の世代が定年を迎えたことが好影響しているのかもわからない。

それにしてNHKの力の入れようは半端ではない。
全13回を3年間に渡って放送するというのだから「大河ドラマ」を超越した「大大河ドラマ」だ。
キャストも見る限り悪くなく、阿部寛の秋山好古、本木雅弘の秋山真之などはなかなか心憎い配役だ。
撮影も世界各国でロケーション。
クライマックスの日本海海戦は最新のCGや特殊技術を総力して製作するということで、大きく期待ができるというもの。

日露戦争という欧州主導の世界史が一大転換した大歴史イベント。
「日本ナカリセバ」
というマーハティール前マレーシア首相の言葉の原点がここにある。

ただ、ドラマに夏目漱石が登場するみたいだけど、司馬遼太郎の原作では夏目はほとんど登場しない。
「わが輩は猫である」にも描かれている、正岡子規や夏目、秋山が徒歩で横須賀だったかを目指したところぐらいにしか登場しなかったんじゃないか。
夏目漱石を強調する記者会見。

中身がちょっと不安ではあるNHK版「坂の上の雲」だ。

麻薬栽培

2007年11月10日 05時54分54秒 | スポーツ
関東学院大学のラグビー部員が寮の押入れで麻薬を栽培していて捕まった。

「繁華街で種を買って育ててた」

証言から最近は麻薬の原料になる植物が繁華街で手軽に入手できるんだと空恐ろしくなってきた。
何処かの、
誰かが、
何かの理由で、
日本人を麻薬漬けにしようとしているらしい。

トンボ鉛筆の元会長が麻薬所持で逮捕されたのも記憶に新しい。
なんでも「何度も買うのは怪しまれるので、まとめ買いして使ってた」
と言うことらしいが、街で種を買うこともできるし、特価のラーメンみたいにまとめ買いもできるようだ。

これだけ麻薬が市民生活に侵入してきていても法律強化を叫ぶ声が聞こえないのはどういうわけだ。
歴史を見ると麻薬で潰れた国は数多い。
シンガポールや中国は麻薬を所持していると死刑になる可能性さえある。

案外、あなたの隣の普通の人が麻薬常習者かもわかりません。(麻薬常習者を宇宙人に変えるとなんだかウルトラシリーズみたいだな)

大江健三郎という名の知的犯罪者

2007年11月09日 22時00分49秒 | 社会
オウム真理教(現アレフ)が無差別殺戮事件を起こしたとき、一番驚いたのはあの常識外れのカルト集団に高学歴者が数多く所属していたことだった。
とりわけ東京の地下鉄サリン事件に関与した主犯格の連中は東大をはじめ旧帝大やそれに準じる私学の出身者が存在した。

私たち一般人はその時「学歴と真の優秀さには関連性はない」ということと「戦後教育の壊滅」という社会的事実を痛感した。

つまりいくらレベルが高いと言われる高校や大学を卒業していたとしても、人間としての尊厳にはなんら関係しないということを。

大江健三郎というノーベル賞受賞経験のある作家の場合もまさにこのカテゴリーに分類されるのではないかと思われる。
しかも、彼の場合も確信犯的犯罪を「知的」に犯すところはオウム事件の主犯者たちとなんら代わることはない。

今日、大阪地裁で展開された大江健三郎に対する証人質問は新聞記事に目を通す限り「言葉遊び」の感がある。
その中には誠実さも真実を追究する真心もまったくなく、ただ単に知的へ理屈者がとうとうと述べる「もっともらしいウソ」がちりばめられていたのだ。

「隊長とは言っていない。日本軍が命令したと言っている」
「参考資料を読み、執筆者に会って結論にたどりついた」
「訂正するつもりはない」

実地に取材もせず、どういう思想を持ったかも分からない輩の話を取り上げ、自分が気に入らないだけで「軍は悪」と決めつける考え方はもはや犯罪としか言いようがない。
もしこれが新聞記者の筆によるものであれば、ジャーナリズムの崩壊にほかならない。
なぜなら、
「自分で直接聞き取りせず」
「他人の意見を鵜呑みにし」
「裏もとらずに」
「信じ込んだ」
「しかも、そのミスを認めない」
というウソを書き、そのウソを認めないのは何か得体のしれないものを信じ続けてでもいるのではないか、と疑いたくなるような説得力がある。

自分の目で確かめもしていない、取材さえしていない「空想作家」に何の権利があるというのだろう。
あるとしたら「知的犯罪者」と呼べる資格だけだ。

恐怖!神戸空港

2007年11月09日 06時25分03秒 | 旅(海外・国内)
最近二度ほど神戸空港を利用した。

神戸空港は駐車場が航空機利用者にとって、すごく有利になっていて、神戸空港から乗り降りすれば一日無料。
料金は2日目以降分を時間単位で払えばいいのだが、それでも一日あたりの上限があって1500円だったりするので、1拍2日で1500円だとすると関空や大阪(伊丹)は歯が立たない。
関空なんかは連絡橋の料金も発生するので一晩駐車するだけで5500円以上もかかってしまう。

ところで、神戸空港は市営なのでとってもこじんまりとした空港だ。
ターミナルビルは大阪空港のたぶん1/4以下。
世界最大の規模(ディスカバリーチャンネル談)の関西空港のたぶん1/20以下
ミャンマーのヤンゴン国際空港の新ターミナルと同じぐらいの大きさだ(と言ってもわからないでしょうが.........)。

ターミナルが小さいので滑走路も少なく、そして短い。

正味、大阪の空港は大阪空港が滑走路2本。
関西空港が成田と並んで3500mと4000mの滑走路がそれぞれ1本で合計2本。
コミューター専用の八尾空港でさえ2本の滑走路を備えている。
ところが神戸空港はたったの1本。
しかも長さもたったの2500m。

東京からの帰りに乗ったB767型機が着陸して逆噴射をした。
ギギギッギッギギギ~!
と音を立てる。
ちょっとビビりながら、
「帰ってきた、あ~疲れた」
と思って飛行機が曲がるときに滑走路前方を見るとすぐそこが滑走路の終端でその先は海だった。
「これ、着陸に失敗したり、なかなか止まらんかったら、どうなるねん」
と背筋に冷た~いものが走った。

神戸空港。
駐車場料金に釣られて利用したが、我が命を考えると関空、大阪を利用するのがベターなのかも分からない。

なお、機種が小さければ問題ないかも。
セスナ機とか、零戦とかタケコプターなんかは神戸空港でも問題ないと思います。

器用な男ですな、小沢さん

2007年11月08日 06時25分19秒 | 政治
「不器用な男ですが..........」

とは民主党の駄々っ子小沢代表。

はっきり言いたい。
健さん(=高倉健)の真似はやめてちょうだい、と。

もう二十年以上になると思うけれども「不器用なヤツですが」と高倉健がセリフをつぶやくCMがヒットして、健さんの渋い雰囲気も相まってガキだった私も、
「おおおおお、健さん、やっぱし渋いの~、なんやかっこええの」
と感動したものだ。

民主党代表の小沢一郎は、高倉健とは似てもおらず、ましてやこれまでの政治家人生や今回のドタバタも「不器用ですが」のひと言で片づけられる問題ではない。
だいたいセリフがメモを見ながらの棒読みだった。

大連立にトライしたことをなぜ今更撤回するのか意味不明だし、民主党の「単独政権奪取」なんぞできやしないし、国家にとっても利益にならない。
不器用のひと言で片づけられても困るというものだ。

まず主義主張が異なる人が居るのなら、その人たちは別政党を結成するのが正論だ。
己が利益のためだけに最大野党を構成されても国民にとって迷惑なだけ。

しかし、今回のドタバタは案外計算づくだったのかも分からない。
自民民主が連立を組めればラッキーだし、組めなければ組めないで公明をビビらすだけの価値はある。
それに、
「辞める」
と言いながら、
「辞めないで」
と諌められて、
「んじゃ、いてやろう」
という戦略は烏合の衆「民主党」内での権力行使にはなかなか有効な戦略なのかもわからない。

小沢一郎。
なかなか器用な男だ。

チベット語Mac

2007年11月07日 06時56分10秒 | IT
アップル社のMacOS最新版がリリースされて2週間。

産経新聞の朝刊によるとそのOS、チベット語に対応したそうで、その言語部分を製作したのが大谷大学というのだからびっくりした。

大谷大学はお坊さん大学(もちろん生徒がお坊さんというわけではない)で、先生方には僧侶の方や、海外の仏教関係に精通されている方が多いと聞く。
したがって仏教で日本とのつながりも深いチベット語を専門にされる先生がいても不思議はないわけだが、それがMacOSの標準の言語環境に採用されるとは思わなかった。

尤も、どれだけの人がチベット語のMacOSを利用するのかは疑問だが、付け焼き刃的なバッタものではなくアップル社の正式商品なので、もしかしたらアップル流の中国帝国主義に対するメッセージなのかも分からない。

ちなみにMac使いの私としてはアプリケーション類で未だ対応していないものがあるので新OSのleopardはすぐには購入しないが、説明ビデオを見るとホント凄い。
これを見る限りコンシューマー商品としてMacOSは最も使い物になるコンピュータOSだと確信できる。
ま、あくまでもマイナーな存在ではあるけれども.........。