梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

子供たち、舞台へ

2005年08月12日 | 芝居
壱 総ざらい~後見も一苦労

今日十二日から三日間は、勉強会の稽古がなく、かわって『小学生のための歌舞伎体験教室』のお手伝いとなります。
八日からお稽古してきた『壽曾我対面』を、いよいよ舞台で発表です。今日は<総ざらい>。国立劇場の大稽古場で行われました。師匠梅玉も、監修として参加いたします。通常の公演と同じく、それまでテープで流していた鳴り物、三味線も生演奏となり、子供たちは、役に応じて長袴や裃をつけ、本番の感じをつかみます。
今回の『対面』は、上演時間が二十五分になるよう短縮したカット台本です。子供には難しい台詞回し、演技がある箇所を削っておりますが、出演者全員が均等に台詞を言えるようにも配慮されております。
後見は私たち本職が担当です。普段どおりの仕事以外にも、台詞を忘れてしまう子供に教えてあげたり、動き出すきっかけを出したり、「背中を伸ばして!」「足広げて!」とそっと注意したりと、結構いろいろしてあげなくてはいけないので気が抜けません。<合引>に座らせるのにも一苦労です。
AからCまでの三グループが、それぞれ演じましたが、子供らしく、かわいらしい演技には、思わず私たちも微笑んでしまいました。もうちょっと大きな声がでればいいな、とか、もっとゆっくり台詞がいえればな、と思うところもありますけれど、皆さん短期間の間によく覚えたものだと感心です。『対面』は、鳴り物や三味線の拍子にあわせての演技が多く、難しいものですが、今日はじめて生演奏になっても、よく音を聞いて、まごつかずに演技ができたのですからすごいです。
なによりもみんなが楽しそうに演じているのが嬉しいですね。私が歌舞伎を知った年頃と、ほぼ同じ子供たちが、体験教室とはいえ国立劇場で歌舞伎を演じられる。すばらしい時代になったものだと思います。

弐 舞台稽古~嵐の五時間

十三日の舞台稽古は、とにかく慌ただしい、大忙しの舞台裏になりました。子供達は午前十時から、まず国立劇場小劇場での、大道具の設置作業を見学、歌舞伎の大道具についてのレクチャーを受けました。それが終わってからが『対面』の準備開始。七人の名題俳優さんが子供達の化粧を担当、それから私はじめ十名の名題下俳優が、衣裳の着付を担当します。生まれてはじめて化粧をして、すっかり興奮状態の子、どうしていいかわからずモジモジする子、いろんなタイプの子供たち相手の着付は大変でした。体つきもまだまだ華奢ですから、バスタオルをお腹にまいたり、ハンドタオルをたたんで肩にのせて体型を補整しなくてはなりませんが、まずこの作業からして大変です。それから衣裳を着せるだんになっても、「じっとしてて!」「真直ぐ前向いて!」と注意しなければなりませんし、着終わったところでも「もう暴れちゃダメ!」。幼稚園の先生のように、始終大声で指示、注意をしなければ統制がとれません。一グループの出演者は二十人。六人の衣裳さんとともにてんやわんやで頑張りました。
着付が終わっても、ひと休みする間もなく今度は後見の仕事。さあ、実際の舞台に上がってどうなるのかな? と思いましたが、前日の総ざらいよりも皆落ち着いて演じているのには感心。声も大きくなっておりましたし、芝居としてのまとまりがすごくでてきていました。
ただ、なにしろ生まれてはじめて衣裳を着て、カツラをかぶったわけですから、帯が体に食い込んで痛い、とか、カツラがきつくてズキズキする、という、本人にとっては想定外のアクシデントもありました。これは我々でも時折体験するつら~いこと。綺麗に着付ようと思うと、どうしても帯はしっかり締めますからね。カツラとても、今回は三グループで共有のものですから、自分の頭に合わない部分も出てくるのです。それでもみんな、一通り芝居が終わるまで、我慢していたのですから偉いです!

一日のうちにこのような舞台稽古を三回。さすがに疲れました。なにごとも、段取りが定まるまでが一番忙しく、また気も遣うものですね。

参 本番~みんなで楽しく

十四日、十二時から本番。子供たちは十時から化粧開始、十一時から着付。前日で段取りがついたので、とてもスムースにみんなの衣裳を着せることができました。こちらに余裕ができれば、子供達との会話も楽しむことができ、これからいよいよの<初舞台>を控えて、やや興奮気味の子供たちと、遊びの話や、学校の話などをいたしました。すでにひとまわり違う歳の子供たちと、普段はなかなか触れ合えませんから、なかなか楽しかったですが、今の子供さんって、なんだか言葉遣いが大人びていませんか?
さて、親御さん、友達が見守る本番でも、みんな立派に演じきりました。声もよく通り、セリフの間違いもなく、あたたかい拍手に包まれて、堂々とした演技を見せてくれました。子供たちも、お客さんに見られるということで、俄然張り切ったのではないでしょうか。
監修である師匠梅玉は客席からご覧になり、講師の三河屋(團蔵)さん、萬屋(時蔵)さん、京屋(芝雀)さん、萬屋(歌昇)さんの四人は、各グループ終演後の幕間ごとに、交代で舞台上にて今回の体験教室のもよう、経緯をスライドも使ってご報告なさいました。

三グループとも、大過なく演じおおせましたが、ひとつアクシデントをあげれば、近江小藤太を演じたある子供さんが、前日の舞台稽古で帯をきつく締めたために、あとで刀が差し込めなかったということがあったので、本番では帯を緩く締めるように、衣裳さんにお願いしておいたのですが、どうもかえって緩すぎてしまったらしく、幕が開く十分前に、帯と、その上に穿いた袴ごとずり落ちそうになってしまったのです。私が後見をする子供なので、これは大変と、衣裳さんを呼んで舞台で一から着なおし。時間的には十分間に合う(五分もあれば着せられますからね)のでこちらは慌てず作業をいたしますが、着せられている本人は「間に合わないよ~」と心配顔。「君が衣裳を着終わるまでは絶対芝居ははじまらないから大丈夫!」と太鼓判を捺すものの、ソワソワはなかなかおさまりませんでした。もちろん結果的には楽々セーフで間に合い、やっと子供さんも安心。本番も堂々と演じてくれたので私も一安心でした。

グループが演じ終わった後は、舞台上で修了式。師匠梅玉が講評を述べ、生徒代表に修了証書を授与いたしました。最後は客席も参加して全員で手締め。子供たちも、親御さんたちも、そして講師の方々も、皆和気あいあいで、一週間の歌舞伎体験を終えたのでした。
終わってからも興奮覚めやらぬ様子で、講師の方々にサインをもらったり、化粧も落とさぬうちから友達同士でじゃれあったり、まだセリフをしゃべっていたり。子供たちの胸には、どんな思い出が生まれたのでしょうか。こんなふうに子供たちが、大勢まとまって歌舞伎に親しむ機会ができたことは本当に大切なことだと思いますし、このような機会に、私も手伝いとして参加できて、素晴らしい経験をさせていただきました。また来年も、参加できたらな、と思いました。

未来の歌舞伎を支えてくれる人材が、一人でも多く誕生することを願いながら、今回の『小学生のための歌舞伎体験教室』の御報告を終わらせて頂きます。