梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

初めて観るなら?

2005年04月21日 | 芝居
三月二十八日の記事『今日は浅草演芸ホールへ』に、今月の十三日に<遊び人>様からの書き込みがありました。今日まで気がつかず、お返事が出来ませんでしたが、書き込まれた内容が、「これから歌舞伎を観てみようと思うけれど、初心者が観るのにふさわしい演目は何か」という御質問でしたので、今日はこの場で、お答えいたしたいと思います。
初めて観る人にも楽しめるお芝居。なかなか一概にはいえませんが、私の考えでは、まずは「世話物」が良いかと思います。歌舞伎の演目には、「芝居」と「所作事(踊り)」の二種類がまずあり、「芝居」も、その内容によって「時代物」「世話物」「新歌舞伎」と大別できます。
このうち「時代物」は、江戸時代より前の時代の、歴史的事件、伝説などを描いたもので、大化の改新、源平合戦、太閤記などを題材とし、主に武将、公達が登場人物となります。
一方「世話物」は、そうした歴史的事件ではなく、一般庶民の恋愛、義理人情、あるいは殺人などを描いたもので、舞台も長家だったり、農家だったり、あるいは油屋とか呉服屋とかの商家だったり、まあ江戸時代のホームドラマといったものです。
そこで何故「世話物」をすすめるかというと、なんといっても「セリフがわかりやすい」。「時代物」はそのセリフの中に、漢語やら故事やらの、予備知識がないと理解できないような単語がよく出てきまして、まるで古文のような言い回しなのです。さらに「時代物」には、ナレーション役といえる「義太夫節」という浄瑠璃が演奏され、これがセリフに輪をかけて難解な文章ときていますから、聞いていて芝居の筋がわからない、なんて事態もおこりうるのです。
その点「世話物」には、そういった難解な言葉はまず出てきませんし、「義太夫節」もほとんど入りません。どちらかというと落語に近いような、ぽんぽんとしたセリフのやりとりが、容易に理解できると思います。
それから「内容がわかりやすい」。「時代物」には、船頭だと思っていたのが実は源氏の大将だった、とか、鮨屋の召し使いが平家の公達だった、とかいうびっくりするようなどんでん返し、あるいは主人の為にわが子を殺す、自分の血を飲ませて病気を治す(!)なんていう、現代の常識ではなかなかうけいれられない展開がしょっちゅうでてきます。これが「歌舞伎ってわかりにくい」という原因にもなっているのでしょうが、「世話物」にはそういうあまりにも絵空事な出来事はおこりません。少年と少女の悲恋とか、行き別れた親子、あるいは恋人の偶然の再会、大泥棒の痛快な活躍…。そこには庶民の喜怒哀楽が、多少の誇張はありますが、存分に描かれております。
そして「上演時間が比較的短い」。だいたい一時間前後で終わるものが多いですから、気楽に見ることができると思います。
長々書いてしまいましたが、そんな「世話物」の演目から、いくつかお薦めするとすれば、今月上演している『与話情浮名横櫛』、来月上演の『髪結新三』、あるいは『魚屋宗五郎』など、面白いと思います。
そういったものを観てゆくうちに、歌舞伎のセリフ回しに慣れるはずです。そうなると、時代物も楽しめてくると思いますし、さらにはセリフがほとんどない「所作事」でも、伴奏の浄瑠璃や長唄の歌詞も聞き取れ、面白くなってくるでしょう。
さて、みなさまのお薦めはなんですか?

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