全英連参加者のブログ

全英連参加者の、言葉やその他諸々についての雑感... 不定期更新です。

読書②続き 別なのかな、ホントに?

2011-09-01 18:21:48 | 全英連参加者 2011

 私たちの「祖先」と「ネアンデルター人(になったヒトは)」別なんだろうか。
 これに関しては、こんなことがヒントになる。2011.09.01、「「読書②」で取り上げた、「アフリカで誕生した人類が日本人になるまで」の36ページにこうある。

 『私たちは全員ヒト科ヒト属ヒト種』というセクションがある。これによれば、現在、『地球上に生きている人類は、すべて同じホモ・サピエンスという種である。』

 これはこれでいい。
 著者は「同じ種」の条件としてこう述べている。

 『私たちのように有性生殖をする動物の、基本的に交配第1世代に子が生まれるかどうかです。』

 つまり、次の次が生まれる場合、同じ種となる。

 『日本人も含む私たち現在の人類は、どんなに外見の異なる人同士でも子ができ、孫も生まれます。生物学的に言えば、完全交配が可能な同じ種なのです。
 (中略)
 人種は種の下の分類段階に対応する、「亜種」程度のものと考えておけばよいと思います。』

 さて、どうも私たちにはネアンデルタール人の遺伝子が何パーセントか入っているというのが、ここ1、2年の研究成果のようである。どのようないきさつにせよ、第1世代(両者の子ども、ハイブリッド)が生まれること自体、かなり遺伝的に近いことになる。そして、ネアンデタール人とホモ・サピエンスの間の第1世代が、同じ第1世代同士か、ホモ・サピエンスと結婚し、子どもができたから、現生人類の遺伝子プールに彼らの遺伝子が入っていることになる。ネアンデルタール人は滅びちゃったので、ここでは除外しておこう。
 ・・・これじゃ、別種とは言えない。

 ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は亜種程度の差。別とは言えない。でも、同種とまでも言えない。

 こんなところなんだろうか。

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読書②

2011-09-01 05:52:07 | 全英連参加者 2011

 アフリカで誕生した人類が日本人になるまで
 ソフトバンク新書・溝口優司著

+++++ +++++

 第1章が、「猿人からホモ・サピエンスまで、700万年の旅」として、人類学の概観。p.50から、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスのことが書いてある。

 第2章が、「アフリカから南太平洋まで、ホモ・サピエンスの旅」。p.79からが、ホモ・サピエンス(の、ご先祖様)の「出アフリカ」のお話し。
 ボクは以前からこの『出』という言い方が引っかかっている。どうしてかというと、ヒトも生き物の一種類だったのだから、こんなふうに思うからだ。

 ①どんな動物でも個体を維持するには、食べ物が必要。
 ②食べ物を得るには、それぞれそれなりの面積のエサ場が必要。
  ・なわばりである。
 ③それまでのなわばりの面積で、維持できない個体数が残った。
  ・死亡率がちょっとでも下がれば、全体が増え、エサ場が不足する。
  ・繁殖期が長くなる or なくなる。
 ④同じ種類の生物(この場合はヒト)の人口が増える。
  ・集団内で、なわばりからはみ出すものがでる。
 ⑤はみ出したものはどうなるか。
  ・エサがあれば、生息域が広がる。
  ・なければ、結局人口がなわばりで維持できるところまで減る。
 ⑥人類のご先祖様は、アフリカを出た。
  ・エサ場が確保できたのだろう。

 こんなことも考えられる。
 ③何かの原因でエサ場がなくなった。
  ・環境変化でエサになるものが必要数量得られない。
 ④維持できる個体数が少なくなる。
  ・死なないまでも、集団内で、なわばりからはみ出すものがでる。

 果たして出て行ったものが、強者なのか弱者なのか。ボクははみ出した集団は弱者だったように思うのだ。ホントに強者ならば、元の場所に居残るように思えてならない。押し出されたことにより、新しい食物を食料とする知恵が働いたり、何らかの革新が起きた。その結果かろうじて生き延びて、徐々に増えていったように思えてならない。

 第3章が、「縄文から現代まで、日本人の旅」である。
 えらそうにいうわけではないが、既知のことを確認するにはちょうどいい分量。

+++++ +++++

 全体として新書だからかもしれないが、ササッと読める分量。
 ☆三つかな。

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