ファンタジアランドのアイデア

ファンタジアランドは、虚偽の世界です。この国のお話をしますが、真実だとは考えないでください。

縄文のシンボル 総集編 一部   アイデア広場 その929

2021-06-25 16:47:42 | 日記
縄文のシンボル 総集編 一部   


 第1話 宮畑村の猪コンテスト     

時は縄文土器編年でいうところの大洞Bの初め、寒冷化に向かう時代でした。場所は、現在の福島県福島市の東側に位置する阿武隈川と阿武隈山系に挟まれた宮畑と呼ばれる集落です。当時は宮畑村といわれていました。縄文晩期は、衰退の時期でもありました。気候の寒冷化にともない、植生の変化が徐々に現れていました。主食のドングリにも変化が起きていました。アクの少ないイチイガシなどが減少し、一方、アクの多いコナラやミズナラなどが増えてきました。そのため、主食のドングリ料理にはアク抜きの手間が大幅に増えました。でも、宮畑の人達は、知恵と努力でこの衰退という課題に立ち向かっていました。他の村が少子高齢化に悩み生産性を落としているなか、生産の効率化と交易物産の開発や人口増加にも工夫を凝らした先進的村民行政を行っていました。ドングリを主体とした食料の充実、酒造生産の余裕、装飾も充実していました。赤と黒の服を着こなし、趣味に没頭できる生活環境を作り上げたのでした。
 折しも、宮畑では、若者組と熟年組で猪狩りのコンテストが行われています。
「このコンテストは、狩りの技術向上のために行うものです。もちろん、猪の肉は、我々のタンパク源として大切です。熟年組には、酒も十分に用意してあります。手を抜かず最善をつくすことを祈ります」
食物部長の競技宣言となります。
「猪の肉は美味しく、私たちの血となり肉となります、牙は大切な交易物産です。健闘を祈ります」
物産部長の祝辞が述べられました。
猪は、一寸した隙にドングリを食べ尽くしてしまいます。それを防ぐために猪の数を減らしておく必要があるのです。もちろん、ドングリの採集場所から追い払い、ドングリを守っておくことも大切な狙いになります。猪に捕獲圧をかけて、宮畑村民の食物であるドングリを確保する必要があったのです。
 日の出少し前、若者組は二手に分かれて、猪の住み家に近づいています。猪は有蹄類には珍しく、巣を作るのです。体温調節のできない動物で、寒さに弱い特徴を持っています。ススキなどの草を集めて屋根のある巣の中で過ごしています。その巣を事前に見つけている若者組は、風下からゆっくり巣を半円形に囲みます。一定の距離に来たとき、
「ウオー、ウオー・・・行け!」
と時の声を上げて、犬を放します。
「ブヒー・・ブッビー・・・」
と猪の群れは風上に逃げます。
「出てきたぞ!」
「慌てるな」
「散らすなよ」
と若者組は、一定の距離をおいて追いかけます。猪の群れを緩く囲み、その輪を狭めながら追いかけていきます。ボス猪を先頭に群れが必至に逃げます。犬は執拗に追いかけます。若者組の一方は、猪の逃げる方向の木の上で待ち構えています。弓に矢をつがえ、五人が犬の声を聞きながら猪が近づいて来るのを見て取ります。前方に、猪の群れが見えてきました。
「来たぞ、先頭の猪を狙え、まだ、まだ」
若者組の副リーダー次郎が叫びます。五人は無言で弓を引き絞ります。射程距離に入ったとき
「打て」
号サインで五本の矢は、先頭の大きな猪に命中。他の猪は逃げていきます。それにはかまわず、一頭の猪に注意を集中します。矢が当たっても、すぐには倒れません。その間に追ってきた犬たちが、猪に襲いかかります。徐々に抵抗する力をなくし、猪が弱っていきます。その状況を潮時と判断し、リーダーの太郎が、石斧を獲物の眉間に正確に打ち込み、とどめを刺しました。
「やったな兄さん、大物だぜ」
「ウーン、このやり方で良かったのか・・・・」
太郎にはなぜか、喜びの気持ちがでてきません。
「獲物の脚を藤の綱で結べ」
「棒につるしたら、それから血抜きだ」
血抜きが終わり、棒につるされた猪を運ぶだけになります。
「じゃ、四人で運ぼうぜ。九十キログラムはあるな、近来まれに見る大物だ。勝利は当然若い僕らのものですね」
笑顔溢れる若者組です。
 熟年組の狩りは、変わっていました。ヌタ場(猪の泥遊びをする場所)の風上からゆっくり近づいていくのです。匂いを知らせるのですから、狩りには不利なはずです。当然猪は、危険な人間の接近を知ることになります。もちろん、犬も一緒ですが吠えたり、抜け駆けをしたりしません。
「ゆっくり行こうぜ」
群れに悠然と近づいていくので、猪のほうもゆっくり風下に移動します。風上からの犬や人間の匂いが明瞭に漂ってきます。猪も距離感があるので、余裕があります。ある程度追跡した時点から追っ手や犬のスピードをほんの少し上げていきます。それほど明確に分かるほどのスピードではありません。風上から追うので、猪もそれは分かるようです。しばらくしてから、追っ手はもう少しスピードを上げてきました。犬もこのときから
「ワン・・・ワンワン・・」
控えめに吠え始めました。猪もそれに合わせて速度を上げます。その時、熟年組のリーダーが鋭く口笛を吹きました。
「ピー・・・ピー・・・」
この合図を今か今かと待っていたかのように風下に待機していた犬の群れが素早く猪の群れに襲いかかります。猪の群れは、風上と風下の両方向から襲われることになりました。風の流れから外れて、右へ方向転換していきます。そこは、下り坂の斜面です。猪の群れは急いで斜面をくだります。その時、先頭の猪とその近くの数頭が、急に視界から消えてしまいました。残りの猪は、それにかまわず斜面を走り去っていきました。消えた猪はどうしたのでしょうか。落とし穴に落ちたのです。この斜面には二十ほどの落とし穴があります。通常は、猪も注意して落ちません。今回は犬に追われるという突発的事態に加えて、進路を妨害され、逃げることに気持ちが集中し、落とし穴まで気が回らなかったのです。それにしても、口笛で犬を操る熟年組の狩りの能力は相当なものです。
 落とし穴に落ちた猪は、動けなくなっています。
「ブヒー・・ブビー・ブヒー・・ブビー・・・」
自由に動けずいらだっているようです。穴に敷いた木の棒が邪魔をして動きが封じられています。ベトナム戦争のように、落とし穴に槍や尖った木が刺さっているわけではありません。猪に傷を付けないようにし、かつ動きを封じる工夫がしてあるのです。
「4頭、捕獲できましたよ」
「これは雌です。雌は来年ウリボウを育てますから、今回はリリースしましょう。」
「こちらの二頭はまだ若すぎるようです。もう少し大きくなってからの獲物ですね。これもリリースします」
「これは良い面構えですね、老獣の部類でしょう。これを獲物としてよいですね。みなさん」
「賛成」
「それでは血抜きをします」
「はい、後ろ脚を持ち上げて逆さにしますよ。注意して」
「逆さにしたら黒曜石のナイフで頸動脈を切断しください」
血がある程度出ると、腹を割き、内蔵を取り出します。
「内蔵は犬にやりましょう」
「ほら、ご褒美だ。よくやった」
犬達は、あたえられた新鮮な内蔵に食らいつき、一足早くごちそうにありつきます。
「膀胱と肛門の処理は丁寧にしてください。匂いがつくと品質が落ちますよ」
処理をした猪を、そりにのせて運びます。持つよりも、引く方が楽なのです。肉も傷めません。
 宮畑村に、若者組の猪と熟年組の猪が運ばれてきました。審査員は、長老、食物部長、物産部長、呪術部長の4名です。
「品質に問題がありますね、若者組の猪は」
「そうですね、猪は大きいのですが、肉を傷めすぎていますね。肉の品質低下が明らかです」
「熟年組は、さすがに手際がいいですね。」
「資源の確保と動物保護の相反する思想を両立させていますね。縄文人の鏡ですよ」
「雌は、次の世代の猪を育てる種子のような存在です。種子を食べつくせば、次の収穫はゼロになってしまいます。その辺のことを良く心得ていて、次世代に繋がる猪をリリースする判断は高く評価できます」
「若い猪も、次の世代をつくる主役ですからね。」
「しかし、若者組も乱獲をしない点は評価できます」
「そうです。もう一頭ぐらいには、矢を放つスキルは持っている連中ですよ」
「ドングリの採集場所から猪を遠ざけるという意味では、おおいに成功といえますね。」
「そうです、若者組のやり方は、若い猪に恐怖感をあたえています。人間に対する恐怖感を植え付けましたね。捕獲圧の目的を十分に果たしている点では評価できます。」
長老と三役の身勝手な話し合いの結果、
「今回のコンテストは、熟年組に軍配をあげます。若者組は、熟年組のスキルや資源保護の思想を身につけるように希望します。今回の反省を含めて、一層の精進をお願いします」
長老がコンテストの総括を素早く述べました。この後、猪のバーベキューなどで村民の宴会は盛り上がりました。


 第2話 宮畑村の生産様式     

ところで時間はさかのぼりますが、猪狩りコンテストの一週間前のことです。全村民を前に今年度の中間事業報告がされていました。
食物部長が、今年の中間事業報告をしています。
「皆さんもご承知のように、宮畑村民六十名に必要な食物は、年間六十トンのドングリです。肉は、猪に換算して四十八頭、油は鬼ぐるみなどの実から取れる二百キログラム、野菜は、ツクシ、ノビル、ワラビ、ゼンマイ、その他で一・五トンが必要になります。例年主要産物であるドングリは、村民六十人が十日間働く集中的集約労働で収穫してきました。猪は、男衆が一ヶ月に二頭の捕獲体制で余裕をもって確保してきました。野菜については春、夏、秋は季節の葉物の採集で十分に間に合っています。しかし、冬の野菜については、塩漬けなどの保存食になります。これには塩の使用量が大幅に増加し、塩の調達に工夫が求められています。このことについては、後で物産部長の方から報告があります・・・」
物産部長が報告を始めます。
「宮畑特産の骨製縫い針に、各村々から強い要望がきています。皆さんもご存じのように、赤と黒の服にカワウソの毛皮をアクセントとして縫い付けることが流行しています。このカワウソの皮を張り付けるときに、鋭く折れにくい縫い針が珍重されています。この要求に宮畑針が最適とされているのです」
「なんで、カワウソの皮を縫い込むのですか」
「他の村々では不況に苦しんでいます。神様に上訴する人々が増えているのです。神様に上訴するとき、赤と黒の服を着るだけでなく、貴重なカワウソの皮を着物に付けて上訴した方は効果があるという説が流布しました。この噂が広がり、赤と黒の服とカワウソの皮の組み合わせが三点セットとしてもてはやされています。ここに宮畑の針が加わり、四点セットとして、流行が広がっているのです」
「世の中何があるか、わかんないな!」
「次に、鹿角製儀仗についてです」
「儀仗って何ですか。何に使うのですか」
「これについては呪術部長から説明をお願いします」
「神様の声を聞く呪術関係者の必需品です。この他にも、ヒスイの玉や御物石などが有名です。一般に流通しない品物です。神様が祝福している村は、不況がないと考えられています。それで、祝福されている、不況を知らない村で作られた鹿角製儀仗が、霊験あらたかとみられているのです」
「この鹿角製儀仗の需要に供給が追いつかないほどになっています。村民の生産者の皆様には、時間外労働をお願いしまして大変心苦しく思うところであります。今後ともよろしくお願いいたします」
「これ以上増えるのは嫌ですがね。でもこの村は良い村なんですね」
「もちろんです。塩の確保の件ですが、新地村との塩の交易が上手くいっています。新地村の要望の高い鹿角の生産が順調です。角との交易で製塩土器に換算して二十個ほどを確保できました。」
「なんで、そんな貴重な製塩土器と、いくらでも取れる鹿角が交換できるんだ」
「漁猟の技術改良で、銛が離頭銛に順次置き換えられているようです。離頭銛は、大きな魚を取る場合に使われます。その銛が刺さると、刺さった銛の一部だけ魚の肉に食い込み抜けなくなります。その銛には縄がついており、どこまでも追跡可能になります。そのうち大型魚は弱まり、捕獲されるというものです。」
「すごいものを作るもんですね」
「松島湾の里浜村の考案と言われています。この銛には太い鹿の角がどうしても必要なのです。里浜村も鹿角を角館村あたりから確保しているようです。とにかく、塩の確保は現在のところ安心してください」
「塩の取り過ぎは、体に悪いことを知っておくように、薄味が基本です」
健康管理を司る呪術部長から一言ありました。
物産部長のほうから新しい提案がありました。
「村人だけで、ドングリ取りをすると楽しくないという意見が寄せられています。他の村から若い男女の参加を求める意見が、若者組や娘組から出ています。今回は試験的に、人的交流を行ってはどうかという提案です。」
「飯館の娘ッ子が来るなら賛成」
結婚願望の強い若者が強い賛成の意思表示をします。
「飯館は石棒の産地だ、そこから石棒が手に入れば子孫繁栄は間違いない」
「新地村の乾しハマグリは絶品だ、もちろん賛成だ」
味にうるさいやや肥満気味の美食家が賛成の弁を述べます。
「押出村の男なら賛成」
おしゃれな娘ッ子も思わず笑顔になります。
「押出の漆工芸はすばらしいもんね、あそこの櫛を手に入れられたら最高」
若者達の賛成の声が大きくなります。
「それではみんなが賛成と言うことで、各村の長老にこの旨を連絡します。なお、交流した村には、こちらからも人材を派遣することになります。希望者は、今のうちから物産部長のほうへ申し出ておいて下さい」
長老が断を下しました。


 第3話 宮畑村に気候変動の兆候     

 数週間後、一年で最も重要で忙しいドングリ採集の行事が行われました。先日の提案通り、近在の村から派遣された若者や娘ッ子がやってきました。遠くは押出村と新地村、近くでは飯館村や和台村の四つの村から男女一名ずつ計八名の交流になります。
「いよいよ一年の食糧を確保する大切な行事です。この十日間で六十トンが目標です。楽しくそしてコミュニケーションを取りながらドングリの収穫をお願いします」
食物部長から激励の言葉がありました。
若者二十八名がドングリ採集の主力です。男の隣は女というように一列に二十八名が並びます。二十八名の並びに平行して二十八mの縄を十m先に敷きます。それから始まりです。
「ドングリザクザク、こうれで一年楽できる
ヨーイヨーイヨーイヨーイ
後ろのムーラは遠ざかる、前のヤーマは近くなる
ヨーイヨーイヨーイヨーイ
遠くの声は見目麗しい、近くの者は見目麗しい
ヨーイヨーイヨーイヨーイ
イノシシしっし、虫さんしっし、こうれで一年楽できる
ヨーイヨーイヨーイヨーイ
後ろのムーラは遠ざかる、前のヤーマは近くなる
ヨーイヨーイヨーイヨーイ
遠くの声は見目麗しい、近くの者は見目麗しい
ヨーイヨーイヨーイヨーイ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 」
リーダーの歌に合わせて、ドングリを取り始めます。範囲は自分の前一メートルの幅で十メートル先までです。五キログラム入る藤で編んだ篭に、ドングリを入れていきます。歌いながらリズムをつけて拾います。十メートルの距離に来たとき、娘組は一人ずつズレます。すると隣の男女も全部替わります。縄も十メートル先に移動します。フォークダンスのチェンジのような光景です。
「ドングリザクザク、こうれで一年楽できる
ヨーイヨーイヨーイヨーイ
後ろのムーラは遠ざかる、前のヤーマはん近くなる
ヨーイヨーイヨーイヨーイ
遠くの声は見目麗しい、近くの者は見目麗しい
ヨーイヨーイヨーイヨーイ
イノシシしっし、虫さんしっし、こうれで一年楽できる
ヨーイヨーイヨーイヨーイ
後ろのムーラは遠ざかる、前のヤーマは近くなる
ヨーイヨーイヨーイヨーイ
遠くの声は見目麗しい、近くの者は見目麗しい
ヨーイヨーイヨーイヨーイ・・・・・・・・」
若い男女は、労働歌を歌いさらに左右から強烈なフェロモンを浴びます。笑顔の若者、少し恥ずかしがっている娘ッ子、仕事と遊びが両立しているようです。
若者組が集めたドングリは、大きな籠に集められます。その籠は、そりに付けられて村の水場に運ばれます。運んだドングリを水の貯水池に入れます。沈んだドングリは貯蔵するものです。浮いたドングリは、虫食いや古いドングリなので捨てます。その後、良いドングリだけを篭に入れ直して、貯蔵穴に保管するのです。この仕事は熟年組の仕事になります。熟年組は一つのそりに三十キログラムのドングリを載せて二人一組で、手際よく運びます。一日の目標は、六千キログラムです。ノルマは二百回の往復になります。
「今年は、猪も食べた様子がないな」
「虫もそんなについていないようだ」
「ドングリの質はどうかな」
「水につけないと、本当のところ分からないところもあるからな」
「若者組の士気は高いので、二百八十平方メートル当たりの採取量は確実に増えていますよ」
こんな意見を聞きながら食物部長は、今年の収穫に自信を深めていきます。
楽しく短い十日間の行事が終わりました。交流会は大成功でした。
「例年の二割増しぐらいの収穫になってますよ」
「臨時の貯蔵穴を二つ余計に使いました」
「押出の男と仲良くなって、がんばる姿を見せた娘ッ子、燃え尽きなければ良いけどな」
「あの娘ッ子、最初飯館を希望していたけど、昨日押出に希望を変えてきましたよ」
収穫量は平年をはるかに上回りました。行事が終われば、人事交流のお返しがあります。押出村と新地村、飯館村や和台村の四つの村へ男女四名ずつ計八名派遣をしなければなりません。
「お土産はどうなっている、物産部長」
「はい、猪の牙で作ったペンダントです。宮畑特有の『乱れ模様のすり衣』の透かしを入れてあります。あと、鹿の乾し肉と縄文クッキーが三日分です。長老」
「そそうのないようにお願いしますよ」
最大の行事が終わった後、村民集会がもたれていました。話題は、年間の総労働時間についてでした。
「年間の総労働時間が、今年はなぜか増えたように思うのですが。長老どうなってますか」
「一日を三区分すると生理的時間が八時間、仕事が八時間、自由時間八時間、これがこの村の基本です。さらに週休二日制です。この計算でいくと自由時間は、平年ですと約三千六百時間になります。仕事の時間が、約二千百時間です。仕事の時間が増えたのは、事実です。詳細は、物産部長から報告させます」
「報告します。今年は、自然災害による緊急出動がいくつかありました。まず、二月には大雪による家の倒壊がありました」
「あれはひどかったな、雪の水分が多く、竪穴住居の柱が折れてしまった。新居を建てるのに七日もかかったよ。」
「次に、三月の地震による家の倒壊。」
「地震も怖かった。あんな揺れ経験したことがなかった。土で覆った住居なので、重いために倒壊したんだ。柱もシロアリに食われていたことも大きかったな!」
「地震で二軒が倒壊しました。二軒の復旧は十四日間の作業でした」
「それから七月の長雨による雨漏りの修理」
「最近の梅雨は、豪雨や日照りが極端で困りますね」
「さらに、八月には異常高温による熱中症患者の大量発生が記憶に生々しいです。このことによる病休の増加がありました」
「あの暑さでは、仕事になりませんでしたよ」
「普通は寒いのになんで、急に暑くなるんだろう」
「最後に、九月は台風による水場の崩壊などのために多くの臨時作業日が出来ました。臨時作業時間の総数は一人当たり六百時間の増です。皆様の大切な自由時間を村の施設修復のためにご提供をいただいたこと、改めて感謝申し上げます」」
「最近、神様の仕事具合がおかしいように思うのですが、どうなんですか」
「呪術部長、お願いします」
「最近、地下の神様や地上の神様、そして天の神様が意思疎通を欠くようになってきたことは事実のようです」
「地上の神様は、作物を豊かにしてくれていますね」
「でも、天の神様は超大型の台風を起こして、作物をダメにしてしまいます」
「地下の神様は突然巨大地震をおこして、私たちに余計な作業をさせるのです。地震で壊れた竪穴住居を建てる作業には、二週間もかかっています。その作業が、私たちの自由時間を大幅に奪っているのです」
天の神様が起こした地球寒冷化は、海面を2m以上も押し下げてしまいました。これに比べれば、平成の異常気象など目じゃない現象です。でも、縄文の人達は、縄文前期に起こった縄文海進では、大きな貝塚を作っていました。彼らは海が押し寄せてくれば、そこで貝を捕り、貝の実をたらふく食べることを学びました。さらに、その貝を加工して内陸部の村との産物交換で豊かな食生活をしてきました。内陸の鹿の角は、海では釣り針になります。工夫した釣り針で美味しい魚をたくさん食べることも学びました。寒冷化で海面が低くなれば、低くなった土地に行って漁撈を行っています。柔軟な豊かさを求める行動は不滅でした。
でも、神様達の身勝手な行動が、人間の柔軟な行動でも解決できない問題を引き起こし、村に大きな損失をもたらすようになってきたのです。
「地下の神様や地上の神様そして天の神様が、自分たちの仕事をよくやっていることは認めますよ。」
「それはそうだ、地震を起こすことも、作物を実らせることも、台風を起こすことも神様の仕事だ。」
「神様は、誠実に仕事をしている。でもなんか変なんだ。部分最適全体最悪というか」
「このまま続くようでは、たまりません。もう少し宮畑の人々のことを考えて、よりよい生活環境を維持してほしいのです。」
「端的に言えば、私たち人間のことを考えて、神様達は協調して仕事をしてほしいと思います」
「だって、自由時間が六百時間も減ったんですよ」
「おかげて櫛に漆を塗る作業が遅れて、婚約を破棄されましたよ」
「若い娘ッ子は、漆の櫛に目がありませんからね」
「私なんて飯館村から石棒の原材料を手に入れて、子孫繁栄の聖具を作ろうとしたのですが、その作業が延び延びになってまだ出来ていないんですよ」
「それで子供が、三人だけなんですね。」
「とにかく、神々に善処していただく方法をみんなで考えましょう」
「長老お願いします」

長老と三役が会談をしています。宮畑村の行政組織は、長老を頂点に、食物部長、物産部長、呪術部長から構成されています。あと、会議には書記が出席し、記録をとります。文字のない時代でした。書記には特殊な能力が要求されました。サバン症候群とされる人の中でも特に記憶力に優れた人がいます。記憶に特化した仕事で、会議で話されたことは全て正確に記憶する能力を持っていました。前期大和政権では、「語り部」と言われる人々の前身です。ちなみに長老が各村に人的交流の知らせを行うといったとき、その内容を正確に知らせたのはこの書記でした。従って、長老の書記兼飛脚のような役割も持っていたのです。記憶と足の速さが彼の持ち味でした。この記憶されたデータが、宮畑村の大きな財産でした。
「書記、昨年骨針は、どの村で何本希望したか、教えてくれ」
物産部長がこのような指示を出すと、
「押出村八本、新地村六本、飯館村五本、和台村三本、里浜村六本、加曽利村三本・・・」
ロボットのように次々と述べていきます。それを聞いて、物産部長は、今年の骨針の生産を計画します。鹿の骨の在庫、職人の確保、流通経路の安全性などから最適利潤を考えていくのです。文字のないこの時代は、このように記憶力が重視されていました。サバン症候群が生まれる家系の中で、この能力が特化された人が、呪術部長や書記の仕事を受け継ぐことが多かったようです。
四者会談の結論は、神々による自然災害が増えたこと、それにより宮畑村の人々の人的疲労が著しく、不満やストレスがたまっていることが差し迫った問題になっていることでした。呪術部長が発言します。
「天候が不順になり、作業が過重になり、村民の労働時間の増加が顕著であるということですね。以前の状態に戻すには、地下の神様や地上の神様と天の神様の意思疎通をはかる方策を見つけることです。そのヒントに少し心当たりがあります。風の便りによると、青森の三内丸山村では、神々の意思疎通を図り、豊かな村民行政を行っていると聞いています。ただ、その方策は門外不出でなかなか分からないとのことです。」
「私も福島方部の長老会でそんな話を聞いたことがある。三内丸山では北陸の桜町村や不動堂村に人を派遣してその『秘密』を持ち帰ったと聞いている。」
物産部長が口を挟みます。
「この村の産業は、現在の所順調に見えますが、不安な面もあります。北陸地方の産業や交易の長所を取り入れていくことが大切かもしれません。この際、北陸地方の動向を調べるための使節団を派遣してはどうでしょうか。」
「使節団は、太郎と次郎とシロとクロの犬を提案します」
「シロとクロですね」
「無難な人選ですね」


 第4話 藤橋村のドングリ収穫

 二人と二匹の犬が、二週間を費やして、藤橋村に到着しました。この付近は、縄文時代中期には、火炎土器で有名な土地柄です。シロとクロが村に近づくと、村のボス犬が、尻尾を立てて「ウー・・・」とうなり声を上げながらシロとクロに向かってきました。太郎と次郎はかまわず村の長老の家に向かいました。するとボス犬は、いつの間にか「クン・・クン・・」と尻尾を下げてシロに鼻面を寄せて甘える仕草をしていました。
村の長老と三役を前に太郎が挨拶します。
「私たちは、東北の玄関に当たる福島の宮畑村からやって参りました。太郎と次郎です。この藤橋村の優れた文化を勉強しに参りました。是非、受け入れていただきご指導をお願いします。」
「この村は、明日からドングリの収穫で忙しくなるが、一緒に働いて学んでいくがいい。住まいは、若者小屋でこの村の者と過ごすとよい。」
好意的な受け入れの言葉にほっとした太郎と次郎でした。
「宮畑村ってどんなとこだ」
「一年を十日で暮らす良いとこだよ。人口増加も順調で、食料は食べ放題、酒はうまいし、装飾も思いのままなんだ。赤と黒の服を着こなし、趣味に没頭できる生活環境が整っているよ」
宮畑村の様子をかいつまんで話し、打ち解けた雰囲気で眠りにはいりました。
翌朝、朝食を済ませると、村民一同そろってドングリ拾いを始めました。個人個人が藤のツタで編んだ籠を持ってドングリを籠に入れていきます。約十キログラムほど入れると、村の貯蔵庫である貯蔵穴に持っていきます。最初は村の近くで取っているので、ドングリを持ち帰る距離は短く楽でした。でも、段々遠くなり、運ぶ距離が長くなると、十キログラムの荷物が重くなり、運ぶことに時間が取られるようになりました。ドングリを取る時間が短くなり、作業効率が落ちていくのです。藤橋村のドングリ取りには、ボトルネックがいくつかあるようでした。
ドングリの場合、成熟期前後の2~3週間以内に収穫する必要があります。遅れれば動物や虫のえさになってしまいます。従って、最低でも三週間という短期間で、ドングリを取り切ってしまわなければなりません。そのためには、一時的に多くの人を投入し、短時間で収穫を完成させる作業形態が必要なのです。藤橋村の弱点は、運搬にあるようです。一日目の作業が終了したとき、
「作業をもっと早くすべきです。今年は、虫が多い年です。虫が入って、ドングリの品質がどんどん悪くなります。」
次郎が今日の作業で気がついたことを積極的に述べました。
「どうして虫が多いと分かる!」
食物部長が尋ねました。
「昨年のカマキリの巣の跡を見ると、低い位置に巣を作っています。これは暖冬で、冬の間、虫が死滅しなかったことを意味します。虫が大量に発生している兆候です。それから、若者組のリーダーに聞いたところ、今年の春のシジュウカラが、多くの卵を産んだと言います。シジュウカラが、卵を多く産むときは虫が多くなります。虫が多くなれば、鳥は餌を心配しなくても良いからです。鳥の本能です」
「今まで寒さが続いていたので、虫の発生は少ないと考えていたが?そうだったのか」
感嘆の声が上がります。
「どうすれば、速く作業ができる」
食物部長が尋ねます。
「藤橋のドングリ取りのボトルネックは、採集物を運ぶ時間にあります。十キログラムのドングリを収穫場所から貯蔵穴まで担いで運ぶための時間がかかるのです。十キログラムを長い間、持って運べば疲れがでてきます。疲れが蓄積し、作業能率が落ちていくのです。持って運ぶのではなく、引いて運べば楽に、大量のドングリを運ぶことが出来ます。運ぶ道具は、トンボそりを使います。」と次郎
「トンボそり、なんだそれ」
次郎は、宮畑村から担いできた五本の木を見せます。一本は一・八メートル、二本が一・二メートル、あとの二本は同じく一・二メートルぐらいですが片面がすり減って平らになっています。そりの部分が二本、そりの上に棒を二本つなぎ、長い棒をそりに結んですぐにできる簡易そりです。
次郎と太郎は組み立てて、ドングリを三十キログラム載せて引いてみせました。二人で引くと、楽々と運べる様子がみんなを驚かせました。
「どれどれ、俺もやってみて良いか」
「どうぞ」
「これは楽だ、おまえもやってみろ」
「おうこれは、力がいらない」
驚きの声が上がりました。
「物産部長、このトンボそりはすぐ出来るか」
長老が聞きます。
「これなら、すぐにできると思います。さっそく今夜中に作って、明日から使えるようにしておきましょう。こんな便利なものがあったのか。」
次の日、三人一組に成り、三十キログラムのドングリが籠にたまると二人がトンボそりを引いて、水場に運びます。水場では別の作業班が待っていて、受け取ったドングリを水に浸します。その後、沈んだドングリだけを選別して、貯蔵穴に持っていきます。採集場に残った一人は、ドングリ拾いを続けるのです。輸送が速く楽になり、時間が節約できた分、ドングリの採集は効率よく、昨年より大幅に早く終了しました。


縄文のシンボル 第5話 長者ヶ原村と寺地村の和解     

ここは長老の竪穴住居です。太郎と次郎に礼をいう長老の姿がありました。
「おかげで、昨年よりも何日も速く作業が終了した。ドングリが虫や猪に食べられる前に収穫したので、品質も良いものが貯蔵できた。これも、太郎と次郎のおかげだ。」
「一緒に働いたおかげで、いろいろ勉強できました。ところで、ここではヒスイの加工施設がありましたが、加工をしているのですか。」
「そのことで、困っていることがある。おまえ達には課題を解決する知恵があるようだ。相談がある。おまえ達も知っているように、ヒスイの原石は、長者ヶ原村と寺地村で原石加工をすることになっておる。特に、ヒスイの原石に穴を開ける技術はあの二つの村以外にはできない。」
「そうだったんですか」
「そうだ、そしてその穴の開いた原石を磨くなどの二次加工は、この藤橋村でもできる」
「何処が、問題なのですか。」
太郎が不思議そうに聞きます。
「長者ヶ原村と寺地村の間で、確執が生まれているんじゃ。」
「確執って?」
「ヒスイを求める村は多い。日本列島の村々からヒスイを求めてやってくる。でも、ヒスイと同等の価値を持つ交換物を運んでくることは不可能だ。小指くらいのヒスイの価値は、一つの村の一年分のドングリの量に匹敵する。それを東京の大森村から運ぶことは出来ない。もし、大森村が、寺地村からヒスイを譲って貰う場合、毎年大森村が比較的近い釈迦堂村に塩を送り、釈迦堂村は尖石村に土偶を送り、尖石村は和田峠から取れる黒曜石を寺地村に送る交易を数年間繰り返すことになる。」
「それはすばらしい交易形態だとおもいますが、どこが問題なのですか」
「大森、釈迦堂、尖石、寺地の交易ラインが確固としたものならよいのだが、それが乱れているのじゃ。」
「どんな乱れですか」
「ヒスイを譲られた大森村は、寺地村に数年間バーター交易を三年続けていく義務がある。それを一、二年でやめて、長者ヶ原村に切り替えて、ヒスイの二重取りをするようなことが行われたのだ。それで、交易地間の不信感が顕著になり、長者ヶ原村と寺地村は他の村々にヒスイを供給しなくなったのだ。」
「それは、困りましたね。宮畑村の呪術部長もヒスイは呪術能力を向上させる貴重なものだと言っていました。それで私たちは何をすれば良いのですか。」
「数日の内に、長者ヶ原村と寺地村の長老と三役が集まり、打開策の交渉をすることになっている。私もそこにオブザーバーとして参加することになる。そこに、おまえ達二人も参加してくれ。」
「私たち若造で良いのですか。場違いな気もしますが」
「この際破れかぶれ、いや清水の舞台から飛び降りるつもりで行ってくれ」
数日後の朝、秋晴れがまぶしい日でした。ここは姫川が最後に流れこむ海辺の近くです。この海辺では、ヒスイが良く取れるので、ヒスイ海岸としても有名な場所です。
臨時の竪穴住居の中に、長者ヶ原村と寺地村の長老と三役が向かい合って座っています。その末席に藤橋村の長老と太郎と次郎が座っています。
「その二人の若者は、どういう資格でそこにいるのだ。」
長者ヶ原村の食料部長が語気を強めて叫びます。すると、長者ヶ原村と寺地村の呪術部長は、同時に口をそろえて
「この若者はいなければならない」
びっくりする四人の部長を尻目に、
「二人の呪術部長が言うなら同席を願おう」
長者ヶ原村と寺地村の長老が穏やかに言い添えました。長老達は、太郎と次郎の能力を高く評価していました。長年続いてきた効率の悪いドングリ採集の作業形態を、一気に効率化した課題解決能力、虫や鳥の生態の変化から作業の遅速を決定する判断能力は得がたいものです。長老の決定は、村の盛衰を左右します。重圧を常に背負う長老としては、課題解決のための方法をいくつか身につけておかなければなりません。この若者の知恵は、のどから手の出るほど欲しいものだったのです。太郎達の情報は、藤橋村に嫁いでいる男女から長者ヶ原村と寺地村の長老にも、もたらされていました。情報は、長老の命です。
長老達も現在のヒスイの在庫量をこのまま増やしていくことはできないと考えています。交易が出来なければ、村が衰えていくことは自明のことなのです。
「若者の意見を聞くと、未来は明るくなるとヒスイの女神が言っている」
寺地村の呪術部長が言います。
「若者が公平で合理的な解決策を提示するとヒスイの女神が言っている」
同様に長者ヶ原村の呪術部長が言い添えます。
「他国の若造の意見を・・・・・なぜ・」
「姫川の女神様が・・・・どうして・・・・」
物産部長が戸惑いながらつぶやきます。
「ここは、この若者の意見を聞くようにしなければならないのかの、寺地の長老どん」
「私も二人の呪術部長の意見に反対はできないよ」
「若者よ、おまえ達の意見を言ってくれ」
太郎は心を決めて言います。
「私のような若輩が言うには大きすぎる問題です。日本列島全てに波及することですから。でも、ヒスイは日本列島のどこの村々でも望んでいる宝物です。個人の宝物ではなく、村の安定や豊作や豊漁をもたらす村全体の宝なのです。希望する村々に、出来るだけ公平に素早くヒスイを届けることが望まれています。そこで、提案です。長者ヶ原村と寺地村が供給する地域を固定化するのです。姫川を挟んで西は寺地が、東は長者ヶ原に固定します。すると、長者ヶ原は新潟を含む関東・東北・北海道が地盤になります。寺地は、中部、北陸、西日本を地盤とすることになります。」
「確かに、この提案は寺地の交易ルートの範囲が決まる。そして、ヒスイの譲渡による交易の代替物を送らない村には、再び送らない制裁を明確に加えることができる。これまでのような混乱は出ないだろう。」
「長者ヶ原の長老はどう思う。私は、良い提案だと歓迎するが」
「寺地の長老に賛成だ。自分の交易ルートの開拓に専念出来る」
「もう一つ提案があります」
「これ以上の提案を!」
「聞くべきです」
二人の呪術部長が同時に発言します。
「言ってみてくれ」
「二つの村は、ヒスイに穴を開ける技術を持っています。日本列島でこの技術を持つ村は、他にはありません。しかし、ヒスイを磨き加工する技術は、この近隣の村でも可能な技術です。穴を開ける原石加工までは二つの村で行い、その後の二次加工は近隣で行えば、ヒスイを望む村に速やかに提供できる体制が出来ます。今の日本列島は疲弊しています。ヒスイはどの村でも渇望している宝です。供給が出来る体制の早急な構築をお願いします」
「藤橋村としても是非、太郎の提案を受け入れてほしいとお願いする」
「これ以上考える必要もないだろう。早急にそのように計るようにしよう」
「具体的なことは、二人の物産部長が工程表を作り、実行に移すようにしてください。決定して良いですね。寺地の長老」
「歓迎だ。ところで太郎と次郎には長者ヶ原によって貰いたい。大丈夫か」
「喜んで!」
「いやいや寺地にもよって行ってくれ。大歓迎だ」
「ありがとうございます」
太郎達は、長者ヶ原村と寺地村に二日間ずつお世話になりました。普通の人が見られないこの村の秘密を見る機会を得たのです。


 第6話 桜町村での交流     

ここは桜町村です。太郎と次郎は宮畑村から約一ヶ月をかけて来ました。寺地村や長者ヶ原村の和解を取り仕切ったことが、すでにこの村にも伝わっていました。
村の長老と三役を前に太郎が挨拶します。
「私たちは、東北の玄関に当たる福島の宮畑村からやって参りました。太郎と次郎です。この桜町村の優れた文化を勉強しに参りました。是非、受け入れていただきご指導をお願いします。」
「おまえ達の活躍は、聞いているよ。村民一同歓迎する。来年の春までの滞在を許可しよう。住まいは、若者小屋でこの村の若者と過ごすとよい。」
長老達は、太郎と次郎の持っている知恵を、村の若者が吸収することを望んでいました。二人は、ヒスイ交易の課題を一気に解決しました。二人の人物を手元に置けることそのものが、一つの財産です。ですから、大歓迎なのでした。若者も他の地方の話には飢えていました。なぜなら、この村には門外不出の『秘密』があり、他国のものとの接触が制限されていたのです。
若者小屋では早速歓迎の宴が設けられました。
「良く来た。噂は聞いているよ。交易圏を分割して、地域割りをして交易地盤を決めたんだってね。」
「藤橋村で二つの村の確執を聞いたんだ。ヒスイはどこの村でも宝物だ。この宝物が入らないと、呪術関係の人達が困ることは誰でも知っているよね。」
次郎が穏やかに話しを始めました。
「そうなんだ、寺地と長者ヶ原の村に何度交渉に行っても、『寺地はどうだとか、長者ヶ原はどうなのか』などの堂々巡りだった。交渉のしようがなかったんだ。」
「ヒスイが欲しい村は日本列島どこにでもある。でも、供給が極端に少ない。需要があっても供給が出来ない状態だった。でも、ヒスイは姫川からどんどん獲れている。原石の在庫過剰が続いていたんだ。ただ製品として出荷できない状況だったね」
「もったいない話しだ。宝の持ちぐされだ」
「それで、どのように話を持っていったんだい」
「藤橋村の人達の話では、『ここでもヒスイ加工の最終工程はできるスキルを持っている』と言ってた。」
「あのヒスイを磨く技術があるんだ。へえ」
「寺地や長者ヶ原にはヒスイの原石の在庫過剰の状態が続いている。この二つの村で、ヒスイの最終工程まで行えば、更に遅延行為が続くことになる。でもヒスイは、日本列島に広がってほしい。そうすれば、呪術関係者は自信を持ち治安を守れる」
次郎は正論を述べていきます。
「そうだよな、ヒスイのない村では、飢餓や異常気象が多発しているという噂も聞いている」
「九州の指宿村などでは、ヒスイがなかったので、村全体が火山灰に埋まってしまったと聞いたことがある」
「そこで地盤割りと供給のスピード化の提案をしたんだ」
「どんな提案だったの」
「一つ目が、寺地村は北陸、中部、西日本の販路、長者ヶ原村は、新潟、関東、東北、北海道の販路というように地盤を分割すること。二つ目が穴を開ける原石の加工を二つの村で行い、二次加工を藤橋村など周辺の村が行い、指定の下請けを通して全国に供給することを提案したのさ。」
「なるほど、それでどうなったの」
「寺地や長者ヶ原の呪術部長が、真剣に考えていたね。『このままでは、姫川の女神が怒り出す』と二人の呪術部長が時を同じく発言したんだ。これには長老達も驚いたね。奇しくも、姫川に関わりの深い呪術部長が一声をあげたわけだから。二つの村の物産部長も、二つの地盤に分けるという提案には同意したがっていたね。だって、独占できる地域ができるからね。交易の利益を考えると、お互いの村に有利な提案だとすぐに理解したようだね。」
「さすがに経済の専門家だ、理念と利害関係を両立させる術を心得ているね」
と若者。
「そんなこんなで提案を受け入れて、円満解決になったわけ」
次郎の長い説明が終わりました。
「イヤー、面白い話だった。ためになったよ」
「そうだ、太郎と次郎の歓迎の猪狩りをやろう」
村の若者リーダーが発言しました。
「ウオー・・・やるぞー」
元気な歓声に太郎と次郎は苦笑い。
「せっかくの提案だから喜んで参加しよう。宮畑のやり方を紹介するのでコンテスト形式でやらないか」
と次郎。
「良いね」
「二日間、村の動物の様子や狩り場の様子を見たいんだ。誰かこの辺の地理や動物の生態に詳しい若者を付けてくれないか」
「小三郎が良いだろう。この辺の地理や動物の生態に詳しい知識を持っている」
「ありがとう、兄さんそれでいいかい」
太郎は笑顔でうなずきます。