人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

ゲルハルト・オピッツ ✕ 愛知室内オーケストラによりベートーヴェン「ピアノと木管楽器のための五重奏曲」、ブラームス「ピアノ五重奏曲」他を聴く / 水野蒼生の「クラシックの常識をぶっ壊す」

2021年12月23日 00時24分34秒 | 日記

23日(木)。昨日の日経朝刊文化欄の囲み記事「Nextストーリー  クラシックの常識  ぶっ壊す」は、前日の反田恭平に次いで水野蒼生(みずの あおい・27)を取り上げています 内容を超略すると次の通りです 

「水野は日本の音楽大学の指揮科に入ったが、『(新入生向けの)オリエンテーションのときから違和感を覚えた。教授のための組織のような雰囲気があった』。大学は半年で退学、ドイツ語を学んで2014年にオーストリアのザルツブルグにあるモーツアルテウム大学で指揮を学んだ 2018年には名門レーベル『ドイツ・ブラモフォン』からアルバム『MILLENNIALSーWe Will  Classic  Youー』でデビューを果たした 留学中から帰国した際には仲間のピアニストと『東京ピアノ爆団』と名付けたイベントをライブハウスなどで開き、DJプレーを披露した クラシック界には『若者を呼び込まなければ衰退する』という危機感がある 他の文化芸術分野と比べて音楽会に出掛ける20~30代の割合は少ない とがった挑戦が求められていた。再現芸術であるクラシックは過去との対話を深めていく必要がある。だが水野は『社会の営みや価値観、技術などは日々変化する。現在の視点から新しい可能性を見つけることもできるのではないか』と指摘する。2作目『BEETHOVENーMust  It  Be? It  Still  Must  Beー』では、『ベートーヴェンが今に生きていたら、新しい楽器や技術を取り入れたのでは』と想像した 交響曲第5番”運命”はエレキ弦楽器とドラムが聴き手に衝撃を与えた ただし、『本来の音楽のコンテクスト(文脈)や主義主張は壊さない』。自らの作品や活動は初心者がクラシックを楽しむための入門編と位置付ける 『こんな金髪の若造がライブハウスでクラシックをやっていれば、ハードルはきっと下がる。来てもらえさえすれば僕が思うクラシックの本質を届ける』。20日にはクラウドファンディングで集めた資金をもとに、東京・渋谷で初のワンマンライブを開いた DJ活動を通じ、クラシック以外の音楽家とたくさん巡り合った。『新しい世界が広がった。他のジャンルのアーティストや彼らのファンからもクラシックの魅力に気付いたと言われる』、『他ジャンルとクラシックを行き来する交易船のような存在になれれば、すごく楽しい』」

水野蒼生の名前や活動はある程度見聞きして知っていましたが、残念ながら、まだ彼のアルバムもライブも聴いていないので、彼の音楽に関しては何とも言えません しかし、記事にもある通り、クラシック界には『若者を呼び込まなければ衰退する』という危機感があります 記事では「他の文化芸術分野と比べて音楽界に出かける20~30代の割合は少ない」と指摘していますが、実質的には60歳未満のコンサートゴアーの割合が少ないのです 若者を中心とするこの幅広い層を引き込まないと、本当に10年以内にコンサート会場はガラガラになります こうした危機感のもと、今までクラシックを聴いたことのない若年層を引き込む手段として、”とんがった”行動を仕掛ける水野の活動は素晴らしいと思います プロのオーケストラにも、今まで以上の危機感の共有と聴衆層拡大の努力が求められていると思います

ということで、わが家に来てから今日で2539日目を迎え、安倍政権下で配布したいわゆる「アベノマスク」に関して岸田総理大臣は「品質基準等を明確に定めた仕様書を作成していなかったことなどから、約7100万枚のうち約1100万枚、約15%が不良品だった」とし、会計検査院の決算報告で検品費用におよそ7億円近くかかったことなどを説明した  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     不良品じゃコロナ菌の侵入を防げないだろ  希望者に配布してもゴミになるだけだ

 

         

 

昨日、夕食に「ビーフカレー」と「生野菜とアボカドのサラダ」を作りました ビーフといってもわが家のは牛バラ肉を使います。とても美味しいです

 

     

 

         

 

昨夕、浜離宮朝日ホールで「愛知室内オーケストラ  特別演奏会」を聴きました プログラムは①モーツアルト「フルート四重奏曲第1番 ニ長調 K.285」、ベートーヴェン「ピアノと木管楽器のための五重奏曲 変ホ長調 作品16」、ブラームス「ピアノ五重奏曲 ヘ短調 作品34」です 演奏は②③のピアノ独奏=ゲルハルト・オピッツ、管弦楽=愛知室内オーケストラです

愛知室内オーケストラのメンバーは、ヴァイオリン=亀谷希恵、岩月菜那、ヴィオラ=加納明美、チェロ=中条誠一(ゲスト)、フルート=世良法之、オーボエ=熊澤杏実、クラリネット=芹澤美帆、ファゴット=野村和代、ホルン=向なつきです

 

     

 

この公演のチケットはほんの2、3日前にネットで取りました チケットの郵送が間に合わないので現地清算にしました。浜離宮朝日ホールは何年ぶりだろうか? 久しぶりにホールのロビーに着いてびっくりしました 深紅の絨毯で高級感を醸し出しています。雰囲気がすっかり変わってしまいました

自席は1階10列4番です。ギリギリに手配した割には比較的良い席が取れました。通路側ではありませんが

1曲目はモーツアルト「フルート四重奏曲第1番 ニ長調 K.285」です この曲はウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)がアマチュア演奏家ドジャンの依頼により1778年に作曲した数曲のフルートのための作品の一つです 第1楽章「アレグロ」、第2楽章「アダージョ」、第3楽章「ロンド」の3楽章から成ります

フルートの世良、第1ヴァイオリンの亀谷、ヴィオラの加納、チェロの中条の4人によって演奏に入ります

伸び伸びとした世良のフルートを3人が支える形で演奏が展開しました 演奏自体は良かったのですが、一つだけ注文すると、第2楽章から第3楽章に移る時は間髪入れず すぐに入ってほしかったということです この曲の魅力は第2楽章(短調)から第3楽章(長調)に移る時の曲想の急変にあるからです。悲し気な気分に落ち込んでいたかと思うと、次の瞬間にはもうモーツアルトは笑っている、そんな”落差”を演奏で表現してほしかったのです

2曲目はベートーヴェン「ピアノと木管楽器のための五重奏曲 変ホ長調 作品16」です この曲はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770ー1827)が1796年のプラハとベルリンへの旅行中に書かれたと考えられています    ピアノ、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットで演奏される五重奏曲は、先輩のモーツアルトが作曲していることから、モーツアルトを意識して書いたことは間違いないと思われます モーツアルトもベートーヴェンもピアノの名手だったことも根拠になるかもしれません 第1楽章「グラーヴェ ~ アレグロ・マ・ノン・トロッポ」、第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」、第3楽章「ロンド:アレグロ・マ・ノン・トロッポ」の3楽章から成ります

ピアノのオピッツを中心に、オーボエの熊澤、ホルンの向なつき、ファゴットの野村、クラリネットの芹澤がスタンバイします と思ったら、ファゴットの野村がオピッツに何やら耳打ちしています そして舞台袖に引き上げていきました。何かと思っていたら楽譜を携えて戻ってきました 要するに楽譜を舞台袖に忘れてきたのか、違う楽譜を持ってきてしまったのか、といったところでしょう このシーンを見ていて、その昔、コダーイ・カルテットのコンサートの際に、一人が楽譜を忘れて出てきて、取りに行ったままかなりの時間待たされたことを思い出しました そのホールの建物は宿泊施設があるので、どうやら部屋まで楽譜を取りに行ったようです この話は事実で、決して コダ イではありません

オピッツのピアノ独奏で序奏が演奏されますが、かなりゆったりしたテンポです     次いでテーマに移りますが、緩やかなテンポは変わりません    どうやらオピッツのペースで音楽が進行しているようです     3つの楽章のうち一番良かったのは第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」です     各楽器が良く歌います。特にホルンとオーボエの演奏が際立っていました

 

     

 

プログラム後半はブラームス「ピアノ五重奏曲 ヘ短調 作品34」です この曲はヨハネス・ブラームス(1833-1897)が1861年に弦楽五重奏曲として構想し作曲しましたが、その後、2台のピアノ用のソナタに編曲されました     しかし、ブラームスは作品に満足できず、1864年にピアノと弦楽四重奏の編成による五重奏曲として完成しました 第1楽章「アレグロ・ノン・トロッポ」、第2楽章「アンダンテ、ウン・ポコ・アダージョ」、第3楽章「スケルツォ:アレグロ」、第4楽章「フィナーレ:ポコ・ソステヌート ~ アレグロ・ノン・トロッポ」の4楽章から成ります

オピッツ、亀谷、岩月、加納、中条の5人の演奏で第1楽章が開始されます ブラームス特有の「ほの暗い情熱」とでも言うべき音楽が奏でられます 今月4日にノット指揮東響で聴いたブラームス「ピアノ協奏曲第2番」の演奏の時も感じたのですが、オピッツの横顔を見ていると、まるでブラームスがピアノを弾いているような錯覚に陥ります 顎鬚といい、全体的な体型といい、ブラームスそっくりなのです オピッツのピアノは中庸を得た、というか、節度のある演奏です 全体的な印象としては第1楽章と第3楽章、そして第4楽章後半が生き生きとした演奏で良かったと思います

新たにチケットを買わない限り、これが今年最後のコンサート。とても寂しいです 31日には「今年のマイベスト5」を発表するつもりです


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