梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

与右衛門あれこれ

2006年03月18日 | 芝居
昨日に引き続きまして、『色彩間苅豆』より、与右衛門のあれこれを。
与右衛門の衣裳は、現在では<黒羽二重、五つ紋付>の着付けに、<納戸色の襟の浅葱の襦袢>、<白献上の帯>、<浅葱の下がり(ふんどし)>というのがスタンダードです。師匠もこの扮装ですが、演者の好みや演出によりましては、着付けが紺色地になったり、白地に格子模様の浴衣、あるいは生成り色の絣の衣裳になることもございます。どちらにしましても、背中の中心、両胸、両袖の後ろ側の五カ所に、紋が入りますが、この紋は決まりというものがなく、演者自身の本紋、あるいは替紋をあしらいます。師匠が前回なすったときは、替紋の<祇園銀杏>でした。
カツラは<むしり>と呼ばれるもので、月代(さかやき。頭頂部)の毛が伸びた様になっており、これは浪人役でよくみられる形です。踊りの後半で、刷毛先(ちょんまげの先端部)を乱し、怨霊に翻弄されて髪型が崩れた様を表します。

さて小道具はと申しますと、<黒柄、黒塗り鞘の小刀>の一本差し、雨を除けている思い入れで<糸立て>と呼ばれるござ状のものをまとって登場します。こちらは後半、怨霊となったかさねとの立ち回りでも使われます。それから<黒塗りの印籠>。浪人してもあくまで武士でございますからね。
そして<晒の手拭>。こちらはちょっと変わった使い方で、先ほど紹介しました小刀の柄に、あらかじめクルクルと巻き付けておくのです。これは、刀の柄が雨に濡れて痛むのを防いでいるということなんですが、舞台上でこれをほどくと、与右衛門自身が着物についた雫を払うのに使ったり、あるいはかさねが持って振り事に使ったりいたします。そんなわけでこの手拭は寸法に気をつけなくてはなりません。与右衛門役者にも、かさね役者にも使いよいサイズにしておかなくてはならないわけですが、師匠のところには、すでに亡くなられてしまいましたが、六世中村歌右衛門の大旦那のお弟子さんでいらした、加賀屋歌蔵さんという方が、かつて大旦那と今の師匠が『かさね』を共演なすった時に使った手拭を、保管しておいて下さいましたので、これを見本として、いつでも毎回同じ寸法の手拭を誂えることができておりまして、本当に有り難いことだと思っております。これに見習って私も、師匠が舞台で使った手拭は、そっくり保管しております。

さて、与右衛門の<持ち道具>は以上でございますが、これになくてはならない肝心のアイテムが加わります。それが、<鎌の刺さった髑髏と卒塔婆>でございます。清元節の浄瑠璃の、「不思議や 流れに漂う髑髏 助が魂魄錆び付く鎌…」という歌詞に合わせて、舞台上手の川を堰く水門が自ずと開くと、奥から卒塔婆に乗った髑髏、しかも片目に鎌が突き刺さったものが流れてくる。それを与右衛門がたぐりよせると、その卒塔婆には以前彼が殺した男の名が! ハッとして卒塔婆を折ると傍らのかさねが悶絶、ここから二人の捕り手(二十二日の舞台では兄弟子二人が勤めます)がからんで、お馴染みの「夜や更けて」の立ち回りとなる…。芝居を一気に転換させる重要な小道具なのです。
卒塔婆と髑髏が流れてくるのは、仕掛けを使います。あらかじめ、川の色と同じ水色の台(裏には車輪がついております)に、髑髏が乗った卒塔婆をセット。台には二本の黒糸(これを<ジャリ糸>と申します)がとりつけられております。浄瑠璃のキッカケで、舞台裏に控えた黒衣がまず一本目のジャリ糸を引きますと、舞台奥から前っ面へと台が移動します。これを与右衛門がたぐる仕草をしたところで、今度は二本目のジャリ糸を引くと、台は上手から下手へ、つまり川の真ん中から与右衛門の足下へと移動するというわけなんです。
文章で説明するのは大変難しいんですが、糸の取り付け方で、二方向への移動が可能になるということです。
今度の舞台でも私がこの係なのですが、浄瑠璃や、与右衛門の芝居に合わせて、しかもおどろおどろしく見えるように操作するのが難しいところ。しかも万が一糸がこんがらがったり切れたりしたら一巻の終わりなわけで、操作する側の気遣いは並大抵のものではございません。もしものときには、黒衣で出て行って、手で動かすしかないのですけど、これは恥ずかしいと思いますよォ。

それから、もう一つ気をつけておかないことは、幕が開く前に<糸立て>に霧を吹いておくこと。<糸立て>はござと同じく、い草を編んで作られているわけですが、こういうものは乾燥に弱いんです。放っておくと端がパラパラ折れてしまって、痛むこと甚だしいので、事前に水分を含ませておくことでそれ防ぎ、さらには適度な湿り気を持たせることで扱いやすくもなる、というわけです。他に<編み笠>や<蓑(これは藁製ですが)>なども、事前に縁や全体を湿らせておくことが多いですよ。

写真を載せたいところですが、それは二十二日に、本番のものをお見せいたしましょう。私が働くのは、二十日の<下浚い(いわゆる総ざらい)>と、あとは本番だけということですので、うっかりミスなど絶対おこさぬように気をつけてまいります。

蛇足ではございますが、この踊りの幕開きの、与右衛門、かさねの登場の仕方は色々とパターンがございます。一、本花道からかさねが駆け出て、それを追うように与右衛門も本花道から出る。二、かさねが本花道から、同時に与右衛門が舞台上手の土手から出てくる。三、かさねが本花道、与右衛門は仮花道から同時に出る。というものです。振り付けによってかわるわけですが、この他かさねが紫の袱紗を頭巾にしてかぶって出てくる時もあったり、着付けの裾をお引きずりにするか、お端折りにするかの違いがあったり、この舞踊、演者によっていろいろな相違点があり、お客様には是非とも見比べて頂きたいものです!

最新の画像もっと見る