人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

朝日新聞「片山杜秀の蛙鳴梟聴」を読んで思うこと ~ ブルックナーの交響曲は前近代と超近代のハイブリッド / 結城真一郎著「プロジェクト・インソムニア」を読む ~ 夢の世界で共同生活を営む人体実験

2024年09月21日 00時01分09秒 | 日記

21日(土)。19日付の朝日新聞朝刊 文化欄に、エッセイ「片山杜秀の 蛙鳴梟聴(あめいきょうちょう)」が掲載されていました タイトルは「ブルックナー生誕200年 鵺のごとき交響曲 溺れすぎ注意」です 

片山氏は慶應義塾大学法学部教授であり政治学者であり音楽評論家でもあることから、多方面で活躍しています    他の評論家と異なる視点からの評論は意外性がありながら説得力があり、いつも興味深く拝読しています 今回も、末尾で次のように書いています

「ブルックナーの交響曲はいかにも近代の交響曲のようだが、中身はやはり前近代と超近代のハイブリッドだ。鵺(ぬえ)だ。キメラだ。妖怪だ ベートーヴェンとワーグナーが一緒にいるかのようなその交響曲群に魅了されぬ音楽ファンはどうかしている が、溺れたら帰ってこられない 船で旅するオルフェウスは、海に引きずり込もうと誘惑してやまない怪物セイレーンの圧倒的美声を、自らを柱に縛り付けながら聴いたという 音楽とはそのくらい危ないもの。我の失いすぎに注意しましょう

確かに、ブルックナーとマーラーは「溺れたら帰ってこられない」と思います

ところで、本文の中に「当時の最先端。歌劇『トリスタンとイゾルデ』の神秘的浮遊感に溺れる」という記述があり、これについて、ある読者がX上で「片山氏ともあろう人が、歌劇『トリスタンとイゾルデ』と間違いを書いている 楽劇『トリスタンとイゾルデ』とすべきではないか」と投稿していて、よく読んでいるなあと感心しました

リヒャルト・ワーグナー(1813-1883)の主なオペラ・楽劇は以下の通りです

歌劇「恋愛禁制」(1835~36年)

歌劇「リエンツィ」(1838~40年)

歌劇「さまよえるオランダ人」(1841年)

歌劇「タンホイザー」(1843~45年)

歌劇「ローエングリン」(1846~48年)

楽劇「トリスタンとイゾルデ」(1857~59年)

楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(1862~67年)

楽劇「ニーベルングの指環・四部作」(1853~74年)

つまり、ローエングリンまでが歌劇(オペラ)で、「トリスタンとイゾルデ」以降が楽劇(ミュージック・ドラマ)ということになります なお「楽劇」とは従来のアリア偏重主義を排し、音楽と劇内容との一体を図ったものと解釈されています

一方、私が読んでいて気が付いたのは、「ベートーヴェン」の表記です 例えば、朝日新聞の吉田純子編集委員が朝日紙上で執筆するエッセイや、一般の記事では「ベートーベン」と表記しています これは朝日の編集方針によるものです。しかし、片山氏の上記のエッセイでは「ベートーヴェン」と表記しています 私の想像では、原稿の段階で片山氏が「ベートーヴェン」と表記したのを、朝日の校閲段階で「べートーベン」と直したところ、本人のチェックが入り「ベートーヴェン」のままで掲載することになった、のではないかと思います その理由は、もともとのドイツ語表記は「Ludwig  van  Beethoven」であり、「Ludwig  van  Beethoben」ではないからです 私も一貫して「ベートーヴェン」で通しています

ということで、わが家に来てから今日で3539日目を迎え、トランプ前米大統領は19日、再選を目指す11月5日の大統領選で民主党候補のハリス副大統領に敗れた場合、イスラエルは2年以内に消滅する可能性が高いとし、民主党を支持する傾向にあるユダヤ系米国人にその責任の一端があると述べた  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

     

     トランプが再選されたら ネタニヤフは これ幸いに無差別殺人を強化するんじゃね

         

昨日は娘が外食だったので、夕食は「野菜とモッツァレラチーズのサラダ」「山芋の味噌汁」を作り、「刺し身の盛り合わせ」と一緒に食べました 料理とは言えない究極の手抜きです 山芋はスライスせず擦り降ろしましたが、とても美味しかったです

     

         

結城真一郎著「プロジェクト・インソムニア」(新潮文庫)を読み終わりました 結城真一郎は1991年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。2018年「名もなき星の哀歌」で新潮ミステリー大賞を受賞してデビュー 2021年「#拡散希望」で日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。同短編を収録した「#真相をお話しします」で、2023年本屋大賞ノミネートされる

     

本書は2020年7月に新潮社から単行本として刊行され、2023年に文庫化されました

日常生活の中で突発的に睡魔に襲われ眠り込んでしまう睡眠障害(ナルコレプシー)のせいで失業した蝶野恭平は、中学時代の友人で、夢に関する研究開発を行っているソム二ウム社に勤める蜂谷から、同社が社運を賭けて進めている極秘人体実験「プロジェクト・インソムニア」に参加してほしいと持ち掛けられる その内容は、年齢・性別・属性の異なる複数の人物が、極小マイクロチップを頭部に埋め込み、同じ夢の世界の中で90日共同生活を営むーというものである 実験に参加した蝶野は「ユメトピア」と名付けられた夢の世界の中で生活を始める。「ドリーマー」と呼ばれる被験者たちは、自分が夢の中にいるという明晰夢状態を維持したまま、潜在意識によって理想の夢の世界を創造することが出来る 被験者は「クリエイト」という能力によって、現実には存在しない架空のものまで自由に生み出せる 夢の世界では何をやっても法律で裁かれることはないので、秩序を維持しているのは各自の倫理観のみだが、被験者の一人ナメリカワテツロウという男が反社会的な願望を口にするのを聞いて、蝶野は不安を覚える ある日、「ユメトピア」の中で包丁を突き立てられて倒れている男が発見され、中空から「1人目」と書かれた紙きれが舞い落ちてきてすぐ消えるという事件が起こったことをきっかけに、次々と異常な事件が発生し、夢の世界で起こったことが現実の世界でも起こり、被験者が次々と消えていく 彼らは身の危険を感じ、お互いに疑心暗鬼に陥る 果たして連続殺人の犯人の正体は? その動機は?  最後に驚愕の真相が明らかになる

本書は現実の世界と夢の世界とが混然一体となってストーリー展開していくので、注意深く読み進めていかないと混乱します 唯一のヒントは、「ユメトピア」だけに生息する『胡蝶』の存在です 『胡蝶』は今いるところが「夢の世界」だということを証明する絶対的なシンボルです ドリーマーは『胡蝶』から100メートル以上離れることが出来ないので、ドリーマーは常に胡蝶の存在を意識しながら「夢の中で」行動することになります しかし、被験者の誰かが『胡蝶』を捕らえ、「クリエイト」の能力を使って創造した「偽の胡蝶」を操ったらどうなるか・・・混乱の世界が待っています

どんでん返しに次ぐどんでん返しの結末に、思わず唸ってしまいます あらゆる場面に巧みに伏線が張られており、最後に次々と回収されていきます 千街唱之氏の「解説」によると、2022年現在、ミステリファンの間では「特殊設定ミステリ」という言葉が定着しており、結城真一郎の本書も「物語の舞台の一つは夢の中の世界」であることから、そのジャンルに含まれる作品である、と述べています ミステリーファンにお薦めします

         

今日は午後3時から(東京シティ・フィル)と6時から(東響)のコンサートのハシゴです 住吉の「ティアラこうとう大ホール」から溜池山王の「サントリーホール」への移動がスムーズに行って 東響定期に間に合うか? それが問題だ

     

     

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ファビオ・ルイージ ✕ アレッサドロ・タヴェルナ ✕ NHK交響楽団でシューマン「ピアノ協奏曲」、ベートーヴェン「交響曲第7番」、シューベルト「イタリア風序曲第2番」を聴く

2024年09月20日 00時01分52秒 | 日記

20日(金)。9月下旬を迎えるのに、まだまだ夏の猛暑が続いています 昨日の日経は「気象庁によると、18日の東京都心は正午までに35.1度を観測し、これまで最も遅く観測された1942年9月12日以降で最も遅い猛暑日となった」と報じています 昨日も蒸し暑かったし、天気予報では今日も猛暑になり、記録を更新しそうだと言っています そこで掛詞(かけことば)を考えてみました

記録的猛暑と掛けて何と解く?

⇒ モーツアルトの音楽と解く

その心は?

⇒ どちらもアキがこない

分かりますよね?  秋と飽き

ということで、わが家に来てから今日で3538日目を迎え、東北新幹線は19日午前8時7分頃、東京方面へ向かっていた「はやぶさ・こまち6号」が宮城県大崎市を走行中、はやぶさ号とこまち号を連結していた部分が外れ、緊急停止し、午後1時12分に約5時間ぶりに運転を再開した  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

     

     シンカンセンが脱線しなかったのは不幸中の幸いだったけど  あまりカンシンセンね

         

昨日、夕食に「アスパラ、豚ロース、ジャガイモ炒め」「生野菜とチーズのサラダ」「舞茸の味噌汁」を作りました 「アスパラ~」はベーコン・ブロックを買うつもりが、間違えてロース・ブロックを買ってしまいましたが、まったく問題なく、美味しかったです

     

         

昨夜、サントリーホールでNHK交響楽団9月度Bプロ定期公演(1日目)を聴きました 新シーズン1回目の公演です 前シーズンまでBプロは2日目公演の会員(1階席後方)でしたが、他のオケの日程との関係で1日目の会員(2階席前方)に変更しました 通路側なので満足しています

プログラムは①シューベルト「イタリア風序曲 第2番 ハ長調」、②シューマン「ピアノ協奏曲 イ短調 作品54」、③ベートーヴェン「交響曲第7番 イ長調 作品92」です   演奏は②のピアノ独奏=アレッサドロ・タヴェルナ(コロナ感染で降板のエレーヌ・グリモーの代役)、指揮=ファビオ・ルイージです

     

オケは14型で、左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後ろにコントラバスという いつものN響の並び コンマスは特別コンサートマスターの篠崎史紀です

1曲目はシューベルト「イタリア風序曲 第2番 ハ長調」です この曲はフランツ・シューベルト(1797-1828)が1817年に作曲、1818年3月1日にウィーンで初演されたといわれています

ルイージの指揮で演奏に入ります 軽快なテンポと歌心はシューベルト的というよりも、当時ウィーンの街を席巻していたロッシーニ風と言うべき曲想です オーボエの吉村結実、フルートの神田寛明、クラリネットの伊藤圭の「黄金の木管トライアングル」の演奏が冴えていました

2曲目はシューマン「ピアノ協奏曲 イ短調 作品54」です この曲はロベルト・シューマン(1810-1856)が1841年(第1楽章)と45年(第2・3楽章)に作曲、1846年1月1日にライプツィヒで初演されました 第1楽章「アレグロ・アフェトゥオーソ」、第2楽章「インテルメッツォ:アンダンティーノ・グラツィオーソ」、第3楽章「アレグロ・ヴィヴァーチェ」の3楽章から成ります この曲はモーツアルト「ピアノ協奏曲第23番 K.488」とともに大好きなピアノ協奏曲なので期待が高まります

ピアノ独奏のアレッサンドロ・タヴェルナは1983年、イタリア・ヴェネチア生まれ 2009年リーズ国際ピアノコンクール第3位入賞 ミュンヘン・フィル、ミラノ・スカラ座フィル、ロイヤル・フィルなど主要オーケストラと共演を重ねています

ルイージの指揮で第1楽章に入ります タヴェルナのピアノはどこまでもクリアで、どんなに速く弾いても、どんなに強く弾いても、音が濁ることがありません 極めて繊細で知的なピアニストという印象を持ちました 第2楽章では独奏ピアノの弱音の美しさが際立ちました 第3楽章は一番好きな楽章ですが、終始ピアノとオケとが休むことなく対話を続け、流麗な音楽が展開するところが堪りません とくに終結部に向けての対話はテンポ感も良く、本当に素晴らしく、理想的な演奏でした

満場の拍手とブラボーが飛び交う中、カーテンコールが繰り返され、タヴェルナはJ.S.バッハ(ペトリ編)「羊は安らかに草を食み」を穏やかに演奏、聴衆のクールダウンを図りました

     

プログラム後半はベートーヴェン「交響曲第7番 イ長調 作品92」です この曲はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)が1811年から12年にかけて作曲、1813年12月8日にウィーン大学講堂で公開初演されました 第1楽章「ポーコ・ソステヌート ~ ヴィヴァーチェ」、第2楽章「アレグレット」、第3楽章「プレスト」、第4楽章「アレグロ・コン・ブリオ」の4楽章から成ります この曲は、かつて一世を風靡したTVドラマ「のだめカンタービレ」のテーマ・ミュージックとして有名になりました この番組を観て、誤って(?)音楽の世界に飛び込んだ若者も少なくなかったと思われます

弦楽器は16型に拡大し、ルイージの指揮で第1楽章に入ります この曲でもオーボエの吉村結実、フルートの神田寛明の演奏が冴えています 硬いマレットで打ち込まれる植松透のティンパニが心地よいリズムを刻みます ルイージはアタッカ気味に第2楽章に入りました ヴィオラ、チェロ、コントラバスの中低音が素晴らしい音色で演奏されます 第3楽章ではホルンとトランペットが活躍します 驚いたのは第4楽章です。ルイージは超高速テンポで突っ走ります この速さは私の予想をはるかに超えていました マリオカートで競争したら マリオ、ピーチ、ヨッシー、クッパ、ドンキーコングを押さえてルイージがダントツ1位です   終盤におけるチェロとコントラバスの重厚な”うねり”が堪りません 管楽器が咆哮し、ティンパニが炸裂し、弦楽器が渾身の演奏を繰り広げ、有無を言わさぬスピードでフィナーレを駆け抜けました

満場の拍手とブラボーがステージに押し寄せ、カーテンコールが繰り返されました ルイージらしい集中力に満ち、メリハリの利いた演奏でした

     

     

     

     

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ウマヅラビデオ+コヤッキースタジオ+世界ミステリーChほか著「『もしトラ』で蠢く世界の黒幕」を読む ~ 様々な陰謀論を読み解く / 「本を読まない」6割超の現実 ~ 朝日新聞の記事から

2024年09月19日 00時03分14秒 | 日記

19日(木)。昨日の朝日新聞朝刊に「『本読まない』6割超 ~ 国語世論調査   スマホ・ゲームに時間」という見出しの記事が載っていました    超略すると以下の通りです

「文化庁が17日に発表した2023年度の『国語に関する世論調査』(今年1~3月実施)によると、1か月に電子書籍を含め何冊の本を読むかという問いに対して62.6%の人が『読まない』と答えた    過去の調査では5割を超えたことはなく、前回18年度は47.3%だった    どのように本を選んでいるかを尋ねたところ、書店で手に取りながら選ぶ人は57.9%(前回66.7%)、インターネットの情報で選ぶ人は33.4%(同27.9%)だった    読書量については、69.1%が『減っている』と答えた     その理由は、スマホやゲーム機など『情報機器で時間が取られる』が43.6%(同36.5%)で最多だった

この記事では、「読んでいる人は、月に平均何冊読んでいるか」のデータが紹介されていない(元々調査していない?)ので、何とも言いようがありませんが、過去5年間の自分自身の読書量を調べてみると次の通りでした

2019年=63冊(月平均5.25冊)

2020年=70冊( 〃 5.83冊)

2021年=49冊( 〃 4.08冊)

2022年=70冊( 〃 5.83冊)

2023年=49冊( 〃 4.08冊)

2024年=75冊( 〃 8.33冊)※9月18日現在の実績。

以上のデータから大雑把に判断すると、月平均4~5冊読んでいることになります 宮城県に単身赴任している息子は電子書籍で読んでいるようです 娘はたま~に読んでいる気配です なお 私の場合、本はすべて「書店で手に取りながら」選んでいます

ということで、わが家に来てから今日で3537日目を迎え、米共和党のトランプ前大統領が、15日の「暗殺未遂事件」を誘発したのは自身を攻撃する民主党による「扇動的な言葉遣い」に原因があると主張し始めた  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

     

     犯人は2016年の大統領選でトランプに投票したが その後に失望したと言ってる

         

昨日、夕食に「真鯛のアクアパッツァ」「鮪の山掛け」「生野菜とアボカドのサラダ」「大根の味噌汁」を作りました アクアパッツァは久しぶりに作りましたが、美味しくできました

     

         

ウマヅラビデオ+コヤッキースタジオ+世界ミステリーChほか著「『もしトラ』で蠢く世界の黒幕」(宝島SUGIIOI文庫)を読み終わりました ウマヅラビデオは陰謀論や都市伝説を扱うユーチューバー。コヤッキースタジオは都市伝説を紹介するユーチューブチャンネル。世界ミステリーチャンネルは世界の歴史を中心とした神話、伝説、宗教にまつわる動画を紹介するユーチューブ・チャンネルです

     

本書は2023年7月に宝島社から刊行された単行本「ついにわかった!世界の黒幕 その最終真実」を改訂・改題し、2024年9月に文庫化したものです

「はじめに」が「国際情勢ファクト研究所」という実態不明の組織名で執筆されています。超略すると次の通りです

「いま世界は、新型コロナウイルスのパンデミック、ロシアのウクライナ侵攻に続いて、3度目となる”ディープ・インパクト(衝撃)”を迎えている それが「AI(人工知能)」だ。2023年3月、AI生成ソフト「チャットGPT」の最新有料版がリリースされ、わずか2か月でユーザー数が億を突破するほど普及した チャットGPTを中心としたAIソフトの普及で社会や産業構造が激変するのは間違いない 問題なのは、この『有能すぎるAI』が、人間から思考力を奪い、AIが設定したプログラム通りに動く『生きたロボット』にしかねない点にある もし、このAIに意図的に命令を下す『存在』がいたとすればどうなるか 世界規模の『独裁者』となり得るのではないか。それを目的で『有能すぎるAI』をばら撒いたとすれば、これこそディープ・ステート(闇の政府:世界の黒幕)の『最終陰謀』ではないだろうか 本書は、ディープ・ステートの目論む『最終陰謀』と『最新陰謀』を中心に、人物、組織を細かく項目ごとに分け、コンパクトにまとめている 本書が、陰謀にまみれた『AI時代』に備える一助になれば幸いである

本書は次の各章から構成されています

序章「『もしトラ』の背後で蠢く世界の黒幕たち ~ トランプ敗北を狙った世界を巻き込む大陰謀」

第1章「『シン・黒幕』たちの最終真実」

第2章「家畜国家『日本』の現実」

第3章「世界の『支配者』たちの最終真実」

第4章「世界を支配する『組織』の正体」

第5章「世紀の『大陰謀』の衝撃真実」

著者は序章「『もしトラ』の背後で蠢く世界の黒幕たち」の中で次のように書いています

「なぜ、米大統領選におけるドナルド・トランプ人気は高いのか? それは『トランプ VS ディープ・ステート(世界の黒幕)』という構図になっているからなのだ ここでいう世界の黒幕とは、トランプが2016年米大統領選の勝利後から大統領に就任して以降、幾度となく世界に発信した『クリミナル・ディープ・ステート(犯罪的な闇の政府)は存在する』に由来する 現在、トランプと大統領の座を争っているのは、民主党のカマラ・ハリスではなくディープ・ステートとなっているのだ

それでは、その「ディープ・ステート(世界の黒幕)」とは何なのか? 第1章「『シン・黒幕』たちの最終真実」の中で、著者は次のように書いています

「ディープ・ステート(世界の黒幕)とは、ひと言で説明するならば『究極のファシスト』の集団となる 国境、民族、あらゆるものを乗り越えて世界を『一つにまとめる』。一つの国歌、一つの皇帝(支配者)、一つの宗教、一つの言語、一つの法律、一つの単位(年号)、そして一つの価値観・・・。文化や文明、国家によってバラバラになっているそれらを『一つに統合』しようと企む努力なのだ この『一つに束ねる』はイタリア語でファッシといい、ファシズムの語源となる。このファッシ化をハイレベルで実現した古代ローマ帝国を理想とし、ディープ・ステートは、すさまじい陰謀を駆使して『ローマ帝国』を復活させ、世界を『ひとまとめ』にしようとしている

それでは、その「究極のファシスト集団」の実態とは何か? 著者は第4章「世界を支配する『組織』の正体」の中で次のように書いています

「イエズス会の修道士が1776年に創設したとされる秘密結社『イルミナティ』は新世界秩序を掲げていたが、イルミナティは秘密結社『フリーメイソン』の上部組織である イルミナティ全体の意思決定を行っているのは『13血族』である。ロックフェラー家、ロスチャイルド家、ケネディ家、アスター家、デュポン家、バンディ家、コリンズ家、フリーマン家、オナシス家、ラッセル家、李家、ファン・ダイン家、ダビデ家の13家だ 彼らがディープ・ステートの政策実行者である。この13家が表の世界で経済、軍事、宗教などに支配的な影響力を持っていることは間違いない

ここまで具体的に指摘されると、13もの血族が集まる組織だとすれば、それを統括する人物や上部機関、あるいは横のつながりの組織が存在するのではないか、と疑問が出てきます これについて著者は最後に次のように書いています

「なお、13血族を支配する貴族の存在も噂されるが、実在したとしてもその正体が表に出てくることは決してないという

さて、どこまで信じて良いものか・・・私はちょっと着いていけません

このブログでは「ディープ・ステート(世界の黒幕)」に的を絞ってご紹介しましたが、このほか、世界中で起こった数々の事件や事故にまつわる『陰謀論』が、これでもか!というほど紹介されています ケネディ暗殺事件の黒幕、アポロ11号月面着陸の嘘、ダイアナ妃事故死の黒幕、日航機123便墜落事故・撃墜説、9.11米同時多発テロの真相・・・等々、どこまでが本当か?と疑問が湧く「陰謀論」が紹介されています まずは手に取ってお読みいただき、自己責任で内容を判断していただきたいと思います

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チョン・ミョンフン ✕ セバスティアン・カターナ ✕ ヴィットリア・イェオ ✕ アルベルト・ぺーゼンドルファー ✕ ステファノ・セッコ ✕ 東京フィルでヴェルディ「マクベス」を聴く

2024年09月18日 00時31分19秒 | 日記

18日(水)。わが家に来てから今日で3536日目を迎え、米実業家イーロン・マスク氏は15日、トランプ前大統領の暗殺未遂を巡り、自身がオーナーのXに「誰もバイデン大統領やハリス副大統領を暗殺しようとすらしない」と投稿したことについて、利用者から「危険で不穏な挑発行為」「これは扇動だ」などとマスク氏を非難する声が上がった  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

     

     馬鹿と天才は紙一重と言うからね マスクをして余計なことを喋らない方がいいかも

  昨日は娘が外食で私がコンサートだったので、夕食作りはお休みしました  

         

昨夜、サントリーホールで東京フィル「第1005回  サントリー定期シリーズ」を聴きました    プログラムはヴェルディ:歌劇「マクベス」(演奏会形式)です    出演はマクベス=セバスティアン・カターナ、マクベス夫人=ヴィットリア・イェオ、バンクォー=アルベルト・ぺーゼンドルファー、マクダフ=ステファノ・セッコ、マルコム=小原啓楼、マクベス夫人の侍女=但馬由香、医者=伊藤貴之、マクベスの従者/刺客/伝令=市川宥一郎、第1の幻影=山本竜介、第2の幻影=北原瑠美、第3の幻影=吉田桃子。合唱=新国立劇場合唱団、指揮=チョン・ミョンフンです

チョン・ミョンフン ✕ 東京フィルはシェイクスピア 原作によるヴェルディのオペラとして2022年に「ファルスタッフ」、2023年に「オテロ」を取り上げてきましたが、2024年の今回はその第3弾・完結編として「マクベス」を取り上げました

シェイクスピア 「マクベス」といえば、これを日本の戦国時代に置き換えて描いた黒澤明監督「蜘蛛の巣城」(1957年製作)を真っ先に思い出します 山田五十鈴扮する主人公の妻・浅茅が何度も手を洗うシーン、三船敏郎扮する主人公・鷲津武時が無数の矢に射抜かれるラストシーンが印象的でした

     

「マクベス」はジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)がシェイクスピアの同名の劇をもとに、フランチェスコ・ピアーヴェとアンドレア・マッフェイの台本により1847年に作曲・初演した全4幕10場から成るオペラです 今回は、ヴェルディが1865年にリリック座でパリ初演を行った際にフランス風に改訂した版からバレエを除いた版で上演されました

物語の舞台は11世紀スコットランド 将軍マクベスと盟友バンクォーは森で魔女から「マクベスは将来、王になるだろう」という予言を受ける これを知ったマクベス夫人は野心を燃やし、マクベスをけしかけてダンカン王を殺害する 王の遺児マルコムはイングランドに逃亡する。マクベスは王として即位し、予言をもとにバンクォー父子や武将マクダフ一家に刺客を向ける 宴の場でマクベスは殺した人々の亡霊を見て錯乱し、マクベス夫人は血塗られた手の妄想に憑りつかれ、狂気の中で息絶える 「女から生まれた者にマクベスは倒せない。森が動かない限りマクベスは倒されない」との予言に慢心するマクベスだが、マクダフと民衆により倒され、人々は新王マルコムの誕生を祝う

     

プログラム記載の上演時間は以下の通りです

第1幕(約50分)

第2幕(約30分)

ー休憩(約20分)ー

第3幕(約20分)

第4幕(約40分)

演奏会形式のためオーケストラはステージに上がります 歌手はオケの手前のスペースに登場して歌います コーラスも同じ場所で歌ったり、P席で歌ったりします

オケは14型で、左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後ろにコントラバスという いつもの東京フィルの並び。コンマスは近藤薫です

チョン・ミョンフンの指揮で前奏曲の演奏に入りますが、しなやかでありながら決めるべきところはビシッと決める点は彼ならではです

マクベス役のセバスティアン・カターナはルーマニア生まれのバリトンです チョン・ミョンフン ✕ 東京フィル公演では2022年「ファルスタッフ」以来2回目の登場ですが、まさに「ヴェルディ歌手」と呼ぶのが相応しい堂々たる歌唱で、聴衆を圧倒しました

マクベス夫人役のヴィットリア・イェオは韓国ソウル生まれのソプラノです チョン・ミョンフン ✕ 東京フィル公演では2016年「蝶々夫人」以来2回目の登場です 第1幕のカヴァティーナ「さあ早く戻っていらっしゃい」、カバレッタ「地獄を治める者たちよ、立ち上がれ」、第2幕のアリア「光は衰え、灯火も消え」をはじめ、美しくも力強いコロラトゥーラでヒロインの激しい心情を歌い上げました

バンクォー役のアルベルト・ぺーゼンドルファー(アレックス・エスポージトの代役)はオーストリア生まれのバスです 2016/2017年に新国立劇場「ワルキューレ」フンディング、「神々の黄昏」ハーゲンに出演しました 深みのある低音の魅力で抜群の存在感を示しました

マクダフ役のステファノ・セッコはイタリア・ミラノ生まれのテノールです 世界のオペラ劇場で活躍しており、本公演では第4幕のアリア「ああ、父の手はお前たちを守ってやれなかった」を抜群の表現力で歌い上げました

特筆すべきは新国立劇場合唱団のコーラスです 今回は動きを伴うコーラスでしたが、さすがは世界に通用する合唱団だと思わせる歌唱・パフォーマンスでした

東京フィルはチョン・ミョンフンの完璧なコントロールのもと、歌手に寄り添いつつ、自らマクベスの不安感を、マクベス夫人の野望を、バンクォーの無念の思いを歌い上げました 私はこの曲のCDもVDも持っていないので今回初めて聴きましたが、ヴェルディの初期の作品の良さがストレートに伝わってきました このシリーズが今回で完結するのが残念に思うくらい質の高い公演でした

満場の拍手とブラボーが飛び交う中、カーテンコールが繰り返されました 東京フィルの場合、その都度カーテンコール時の写真撮影の可否について確認しなければならないので面倒なのですが、今回はフラッシュを炊かなければOKとのことだったので撮影しました

     

     

     

     

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角田鋼亮 ✕ 森谷真理 ✕ 池田香織 ✕ デア・ジェルネ・クラングでマーラー「交響曲第2番 ”復活”」、スクリャービン「交響曲第4番 ハ長調 ”法悦の詩”」を聴く

2024年09月17日 00時02分20秒 | 日記

17日(火)。わが家に来てから今日で3535日目を迎え、米大統領選の共和党候補トランプ前大統領が15日にプレーしていた南部フロリダ州のゴルフ場近くで、シークレットサービスがゴルフコース付近で銃を持った人物を目撃し発砲し、容疑者を拘束したというニュースを見て感想を述べるモコタロです

       

       どうしてトランプは銃撃の標的としてモテるんだろう? 狙われやすいタイプなのか

         

昨日、夕食に「チャーハン」「水餃子スープ」「生野菜とアボカドのサラダ」を作り、シューマイと一緒に食べました 本当は娘のリクエストはワンタンスープだったのですが、面倒なので冷凍水餃子を買ってきました たまには中華夕食もいいものです

     

         

昨日、サントリーホールでアマチュア・オーケストラ「デア・ジェルネ・クラング」の第7回演奏会を聴きました プログラムは①スクリャービン「交響曲第4番 ハ長調 ”法悦の詩”」、②マーラー「交響曲第2番 ”復活”」です 出演は②のソプラノ独唱=森谷真理、メゾ・ソプラノ独唱=池田香織、管弦楽=デア・ジェルネ・クラング、合唱=デア・フリューゲル・コーア、指揮=角田鋼亮です

デア・ジェルネ・クラングはマーラー没後100年にあたる2011年、名古屋マーラー音楽祭への出演を機に創立、角田鋼亮の指揮の下、東京、名古屋、京都で演奏会を開催してきました 団名「デア・ジェルネ・クラング」はフランツ・シュレーカーの同名の歌劇に由来し「遥かなる響き」という意味を持っています デア・フリューゲル・コーアは当公演のために特別に編成された合唱団です

     

自席は1階19列14番、左ブロック右から2つ目です 会場はアマチュア・オケにしてはかなり入っています 客層は比較的若い人が多く、出演者の家族や知人がかなりの率を占めていると思われます

オケは変則17型で、左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後ろにコントラバスという並び。コンマスは水村浩司です ステージ上手奥にはハープが2台、うち1台は、全国のオケから引っ張りだこ、いま日本で一番多忙なハーピスト高野麗音がスタンバイします P席には男女混声コーラスのメンバー約150名が陣取ります ステージ狭しと結集したフル・オーケストラ態勢はP席を埋めるコーラス陣と相まって壮観そのものです

1曲目はスクリャービン「交響曲第4番 ハ長調 ”法悦の詩”」です この曲はアレクサンドル・スクリャービン(1872-1915)が1904年から08年にかけて作曲、1908年にニューヨークで初演された単一楽章の作品です

角田鋼亮の指揮で演奏に入りますが、色彩感溢れる渾身の演奏が繰り広げられました 最後にコーラスが入って一段と素晴らしい演奏になりました

     

プログラム後半はマーラー「交響曲第2番 ”復活”」です。この曲はグスタフ・マーラー(1860-1911)が1887年から94年にかけて作曲、1895年3月にベルリンで初演されました 第1楽章「アレグロ・マエストーソ:まじめで荘厳な表現で一貫して」、第2楽章「アンダンテ・モデラート:極めてくつろいで、急がずに」、第3楽章「スケルツォ:静かに流れるような動きで」、第4楽章「原光:極めて荘重に、しかし素朴に」、第5楽章「イン・テンポ・スケルツォ:スケルツォのテンポで、荒野を進むように」の5楽章から成ります

ソプラノ独唱の森谷真理は武蔵野音大・大学院修了、ニューヨークのマスネ音楽院修了。2006年にメトロポリタン歌劇場で「魔笛」夜の女王役で大成功を収める リンツ州立歌劇場の専属歌手を務めるなど欧米で活躍。国内では新国立劇場「ジュリオ・チェーザレ」のクレオパトラ役で大成功を収めた

メゾ・ソプラノ独唱の池田香織は慶應義塾大学卒業。「びわ湖リング」にエルダ、ブリュンヒルデ役で全作に出演したほか、新国立劇場「ワルキューレ」などに出演し大成功を収めた

角田鋼亮の指揮で第1楽章が開始されますが、低弦の荒々しい第1主題の演奏が印象的です ホルンが素晴らしい演奏を繰り広げます 弦楽セクションが切れ味鋭い演奏を展開します 穏やかな第2楽章を経て、第3楽章ではクラリネットとオーボエの鋭角的な演奏が冴えています

池田香織がステージ下手に登場、厳かに第4楽章の「原光」を歌い上げます この人のメゾ・ソプラノは深みがあり安定感抜群です オーボエ・ソロ、高野麗音のハープが華を添えます この後、池田は舞台袖に引き上げ、ソプラノの森谷真理とともにP席の最前列中央に登場します 第4楽章が終わるとすぐに第5楽章が管弦楽の総奏で衝撃的に開始されます この楽章までくるとさすがに金管楽器はお疲れが出て来たようです それでも、舞台裏のホルンとステージ上のオーボエ、さらにはフルートとの会話が抒情的で素晴らしい P席の合唱団を挟むように金管のバンダがスタンバイします 池田と森谷のソロが歌われ、それまで座って歌っていたコーラスが立ち上がり、力強く「よみがえる、そうだ、おまえはよみがえるだろう」と歌い上げます ホルンが立奏し、バンダを巻き込んで管楽器が咆哮し、打楽器が炸裂し、弦楽器が渾身の演奏を展開、迫力あるコーラスと共に圧倒的なフィナーレを飾りました

「アマチュア・オーケストラもここまでやるか」というレヴェルの高い演奏でした オーケストラとコーラスを統率した角田鋼亮の指揮ぶりは特筆に値します

     

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ファビオ・ルイージ ✕ NHK交響楽団でブルックナー「交響曲第8番 ハ短調」(初稿/1887年)を聴く / 「井上道義 音楽生活写真展」が17日から東京芸術劇場5階で始まります

2024年09月16日 00時34分41秒 | 日記

16日(月)。コンサートの時に配布されたチラシの中に、下のフライアーが入っていました 今年年末で指揮者を引退する井上道義の「音楽生活写真展」です 期間は9月17日から29日までで、開館時間は10時から21時30分まで 会場は池袋の東京芸術劇場(5階)ギャラリー1で、入場無料です 私は23日(月・休)に同劇場コンサートホールで井上道義の指揮による「ラ・ボエーム」を観るので、その時に立ち寄ろうと思います

     

     

わが家に来てから今日で3534日目を迎え、北朝鮮が輸出製品を紹介する公式ウェブサイトで、サンリオの人気キャラクター「ハローキティ」に酷似したデザインを使った服を販売しており、サンリオ側は「無断使用と思われる」としている  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

     

     わが国の専売特許である「商標権無断使用」を真似するべからず ~ 習近平中国より

         

昨日、NHKホールでNHK交響楽団「9月度Aプログラム」(2日目)を聴きました 新シーズン開幕公演です プログラムはブルックナー「交響曲第8番 ハ短調」(初稿/1887年)です 指揮は首席指揮者ファビオ・ルイージ 初稿版によるこの曲は6日に高関健 ✕ 東京シティ・フィルで聴いたばかりです

     

「交響曲第8番 ハ短調」は1884年7月に作曲が開始され、翌1885年8月にスケッチが終了   その間に第7番の初演が大成功を収めたことからブルックナーも自信を持って筆を進め、最終的には1887年8月10日に完成されました これが初稿です。その後、ブルックナーはヘルマン・レヴィにスコアを送りましたが「演奏不能」と返事が返ってきたことから、ブルックナーは落胆し、レヴィや弟子のヨーゼフ&フランツのシャルク兄弟の勧めに従って改訂に着手し、1890年3月に新たな稿を完成させました これが現在、通常演奏されている第2稿です

第1楽章「アレグロ・モデラート」、第2楽章「スケルツォ:アレグロ・モデラート ~ トリオ」、第3楽章「アダージョ:厳かにゆっくりと、しかし引きずらないように」、第4楽章「フィナーレ:厳かに、速くなく」の4楽章からなります

     

オケは16型で、左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後ろにコントラバスという いつものN響の並び コンマスは郷古廉です

ルイージの指揮で第1楽章に入ります 冒頭の低弦の演奏が素晴らしく、また、ヴィオラの渾身の演奏が迫ってきます ホルン、ワーグナーチューバ、トランペット、トロンボーンといった金管楽器群が輝かしい演奏を繰り広げます 木管ではオーボエ、フルートが冴えています この楽章の終盤は第2稿では静かに終結しますが、初稿版では7番までと同様、高らかに奏でられて終結します 音の塊が迫ってきました 第2楽章でも金管楽器が大活躍します トリオの部分は第2稿と全く異なる音楽ですが、弦楽器が穏やかな音楽を奏でます 第3楽章では弦楽セクションによる美しいアンサンブルが会場に響き渡ります この楽章ではハープが華々しく活躍するはずですが、私の耳には入ってきませんでした これは指揮者のバランス感覚の問題なのか、会場の問題か、あるいは私の耳が悪いのか(頭もか)本当のところは分かりませんが、高関 ✕ シティ・フィルの時には明確に聴き取ることが出来ました 今回は ぼやっと聴いていたのでしょう  第4楽章は冒頭の速めのテンポによる金管楽器群のファンファーレが爽快でした 植松透の力強いティンパニが心地よいリズムを刻みました ルイージはオケのメンバーを煽り立てN響から持てる力を全て引き出し、音の大伽藍を築き上げました

満場の拍手とブラボーが飛び交う中、カーテンコールが繰り返されました ルイージ ✕ N響らしい集中力に満ちた演奏でした

     

     

     

     

     

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キリル・セレブレン二コフ監督「チャイコフスキーの妻」を観る ~ 言論・表現の自由のない現在のロシアでは上映できないであろう内容 / 新国立オペラ「夢遊病の女」ゲネプロ見学会に当選!

2024年09月15日 01時23分27秒 | 日記

15日(日)。新国立劇場の会員サービス「クラブ・ジ・アトレ」から、「2024/2025シーズン  ポイントアップサービス」の選択アイテム(オペラ・プログラム引換券4枚+ショップ・クーポン1枚)が届きました また、抽選アイテムに応募していた9月30日のベッリーニ「夢遊病の女」ゲネプロ見学会の当選通知とチケットが同封されていました

     

     

オペラのゲネプロは当選30名なので当選確率が高かったと思われます ゲネプロの当選は①コルンゴルト「死の都」、②グルック「オルフェオとエウリディーチェ」に次いで今回が3度目です 今回の「夢遊病の女」は10月3日の初日公演を聴く予定だったのが、他の2つのコンサートとダブっていることから14日の最終公演に振り替えたので、「だいぶ出遅れてしまうなぁ」と がっかりしていたのですが、初日公演より前にゲネプロの形で聴くことができるので、逆転ホームランのような気分です

ということで、わが家に来てから今日で3533日目を迎え、11月の米大統領選で共和党政権のトランプ前大統領の陣営が12日、対立候補の民主党ハリス副大統領への支持を表明した米歌手テイラー・スウィフトの世界ツアー「エラス・ツアー」のグッズデザインに酷似したTシャツ(1枚36ドル)の販売を開始したが、ファンからは「トランプを支持するスウィフティーズはいない」「恥ずかしい」「訴えるべき」と批判が殺到している  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

     

     恥も外聞もなく資金稼ぎに走るところは  さすがはトランプの支持者!  訴えるべき

          

昨日、新宿武蔵野館でキリル・セレブレン二コフ監督による2022年製作ロシア・フランス・スイス合作映画「チャイコフスキーの妻」(143分)を観ました

物語の舞台は女性の権利が著しく制限されていた19世紀後半の帝政ロシア かねて同性愛者だという噂が絶えなかった作曲家チャイコフスキー(オーディン・ランド・ビロン)は、世間体を鑑みて、熱烈な恋文を送ってくる地方貴族の娘で音楽院に通うアントニーナ(アリョーナ・ミハイロワ)と結婚する しかし、女性に対して愛情を抱いたことのないチャイコフスキーの結婚生活はすぐに破綻し、愛する夫から拒絶されたアントニーナは孤独な日々の中で次第に狂気に駆られていく

     

チャイコフスキーはアントニーナから熱烈な求愛の手紙を受け取ると、わざわざ彼女に会いに行き「あなたとは歳も離れているし、私には財産もない。もっと冷静になりなさい。私は女性には興味がない」と明言します チャイコフスキーの冷たい態度にアントニーナは失望します このシーンを観て、私は「まるでチャイコフスキーのオペラ『エフゲニー・オネーギン』の主人公のようだな」と思いました タチアーナは年上のオネーギンに愛の手紙を出しますが、オネーギンは彼女の愛を受け入れず「自分はまだ結婚によって束縛されたくない。あなたはまだ若い。もっと冷静になりなさい」と諭します。オペラと違うのは、アントニーナは2度目の手紙を書いて、結果的にチャイコフスキーから結婚の約束を取り付けることに成功します

タチアーナはチャイコフスキーから「女性には興味がない」と言われたものの、「自分の力で克服し、自分を愛させて見せる」と信じて結婚に踏み切ったと思われます しかし、現実にはチャイコフスキーの同性愛は彼女が考えるほど浅いものではなく、彼女を徹底的に拒絶することになります チャイコフスキーの弟からも「結婚は仕事に支障をきたしている。兄のために離婚してほしい」と迫られます しかし、彼女は「私は彼を愛しているし、彼も私を愛している」と主張し離婚を承諾しません ここで疑問が起こるのは、「果たしてアントニーナは本当にチャイコフスキーを心の底から愛していたから結婚したのか、あるいはチャイコフスキーという有名な作曲家の妻になることを望んで結婚したのか」ということです 映画を観る限り、彼女は本当にチャイコフスキーという人物を尊敬し愛していたのだろうと思います 2人の同居生活はたったの6週間で終わったといいます その後、チャイコフスキーがコレラに罹患し死去するまでの16年間、自身の死までの40年間、決して離婚を受け入れることがありませんでした 映画のラストに、アントニーナはその後の半生を精神病院で過ごしたというテロップが表示されます チャイコフスキーへの献身的な愛が受け入れられず、冷たくあしらわれたショックが精神を病む状態に追いやったのでしょう

映画ではチャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」のオネーギンのアリアが、何度か管弦楽で流れたほか、ピアノ独奏曲なども流れましたが、残念ながら私の知識が及ばず、1曲も分かりませんでした

ところで、本作の監督のキリル・セレブレン二コフは反体制派ロシア人で、2022年に亡命し、現在はベルリンを拠点に欧州で活躍しています 本作は有名芸術家の性的指向(同性愛)を正面から捉えて描いた作品ですが、一昨年、ロシアは非伝統的な性的関係の情報発信を制限する「反LGBT法」を制定しました 同性愛に批判の目を注ぐロシアにとって、本作は”好ましくない作品”と捉えられるでしょう その意味では、言論・表現の自由のない現在のプーチン・ロシアでは公開されないと思います そうでないことを祈るしかありません

     

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マクシム・エメリャ二チェフ ✕ セルゲイ・ナカリャコフ ✕ 読売日響でアルテュニアン「トランペット協奏曲」、リムスキー=コルサコフ「シェエラザード」「序曲”ロシアの復活祭”」を聴く

2024年09月14日 00時04分49秒 | 日記

14日(土)。わが家に来てから今日で3532日目を迎え、米共和党のトランプ前大統領(78)は12日、大統領選に向けた次回のテレビ討論会に応じない考えを示した  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

     

     勝ち目がないと 拒否したトランプに 声援を送ろう!  よーわむし♪  よーわむし♬

         

昨日、夕食に「タンドリーチキン」「生野菜とアボカドのサラダ」「舞茸の味噌汁」を作りました タンドリーチキンは久しぶりに作りましたが、美味しかったです

     

         

昨夜、サントリーホールで読売日響「第675回名曲シリーズ」を聴きました プログラムは①リムスキー=コルサコフ:序曲「ロシアの復活祭」、②アルテュニアン「トランペット協奏曲」、③リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」作品35です 演奏は②のトランペット独奏=セルゲイ・ナカリャコフ、指揮=マクシム・エメリャ二チェフです

マクシム・エメリャ二チェフは1988年、ロシア生まれ モスクワ音楽院でロジェストヴェンスキーに指揮を師事。12歳で指揮者としてデビュー チェンバロ、ピアノでも活躍している 2013年から古楽アンサンブル「イル・ポモ・ドーロ」、19年からスコットランド室内管それぞれの首席指揮者を務め、25年にスウェーデン放送響の首席客演指揮者に就任する予定

エメリャ二チェフ✕読響を聴くのは5日の「定期演奏会」に次いで今期2度目です

     

オケは12型で、左から第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリンという対抗配置で、正面奥にコントラバスが横一列に並びます コンマスは客演の伝田正秀、隣は戸原直というダブルトップ態勢を敷きます 伝田はかつて読響コンマスでしたが、現在は新日本フィル特任コンマスを務めているので、一時的な古巣復帰ですね

1曲目はリムスキー=コルサコフ:序曲「ロシアの復活祭」です この曲はニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844-1908)が1888年に作曲、同年12月3日にサンクトペテルブルクで初演されました 「ロシアの復活祭」はロシア正教の一般向け聖歌集「オビホード」からの旋律に基づく演奏会用序曲です 作曲者は「キリスト受難の陰鬱で神秘的な土曜日の午後から、復活祭の日の開放感溢れる異教的歓喜への転換」を表現したかったと『わが音楽の年代記』に記しています

エメリャ二チェフの指揮で演奏に入りますが、リムスキー=コルサコフらしい色彩感溢れる音楽が展開します フリスト・ドブリノヴのフルートが冴えています 伝田コンマスのヴァイオリン・ソロ、富岡廉太郎のチェロ・ソロも素晴らしい 中盤ではトロンボーンが重厚な演奏を繰り広げました

2曲目はアルテュニアン「トランペット協奏曲」です この曲はアルメニアの作曲家アレクサンドル・アルテュニアン(1920~)が友人のアルメニア・フィルの首席トランペット奏者のために1949年から50年にかけて作曲、1950年にモスクワで初演されました 曲は3つの部分から構成されますが、単一楽章の協奏曲です

トランペット独奏のセルゲイ・ナカリャコフは1977年生まれ。10歳でオーケストラと共演。1991年にはザルツブルク音楽祭にデビュー 15歳でテルデック・レーベルと専属契約を結びCDデビュー、2002年にはドイツのECHOクラシック賞優秀器楽奏者部門に選ばれる

エメリャ二チェフの指揮で演奏が開始され、やがてナカリャコフのソロが入ってきます 速いパッセージも何の苦もなくあっけらかんと吹いているので、簡単な曲なのではないかと勘違いしてしまいますが、実は超絶技巧曲で、あまりにも鮮やかなタンギングとスピーディーな指使いが簡単に見せているだけです よく見ると、ナカリャコフの吹いているトランペットは古色蒼然たる”地味な”楽器で、オケのメンバーが使用しているキンピカの楽器とはまったく違います 彼にとっては”長年使い込んでいる”道具のようなものなのでしょう 中間部では、ミュートを付けたトランペットによるノクターン風の音楽がしみじみと心に沁みました 超絶技巧による最後のカデンツァは見事のひと言でした

満場の拍手とブラボーが飛び交う中、カーテンコールが繰り返されました。ナカリャコフはアンコール態勢に入りますが、なぜかエメリャ二チェフが、なぜかオケの真ん中に設置されていたチェンバロに座って、トランペット中心のJ.S.バッハ「G線上のアリア」の演奏に入りました ナカリャコフは大きめのトランペットを吹きましたが、豊かな音楽が会場を満たしました ナカリャコフとエメリャ二チェフに再び大きな拍手が送られました

     

プログラム後半はリムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」作品35です この曲は「千一夜物語(アラビアン・ナイト)」を題材に1888年に作曲、同年11月3日にサンクトペテルブルクで初演されました 第1楽章「海とシンドバッドの船」、第2楽章「カランダール王子の物語」、第3楽章「若い王子と王女」、第4楽章「バグダードの祭り、海、青銅の騎士の立つ岩での難破、終曲」から成ります

オケは16型に拡大します コントラバス8本の横一列配置は壮観です ステージ中央奥にハープがスタンバイします

エメリャ二チェフの指揮で演奏が開始されます この曲では各楽章で、シェエラザードの主題を独奏ヴァイオリンが演奏しますが、伝田正秀は美しいビブラートで素晴らしい演奏を繰り広げました 第1楽章では、演奏を聴きながら、波打つ海をゆく船に乗っているような気分を味わいました この曲は何回聴いたか分からないくらいですが、こういう気分を味わったのは初めてです 第2楽章では金子亜未のオーボエ、金子平のクラリネット、井上俊次のファゴットが冴えていました 第3楽章では弦楽セクションのアンサンブルが美しく響きました 第4楽章では、エメリャ二チェフの躍動感あふれる指揮のもと、目まぐるしく変わるテンポの中、オケ総力を挙げてのスケールの大きな演奏が展開しました

満場の拍手とブラボーが飛び交い、カーテンコールが繰り返されました 読響らしいゴージャスなサウンドを存分に引き出したエメリャ二チェフは侮れません

     

     

     

     

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ピナ・バウシュ演出「春の祭典」「PHILIPS 836 887 DSY」、ジェルメ―ヌ・アコニー「オマージュ・トゥ・ジ・アンセスターズ」を観る

2024年09月13日 00時10分10秒 | 日記

13日(金)。わが家に来てから今日で3531日目を迎え、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)によると、11日にパレスチナ自治区ガザ中心部の学校にイスラエルによる空爆が2回あり、同機関の職員6人が死亡したが、単一の事件での職員死者数としては過去最多だった  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

     

     イスラエルによる無差別殺人はいつまで続く? ネタニヤフ・ナチ政権を打倒せよ!

         

昨日、夕食に「豚肉の冷しゃぶ」「生野菜とアボカドのサラダ」「厚揚げの味噌汁」を作りました 昨日は真夏の暑さだったので、豚肉でスタミナを付けようと思いました

     

         

昨夜、東京国際フォーラムCで舞踏演劇(ダンス・シアター)の巨星ピナ・ヴァウシュの演出による「春の祭典」(ストラヴィンスキー)&「PHILIPS  836  887  DSY」と、アフリカン・コンテンポラリー・ダンスの母、ジェルメ―ヌ・アコニー振付・出演による「オマージュ・トゥ・ジ・アンセスターズ」を観ました 「春の祭典」を踊るのはアフリカ13か国から選ばれたダンサー35人です ピナ・バウシュ・ヴッパタール舞踏団のメンバーがリハーサルを指導し、ピナ・バウシュ・ファウンデーション(ドイツ)、エコール・デ・サーブル(セネガル)、サドラーズ・ウェルズ・シアター(イギリス)が共同制作しています

     

ピナ・バウシュのダンスを初めて観たのはヴィム・ヴェンダース監督によるドイツ映画「Pina/ピナ・バウシュ  踊り続ける命」でした それを観てすっかり「ダンス・シアター」に魅了され、ライプで是非観たいと思っていたのです 映画の感想は2012年3月2日付のtoraブログに書きましたので、興味のある方はご覧ください 今回のパフォーマンスは、残念ながらピナ・バウシュ・ヴッパタール舞踏団ではないのですが、振付がピナ・バウシュなので内容的には映画で観た「春の祭典」と同じはずです

自席は2階12列24番、センターブロック前から3列目の左から4つ目です 会場は満席です オーケストラの定期公演と違い女性が多く、若者も多い。さらに演劇やバレエの世界にいるような雰囲気の人もちらほら見かけました

最初にピナ・ヴァウシュ演出による「PHILIPS  836  887  DSY」を観ました 1990年フランス・ブルターニュ出身のエヴァ・パジェのソロにより踊られました 「動と静」ということでは「静」に重きを置いたダンスですが、エヴァは身体能力の高さを発揮しました 照明の使い方が巧みでダンスが映えました

次にジェルメ―ヌ・アコニー振付・出演による「オマージュ・トゥ・ジ・アンセスターズ」を観ました この作品は死と、旅立った者たちとの対話を描いています 現在80歳になるというアゴニーが出演しましたが、ダンスというよりは演劇に近い作品だと思いました 「亡くなった者たちは死んでいない・・・」という詩が読まれたり、アコニーが花びらを撒いたり、そうかと思うと、いきなり巨大スクリーンに海の映像が流れたりと、静かな中にも変化のある作品でした

下の写真は「パンフレット」として売っていた冊子です 白く細長いのがプログラムで、作品解説や出演者の紹介などが収録されています 四角いダークグレーの冊子は「春の祭典」を踊るダンサーたちのモノクロ写真集です はっきり言って、これで3000円は高いと思います しかし、情報が欲しい私にとっては”必要経費”です

     

後半はいよいよピナ・バウシュ演出による「春の祭典」です 映画で一度観ているはずですが、12年前のことでほとんど忘れています

音楽は録音素材を使用しています ファゴットの高音により音楽が始まると、細長い照明に導かれるように女性ダンサーが登場します 彼女が来ているのはキャミソールに近い白のワンピースです。人数がどんどん増えていき、群舞になります よく見ると土が舞い上がっています ここで初めて、ステージは板ではなく、乾いた土が撒かれていることに気が付きます 当然、ダンサーが寝転べば白の衣装が汚れます。しかし、ダンサーはそんなことにはお構いなく懸命に踊り続けます ここで思い出しました。「そうか、これがピナ・バウシュの『春の祭典』だった」。凄い!と思ったのは、女性ダンサーが男性ダンサーに次々と飛びつき、横肩車のようにして肩に乗ったシーンです 女性ダンサーは赤い布を巡って、取ったり、他の女性に押しつけたりして踊り続けます この赤い布こそ「生贄」の少女が着るべき衣装なのです 最後にそれを手にした少女は、男性ダンサーにより白から赤の衣装に着替えさせられ、「生贄」の踊りを狂ったように踊ります 私は、ラストは群舞で踊られるのかと思っていましたが、最後まで「生贄」の少女がソロで踊り切り、最後の1音で倒れて、ステージが暗転しました 見事な演出でした

満場の拍手とブラボーが飛び交う中、カーテンコールが繰り返されましたが、私も大きな拍手を送りました ピナ・バウシュ版「春の祭典」の日本での上演は18年ぶりとのことですが、ライブで観て本当に良かったと思いました

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岡田暁生著「西洋音楽史講義」を読む ~ 感覚的なものではなく、「具体的に音楽について語れるようになること」を目的として書かれた音楽史のテキスト / ストラディヴァリウス”メシア”

2024年09月12日 00時19分16秒 | 日記

12日(木)。昨夜NHK -TVで放送されていた「ステータス」という番組でヴァイオリンの名器「ストラディヴァリウス」が取り上げられていました どうやらこの番組は「所有すれば『ステータスシンボル』となる、名品・逸品を一つ取り上げ、その魔力、美、伝説に触れながら、本物の感触を求める」というコンセプトで作られているようです ストラディヴァリウスの数々の名器は17~18世紀イタリアのクレモナで作られましたが、番組ではストラディヴァリウスの中でも「究極の名器」と言われる通称”メシア”の伝説の音を追い求めて、旅が続きます 荒井里桜やHIMARIがストラディヴァリウスを弾くシーンやインタビューなどを挟みながら、イギリス・オックスフォードの博物館に保管されている”メシア”に迫っていきます ”メシア”は誰も触ることが許されない、まして音を聴くことは不可能という究極な楽器です 番組ディレクターや出演者も観るだけで満足するしかありませんでした 番組を観ていて一番印象的だったのは、ヴァイオリニストのサラヴァトーレ・アッカルドが”メシア”について語った言葉です。彼は「メシアはとても美しい楽器だ。しかし、音には期待しない方がいい」と言いました 番組ディレクターが「良い音はしないということですか?」と訊くと「そうです」と答えました それはそうだろうと思います。「ガラスケースに閉じ込めたまま100年近くも外に出さない楽器を弾いて、良い音が出る訳がないだろう 弾き続けて初めて楽器が良く鳴るのだろう」と思うからです ”メシア”は観賞するためのストラディヴァリウスであり、弾くためのそれではない、ということでしょう ”メシア”は売買の対象にならない楽器ですが、もし対象になった場合は50億円は下らないだろうと推測されるそうです 番組の中で言われていた「ヴァイオリン界のモナリザ」という呼称が相応しいかもしれません

ということで、わが家に来てから今日で3530日目を迎え、歌手のテイラー・スウィフトさんが、10日に開かれた米民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領の両大統領候補によるテレビ討論会後、2億8300万人のフォロワーがいると言われる自身のインスタグラムを更新し、「11月のアメリカ大統領選でカマラ・ハリスに投票する」と表明した  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

     

     これでトランプはジョーカーを出さないと勝てないが  出せるのはジョークだけだ

         

昨日、夕食に「鮭の西京焼き」「鮪の山掛け」「生野菜とアボカドのサラダ」「豚汁」を作りました ヘルシーで美味しかったです

     

         

岡田暁生著「西洋音楽史講義」(角川文庫)を読み終わりました 岡田暁生は1960年京都市生まれ。京都大学人文科学研究所教授。専門は音楽学。著書に「音楽の聴き方」「ピアニストになりたい」「西洋音楽史」「オペラの運命」「音楽の危機」など多数

     

本書は、2013年3月に放送大学教育振興会より刊行された「西洋音楽史」を加筆修正し、改題のうえ2024年8月に文庫化したものです 放送大学のラジオ講座の教科書として書かれたものです 「はじめに」の中で著者は、本書の最終的な目標は「『この曲が好きだ』『この曲が好きじゃない』という感覚的なものではなく、少しでも具体的に音楽について語れるようになることである 特定の音の使い方はいつ頃から始まったか?その背後にはどんな影響関係があるのか この音がこんな風に響くのは一体どういう仕掛けがあるからなのか? これらの問いについて具体的に答えることは、ある程度は可能だ そのことを知ってほしい」と書いています

本書は次の各章から構成されています

第1章「西洋音楽の歴史をなぜ学ぶのか」

第2章「古楽・クラシック・現代音楽 ~ 西洋音楽史の3つのエポック」

第3章「多声的音楽の始まり ~ 西洋音楽の夜明け」

第4章「中世音楽の黄金時代と黄昏」

第5章「ルネサンス前期と無伴奏合唱」

第6章「ルネサンズ後期と劇化する音楽」

第7章「バロック音楽と絶対王政の時代」

第8章「『音楽の父』としてのバッハ」

第9章「ウィーン古典派と近代市民音楽の始まり」

第10章「ベートーヴェンの偉大さ」

第11章「ロマン派音楽の制度と美学」

第12章「ロマン派と芸術宗教」

第13章「前衛への越境」

第14章「第一次世界大戦の後」

第15章「クラシックと現代音楽とポピュラーと」

本書の内容を大きな流れで捉えると、グレゴリオ聖歌から、オペラの誕生、バロック、ウィーン古典派、ロマン派、そして20世紀のポピュラー音楽までを、「古楽」「クラシック」「現代音楽」という3つの画期に着目し、千年にわたる音楽の変遷を通史として描き出していると言えます

本書が他の西洋音楽史の書籍と異なる大きな特徴は、放送大学のテキストらしく、各章の最初に新聞でいう「リード記事」のように、その章で学ぶべき要点を掲げていることです 例えば第11章「ロマン派音楽の制度と美学」では次のように書かれています

「19世紀音楽を理解する上で重要なのは、それが『ロマンチックではない時代のロマンチックな音楽だった』ということである 演奏会および音楽学校という近代的な音楽制度が普及するのもこの時代である 音楽語法的にロマン派は古典派の延長線上にある和声的音楽であるが、半音階を多用することで表現領域の拡張をはかる 独創性の追及、芸術家意識の高揚、記念碑性とアフォリズムの同居、果てしない技術開発、なども19世紀音楽に特有の現象である

その上で、本文に入っていきます 例えば『ロマンチックではない時代のロマンチックな音楽だった』というリードの説明として、次のように解説します

「『ロマン派音楽』というと、19世紀があたかもロマンチックな時代であったような印象を与える しかしながら19世紀とは実は、産業革命と科学の進歩と資本主義の時代である 世界はどんどん散文的なものとなっていく。神秘の森も妖精のも夜の湖も村祭りも過去のものとなり、蒸気機関車が轟音を立てて走り、ガス灯が街の夜を煌々と照らし、無数の会社が設立されて容赦なく利益を追求し、労働者が都市に集中して社会運動が生まれる それが19世紀であり、ロマン派音楽は『ロマンチックではない時代のロマンチックな音楽』であった 現実からロマンが失われていくからこそ、人は音楽の中にロマンを求めた しかも忘れてはならないのは、このロマンチックな音楽もまた、飛躍的な演奏技術の発展により演出されるロマンであったという点である 最も分かりやすいのは楽器の改造である。職人が工房で手作りしていた18世紀までと違って、19世紀に入ると楽器は『製品』となる。次々に楽器会社が設立され、争って技術開発を始める。大量生産が可能になったのも、19世紀のことである

本書を読んで、なるほどと思ったのは「ロシアの音楽」と「ソ連の音楽」を明確に区分していることです 第14章「第一次世界大戦の後」の中で、著者は次のように書いています

「20世紀音楽を考えるとき避けられないのが、今はもうなくなってしまったソ連という国である 周知のように第一次世界大戦中の1917年、ロシアでは革命が起きてロマノフ朝は崩壊し、ソ連という人工国家が誕生した ムソルグスキーやチャイコフスキーやラフマニノフがロシアの作曲家とすれば、プロコフィエフやショスタコーヴィチはソ連から生まれてきた 両者はかなり明確に『別の国の作曲家』として区別されなければならない ソ連の作曲家は、権力による厳重な統制下において創作をしなければならなかったという点で、従来の音楽史においては類例を見ないような状況下に置かれていた

実際に音楽を聴けばチャイコフスキーやラフマニノフに代表される「ロシアの音楽」とプロコフィエフやショスタコーヴィチの「ソ連の音楽」は、まったく相容れない、異なる音楽であることが分かります

本書は分かりやすく書かれているので、クラシック音楽史の入門書として最適であるばかりでなく、ある程度 知識のあるクラシック・ファンにとっても、知識を整理する上で参考になります 広くお薦めします

コメント (4)
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