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とりがら時事放談『コラム新喜劇』

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正義無き東京弁護士会の未来

2007年12月22日 07時09分13秒 | 社会
「安田弁護士に不備はない」

東京弁護士会の出した結論は社会を舐めきったものだった。

昨年、山口県光市の母子殺人事件の最高裁弁論を被告担当の安田弁護士が欠席。
審議ができなかった。
これに対して原告の本村氏が提出していた懲戒請求に対する第2東京弁護士会の回答が「お咎めなし」。

日本はここまで腐っていたのかと嘆きたくなるような結論だ。

弁護士会は知らない間に「人権派」と呼ばれる一般常識とはかけ離れた感覚の持ち主で構成されるようになった。
確かに、弁護士は被告原告の如何に関わらず依頼人に有利な条件へ運んで行くのが職務だろう。
しかし、だからといってルールを破り、モラルを無視し、礼を失するということも許されるのだろうか。
これでは先日のアジア野球で慣例ルールを破って知らぬ顔を決め込んだ韓国チームと同じではないか。

歴史上まれに見ぬ残虐犯罪を犯した元少年という大人。
それを「無実」とばかりに手段を選ばない手法で裁判をかき回す人の弁護士たち。
正義を振るえず、社会常識に則った判断も下せない弁護士会。
この国はいったいどこへ行くのか心配になってくる。

弁護士たちは一旦弁護士免許を取得できれば、よっぽどなことがない限り免許剥奪の心配がないと思い込んでいるのではないだろうか。
「ケッ、オレたちゃクビにはされないぜ」
て、ところだ。
この自信満々の構図は今話題の守屋元事務次官と山田洋行元専務宮崎某とが起こした事件に酷似している。
「おれは防衛省の重鎮で、権力者。逆らうヤツなどいやしない」
「オレは武器商人の山田洋行専務。オレの売上げを考えれば会社もクビにできないぜ」
などといった自信がまれに見ぬ汚職事件へと発展した。

「オレたちゃ弁護士。いったい誰が裁く権利を持ってるんだ。ケッ!」
という人たちの未来が明るくないことを祈るばかりだ。

キチガイに散弾銃

2007年12月16日 20時13分15秒 | 社会
「佐世保市内のスポーツクラブで男が銃を発砲」

と言うニュースを見たのは金曜夜、東京から戻る途中の新幹線の車内掲示板。

「おおお、またヤクザかいな」
と思っていたら違っていた。

ここのところ銃を原因とする事件が相次いでいる。
父親が手入れをしていた散弾銃を5歳の子供が操作。
引き金を引いたためか発砲して2歳の弟を射殺した。
だいたい、銃に弾を込めて手入れするというその感覚に疑いを覚えるが、その銃を放置したまま子供の手に届くところへ置いて席を離れる親も親。
同情の余地はまったくない。

今回の佐世保の事件も、
「危ないヤツが銃を持っとる」
という周辺住民からの訴えに警察が耳を貸さなかったからだとか。
警察や国の対応が注目されるところだが、非難される警察に同情の余地がないのも間違いない。

それにしても散弾銃がこうも一般的にあちこちの個人宅に保管されているとは思わなかった。
これでは「銃規制」がきっちりになされている国とは言えないだろう。
厳しい精神鑑定を受けなければ所持も許されないはずの散弾銃。

現代は「キチガイに刃物」から「キチガイに散弾銃」。
まったく落ち着いてジムにいることもできない時代になったもんだ。

2007年流行語大賞

2007年12月03日 21時02分15秒 | 社会
朝日新聞のネット版によると現代用語の基礎知識による今年の流行語大賞に下記の2点が選ばれた。

・「どげんかせんといかん」(宮崎県そのまんま知事)
・「ハニカミ王子」

「ハニカミ王子」はともかくとして「どげんかせんといかん」という言葉が果たして流行語大賞にふさわしいかどうか疑わしい。
どちらかというと「アサひる」なんてのが流行語大賞にぴったりだと思うのだが。

さすがに流行語大賞。
朝日新聞に採り上げてもらうには「アサひる」はきつ過ぎるというものか。

メイドさん東西対決

2007年11月14日 06時49分02秒 | 社会
アキバ(東京)のメイドさんと日本橋(大阪)のメイドさんのどっちがかわいいのか。

当とりがら時事放談にしては軟弱な話題ではあるが、最近ちょくちょく秋葉原と日本橋の両方を訪れているので(というよりも通過しているので)さすがの私でもメイドさんが目に付き、ゆる~いテーマとして取り上げたのだ。
で、結論を言ってしまうと、私が大阪人だからという理由が優先しているわけではないが、日本橋のメイドさんの方が数では劣るがかわいらしさでは勝っているとの結論に達した。

このメイドさん東西対決に対する回答の理由は以下の通りである。

1.東京言葉より、関西弁の方が温かみがある。
     昔、志賀高原にスキーに行ったとき「関西の女の子ってかわいいよね」と関東方面からやってきていた大学生風の男も証言していた(私も大学生だった)ように、関西弁は関東弁に比べて女性的で、耳に柔らかく聞こえるため(場合によっては必要以上にキツク聞こえることもあるので注意)。
     なお、ちゃきちゃきの江戸っ子メイドさんというのがいたら、ある意味、ボケツッコミ浪速っ子メイドさんの強敵になること間違いなし、と思われる。

2.メイドファッションがもともとギドギドの関西ファッションにマッチしている
     メイドファッションというのは70~80年代女性アイドルがリカちゃん人形のようなチャラチャラした衣装で歌って踊っていたことの延長線上にあるのと同時に、非常に目立つ奇異な格好であることも間違いない。
     こういうファッションはもともと原色系や強コントラストを好む関西独特のファッションにマッチしており、メイドファッションに関しても、その独特の個性が活かされているからではないか、という推測がある。

このように街角、駅前でチラシ何ぞを配っているメイドさんを比較した場合の対決についての私の結論は西高東低といったところなのだ。
尤も、メイドカフェやメイドマッサージなんぞに行ったこともなく、店の中にいるメイドさんについては研究不足なのでよくわからない。

そのうちに台北(台湾国)のメイドさん、バンコク(タイ王国)のメイドさんと国際的な比較をしてみたいな、と思っているところだ。

なお、このネタ、40代オッサンが真面目に書くネタではないようにも思うのだが、ま、ええか。


大江健三郎という名の知的犯罪者

2007年11月09日 22時00分49秒 | 社会
オウム真理教(現アレフ)が無差別殺戮事件を起こしたとき、一番驚いたのはあの常識外れのカルト集団に高学歴者が数多く所属していたことだった。
とりわけ東京の地下鉄サリン事件に関与した主犯格の連中は東大をはじめ旧帝大やそれに準じる私学の出身者が存在した。

私たち一般人はその時「学歴と真の優秀さには関連性はない」ということと「戦後教育の壊滅」という社会的事実を痛感した。

つまりいくらレベルが高いと言われる高校や大学を卒業していたとしても、人間としての尊厳にはなんら関係しないということを。

大江健三郎というノーベル賞受賞経験のある作家の場合もまさにこのカテゴリーに分類されるのではないかと思われる。
しかも、彼の場合も確信犯的犯罪を「知的」に犯すところはオウム事件の主犯者たちとなんら代わることはない。

今日、大阪地裁で展開された大江健三郎に対する証人質問は新聞記事に目を通す限り「言葉遊び」の感がある。
その中には誠実さも真実を追究する真心もまったくなく、ただ単に知的へ理屈者がとうとうと述べる「もっともらしいウソ」がちりばめられていたのだ。

「隊長とは言っていない。日本軍が命令したと言っている」
「参考資料を読み、執筆者に会って結論にたどりついた」
「訂正するつもりはない」

実地に取材もせず、どういう思想を持ったかも分からない輩の話を取り上げ、自分が気に入らないだけで「軍は悪」と決めつける考え方はもはや犯罪としか言いようがない。
もしこれが新聞記者の筆によるものであれば、ジャーナリズムの崩壊にほかならない。
なぜなら、
「自分で直接聞き取りせず」
「他人の意見を鵜呑みにし」
「裏もとらずに」
「信じ込んだ」
「しかも、そのミスを認めない」
というウソを書き、そのウソを認めないのは何か得体のしれないものを信じ続けてでもいるのではないか、と疑いたくなるような説得力がある。

自分の目で確かめもしていない、取材さえしていない「空想作家」に何の権利があるというのだろう。
あるとしたら「知的犯罪者」と呼べる資格だけだ。

昭和ブームは老齢化

2007年11月03日 09時09分14秒 | 社会
世の中は「昭和ブーム」だそうだ。

映画もテレビも漫画も小説も「昭和時代」を回顧している。
こういうヘンチクリンなところはアメリカの「50年代懐古趣味」と非常に似通っていて面白い。
これは昭和時代が平成時代の今と比べて輝いて見えるからに違いなく、昭和を知る三十代以上の世代にとって「戻りたくても戻れない」青春時代と重なってよりいっそうの輝きをもって目に映ってくるのかもわからない。

私ももちろん昭和生まれ。
大阪万博で「迷子ワッペン」を胸に付けて両親や田舎から出てきた従兄弟のお兄ちゃんやお姉ちゃんに引きずられるように歩き回ったことを辛うじて覚えている世代だ。
万博で初めて目にした外国人。
万博の頃に初めて乗せてもらった新幹線。
万博の頃に初めて行ったスーパーマーケット。
万博の頃に初めて写してもらったカラー写真。
万博へ行くのに初めて乗った地上を走る地下鉄。
などなど。
今思い起こせば、この私でも万国博覧会を中心に昭和時代が輝いて見えなくもない。

しかし、皆さんもご存知の通り、私は天の邪鬼。
世間が「懐かしい」と思うほど昭和時代を懐かしいと言う気持ちに包まれることはまったくない。

というのも現在は仕事が忙しく今にしか関心が持てないことが原因していると思うのだ。
懐かしがって昔を振り返っている暇はない、というのが日常かもしれない。
しかしそれ以上に「昔話」に凝り固まるというのはどうも「老人の戯言」にしか聞こえないこともあり、懐古趣味に浸る気持ちにならないのだろう。

ご多分に漏れず、うちの会社にも大手企業や官庁を退職して「コネ」で入社してくるご老人方がいらっしゃる。(これを「天下り」「引き取り社員」と人の言う)
その人たちのだいたい9割が仕事では使い物にならず、ただただ「昔は良かった」という話をする人たちなので絞め殺したくなってくるのだ。

「○紅じゃ、こんなことはしなかったよ」
というような文句か愚痴かつかないような「アドバイス」をしてくれるA部長。
「うちはそんな『ご立派な会社』じゃありませんからね」と思わず口をついて出て来そうになってしまう。
「あんた、ゴルフやってるだけやん」
ともツッコミそうになるのだが、そこを我慢するのが大変だ。

「○松製作所の技術はそんな生易しいもんじゃない」と宣うオッサンなんかも「生易しくないのについていけないから、アンタうちに片道出向してきたんでしょ」
と言いたくなるが、これも我慢。

「君らが学生やった頃、ボーナスなんか、こう袋ごと立ったもんだ」
なんて言うジジイは市中引き回しのうえ打ち首獄門に処したいくらいになるが、そういうわけにもいかないから「私は勢力隆々で元気ですから毎朝立ちますよ」と下ネタ冗談を言うのが関の山だ。

ということで老人の戯言に聞こえて仕方がない「昭和ブーム」。
これって日本社会の老齢化なんでしょうかね。

赤福浜田会長の謝り方

2007年11月02日 06時46分53秒 | 社会
「責任は会長の私にあります」

と腕を組みながら謝罪したのは不祥事が発覚して一ヶ月も経過した伊勢の名物「赤福餅」の浜田会長。

本人の弁によると、物すごく反省しているそうだし、浜田家が今後経営から手を引くことも考えているそうだが、見た目にはこの期に及んで威張っているとしか見えない。
摩訶不思議な謝罪記者会見だった。

なんでもこの人「こういうこと」が行われていたということは認識がなく、会長であるにも関わらず知らなかったというのだからあきれ返る。
会社ぐるみ、組織的に実行されていた犯罪を経営最高責任者が知らなかったというのだから、ウソに決まっている。
これも創業家を守りたいがためのウソだろう。
だから「浜田家が経営から手を引く」なんてことも考えていないし、「うまくいけば、そのうちほとぼりも冷めるだろう」という下心がにじみ出いた会見だった。

腕組み会見。
「おれが謝ってんだから、許すんだぞ。お前ら」
と命令しているように聞こえたのだが..............。

おっと、ここまで書いたらナベツネの顔が浮かんできたぞ。

歪曲歴史教科書の復活運動

2007年10月31日 06時56分09秒 | 社会
「日本はアメリカに勝てなかったのに、ベトナムはなんで勝てたんでしょうね?」
と訊ねた私にベトナム人のおじさんはひと言いった。
「日本人はみんなそんなこと言うけど、本気なの?」

ベトナムから戻ってきてつらつらと考えてみると、ベトナム戦争と大東亜戦争はまったく違うことに気がついた。

ベトナム戦争は一種の独立戦争で、勝たなければ国家は分断されたまま。
大東亜戦争は一種の経済戦争で、勝たなければ経済的優位が保てない。
ベトナム戦争でベトナムの敵は最初はフランス、その後はアメリカで戦う相手は常に一国。
大東亜戦争での日本の敵はアメリカ、イギリス、中国、オランダ、そして末期にソ連とフランスが加わった。向かうところ敵ばかりの状態だった。
ベトナム戦争ではベトナムを中国とソ連が支援したが、大東亜戦争では日本を支援してくれた国はなし。
ドイツとイタリアとタイが同盟国だったが、タイ以外のアジアには独立国がなかったので日本を支援するにもできなかった。

こう考えてみると日本には友達がいないように見えるが、時代が違う。
戦争の理由が違う。
などの様々な特徴があるのだ。

こういう具合に私が40歳近くもなってベトナム人のおじさんにたしなめられたのは、ちゃんとした歴史教育を受けていなかったからかも分からない。(歴史の時間は居眠りをしていたのだ)

日本の歴史教育では大東亜戦争の理由を「侵略戦争」などと抜かしているが、経済的な覇権をめぐる紛争だったというのが真実だろう。
アジア全域に経済的影響力を及ぼし始めた新興国日本の利権と既存の欧米列強の利権とがぶつかり合ったのがこの時期。
この日本の力を封じ込めるためにあの手この手を使い始めた欧米列強が最後にとったのが完全なる経済封鎖だった。
(このあたりを教えない歴史教育は無意味だ)

この経済封鎖を破壊するために死活問題として始めた日米戦争が地球の1/3に及んでしまったというのが事実なのに、日本の歴史教科書はなぜか「侵略戦争」になっている。
アホか。まったく。

ところで、この間違った教科書が最近ちゃんとした方向に訂正され始めると、それに噛みつく不可思議な人たちも出現しだした。
先週末「教科書の改悪の訂正を要求する」と教科書会社の執筆者が文科省に要望書を提出した。
いわゆる沖縄戦の自決命令に関する記述だ。

この歴史上無かったという「軍による自決命令」を長年事実として教科書に載せ続けたのはノーベル賞受賞者の大江健三郎を初めとする「文化人」と呼ばれる人たちだ。
この「文化人(頭の中は原始人)」には「賢そうで人のよさそうな顔」をして「実は大馬鹿野郎」の「大嘘つき」という特徴がある。
例えば先々週の沖縄での「教科書改悪反対の集会」でも、出席者の発表を10万人と叫んでいたが、実際は1万人以下(週刊誌報道)。
甲子園を埋め尽くすタイガースファンの4分の1以下だった。

表情が「賢そうで人がよさそう」なので、聞いているこっちも「え?ホンマですか?」と信じ込んでしまいそうになるが、なんせ言ってることは「大馬鹿野郎」なので調べれば「ウソ」が簡単にばれてしまう仕組みになっている。
本当にお気の毒ではある。

そういえば教科書の検定に文句をつけた教科書会社の執筆者なる高校の先生は体形と雰囲気が先日クビになった山口県光市の母子殺人犯人の元少年の今枝弁護士と酷似している。

もしかすると教科書論争の結末は、
「ドラえもんがでてきて『自決しろ』と言いました」
になるのかも分からない。

ああ、恐ろし。

ヘリ墜落の衝撃

2007年10月27日 20時37分54秒 | 社会
大阪航空という会社のヘリコプターが私の住んでいる町「堺市」内の南海電鉄高野線の線路上に墜落。
今も高野線は不通のままだ。

私の場合、南海高野線が不通になってもあまり困らないところに住んでいる人は問題ないが、和歌山県の橋本市や高野山に住んでいる人たちは大変だろう。
したがって弘法大師空海も難波に映画でも見に出かけていたら高野山に帰ることができないことであった。
幸運なことに空海さんは遥昔の人なので南海高野線のトラブルの影響を受けることはないが、現代人は大変だ。

振替輸送でJR阪和線+和歌山線を利用して帰宅できなくはないが、高野線の倍の商用時間が必要だ。

それにして大阪航空。
大丈夫か、この会社。

ここ数年の間に、何度か航空機事故を起こしているこの大阪航空は、本当に危ない会社だ。
JALなどお呼びでないくらい危険な航空会社なのだ。

この会社は、近畿圏では有名な会社で、交通情報や広告、地質調査などでは必ず名前の出てくる会社なのだ。
立地している場所、八尾空港は大阪にあるコミューター機(および陸上自衛隊機)専用では国内最大の空港で、首都圏を含む地方の人にしてみれば、
「関西にはいくつ空港があるねんな?」
という疑問を抱かせるような空港だ。

国内最大ということもあり、周辺には多くの航空会社があるが、その中でも大阪航空は一番大きい会社なのではないか、と思えなくもない。
ただ大阪航空などという中途半端な名前なので、ワープロ入力の時に大阪空港とタイプしてしまうヤヤコシサが存在する会社でもある。
今回の事故で南海電車の被害は少なくないだろう。
事故で生じた補償費を支払う能力がこの会社にあるかどうか、疑問である。
是非とも南海電鉄には思いっきり補償費を請求していただき、自らの怠慢さで設置されていない堺市内の駅にエスカレーターを設置していただきたいものだ。

それはともかくこの事故で一番驚いたのはテレビのニュースで「ご迷惑をおかけしました」と話している大阪航空の担当者さんが、かつて私と同じ英会話スクールに通っていたM氏であったことだ。
「えええ!Mさんやん!」
私はテレビの画面を指さしながら叫んでしまった。
そして、もっと私を驚かしたのは10年以上見かけない間にM氏の容貌がすっかり変わっていることであった。
つまり、おつむのものがすっかり寂しくなっていたことが衝撃的なのであった。

大阪航空。
事故多発のこの会社の勤務環境は決して楽でないことを私は痛く感じた次第である。


NOVAと酷似の大型書店

2007年10月25日 06時33分20秒 | 社会
英会話スクールのシェア50%。
NOVAが青息吐息だ。

以前ここに書いたことがあるように私もかつてはNOVA生徒。
通算3年ほど通って月謝制の今のスクールに移ってきた。
したがってNOVAの状況は他人事とは思えないものがある。
つまり関心もあり、やっぱりか、という感じもしなくはないがチケット制英会話スクールのビジネススタイルを確立した企業が苦境に陥っているのは、やはり見るに堪えないものがある。

考えてみればNOVAのチケット制という方法は企業を大きくするためだけの制度ではなかったのか、と思えなくもない。
チケットを買わすことによりその資金で次のスクールを開校させ、そこで集めた生徒(顧客)にチケットを買わせて資金にする。
そして新たなスクールを開校させて......という繰り返しだったのだ。
増殖が止まれば会社は傾く。
膨れ上がった会社はそれなりの社会的影響力を持つものだし、投資額が巨大になるので銀行もおいそれと手を引き分けには行かない。
ま、一種のバブルか自転車操業かというわけだ。

このNOVAビジネスに似たビジネスモデルが、近年増殖した超大型書店。

図書館顔負けの蔵書数(在庫数)を誇り、従来の書店スタイルを一掃して立ち読みならぬ「座り読み」のテーブル席まで設けている大型書店だ。
ご存知のように書籍というのは一部を除き委託販売なので書店は大きくても、在庫が多くても、場所提供だけなので金がかからない。
10万冊の在庫があっても書店が10万冊を仕入れて販売しているわけではないので何十億円も資金は要らないのだ。

その費用は出版社の負担になっていて、書店の数が多いほどコンビニのおにぎりと同じ理屈で同じ書籍がたくさん店頭に並んでいるという格好になる。
この書籍が書店維持の保証になっている。
つまり多くの書籍を人質にして大型書店は「うちが潰れたら、在庫が帰って来まっせ。困りますやろ。」と脅しを書けているのだ。

なんでも最近出版されたある本によると「ルールを作ったものが事業に成功する」ということらしいが、こういう成功事例はあまり歓迎されないのかもわからない。