とりがら時事放談『コラム新喜劇』

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査察機長

2008年03月13日 06時12分59秒 | 書評
ヒコーキに初めて乗ったのは今から30年近く前、高校生の時だった。
期待に胸膨らませてワクワク気分で伊丹から搭乗したのがジャンボジェットB747。
尾翼についていた鶴のマークが眩しかった。
この頃の私はウブだったというか、御巣鷹以前ということもあったからか、平気で鶴マークのヒコーキに乗ってたのだ。
予断だが、鶴マークのヒコーキは現在、欠けた日の丸のマークに代わっている。
これは欠けたオレンジマークがシンボルだった大阪発祥の某大手スーパーマーケットを連想させる。
会社が傾くのはマークのデザインのせいかもわからない。

で、開港したばかりの成田空港へ向かう機内での私の感想は、
「なんじゃい、ヒコーキって、乗り心地は乗り合いバスと同じか?」
というもので、少しばかり失望したことを記憶している。

似たような乗り心地の乗り物。
乗り合いバスとヒコーキ。
似ているけれども両者はもちろん全然違う。
バスは墜落することはない(転落することはある)けれど、ヒコーキは一旦離陸してしまうと、着陸するか墜落するかの運命しかない。
この点が大きく異なるのだ。
したがって、ヒコーキのパイロットの方がバスの運転手よりも求められる条件が厳しくなるのは当然だ。

査察機長という職業があることを、小説「査察機長」を読んで初めて知った。
機長が職務に的確かどうかを定期的に査定する試験官みたいなもんで、この人にダメを出されると機長は副機長に降格、悪い場合は搭乗禁止になるらしい。

内田幹樹の作品はエッセイを除きそのほとんどが「サスペンス系」。
元ANA機長であった経験を活かしたその表現力はヒコーキファンはもとより、ヒコーキのことなどよくわからない一般読者をも魅了した。
そういう意味では「査察機長」は少しばかり異色の小説だ。

この作品はサスペンス小説ではない。
成田からJFKへ向かう国際線フライトでの査察を通じて、パイロットたちが置かれている日常の心理を巧みに描いている人間ドラマなのだ。
この小説はパイロット経験者、それもエアラインの、さらに機長を経験した者にしか描きえない凄みを備えている。
つまり作家・内田幹樹でしか描きえないドラマとも言えるだろう。

査察機長と二人の機長。
航空機の搭乗員というエリートと思われがちの職業が決して特別なものではないことを、私たち読者は知ることになる。
運行の安全とは何か、人を評価するとはどういうことなのか、会社とは、そして家族とは。
ごく普通のフライトは査察というミッションを通じてスリリングに、しかし心の深いところに響いてくる。

「エアラインの機長の平均寿命は定年退職後3年」

本初の中で作者自身がそう書いたように、作家・内田幹樹は66歳という若さで亡くなった。
その内田が残した最高傑作がこの小説「査察機長」であることは間違いない。

~「査察機長」内田幹樹著 新潮文庫~