梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

梅之博多日記・運も不運も暦通り

2008年06月20日 | 芝居
『菅原伝授手習鑑 加茂堤』の幕切れ。
夫の桜丸から、無人の牛車を御所へひくよう任された八重は、すっかり休んでいる牛を立たせようと苦労しますが、車はちっとも動きません。

逢瀬の場に踏み込まれ、辱めを受けるよりはと都を落ち延びていった斎世親王と苅屋姫の安否も気がかり、逢瀬の手引きをした夫のことも心配、そんな一大事の中、急いで帰らなくてはいけないのに…!
千々に乱れる胸の内、八重はこんな台詞を言います。

八重 「めぐる月日は<不成就日(ふじょうじゅび)>か、お二人様の<凶会日(くえにち)>か、夫のためには<十方(じっぽう)暮れ>」
浄瑠璃「<鬼宿(きしゅく)>車を押し立てて <天赦(てんしゃ)><天一天上(てんいちてんじょう)>の お首尾はよかれ<神(かみ)よし>と 祈る心は<八専(はっせん)>の<黒日(くろび)>と<間日(まび)>のまだら牛 追い立ててこそ」

耳慣れない単語が出てきますが、調べてみますと、<>でくくった言葉はみな「暦の用語」であることがわかりました。「三隣亡」とか「一粒万倍日」とかは今もカレンダーに書かれていることがありますよね。

<不成就日>は何をしてもダメな日。
<凶会日>は吉事を行うと凶事に転じてしまう日。
<十方暮れ>は行いを慎んだ方がよい日。

対して、
<鬼宿>は吉日。
<天赦>は一番良い日。
<天一天上>はどの方位にも障りがない日。
<神よし>は神事を行うに吉の日。
<八専>は凶日と普通の日が交互に現れる12日間のことで、このうち普通の日が<間日>となる。
<黒日>は最悪の日。

専門的な語句を省いてご紹介しましたので、詳細は述べられませんでしたが、このことを踏まえて先に挙げたセリフや詞章を読みますと、何を言いたかったのかよく判りますね。
黒日と間日のまだら牛、なんて、よくできた詞章ですが、うっかりホルスタイン種を想像しないように…。
舞台の牛は、黒牛ですよ。

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3 コメント

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プロフェッショナル (ウエノッチ)
2008-06-20 22:05:29
久しぶりにコメントさせていただきます。
18日の〈さくらひめ〉さまからのコメントに対し、
真摯にお答えになっている梅之さんは、本当にプロフェッショナルな歌舞伎役者さんだと思いました。
きちんと「どうして、そうなのか」を調べられて、ご自身の言葉で客観的に述べられるので、とても説得力があります。だから梅之さんのコメントには、信頼性があるように感じております。
事実をきちんと伝えることは、簡単なようで難しいですね。特に歌舞伎のように芸術性の高いものは、主観が入りやすいですものね。。
さくらひめさまのコメントから、梅之さんのお答え。
私も勉強させていただきました。
ありがとうございます。
残り少なくなった博多生活・・・楽しんで下さいませ。
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牛さん♪ (さくら)
2008-06-21 10:27:54
牛さんがすっかりリラックスしている感じが出ていて、楽しい写真ですね♪
去年の国立劇場での鑑賞教室に、牛さんがいたのを思い出しました(^^)
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三大浄瑠璃 (カトウ)
2008-06-22 00:11:16
菅原伝授は未見です。仮名手本、義経千本桜は通しでも観ているのですが。機会は何度となくあるのですが。明日は新薄雪物語を観劇して神戸までゆきます。歌舞伎は異界へ連れて行ってくれるものだと思っています。三人形は突然背景が籠釣瓶にある吉原の風景に変わってしまいますから。
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