梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

いざ敵討ちへ

2006年07月15日 | 芝居
『毛谷村』の終盤、善意で勝ちを譲ってやった微塵弾正こそ、許嫁お園の仇であることが判った六助は、敵討ちに出立するため、勇み勇んで装束を改めます。
この着替えの場面では、下座囃子に<物着の合方>を使います。そのものズバリ、拵え変えをする場面で使われる曲で、『吃又』や『絵本太功記』の「尼崎閑居の場」でも聞くことができます。三味線、鼓、大皷を主とした大変賑やかな節で、六助一行の華々しい門出にはピッタリですね。
さてこの曲に合わせて、六助はテキパキと着替えるわけですが、それまで着ていた<木綿紬、夜具(やぐ)縞に紺絣の肩入れ>の着流し姿から、<絹紬、薄納戸色>着付に<ねずみ地大小あられ小紋>の裃という凛々しい出で立ちになり、茶柄黒鞘の大小刀を帯びるわけです。
ストーリー上はお園や後室お幸が手伝っているということなのですが、舞台上ではあくまで迅速、円滑に作業をするため、黒衣の後見が後ろについて、着替えを手伝います。いわば、いつも衣裳さんがするような作業を、弟子の立場の者が舞台上でするわけですね。
締めている帯を解くことから始まり、脱いだ衣裳を手際よく片付ける、師匠の手の動きに合わせて帯を締める(結び方は<貝の口>です)、袴の紐を結ぶ、肩衣のヒダをとる…。口でいうのは簡単ですが、これがなかなか緊張する仕事です。後見がもたもたしてしまうと師匠もやりにくいですし、お客様もダレてしまいます。てきぱきスピーディーにこなすためには、なんといっても何回もある<結ぶ>作業を手早くやらなくてはなりませんが、普段は当たり前のようにやっていることでも、いざ舞台でやるとなると焦ってしまったり。慣れるまでは大変です。
私も初めてさせて頂いたときは汗をかきまくりの大騒ぎでしたが、二回目からは落ち着いてできるようになりました。慣れてくればこっちのもので、あとはいかにすれば師匠もやりよく、時間も詰められるか、工夫と挑戦の毎日でした。

着替えの衣裳は、二重屋体の上手側にある戸棚にしまってあり、これを六助自らが取り出す段取りです。茶色のタトウ紙に包まれた状態ですが、タトウ紙は小道具、着替えは衣裳方の管轄です。開幕前に、後見が衣裳部屋に行き着替えを預かり、自分でタトウ紙に包んで、舞台にセットいたします。着付や裃の置き方は、着替えを手伝って下さるお園役の俳優さんに伺って決めています。あくまでお園が着付をしているという場面ですから、今月でいえば京屋(芝雀)さんのなさりよいように万事用意してあるのです。

後見が目立っては何にもならないのを承知で申し上げますが、師匠と弟子の共同作業も、ちょっとお目にとめて頂ければと存じます。

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