梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

富樫の袴

2007年01月13日 | 芝居
『勧進帳』で師匠が演じておられます富樫左衛門。松皮菱に鶴と亀の模様を散らした納戸色(照明の具合では浅葱色にも見えますが)の大紋に長袴という出で立ちですが、ご覧になってもわかるように、大変ボリュームのある立派な装束です。
衣裳を着る前の時点で、綿の入った着肉(体型補正のために着用するもの)をまとっているためもありますが、長袴のカサばりも大変なもので、後見として要所要所で裾を捌くのも、慣れるまではなかなか大変でした。
この長袴、松羽目ものにはつきものの<大口(おおくち)>袴と、裾の長さが違うくらいで形状はほぼ同様なんですが、この袴の下に、実はもう1枚、<込み大口>といわれる袴をはいております。<込み大口>は、大口袴と同形、少し小ぶりに作られておりまして、生地も普通の大口袴よりかは硬くないものになっています。
まず、この込み大口をいつもの大口袴と同じようにはいた上で、改めてこれにかぶせるように、長袴をはくことになりますが、これにより、上半身の大紋に負けないボリュームとなり、形状も安定し、動き回る演技にも崩れにくくなるというわけですね。
そもそも<込み大口>は、中世の武士が、直垂装束を立派に見せるために着たのがはじまりだそうで、これがお能の装束にも引き継がれ、歌舞伎のいくつかのお役にも使われているのでございます。お能でも、武士など直垂を着るお役では、たいてい袴の下に込み大口をはくそうです。
…込み大口も、長袴も、紐はいつも以上にしっかり締めなくてはなりません。富樫の衣裳は、着付けに腕力が必要なもののひとつです。

ちなみに、富樫の長袴の紐は、最後<十文字>に結ぶことが多うございます。歌舞伎の袴の<箱結び>は、ふつう<一文字>とよばれるものになることが多いのですが、お能のほうではもっぱら<十文字>で、『勧進帳』も能『安宅』からとられた演目で、とりわけ格調の高い狂言ですから、本行にならうという意味合いもありますし、見た目にも引き立ちます(さきほど申しました衣裳全体のボリュームとも関わりましょう)。
結婚式の新郎さんも、紋付袴の和装の折りは、この<十文字>にするのがしきたりみたいになっておりますし(かくいう私もそうでした)、<十文字>が正式、<一文字>は略式という考え方をお持ちの方もいらっしゃると思いますが、ものの本によると、<十文字>が正式な結び方、という考え方は明治以降に貸し衣裳屋の普及とともに生まれたものだそうですね。江戸時代の袴の紐結びは、考証的にどうだったのか、調べてみようと思います。
師匠は富樫をなさるときはいつも十文字です。俳優さんによっては一文字の方もいらっしゃいますが、毎度申しますように、「これが正解」というものはございません。演者のお考えによって変わるのは常のことです。

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1 コメント

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富樫の装束 (ひさこ)
2007-01-14 07:43:27
富樫の装束さわやかな色であり、それでいて役者さんの風格を感じさせますね。昨年歌舞伎座でたまたまお隣でお話した方は着物が好きで歌舞伎に興味を持つようになったとおっしゃってました。歌舞伎にはいろんな楽しみ方がありますね!