梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

舞台裏での早変わり?

2006年04月06日 | 芝居
今日は『伊勢音頭恋寝刃』のお話を。
このお芝居の二場目「奥庭の場」で、大勢の踊り子による<伊勢音頭>の踊りがございます。二十人近い踊り子が、そろいの衣裳に身を包み、本舞台と、上手下手の屋体の間の渡り廊下(通天。つうてんと申しております)に並んで、ゆったりとした下座囃子に合わせ、団扇を手に二人一組の振りを見せているところへ「人殺し~」の声。踊り子達が「アレェ」と悲鳴を上げて引っ込むと上手屋体の丸窓を突き破って福岡貢が登場ー。これからはじまる惨劇を際立たせる素晴らしい演出です。
この<踊り子>、実は前の「油屋の場」に出ている<仲居>役の役者が引き続いて出演しているのをご存知でしょうか? 広い歌舞伎座の大舞台いっぱいに踊り子を並べようとすると、名題、名題下の女形さんは総動員。ときには立役の役者もこの役に出るくらい(私も一度出ました)ですから、仲居だけでさようなら、というわけにはゆかないようですね(もちろん例外はありますが)。
今回仲居役は名題下からでておりまして、全員で七名。この人たちは出番が済むとすぐさま扮装転換となります。衣裳も違えばカツラも違いますし、仲居は素足ですが踊り子では足袋もはかなくてはなりません。こうした拵え替えを、いちいち三階の大部屋に戻ってやっていては、移動の時間がもったいないですし、大勢の役者がいっぺんに着替えるスペースもないので、写真のように、舞台裏にすでに作られた「奥庭の場」に、上敷という細長いゴザ上のものを敷いて、<こしらえ場>を作っているのです。
上敷の上にあるのはこれから着る踊り子の衣裳。別の場所にはカツラも置いてあります。きっかけになるとこの<こしらえ場>に五、六人の衣裳さん、二、三人の床山さんがスタンバイし、駆け込んでくる役者の衣裳を脱がして、着せて、カツラをかけて…と、手際よい作業がどんどん繰り広げられるのです。こうして扮装がすっかり変わった七人に、<踊り子>のみの出演の名題さん、名題下が合流し、いざ本番、となるわけです。
ちなみに、踊り子の衣裳は、水色地縮緬に流水と盃の模様の着付、紫地に三笹模様を散らした振り下げ帯。流水と盃のデザインは、小道具の団扇から「油屋の場」の暖簾、衝立、仲居の前掛けにまであしらわれております。涼しげで、いかにも<夏芝居>(といっても今は春ですが)にぴったり、というような模様ですね。

音頭の振付けは、主演の俳優さんによって変わります。最近の例で申しますと、成田屋(團十郎)さんが貢をなすった時は市川流、大和屋(三津五郎)さんが貢をなすった時は坂東流でした。今月は松嶋屋(仁左衛門)さんの貢ですが、宗家藤間流の振付けです。どちらにしても、大勢で揃った踊りを見せるのは、簡単なことではございません。

このお芝居が終わった後は、楽屋風呂や洗面台は大混雑。順番待ちになってしまいますが、なにせ切狂言に選ばれることが多いものですから、早く帰りたい人にとってはつらいところです…。