13日(日)。昨日、新宿ピカデリーでMETライブビューイングヴェルディ「椿姫」を観ました
キャストは、ヴィオレッタ・ヴァレリー(椿姫)にナタリー・デセイ(ソプラノ)、アルフレート・ジェルモンにマシュー・ボレンザー二(テノール)、ジョルジュ・ジェルモンにディミトリ・ホヴォロストフスキー(バリトン)ほかです
指揮はファビオ・ルイ―ジ、演出はヴィリー・デッカーです。これは今年4月14日に米メトロポリタン歌劇場で上演されたオペラの実況録画です。自席はL列10番,センターブロック通路側です
「ラ・トラヴィアータ」は「道を外れた女」を意味しますが,ヒロインのヴィオレッタが椿の花を愛することから,日本では「椿姫」というタイトルが付けられています デッカーの演出は19世紀半ばのパリの舞台を現代に置き換えて,極めてシンプルな舞台づくりをしています.第1幕から第3幕まで舞台転換はなく,右サイドに大きな時計が設置されていて,第2幕で5台のソファーが運ばれてくるくらいです
第1幕のパリのヴィオレッタのサロンのシーンでコーラスが出てくるのですが,全員が黒服を着た男性です.しかし,声は男女混合です.あれ?と思って目を凝らして画面をよく見ると,半数は女性が男装していることがわかります このシーンは通常,華やかさを演出するため着飾った男女を登場させるのが常識ですが,デッカーの演出ではヒロインのヴィオレッタだけが”女”として浮き彫りにされます
もう一つ第1幕で気が付くのは,だれか知らない紳士が黒いコートを着て舞台袖に立っているのです.まるでヴィオレッタの近い将来の運命を知っているがごとく,何も言わず”存在”しています 彼のことは多分,ヴィオレッタにしか見えない,という演出です.彼は第2幕,第3幕でも登場しますが,その正体は最後の第3幕終盤で判明します
ヒロインのヴィオレッタを歌うナタリー・デセイは,METオペラを代表するソプラノです.彼女の場合,このヴィオレッタのような悲劇のヒロインを演じて歌っても,プッチーニ「連帯の娘」のマリーのような喜劇のヒロインを演じて歌っても,これ以上ないような素晴らしいパフォーマンスを見せてくれます 幕間のインタビューでデセイは「この公演では演出家のデッカーから事細かな演技の指示が出された」と言っていましたが,”歌う女優”ナタリー・デセイは見事に応えて演じ切りました
アルフレード・ジェルモン(ヴィオレッタの恋人)を歌ったマシュー・ボレンザー二は初めて聴く若い歌手ですが,終始伸びのあるテノールを聴かせてくれました
特筆すべきはジョルジュ・ジェルモン(アルフレードの父親)を歌うディミトリ・ホヴォロストフスキーですいまやMETオペラの看板バリトンと言っても過言ではないでしょう.とにかく銀髪でかっこいいのに加え,声がほれぼれするほど素晴らしいのです
これまで何回かラ・トラヴィアータを観てきましたが,これほど”強い”ジョルジュ・ジェルモンを聴いたのは初めてです.もっと「控えめで大人しい」というのがジョルジュのイメージだったのですが,ホヴォロストフスキーのジョルジュは”何が何でも息子を高級娼婦=ヴィオレッタから救い出すのだ”という意志と行動に溢れていました
昨年6月のMETオペラ来日公演でのヴェルディ「ドン・カルロ」のロドリーゴを歌った彼のバリトンが忘れられません.べらぼーにうまかったし,かっこよかった
第3幕終盤でヴィオレッタが最後を迎えるシーンで,第1幕~第2幕で登場した黒いコートの紳士は,女中のアンニーナに”ヴィオレッタは結核の末期状態にある”と伝える医師グランヴィルであることが判明します つまりデッカーの演出では,ヴォオレッタの運命を知る唯一の存在,医師グランヴィルを最初から登場させ,将来の彼女の運命を予告しようとしたのです
私は時代設定を別の時代に置き換えて演出するのはあまり好ましいことだとは思っていません しかし,今回のデッカーの現代版ラ・トラヴィアータは説得力があり,それほど違和感はありませんでした.要は作品自体が優れているので,歌って演技できる歌手が3人揃えば演出に左右されることはないのかも知れません
この公演,休憩1回(14分)と歌手へのインタビュー等を含めた上映時間は2時間46分です.5月18日(金)まで,「新宿ピカデリー」では午前10時からの1回,東銀座の「東劇」では午前11時から,15時から,19時からの3回上映されます.入場料は3,500円です.初めてこのオペラをご覧になる方へは積極的にはお薦めしません(演出が特異)が,2回目以上の方には是非ご覧いただくようお薦めします